'95年6月度 観音崎・城ケ島・江ノ島・箱根

1.あるバイク乗り
 この日を溯ること約1ヶ月、95年5月のある土曜日に、中央道・談合坂SAで一人のバイク乗りを見かけた。まだ山のほうは肌寒い季節であるのにジージャン姿、今でいうジャニーズジュニア風の少年ぽい外見なのにそこはかとなく感じる年輪(今にして思えば実年齢のせいか)、そしてバイクは真っ黒なFX400Rなのにメットは真っ白なフルフェイス。距離計を覗き込むと、既に53,000kmにも達しているのに単車はピカピカに磨き上げられている。
 直感で、彼が「風まかせの主宰者だ」とわかった。モーターサイクリストの投稿ページで、毎月のように目にしていた告知。当時、殆どバイク仲間のいなかった僕は、少しだけ興味を持って次月の第三土曜日を待った。


2.そして当日、朝7時
 梅雨の合間、快晴の朝。それまで夜にしか来たことのない保土ヶ谷PAには、既に沢山のバイクが集まっていた。が、黒のFX400Rは見当たらない。主催者が時間を過ぎてもいないということは、あれは別の団体なのか? FZ750, FZR1000, V-Maxと、ヤマハのBIG BIKEが3台も中心に陣取っているということは、恐らくYSPか何かのショップ主催のツーリングか?
 と、向こうから「あの」FX400Rが滑り込んできた。すると、談笑していた人だかりの中から、赤いジャンパーを来た小柄な男性(山内さん)が「おせえーよ!」と叫びながら飛び出した。そして、「タイヤ変えたぜ!ダンロップは震災で工場止まってるからBSだけどね!」と叫びながら、「彼」はメットを脱いだ。
 やはり、彼らが「風まかせ」の面々だったのだ。
「中島さんですか?今日一緒に行って良いですか?」と、早速声をかける。勿論彼は快諾してくれた。見れば他にも、「目印」の登場を待って声をかけてきた人が数名。協議の結果、観音崎灯台、そして城ケ島へ魚を食いに行くことに。


3.Get your motor runnin’!
 いざ出発、という段になって、ふと見るとV-Maxが二輪置き場の前で横倒しになっている!リッター車の立ちごけを始めて目の当たりにした僕は少々ビビったが、本人(平田さん)はけろっとした様子。R16を、連なって走るバイクの集団。大型トラックや通勤途中の車がごった返す中で、その周りだけ自由の風が吹いているような気がした。
「これがマスツーリングなんだ」僕は、新鮮な気持ちを覚えた。
 観音崎につき、皆で丘の上の灯台に行くことになった。灯台までは結構距離があるとの事で、僕は内心「ゲッ」と思ったが、すぐさま自分がこの団体の新顔である事を思い出し、「団体行動、団体行動」とつぶやきながら急な階段を上っていった。見れば、皆も「俺の体空冷だからきついなー」(何てバイク乗りな発想!)等といいつつふうふう登っている。特に、バトルスーツ風の黒革上下にハンマーブーツのZX-10氏が一番きつそうであった。
 灯台では、皆が登ったままカメラマンのみ下からローアングルで記念撮影。ミニスカート着用のメンバーが居なかったのが悔やまれる。(ツーリングなのに居るか!)
 灯台を降りてくると、リーダーがやおら叫び出す。「バイク、俺のものになったぞー4年越し!」「大台に乗ったぞー!」(訳すと月賦が終わった、30歳になった、という事らしい)
 城ケ島では、駐車場奥の通路に一列にバイクを止め(壮観!)、魚を食い岩場で戯れて記念撮影。この店の座敷にはテーブルが3つしかなく、参加者全員でそれを占領した形になった。「大人数だなー」というのが皆の率直な感想だったが、きっと今の風まかせの人数では、この店全体貸し切っても入りきらないだろう。


4.悪魔(Devil)のZZ-R!?
 腹もいっぱいになったところで、次は江ノ島まで足を伸ばそうという事になった。因みに、バイク乗りが「江ノ島に行く」というのは大体橋を渡ってすぐの広場にバイクを止めて休憩するだけを指し、島の奥までは行かないというのは、僕はこの時初めて知った。  皆で、現在はもうない水際の植込みの日陰でくつろぐ。
 ここで、又もや見知らぬV-Maxの立ちごけを見た。何故1日2回も同じ車種が?又、ZZ-R1100のDevil管の、エキパイの焼けの美しさが皆の注目の的となった。「これにジュースかけたら怒ります?」との山内さんの言葉に一同爆笑。だが、初心者の域を脱していない当時の僕は何故可笑しいのか分からず引きつった笑いを浮かべるのみであった。(実は未だに分からないのだ。跡が残ってしまうということ?)
 また、このマシンはナンバーが“・333”だったのだが、「これ、数字が6だったらやばいな―」というのが皆の統一見解であった。(後年、某アフリカツイン氏のナンバーを見てこの時のことを思い出し、一人で笑ってしまいました。)


5.箱根、最後の大爆走
 話は盛り上がり、西湘バイパスをとおってターンパイクを上ろうと言うことに。
 バイパスに入ると、大型車を中心に皆飛ばす飛ばす。直線は何とかついていったが、ターンパイクに入るとまるで駄目である。特に、Goose250にあっさりチギられ、僕は「バイクの速さは性能じゃないんだ」と知った。
 大観山まで上ると、流石に陽が傾いてきたこともあり一寸冷える。誰からともなく、方向が同じ者同士つるんで帰る相談を始めた。リーダーは箱根スカイライン、芦ノ湖スカイラインを回っていくと言う。が、「行く」と言ったのは他に僕だけ…「どうする、止めとく?」と言われたが、「いや、行きましょう!」と答えた。


6.Runnin’ with him
 箱根スカイラインを抜けてR138に向かう大きなカーブで、リーダーが突然路肩に寄って止まった。
「どうしたんですか、調子でも悪いんですか?」「いや、富士山がきれいだからさ、写真でも撮っとこうと思って」ふと見上げると、夕焼けで頂上の雪が真っ赤に染まった富士山が見えた…夢中で走っていて、気づかなかった。
 リーダーに写真を撮ってもらってバイクに戻ると、丁度オドメーターが5000キロを超 えたところだった。
 御殿場ICから渋滞の東名高速をすり抜け、都内に戻る。飯を食っていこうと言うことになり、リーダーはこれから狛江の友人宅へ行くと言うことで、その近くのびっくりドンキー(後で知ったが、彼の大大大好物)へ向かった。
「5万キロ超えてあんなに奇麗に乗ってるなんて凄いですよね。」「うん…あれの前にもう一台、同じFX400Rを買ったんだけどね、それは30キロ走っただけでこけて廃車にしちゃったんだよ。分かる?30キロだよ!これから何万キロも走るつもりで生まれてきたバイクがだよ!凄くすまないことをしたと思ってさ、だから、あれは俺がもういいって納得するか寿命になるかするまで乗る積もりなんだよ」あれから丸3年、「彼」の走行距離は既に10万キロを超えた。既に限定解除に合格してGPZ1000RXを買ったが、FX-Rのほうは「納得行かない」ようで未だに所有している。3年前に初めてマスツーリングに参加した初心者は、今は一応ツーリングクラブのリーダーである。


 3年後にも、同じ気持ちで走っていたい。
 彼も、3年後にも走っていてほしい。
 ふざけて銃を向けたトラックドライバーに中指を立て、アスファルトに散ったデニスホッパー。
 排気音の快感がエイトビートのそれと同じであることを教えてくれた小説家、山川健一(今はエロ小説家に成り下がった)。
 高校時代YSR50で小僧を始め、30歳目前の今まで「センスタのない」バイクばかり20台近く乗り継いだツーリングクラブの相棒、K。
 中島康治は彼らと並んで、バイク乗りの端くれである僕の「車上(車中にあらず)生活」にもっとも強い影響を与えたうちの一人である。


7.因みに、この日の参加者は以下の13名
A.FX400R(black) 中島さん:「りーだー、へっど、との、かしら、たいしょー」
B.FZ750(Lawson Color) 山内さん: 皆がリーダーと同じく慕う存在、ライテクはぴか一。
C.FZR1000(red/white)土井さん: 既婚(現在は)の紳士ライダー。
D.V-Max(red)平田さん: 現在はZZ-R1100で、実家の宮城でかっトンでいる筈だべさ。
E.ZZ-R1100(wine/black, Devil管)渡辺さん: (このマシンにして)子持ちのパパライダー。
F.ZX-10(black/silver、名前不明):初期の常連、現在は広島に移住。
G.NSR250R(red/white、名前不明):炎天下、Vanson Leatherでキメていたお姉さん。この日しか来なかったなー。
H.SRX600(silver)田中さん: 大学生。その後GSF1200に乗り換え、第三京浜で140キロオーバーで捕まったにもかかわらず取り消しにならずにすんだ伝説の男。
I.GPZ900R(blue/silver名前不明): 初期の常連、その後の消息誰か知らないか?
J.EX-4(wine)津島さん:ご存知ヘアヌード男。その後XLR, Djebel と乗継ぎオフにはまる。
K.VT250F(red/white)中村さん:現在はRF400Rに乗るロンゲ男。
L.Goose250(black、名前不明):峠が素晴らしく速かった。彼もこの日以来見ていない。
M.CB400SF(wine) 中野:私こと兄貴改めShin@CB400SF.

注) この文章は当日から3年近くたった‘98年5月8日に書かれたものであり、故に筆者の主観や思い込みや記憶違いによって事実と相反する記述がある恐れがありますが悪しからず。