北の国から 〜第2章〜
 
 
 
 
 
 
第2章  1551年1月〜1555年5月

 
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  安東舜季「さて家臣団も固まったことだし、そろそろ上洛しよう。このまま北陸を抜けて、越前から近
        江と若狭にそれぞれ軍を分けて、一気に畿内を制圧したいと俺は考えてるんだけど、どう
        かな?」
  宇佐美定満「拙者が考えますに、安東領は羽後・出羽・岩代・越後と、横に長くなっていて、
          少々危険かと。ですので南の諸国、伊達・宇都宮・村上・山内上杉と同盟を
          結んでおいたほうがよろしいかと存じます。」
  浅利則頼「しかし南部家と利害が対立しませんかな?」
  色部勝長「自分としてもその点が気掛かりだ。一度締結してしまえば、一斉に襲いかかってくること
        はないだろうが、いつ襲ってくるかわからないという不安が絶えず付きまとうことになりそう
        だ。」
  氏家定直「それを心配するのは止めましょう。とにかく急いで上洛することが先決です。襲いかかっ
        てくるようであれば、征夷大将軍の威信をもって討伐してやれば良いでしょう。」
     定満「そう。畿内さえ押さえれば、他の諸大名などどうとでもできます。とにかく急ぐことこそ肝
        要かと。」
     勝長「力を失った足利幕府に成り代わり、この国に新たな秩序を打ち立てるというわけだな…。
        放っておけば秩序は乱れるばかり。確かに急いだほうがいい。」
     舜季「よし決まりだ。手始めに神保を滅ぼそう。」
  安東尭季「待て待て待て待て待て待て〜い!舜季、この父を差し置いて軍議を進めるとは一体どう
        いう了見だ!?許さん、断じて許さんぞ!」
     舜季「…さ、みんな行った行った。仕事だ仕事。」
 

 こうして、侵攻方向以外の国とは同盟を結びつつ、京都御所へ向かってひた走った安東軍だが、越中・神保家、能登・北畠家をあっという間に滅ぼして、加賀を通り抜け越前の朝倉家を滅ぼした後、彼らは招かれざる客を迎えることになった。
 

  氏家定直「殿、朝廷から使者の方が参られました。」
  安東舜季「…う〜ん、何かやったかなぁ。それとも越前を平定したから、越前守護にでもしてくれるの
        かな。」
     定直「殿は既に羽州探題ではございませんか。」
     舜季「そうだった。いや、早速会うことにしよう。」
 

 朝廷からの使者は、当時の文化人として名高い山科言継だった。
 

  山科言継「…安東舜季殿、であるな。」
  安東舜季「…は。」
     言継「日の本を騒ぎ奉ること許しがたい。よって安東家を朝敵となす。」
     舜季「…は。」
 

 山科言継はそれだけ言うと帰っていった。
 

  安東舜季「…何だったんだろう、あれは?」
  安東尭季「『…は。』ではないわ、このおおたわけが!!我らは朝廷より朝敵に指定されてしまった
        のだぞ!この重大さを貴様はわかっておるのか!?」
     舜季「どれぐらいやばいの?」
     尭季「…定直、説明してやれ。」
  氏家定直「この朝敵という設定は今回のシリーズから登場したシステムで、この指定を受けますと
       威信が半分になります。
     舜季「え…?」
     尭季「『え…?』ではない!これがどれだけ大変なことかわかるだろう!威信重視タイプの武将
        達は、軒並み忠誠度が下がってしまうのだぞ!」
  色部勝長「殿、家中に動揺が走っているようです。諸将の忠誠度が下がっております。」
     舜季「という割には勝長殿は下がってないな。」
     勝長「そうですな。拙者には威信はあまり関心がありませんので。それと元長尾家の家臣達
        は、拙者と同様にあまり威信に関しては関心がありません。」
     舜季「…なーんだ。うちの主力は旧長尾家家臣達なんだから、あんまり問題ないんじゃないの
        ぉ、親父?」
     尭季「バカモノ!!戸沢道盛を見てみろ!最初は20しかなかった忠誠度を、これまで苦
       労して67にまでもっていったのに、また28に戻っているではないか!他にも同じよう
         な状態の武将はいるぞ!」
     舜季「うっ、そう言われれば…。でもどうすれば…?」
     定直「とにかく朝廷に対し、朝敵指定の解除を働きかけるほかはございません。外交の能力を
        持つ者を集め、金銭を惜しまずひたすら参内仕るのです。しかし気なるのは、一体誰が朝
        廷工作を行ったのかという点です。この朝敵指定は朝廷から自動的に指定されるものでは
        なく、大名からの上奏があって初めて行われるものなのです。」
     勝長「とすると、我々から気に入らない大名を朝敵にすることも可能なわけか…。で、誰がとい
         うことになると、我々の後のターンに行動した大名ということになるが…。」
     舜季「となると家紋で判断するしかないわけだけど…。」
     尭季「あのナチス・ドイツそのままな家紋は本願寺しかおらん。あのクソ坊主どもめ、必ず滅ぼ
        してくれる!」
     定直「しかしあの一向宗を敵に回すとなると、十分な配慮が必要となります。」
     勝長「何故だ?敵対すればすぐに一向一揆は起きるだろうが、それは放置しておけばよいのだ
        ろう。どうせ農地や町を荒らしまわるのがせいぜいではないか。」
     定直「ところが今回はかなりの強敵になっているようで、油断は出来ません。領内に寺があ
        る国は、警戒する必要があります。」
     舜季「やっかいだな?〜。それをちまちま潰していくのは面倒極まりないな。だから本願寺を
        さっさと滅ぼしたいのが本音だ。」
     定直「本願寺は紀伊・雑賀城を本拠にしているようです。ここ越前からは、ちと遠すぎますな。」
     舜季「何だよ〜、結局畿内を平定するような進路で行かなきゃダメってことかよ〜。」
     尭季「情けない声を出すな!畿内を平定すれば、天下統一により近づくではないか!」
     舜季「それはわかってんだけどさ〜。」
 

 朝敵となった安東軍は、予定通り軍を二手に分け、一方を若狭・丹後・丹波・山城の順に攻め込ませ、もう一方を近江・伊勢志摩・大和といった国に侵入させた。目指すは紀伊・雑賀城。武将達の忠誠度が軒並み下がっていたのと軍を2つに分けたことで、当然安東軍は不利になるかと思われた。

 しかしさすがは光栄。相変わらずコンピュータは弱い。こちらの読み通り、どの大名も何の手も打ってこなかった。武田・細川・本願寺といったところは兵を出してきたが、ただ出してきただけで、こちらの武将を内応させるとか、謀反を誘発するなどといった手は全然打ってこなかった。

 そして1553年1月。待望の後継者、安東愛季が元服した。安藤家にしては、稀に見る能力値の高い武将であり、身分もいきなり武将である。何しろ采配値が77もあり、安東家家中で最高の数値だったので、当然、すぐさま総大将として出陣させた。しかし良いことばかりだけでもなかった。同じ年の3月には、安東舜季の父、安東尭季が他界してしまった。色々とご不満もおありでしょうが、成仏してください。安東舜季はきっと天下統一できるでしょう。

 その間にも安東軍は進撃を続け、7月には足利家の拠点・室町御所を落として京都を制圧した。そしてようやく朝廷工作が実を結び、朝敵扱いを解除された。これで一気に威信は342にまで跳ね上がり、大内家、武田家などを抜き去ってダントツのNO.1大名となった。

 しかし喜んでいたのも束の間、10月にはまたしても本願寺の朝廷工作によって、今度は討伐令を発布されてしまった。このとき、一向一揆は続発しており、家臣の質では明らかに上をいかれている武田家とも既に戦端を開いていたため、非常に憎たらしかった。必ず滅ぼす。

 さらに、北畠家が支配する伊勢半島に侵入したことにより、既に今川家を滅亡寸前にまで追い込んでいる尾張・織田家と国境を接することになってしまった。また、山陰方面から攻め込んだ軍団は管領・細川家と対峙しなければならなかったため、丹後はがら空きにしたまま(丹後国内の武将数はゼロ)、摂津・勝龍寺城へ入った。一方、近江から進行した軍団は美濃から出撃してくる武田軍に対応せねばならず、また伊勢方面にも軍を割いているために動きがとれない。

 そんな中で、もはや宿敵とも呼びうる本願寺軍と戦っていたのは、全員を登用できた旧波多野家家臣団に、各部隊から1、2人づつ武将を加えて構成した寄せ集め部隊だったのである。彼らをを率いるのは、老将・朝倉宗滴であり能力的に見れば問題はないのだが、いかんせん身分が足軽頭であったため(彼だけでなく部隊のほぼ全員が)に兵力で相手に劣り、無敵というには程遠い状態だった。

 だったら兵力の多い大名が戦えばいいじゃないかという声が聞こえてきそうだが、残念ながら安東舜季では戦闘に勝てないのである。たとえ兵法書を持って陣形オールマスターになったとしても…。
 

  安東舜季「まずいことになった。ちょっと戦線を拡大し過ぎたかな。」
  宇佐美定満「左様ですな。東西南北に敵を抱えるのは得策ではありません。これで、山名軍が丹
          波に侵入でもしてくれば京都を直撃されるので、非常に危険です。」
     舜季「…マジやべえなぁ。親父の奴、あの世で怒ってるだろうな。」
     定満「むやみに同盟するのも考え物です。この先征夷大将軍の任官をお受けになり、同盟統
        一なさるにしても、最低32ヶ国は統治しなければなりません。畿内をすべて抑えても、最
        低20カ国は占領しなければなりません。」
  斎藤朝信「左様にございます。特に山名家と同盟することは、山陰への道を絶つことになってしまい
        ます。山陽道と四国を進むだけであと12カ国、というのは無理です。」
     舜季「となると東海、中部も考えなきゃならないわけか。」
     定満「もはや武田家とは修復は不可能でしょう。ですから、中部地方は侵攻ルートと想定なさ
        れたほうがよろしいかと。」
     舜季「そうか…。とすると織田家だけが敵対していない相手というわけか。」
     定満「拙者もそう考えます。と申しますよりも、まだ敵対しないうちに同盟を結んでしましましょ
        う。」
     舜季「しかし、強力な織田家・松平家家臣団を手に入れられないのは残念だなー。」
     朝信「殿、我々では力不足だと…?」
     舜季「いやいやそんなことはないぞ。いずれ対決するかもしれないという不安があるじゃない
        か、同盟すると。」
     定満「確かに。しかし織田家も当面は武田家を敵としているようですから、利害が一致する間だ
        けは安心できるでしょう。それに武田家とて、そんなに短期間で滅ぶとは考えられませ
        ん。」
     舜季「武田家が存続する限り、この同盟は安心というわけか…。そうだな織田家と同盟して、
        中部地方を安全区域にしよう。」
 

 こうして1553年11月、安東家は織田家と同盟した。翌月には、早速織田家から援軍要請があったが、当然ここは承諾。当面は仲良くしておきたい。

 年も明けた1554年、1月には足利幕府が管領・細川家によって滅ぼされた。これによって征夷大将軍が空位に。

 その年の9月までに、安東軍は大和・筒井家、伊勢志摩・北畠家を滅ぼし、畿内に残る敵対勢力は紀伊・本願寺のみとなった。また、ついでのように討伐令が解除され、威信が元の値に戻った。

 同月、同盟国・織田家はついに今川家を滅ぼし、武田家と直接対決の道を歩み始めた。頼もしいぞ同盟国。このまま頑張ってくれ。でも同盟破棄だけはしないで…。

 10月にはとうとう本願寺の本拠地・雑賀城を攻撃。朝倉宗滴、荒木氏綱、赤井直正、籾井教業、滝川一益らによる攻撃だったが、時間切れで一時撤退。というより実はほとんど負けてました、この戦い。その証拠に、引き上げる途中に遭遇した細川軍の攻撃で、軍団が崩壊して総撤退するハメになったからである。この私が細川家なんぞに負けるなんて…。

 11月。再び本願寺の朝廷工作で、討伐令を発布された。もう死に体のくせに何という往生際の悪さなのだろう。また、12月には細川軍が兵力6200という大規模軍団を率いて摂津・高屋城を攻撃してきたが、これはあっさり退けた。そうだ。普通に戦えば、私が細川家などには負けるはずがない。

 1555年1月。安東舜季の次子・安東茂季が元服。しかし戦闘32、采配54という親父そのままな能力のため、積極的に戦闘はさせたくないところだ。また、蛍姫が髪結いの儀を終えたため、荒木氏綱に嫁がせた。やはり頼りになる親戚がいるにこしたことはない。

 4月には、根来城から筒井順慶らによる陽動部隊を出撃させた。案の定これに引っかかって根来城に進軍する本願寺軍。そして出陣したために武将数が少なくなった隙を突いて、再び雑賀城を攻撃した。今回は前回のメンバーに加えて、武田軍との戦いで登用に成功した明智光秀、高坂昌信が参陣していたためあっさり落城。ここに一向宗との戦いは終了した。

 これによって支配国数が20となり、京都支配という条件も満たしたため、安東舜季征夷大将軍に任官された。
 

  氏家定直「若、おめでとうございます。お父上が征夷大将軍となられた由にございます。」
  安東愛季「ああ、ありがとう。でもこれで、親父はもう京都を出ることはないんだろうな、多分。」
  浅利則頼「そうですなぁ。『とにかく楽に』というのが殿の口癖でしたからな。しかしこれで先代の尭
         季様も、雲の上で満足されていることでしょう。」
     定直「これで、あと12カ国を支配すれば天下統一となります。既に我が国は日本一の大国。邪
        魔するものもそう多くはないでしょう。」
     愛季「そうだろうな。しかし、それも同盟諸国の協力があってこそだろう?どうもその辺りが安心
        できないな。」
     則頼「若、それは心配性というものです。既に我々の威信は500を超えております。どこの国が
        敵対しようなどと考えましょうや。」
     愛季「だがな、俺達は征夷大将軍の軍であるにもかかわらず、未だに本願寺がしかけた
       討伐令が解除されていない。一体これはどういうわけだ?」
     定直則頼「…。」
 



 
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