北の国から 〜第5章〜
 
 
 
 
 
 
 
第5章  1564年1月〜1566年6月

 
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 1564年1月。安東家の叛乱鎮圧軍は、畿内を侵食しつつあった波多野家に対して最初の矛先が向けられた。若狭・後瀬山城まで侵攻していた波多野軍に、北近江・小谷城に集結した旧長尾家家臣団は大量の騎馬部隊を編成して一気に襲いかかった。

 その編成は、総司令・長尾政景以下、北条高広・景広、宇佐美定満、本庄繁長、小島貞興、柿崎景家、河田長親、長尾顕景という面々だった。なお、長尾顕景とは、長尾政景の息子で後の上杉景勝のこと(今回のリプレイで初めて知りました)だそうです。

 兵員6000のほとんどが騎馬隊で迫る長尾軍団に、もともと精強とはいえない波多野軍は次々と敗退を重ね、若狭・丹後を放棄し但馬・此隅城にまで撤退した。次いで丹波・八上城も落とされ、波多野秀治は此隅城に篭城したものの、1564年5月になすすべなく滅亡した。

 これで孤立していた因幡に駐屯していた第1軍の後背が安全となり、第1軍は出雲へ侵攻可能になった。そこで長尾軍は、山陽方面の安東茂季軍に当たることになった。なぜなら前述した通り、畿内はお公家様ばかりで守るのに精一杯だったからだ。
 
 

* * * * *











 所変わって下野・宇都宮城外。ここには、ついに武田軍を宇都宮城へ押し込んだ長野業正軍団が駐屯していた。業正の宿願であった武田家滅亡は、今まさに彼自身の手によって遂げられようとしていた。大いなる喜びを胸にしていることは間違いない業正だったが、過剰な喜びとそろそろ寿命が近いのとで、半ば狂人のような顔をしていた。
 

 長野業正「ふふふ。これだからゲームは堪らん。このワシが直々にあの信玄めに鉄槌
        を下してやれるのだからな。」
 上泉信綱「左様ですな。我らの願いがようやくかないますな(…おじいさん、目が血走
        ってるよ)。」
 長野業盛「しかし父上、宇都宮城には箕輪城を上回る25名の武将が立て篭もって
        おります。それに防御度も高く、ほぼ最高値の117です。」
    業正「心配するな、業盛。こちらには例の新兵器がある。」
    業盛「あの大砲というやつですか?」
    業正「そうだ。あれはワシらが打っても当たらんが、鈴木重秀土橋守重
        打てば当たる。しかも、ことが出来当たれば敵部隊を混乱させられる上に
        士気を下げることも出来る。調子良く当たれば、戦わずとも勝利を得る
        ことができるのだ。重秀、任せたぞ。」
 鈴木重秀「ははっ。ですが、なんとなく戦いが盛り上がらないような気がしませんか
        な?」
    業正「盛り上がらない?別にそんな必要はないぞ。勝利のみが得られればいい
        のだ。」
    重秀「そうですかねぇ。あの大砲の使い方はゲーム上の欠点を突いたような
        作戦で、やっていてあまり面白みが無いんですがね。」
    信綱「重秀殿、言いたいことはわかるが“面白み”はまずいだろう(わかってくれ
        重秀、殿にはもう信玄のことしか頭に無いのだ)。」
    重秀「はぁ。まあ、そうかもしれませんねぇ(何ですか声を潜めて。それは一目で
        わかりますが、そんなのに付き合わされる兵達の気持ちにもなって下さい
        よ)。」
    業正「そうだ。今まさに武田家を滅ぼそうとしているときに、不謹慎ではないか。
        あの武田信玄を我らの手で葬れるのだぞ。その事実にもう少し感激したら
        どうだ。」
    信綱「重秀殿(頼むからここは我慢してくれ。宇都宮城が落ちれば殿も落ち着く
        だろうから)。」
    重秀「感激することにしましょう(…何かと大変ですなぁ、信綱様も。これで信玄
       は宇都宮城にいない、なんて報告をしたらどうなりますかね。)。」
    信綱「…(なにぃ〜!?)。」
    業正「…わかればいいんだ。では明朝早速攻撃をかける。準備を急げ。」
    業盛重秀信綱「ははっ。」
 

  別室では血相を変えた信綱と業盛、重秀が話し合いをしていた。
 

  上泉信綱「重秀、先程の話は本当か!?」
  鈴木重秀「ええ。何でも自ら刺客となって調略に動いているようで、翌々月にならな
         いと宇都宮には戻らないらしいですよ。」
  長野業盛「それは確かですか?」
     重秀「はい。俺の手の者が先程連絡してきました。」
     信綱「…どうすればいいのだ。殿は余命幾ばくもない。来月には亡くなられるか
         もしれんというのに…。」
     重秀「今言ったらどうなりますかね。」
       業盛「恐らく、待つということになるでしょうね。」
        信綱「しかしそれでは殿のお命が…。」
       重秀「2、3ヶ月ももたないんですか?」
        信綱「もう既に、史実の年齢を5年は超えておられる。非常に危険なのだ。」
     重秀「そいつはヤバイですな。ではこういうのはいかがでしょう。城攻めは予定
         通り開始して、その戦闘中に信玄は逃げたということに。」
       業盛「それしかないですね。信玄は馬を持っているようですから、それで取り
         逃がしてしまったということに…。」
     信綱「それしかないな…。」
     重秀「でも実際、信玄がいたら大苦戦は確実だったんですから、これはこれで
        いいじゃないですか。お二人とも、急ぐ本当の理由はこれでしょ?
      業盛信綱「…。」
      重秀「ん?何か俺、言っちゃいけないこと言った?」
 

 こうして彼ら3人は、司令官とはまったく異なる緊張感をもって翌日の戦いに望むことになった。そして戦端は開かれたが、3人は「信玄不在」がバレるのではないかと気が気ではなかった。しかしそんなことは知らない業正公(まあいいでしょ、これぐらいの敬称は。もう死ぬんだし。)は、直接信玄を捕らえたいとの思いから突っ込む突っ込む。挙句、土橋守重が放った大砲の誤射を食らって混乱する始末。

 ただこれが、「信玄不在」がバレるのを恐れた鈴木重秀の指示による、完璧な狙い通りの射撃だったことは言うまでもない。当然このような裏の事情は、今に伝わる「正史・安東家」には記載されていない。(そんなものありません。)

 業正隊混乱の隙を突いて本丸へ突撃した業盛・重秀隊は、本丸にいたのが信玄の影武者として有名(史実でそんなことがあったかは不明)な武田信廉だったことに大喜び。二人は「こ、これで逃げられた事実に説得力が出る〜!」と、微笑みさえ浮かべて本丸に殺到した。信廉もさぞ驚いたことだろう。

 本丸が落ち、宇都宮城は落城した。戦国有数の大名家・武田家は、どこの馬の骨とも知れない安東家によって滅ぼされた。しかし当の安東家・長野業正軍団の首脳部の面々は、一様に暗い面持ちであった。総司令・長野業正を除いては…。
 

 長野業正「ワシとしたことが不甲斐ない。せっかく真っ先に乗り込んだというのに、
        混乱した挙句為すところなく終わるとはな。で、信玄はどこだ?」
 上泉信綱「殿、たいへん申し上げにくいことながら…。」
    業正「何だ?ああそうか、勢い余ってもう殺してしまったのか。よいよいそんなこと
        は。どの道殺すのだからな。では死体を持ってくるがよい。」
 鈴木重秀「…。」
    業正「おお重秀、ワシが混乱している間によく本丸を落としてくれた。今回の戦功
        で、お前の武将への昇進は間違いないぞ。で、信玄はどうした?」
    重秀「それが…。」
    業正「ん?そうかそうか。信玄めの首は業盛が持っておるのだな。ワシの息子だ
        からということで、花を持たせてくれたのだな。いらぬ気遣いまでさせたよう
        ですまなかったな。」
    重秀「いえ…。」
    信綱「…殿、業盛殿が戻られました。」
 長野業盛「…父上、ただいま戻りました。」
    業正「おお、ようやく戻ってきたか。ご苦労だった、業盛。しかしお前はなんで
       武田信廉などを連れておるのだ?ワシが用があるのは信玄のほう
        だぞ。」
    業盛「…明敏な父上であればお分かりになるはずです。私がなぜ信玄ではなく
        信廉殿をここへ連れてきたのか…。」
    業正「…ま、まさか。」
    信綱「殿、実はそのまさかでして…。」
    業正「な、何と…。で、ではワシの恐れていた通り、既に信玄はこの世になく、
        この武田信廉が影武者として武田家をまとめていたというのか?!」
    信綱「は…?」
 武田信廉「え…?(ボケてんのかこのジジイ?)
    業盛「…。」
    重秀「(あ、こっちのほうがいいかも)そ、その通りでございます!!我々は信玄
        のやつにしてやられたのです。これまで我々は信玄が生きているもの
        だと思い込み、武田軍を過大評価してしまい必要以上に慎重になっていた
        のです。」
    業盛「そ、そうです。これぞまさに『死せる孔明生ける仲達を走らす』であったわけ
        です(汗)。」
    信廉「??(はぁ?何やってんだこいつらは?)
    業正「…そうであったか。恐らく箕輪城が落ちたとき、それを恥じて自害でもして
        いたのだろうな。わかった。ワシはもう箕輪城に戻る。事後処理は重秀に
        任せる。悪いが部屋に帰らせてもらうぞ。」
    重秀「ははっ。お任せください(あー良かった。どうにかバレずにすんだ)。」
    信綱「…どうやら乗り切ったようだな。」
    業盛「ええ。先ほどはどうなるかと思いましたよ。」
    重秀「あの話にしておいたほうが良かったですよ。逃げたということにしておいた
        ら、『追うぞ!!』なんてことになったかもしれないわけだし…。」
     信綱「…十中八苦そうなったであろうな。」
    業盛「とにかくたいした騒ぎにならなくてよかった。父上もこれで引退してくれる
        でしょう。」
    重秀「そうですな。それはそうと信廉殿、よく黙っていて下さいました。あそこで貴
        殿に何か話されては、すべてが水泡に帰すところでした。」
    信廉「え?」
    重秀「お礼というわけでもありませんが、信廉殿を解放したします。どこへなり
        とも向かわれるがよいでしょう。ありがとうございました。」
    業盛「ありがとうございました。」
    信廉????
 

 こうして長野業正の復讐は終わった。業正自身は喪失感に苛まれながら上州・箕輪への帰途についたが、彼の軍団は意気揚々であった。何しろ、関東で唯一安東家に敵対していた大名家を滅ぼすことができたのだから。これで関東には、伊達家・織田家という同盟勢力が残るのみとなった。

 しかしこれらの両勢力は戦闘を続けており、織田家が伊達家を圧倒しつつあった。この年の終わりまでには、上野・下野をのぞく関東はすべて織田家の占領下に置かれた。当然東北に侵攻する意思も見せており、このまま放置することは問題になるかと思われた。
 
 

 * * * * *










 所変わって岩代・黒川城
 

 安東愛季「そろそろヤバくなってきたな、織田家。」
 氏家守棟「そうですね。武田家家臣団のほとんどが、織田家に再就職したのが大きい
        ようです。何しろ威信・武将数では、こちらが負けています。あと兵力差も
        だんだん近づいてきました。我々の36万に対し、織田家も30万を超えて
        います。」
    愛季「何ぃ?それじゃあ互角で戦ったら負けるじゃないか。」
    守棟「上様、家臣達を信じていらっしゃらないのですか?」
    愛季「信じているとも。俺の家臣団は織田家・徳川家・今川家・佐竹家・
       北条家・武田家が連合した今の織田家には絶対に勝てないって
       ことを。
    守棟「…。」
    愛季「まあそれは置いといて、我々幕府軍はそこまで迫まられているのか?もう
        同盟解消かな。このまま伊達を滅ぼしてそのまま南部まで滅ぼされたら、
        東北から北関東一円の無防備地帯が危険になるじゃないか。これは
        まずいな。南部まで滅ぼされた段階で、向こうに同盟破棄でもされたら
        目も当てられない。」
    守棟「その通りです。ですのでいい加減織田家を援助するのは止めて、友好度を
        下げて向こうから同盟を破棄してくるように仕向けましょう。まず、向こう
        からの出兵要請はことごとく無視することにしましょう。いずれにせよ、
        伊達家は手遅れかもしれませんが…。」
    愛季「でも、最近は織田家からの共同出兵の要請ってほとんどきてないんじゃ
        ないか?このままこなければ、同盟は存続して織田家との戦争状態には
        入れない。織田家に謀反人が出たりして混乱するように、こちらから調略
        でもかけるやるか?」
    守棟「上様、同盟国に対して調略は行えません。」
    愛季「あ、そうだった。んー、じゃあしばらくは待つだけか。」
    守棟「仕方ありませんね。」
    愛季「…でもまあ、悪いほうばかりに考えるのもよくないな。伊達や南部が滅ぼさ
        れれば、その家臣達はこちらに流れてくるだろう。それを味方につけられれ
        ばこの東北地方も、あながち無防備というわけではないよな。」
    守棟「そうですね。では伊達・南部の旧家臣団が、織田・徳川・今川・佐竹・
      北条・武田が統合された軍団を迎え撃つわけですか。
    愛季「俺達だっているだろ!?」
    守棟「ええ。最上・安東・伊達・南部連合軍が、織田・徳川・今川・佐竹
      ・北条・武田連合軍と戦うわけですよね。どちらが勝つかは、
        まさしく自明の理というものでしょう。」
    愛季「オマエさっきと言ってることが違うじゃないか!」
    守棟「主に逆らうなど言語道断です。そのことに気が付いただけです。」
    愛季「そうかいそうかい。とりあえず拠点の防御だけ固めておこう。」
 

 結局、こちらから同盟を破棄するのは得策ではないため、しばらく静観することになった。恐らく来年初頭にも伊達家は滅び、年内には南部家も滅ぼされることは確実なので、織田家との対決は来年にもやってくるはずだった。よって静観する期間も、それほど長いものではないだろう。

 そういうわけで、将来織田家との隣接が予想される地域にはそれなりの防備がとられることになった。まず安東愛季の妹・深景羽後・土崎湊城に駐屯した。この城は言うまでもなく安東家の本拠地であるため、蛎崎季広、戸沢道盛などの家老クラスの武将が駐屯した。

 そして将軍・安東愛季自身は岩代・黒川城に駐屯。氏家守棟、安東各務、延沢満廷らが駐屯。また同じ岩城の支城・須賀川城には、斎藤朝信、真田幸隆・昌幸、岡部元信(なぜ君がこんなところに…)、森可成(なぜ君がこんなところに…その2)、色部顕長らが駐屯した。これは、同じ国なのに距離が離れすぎているためだった。

 北関東では、まず宇都宮城鈴木重秀が城主となり、服部友貞、来島通康、土橋守重、里見義尭、七条兼仲らが駐屯した。ここでは鉄砲の生産も開始され、すぐにも開戦できる準備が整えられていた。

 こうして東日本における織田家包囲網は着々と準備されていった。
 
 

* * * * *










 河内和泉。

 河内和泉の支城・岸和田城を落とした竹中重治軍団は、そのまま紀伊・雑賀城へ侵攻。ここの城主は松永久秀で、武将も8名立て篭もっていた。松倉重信、真柄直隆、蒲生定秀・賢秀、堀尾吉晴、氏家行広といった面々が名を連ねる、強いんだか弱いんだかよくわからないこの軍団にとっては、相当な苦戦が予想された。しかも、九州で孤立する荒木氏綱軍団を救うためにも長期戦は避けなければならなかった。
 

  島勝猛「おい重治、何かヤバいんじゃないの?立て続けに落とした高屋城・岸和田
       城の武将達が終結してるし、あの城やけに堅そうだぞ。ちょっと様子見た
       ほうがよくないか?」
 竹中重治「そんな時間はない。」
    勝猛「おいおい、城が堅いだけじゃないぞ。あの城は紀伊・雑賀衆の本拠地だ
        ろ?だから鉄砲の数が凄いんだよ。6000丁以上あるぞ。いくら雑賀衆が立
        て篭もってるわけじゃないとはいっても、全員が鉄砲でこられたらメチャ
        クチャウザイんじゃないのか?」
    重治「大丈夫だ。我々が攻め込むときは雨が降る。
    勝猛「んなバカな。」
    重治「私はバカではない。バカはあいつらのほうだ。智謀105の私にかかれば、
        城主・松永久秀でも混乱させる自信がある。」
    勝猛「あいつ智謀97だぞ!バカ言ってんじゃねえ!」
    重治「何だ?勝猛、やけに気を揉んでいるじゃないか。そうか、そんなに私が
        心配か。」
    勝猛「お前の心配をしてるんじゃない。軍団全員の心配をしている。加えれば
        九州の荒木氏綱殿を心配しているんだ。」
    重治「ハハハ、ほとほと嘘の下手な奴だ。勝猛、素直になれ。」
    勝猛「『ハハハ』じゃねえ!何がおかしいんだこの野郎!…もういい。お前に語る
        ことは何もない。定秀殿、このアホは放っておいて、我らだけで策を講じる
        としまょう。」
 蒲生定秀「重治殿も、ようやく将としての自覚が出てきたようだな。死闘が予想される
        決戦を前にしてこの余裕。拙者は安心いたしましたぞ。」
    勝猛「はぁ??アンタ何言ってんの!?」
    重治「おいおい、定秀殿に『アンタ』は無礼だろう。」
    勝猛「…仕方ない。俺一人で何とかするか。」
 

 悲愴な決意を胸に島勝猛は黙々と軍務についたが、竹中重治軍団は最短コースを通って雑賀城に侵攻した。これは、一気に敵の城に隣接することにより敵軍の出撃を阻む意図があった。

 もし仮に敵が出撃してきたとしても、最短のコースはふさいでいるのでこの軍団と対決せざるをえず、しかも敵が一度敗北すれば、隣接されているために翌月には必ず攻め込まれ、その戦いには兵力の回復が間に合わないといういいことずくめの侵攻ルートだった。そして1565年5月、竹中重治軍団は紀伊・雑賀城に攻め込んだ。
 

 すると、雨が降り続き松永久秀は混乱した。竹中重治軍団勝利。
 

 紀伊を抜いた同軍団はそのまま阿波・讃岐へ侵攻し、瞬く間にそれらを制圧した。続いて土佐に侵入。司令官・竹中重治の「立つ鳥後を濁さず」という方針のもと、叛乱勢力である長宗我部家に引導を渡すことになった。尚、本城さえ落とせば大名家は滅ぼせるため、支城はすべて無視してひたすら土佐の本城・岡豊城を目指した。こちらが幕府軍ということもあり、圧倒的な威信の差で次々と寝返りが起きるなか、長宗我部家は2度目の滅亡を迎えた。

 その後、彼らは土佐の南端に位置する支城・中村城(この城そのものは独立勢力に占領されていたため素通りした)付近の港から出陣し、大隈・種子島城を占領して九州侵攻の足掛かりとした。竹中重治は、最初の上陸目標を大隈の本城・肝付城に定めた。1566年3月のことだった。
 
 

* * * * *










出雲・月山富田城。

 ここには、四国での竹中重治軍団の動きに呼応した第1軍・明智光秀軍団が駐屯していた。安芸・吉田郡山城に駐屯している宇喜多直家軍団と歩調を合わせながら、確実に大内家を追い詰めていた。
 

 明智光秀「確かに我々は大内軍を九州へ追い込みつつある。これは間違いない。
        しかし…。」
 斎藤利三「何か気になる点がございますか?」
    光秀「ある。ここ最近の豊後での戦いを見ていると、どんどん敵の数が増えて
        いるようだ。」
    利三「それが何か?豊後での戦いが厳しいのは、今に始まったことではないと思
        いますが。」
 荒木村重「…ひょっとしてそれは、我らが大内軍を追い込むとその分だけ九州に逃げ
        込む大内家の武将が増え、豊後の我が軍を結果的に苦しめているという
        ことですか?」
    光秀「恐らくそうだろう。何しろ、旧毛利・尼子のほとんどの家臣団がそのまま
        吸収されているんだから。特に豊前には毛利元就、尼子晴久、
      小早川隆景、吉川元春、尼子国久といった武将が一軍を率いている
        らしい。」
    村重「それはそれは大した布陣ですな。これではいくら安東家最強の軍団とはい
        え、長くは持ちますまい。」
    光秀「だから我々としては、大内軍を本州から駆逐するだけで満足してはいけな
        い。そのまま九州に上陸するぐらいの勢いで行かないと、大内家を滅ぼす
        のにも時間がかかってしまう。」
    村重「特に豊前には急がなければなりませんな。」
    光秀「よし、今後は村重殿と私で軍をわけよう。いちいち支城まで大軍団で
        攻める必要も無いだろうし。それと宇喜多殿に連絡をとって、山陽方面は
        すべて一任すると伝えること。」
    利三「彼に任せて大丈夫でしょうか。宇喜多直家といえば、史実では相当に腹黒
        い人物と伝わっておりますが…。」
    光秀「利三、それをいったらここにいる我々は、史実では全員謀反人ではない
        か。」
    利三「そうでした…。失礼いたしました、村重様。」
    村重「いやいや、気になさらぬように。光秀殿はともかく、私は理由もわからず反
        逆していたぐらいですから、あまり気にしていませんよ。それにしても私は、
        何であんな時期にあんな謀反を起こしてしまったのだろうか…。妻と子供を
        捨ててまで…。」
    光秀「まあまあ、今は過去よりも未来の事を考えよう。」
    村重「そうですな。とにかく急がなければ。」
    利三「上手いタイミングで上陸できれば、豊前の敵軍団を挟撃できるかもしれま
        せんな。」
    光秀「その通り。では各軍団は早い者順で九州へ侵攻すること。では、次に会う
        ときは九州で。」
    村重利三「ははっ。」
 

 こうして第1軍団は軍を二手に分け、荒木村重と明智光秀の二人によって指揮されることになった。さすがに交互に敵を叩いていくとスピードは速く、1566年2月までには周防長門の南端に位置する支城・且山城を占領し、本州から大内家の勢力を一掃した。
 
 

* * * * *

 
 播磨・姫路城。

 ここには、安東愛季の弟・茂季に対する討伐軍が駐屯していた。総司令官は長尾政景。この軍団は、これまで従軍していた旧長尾家家臣に加え、斎藤朝信、色部勝長・顕長・長実、直江景綱、水原親憲らが各地から呼びよせられ、さらに強力な騎馬隊を編成する軍団となっていた。

 さらにここには、お公家さん達に足を引っ張られながらも勇戦してきた足利義輝軍団も編成されていた。彼らは京を出撃してきてから、摂津の本城・石山御坊を落とし、摂津領内の各支城も占領し、畿内を完全に平定してきていたのだ。ただ、さすがにお公家さん達はもう京に帰されており、その陣容は司令官・足利義輝以下、和田惟政、細川藤孝、山崎片家、松井康之、三好政勝、安宅信康ら。両軍団合わせて、武将数24名・兵員15000人を数える大軍団だった。
 

 長尾政景「皆に集まってもらったのは他でもない。目前に迫った天神山城攻撃につい
        て話し合うためだ。」
 宇佐美定満「かの城には武将が18名、兵員20000が立て篭もっており、これを正面か
          ら討つのは簡単だが、こちらも相応の損害をこうむることは必至だ。そこ
         で、何か妙案でもあればこの場で述べていただきたい。」
 斎藤朝信「ふ〜む、確かにこのまま突っ込むのもいいとは思う。しかしこれまで戦って
        きた例からいえば、敵武将達を逃がしてしまうと近い城に逃げ込む
        パターンが多い。となると逃げるとすれば今回は鶴首城だが、どんどん
        武将の数が増えていって、戦いが面倒臭くなっていくのは問題だな。」
 細川藤孝「…そこでひとつ提案がございます。この際、あの天神山城の先にある備後
        の鶴首城も同時に攻撃してみてはいかがでしょうか?」
    定満「同時に攻撃するとどんな利点がある?」
    藤孝「はい。現在、安東茂季は天神山城におります。さらにここには黒田孝高、
       大久保忠世、松永久秀、籾井教業、赤井直正、村上武吉などの有力
        な武将がいるものの、肝心の城防御度が著しく低く、今では32しかありま
        せん。これならばいかに武将が18人いようとも、敵は数の有利と地の利を
        生かせません。我々は、狭い城内で各個撃破で部隊を壊滅させていけば
        いいわけです。」
 和田惟政「さらに、総大将が安東茂季です。あの能力値では、武将が一人捕まるごと
        に低下していく士気を維持することはできないはずです。」
    朝信「確かに、天神山城の方が攻めやすいな。騎馬隊も生かせそうだ。」
    藤孝「また、備後の本城・鶴首城は城防御度120という状態なので、ここで最後
        の決戦を挑むというのは得策ではないと考えます。しかし今であれば、
        この城に武将は4名しかおりません。」
    政景「なるほどな。先に天神山城を落としても、同時に攻撃していれば鶴首城
        には逃げ込めない。そして鶴首城が落ちれば叛乱軍は路頭に迷うことに
        なるな。」
    藤孝「左様でございます。それに時間も節約できますから、一石二鳥です。」
    定満「我が軍が敵を包囲しているからこそ取れる、大胆な作戦ですな。拙者は賛
        成いたします。」
    朝信「では我らが天神山城を担当しよう。敵の数が多ければ腕も鳴るというもの
        だ。」
    政景「よし。では義輝殿達には鶴首城をお願いしよう。さっきの話にもあったが、
        防御度120といっても武将が4人ではな。どうすることもできないだろう。」
 足利義輝「ははっ。かしこまりました。」
    定満「これで万全かとは思うが、ただひとつ気がかりなのは弟御である茂季殿の
        こと。いかに叛逆者とはいえ上様の血族にはかわりない。殺してしまっても
        いいものか…。」
    惟政「…私としてもその点が気になっておりました。」
    政景「その懸念はもっともだ。ただこの件に関しては上様から訓令が届いている。

        『…叛逆者に容赦はいらない。だが俺は、「花の慶次」の伊達政宗と
       弟・小次郎のくだりがとってもお気に入りだ。あれに習って俺も奴を許
       すことにする。もし捕らえるようなことがあれば逃がしてやるように。』

        とのことだ。特に騎馬隊中心の我が軍は、間違っても本丸に突撃はかけな
        いこと。あの能力値では即死しかねない。
    朝信「…いくら茂季殿でも長槍ぐらいは装備してくれるんじゃないか?」
    政景「そんな心配をしなくてもいい人物なら、何で叛乱なんぞ起こしたのだ?
        どうもあの方は、しっかりお父上に似てしまわれたようだ。上様のように、
        突然変異を起こしてくれればよかったのだが…。」
 

 ちなみに安東茂季の能力値は、戦闘32 政治48 采配54 智謀50 足軽D 騎馬Dであった。

 血統を信じたくない長尾政景に率いられた旧長尾家軍団と足利義輝軍団は、手筈通り二手に別れてそれぞれ天神山城、鶴首城へと向かった。武将18名で立て篭もる天神山城は、やはりというか防御度32では守りようもなく、本丸へと続く城門は一撃で破壊されていった。そして能力的にはこちらを上回っているはずの敵武将達も、騎馬隊の間断ない突撃と頼りない主・安東茂季のために次々と脱落していく。

 結局、幕府軍が三の丸に侵入したあたりで安東茂季軍は瓦解した。運良く安東茂季は捕まらず、逃げ出すことができた。しかし、落ち延びた先の鶴首城も同時に攻め込んだ足利義輝によって占領されており、叛乱勢力・安東茂季軍はここに壊滅した。

 尚、足利義輝軍団はすぐさま豊後の荒木氏綱軍団の救援に向かった。この軍団は、依然大内家の豊後への侵入を阻止しているものの、慢性的な兵員不足が一向に解消されなかった。そのため足利義輝軍団は自身の兵力のほかに、輸送兵力として15000人の兵員を帯同することになった。海路をとるため、比較的早く豊後に到着できるはずだった。

 そしてついでのように、越中・能登を占拠していた神保家も滅亡した。加賀から出撃した本願寺光佐(この名前のほうが好きなんです)軍団によるものだった。ただ、どういうわけかこの越中・能登、ついでに飛騨には、何と織田軍が侵攻してきていた。

 恐らく長躯して神保家と小競り合いをした結果なのだろうが、能登・穴水城、越中・魚津城、飛騨・松倉城といった支城は織田軍に占領されており、しかもそれぞれの支城に武将が8〜10名ほどいて、喉に小魚の骨が刺さっているようなことになってしまった。そのために、この方面にも兵を割かなければならなくなり、本願寺光佐軍団はそのまま越中に駐屯した。
 
 
 
 

 これで、北陸・東海・畿内・四国・中国において、すべての叛乱軍が一掃された。残るは九州の大内家と、東海から関東の南側と東北の太平洋側をおさえる織田家である。大内家は特に問題はない。兵力・武将の質・国力と、すべてで上回っているからだ。事実大内家は、豊後に駐屯する荒木氏綱の一軍団を駆逐することさえできないのだ。

 現在九州には、周防長門からは明智光秀、荒木村重による第1軍が、大隈・種子島城から竹中重治軍団が、備後・鶴首城からは足利義輝軍団がそれぞれ侵攻していた。また、これに呼応して豊後の荒木氏綱軍団が打って出れば、もはや大内家は風前の灯といってもいい状態だった。

 問題は織田家である。威信ではかなりの差をつけているものの、総兵力・武将数では負けている。特に九州に兵力を集中している今、織田家に同盟を破棄されると大変なことになる。織田家と隣接している城にはそれなりの軍団を配置しているが、複数の軍団が攻めてきた場合に対処できるだけの武将がいなかった。そのため常に戦闘は篭城戦になりそうだし、城は守れても敵の軍団に移動の自由を与えてしまうことになる。

 そのような理由から、一刻も早く大内家を滅ぼして軍を東国へ戻す必要があった。そこで安東愛季は、大内家をあと半年で滅ぼすように訓令した。でもまあ、所詮コンピュータのやることだから恐れる必要も無いとは思うけど…。特に同盟破棄なんてされたことないしね。