♪ガンキラー汐ちゃんの
極楽とんぼ日記



          


2012. 4.10(火)

「突然のメール アンド 激歯痛 part2!」

昨日、約10年前に第1作目を読んで頂いた方より、メール頂きました。
元気にしているということで、とても嬉しかったです。
このHPの第1作目の感想文(2002/5/02)も書いて頂いてアップしましたし、
今回も元気なガン患者コーナーへも、メールの内容をUPしました。
兵庫県姫路市の「UTKAKO」様よりでした。

激歯痛、part 2 です。
強烈な歯の痛みに耐えて、歯医者に再度行きました。
今回は歯にかぶせている銀歯をとり、歯の中の神経の処理をして頂きました。
すると帰宅する頃から、あの激痛の歯の痛みがどんどん薄らいで行ったのす。
その代わり、銀歯を取る時に出来た、歯の傷で今度は舌に当たり、痛くなったのです。
銀歯の取り方は、銀歯を削り、無理やりにはぎ取るのですね。
ヒェ〜って感じでしたね。
で、自分なりに考えて、ガムを歯に貼り付けて、舌の痛みを防ぎました。
次の治療で、歯を滑らかにしてもらい、舌の痛みもおさまりました。

そして歯の根の治療を2回して、かぶせ物の型を取り、はめて頂いて終了しました。
それにしても、あの神経をいじられている激痛は、本当に拷問にあっている感じでしたね。
今回の僕の場合は、歯の神経の炎症ということだったみたいです。

痛みが消えた日からは、痛みのない生活が、どんなに幸せか感じましたね。
健康でいるってことが、本当に大切ですね。
病気になって、健康のありがたさが再認識させられた歯痛でした。。
みなさん、歯も大切にしてくださいね。



2012. 3.26(月)

「突然の激歯痛!」

天災と病気は、忘れた頃にやって来ます。

4日前の金曜日でした。時間は朝の4時。
突然の強烈な歯の痛みで、起きました。
その痛みたるもの、もう「超激痛」です。
歯の神経を容赦なく突かれている痛みでした。
「うぁ〜痛い〜!神経を突かれている〜。超痛い〜!」
約15分、布団の中で、痛みに耐えて、もがいていました。

そして、15分過ぎた頃から、少しずつ痛みもおさまり、また寝てしまったのです。
そして、朝が来ました。
朝起きて、もしかして、あの痛みは「夢だったのかな〜?」と、ポチティブに思ったのです。
起きた直後は、少し歯の痛みはあったものの、我慢できない痛さではありませんでした。

そして、次の朝、4時ぐらいです。
全く同じ事が、再び起こったのです。
激痛でまた目が覚めました。
「うあ〜、超歯が痛い〜。昨日と同じ痛みだ〜!イ〜タ〜イ〜!」

そして、昨日の歯の痛みは、夢ではなかったと確認できた瞬間でした。
朝一番で早速、歯医者さんに予約を入れました。
「今日、予約出来ますか? 朝方に激しい痛みが2日間続いています」
予約を5時に入れてもらいまいた。

しかし、自分でも原因不明の激痛に悩んでいました。
「Why? なぜ?」という疑問が・・。

そして歯医者さんに行き、先生から言われました。
「歯の噛み合わせが、悪いんじゃないかな?」と。
そして、、歯を少し削られました。
そして、歯の掃除も同時にしました。
最初に鋭い器具で、歯茎を突かれました。
これがもう痛くて、拷問にあっている気持でした。
そして、掃除が始まり、もうドリルを使い、歯石などを掃除したのです。
約1時間の軽い拷問にも耐えて、帰宅しました。

そして、夜になり、軽くビールを飲んだのです。
すると、また急に歯が痛くなり、もう頭までズキンズキンと響いて来たのです。
もし、このまま残りのビールを飲んだら、もう危険を感じる感覚で、即、止めました。
不覚にも、一番好きなビールを人生で初めて、捨てた日になりました。
「うあ〜。最低だ〜!」

頭の中では、「どうして?どうして?」の繰り返しの言葉がリピートしていました。
そして自分なりに、行動を振り返り、痛みの原因を追及したのです。
まず歯が痛くなる前、歯に悪い行動を振り返り、考えました。
そいうえば、やや硬い煎餅を、痛くなる前に、夜に食べました。
私の歯は、歯医者さんに行くと、毎回言われます。
「元来、丈夫な歯じゃないですね」と。

そこで考えたのです。
もしかして、煎餅を食べて、歯茎にダメージを与えたのではと。
しかし、その前にも同じ煎餅を食べても大丈夫だったのに・・。
「なぜ今回だけ?」と疑問を残しながらも、次に進みました。
次の日は、昼間はそんなに痛くなかったのです。
ですので、また残りの煎餅を寝る前に普通に食べたのです。
そして朝方に、またもや同じ激痛が稲妻のことごく、走ったのです。

ここまでの行動を振り返り、痛みの原因を自分なりに考えました。
最初に煎餅を食べた夜、かなり歯茎にダメージを与えてしまった。
そして、その夜に、不幸にも、朝方、「歯ぎしり」をしたのでは?←自分では分からないのでがね。
それで、さらなる歯茎にダメージを与えれ、耐えられなくなり、最初の激痛が発生した。
ここで、歯茎にそれ以上負担を掛けなければ、よかったのに、また次の日に残りの煎餅を食べた。
これが致命的になったのではないか!←鋭い診察に歯医者さんもビックリ?
ハハハ。

そして、夜に再度ダメージを受けた歯が、またもや「歯ぎしり」をして、さらなるダメージを歯茎に受けた。
2日続いての強烈なダメージを受けた歯茎は、もう、最悪の炎症を起こしてしまったのだと、結論を出したのです。
この診断は、本当に正しかったのでしょうか!
歯ぎしりの部分は、そうでも思わないと、やってられません。
ハハハ。

そして治療を受けた次の日、土曜日です。
昼間の痛みは、違和感はあるものの、ガマン出来ない痛さでは、ありませんでした。
このまま、よくなると本人は信じていました。

そして、夜になり、痛みも薄らいだので、また大好きなビールを飲んだのです。
病み上がりということもあり、控えめに350ミニリットル缶2本にしました。
ここまでは歯も痛くもならず、しめしめと思い、さらにウイスキーを氷と水で割で、二杯。
これを飲み終えた時でした。
急に痛みが降臨して来たのです。
「あ〜痛い〜!また痛くなった〜」

しかし、そんなに激痛ではなく、何とか寝ることは出来ました。
あ〜水割りは余分だったな。
飲まなければよかった〜と少し後悔しました。
まあ、次の朝になれば、きっと治っているだろうな〜と寝たのです。

そして次の朝、日曜日が来ました。
朝、起きてからは、痛みが少しずつ増えて来たのです。
昼までには、もう我慢の限界を越えて、初めて「痛み止め」を飲んだのです。
初めて、バッファリンを飲みました。
夜も痛みで寝ることも出来ず、気がついたら朝の3時でした。
1階まで降りて、また薬を飲んだのです。
そして、やっと寝ることが出来ました。

そして月曜の朝、今日になり、なおも痛みが続いているので、また歯医者に電話をしたのです。
「金曜日の最後にお世話になった汐崎です。昨日はもう痛さに我慢できなくて、痛み止めを飲みました。もう少し様子を見た方がいいですか?どうしたらいいですか?」と聞いてみました。
すると、電話からの女性の声は、「今日は、何時ならこれますか?」との返事でした。
一応、4時半に予約を入れてもらいました。

はたして、この激歯痛は、治るのでしょうか?
では、これから再度、歯医者さんに行って来ます。
あ〜早く治って欲しいな〜!
歯の痛みを忘れる為に、何かに集中したくて、書いています。

話の内容は、リアルタイムの為に、「つづく」にさせて頂きます。


2012. 1.03(火)

「明けまして、おめでとうございます!」

いよいよ、今年も始まりましたね。
新しい毎日、1年間をたとえ苦しくても、笑いながら、苦しさも楽しさに変えて、過ごして行きたいですね。

そして、まずは「今年の抱負」です。
今年の抱負は、「ガンキラー汐崎のガン脱出法」を全国に「ブレイク」させたいです。
すでにガンになり、16年の歳月が経とうとしています。
かなりの忍耐修行も積んで来ましたね。
ハハハ。

そろそろ今年は、ガン患者の人、ならびに健康な全国の人に、「ガンキラー汐ちゃんの脱出法」を知って頂きたい!
と言うことで、今年は、「ガンキラー汐崎のガン脱出法のブレイク」を抱負にしました。

今まで16年間、それなりに活動はしてきましたが、イマイチ、パッとしませんでした。
マスコミの人などの協力は全くなく、無視されて、ただ一人よがりの16年でした。

今年は、こちらからお願いするのではなく、マスコミの方からお願いされるような、立場になりたいです。
なにせ、人の命が掛かっていることだし、折角、僕みたいな体験者がいるのです。
その人の体験談を利用しない手はないと思います。
その体験談は、ガン脱出には必要不可欠で、普段ではなかなか体験できない話しだと思います。

お金は全く掛からなし、ただ「発想の転換」をするだけです。
ガンから脱出に試してみる価値は、十分にあると思うのは、僕だけではないと思います。

多くのガン患者のみなさん、少しでもより多くの方に、「ガンから脱出して欲しい!」という願いです。
                          
                             今年の抱負、ガンキラーの汐崎よりでした。

20011. 12.14(水)

「元気になられた元ガン患者!」

昨日、以前(11年ぐらい前)、よくメール頂いた元ガン患者さんより、メールを頂きました。
元気みたいで安心しました。
その人からのメール、HPの「ガンでも元気、体験談」の所にUPさせて頂きました。
多くの方が、どんどん元気に回復して、多くの人に社会復帰して欲しいですね。
そして、人生を思いっきり、超楽しんで欲しいですね。

2011. 10.01(土)

「新たな決心!」

最近、ふと、日記を長く書いてないな〜と思いました。
理由は、単純にマンネリ人生になりかけていただけです。

最近、テレビでは、ガンで亡くなられた有名人の放送がよくあります。
しかし、ガンになっても元気で、10年以上、生きている人の話は、ほとんど放送はありません。
「どうして、ガンから脱出出来たの?」って放送は、ない。
一度、元気なガン患者体験者を集めて、その元気になれた理由を放送するのも、いいと思います。
元気になれた話しって、必要だと思いますがね。

そして最近、ゴルフのスイングに悩んでいました。
もう、かなりの年数をやっているのに、イマイチ、パッとしません。
毎回、なぜ、こんなに下手なの?って思いました。
しかし、あまり練習もしないのに、うまくなるはずはないと自分に妥協していました。

そんなある日、ふと、風邪を引き、寝込んだのです。
その時に昔、父親に言われた一言を思い出しました。
「清は、何でもそこそこやれるのに、それでご飯を食べられる実力までは、いかないな!」って。

父は、石屋でした。
墓石屋ではなくて、道路や川、崖などに石を並べる仕事でした。
その仕事ぶりは、まさに職人芸でした。
石を自分の思うように、ハンマーだけで割る事が出来たのです。
まるで石と会話でもしているよに、自分の思うように割って行くのです。
ここの石の割れ目を叩くと、どのように割れると、すべて理解していたのです。
その石をあやつる技に、子供ながらビックリしたもです。
もちろん、そこまでになるには、石の厳しい修行があったと思います。
他人には絶対にマネできない、父親だけしか出来ない特殊技術をもっていたのです。
そんな父親からの、一言だったのです。

最近、大好きだったゴルフも、「もう、どうでもいいや」って思っていた僕でした。
そんな時に、ふと、父親の一言を思い出したのです。
昔、父に言われた一言を思い出し、そして、心を改めて、再度、新たな決心をしました。
「うまくなるまで、頑張ろう!自分しか出来ないゴルフスイングを見つけるぞ!」
諦めず、うまくなるまで、自分に合ったスイングの研究を続けることに決めました。

そして、もうひとつ言わせて下さい。
僕にしか出来ない、そして、話せない特殊技術がひとつあります。
それは、僕が体験した、「ガンからの脱出法」です。
これは、体験した者しか、話すことが出来ない、父親と同じ特殊技術だと思っています。
こちらも、諦めかけていましたが、再度、気持ちを新たにしました。
そして、多くの人に、僕の「ガン脱出法」を知ってもらいた。
そして、僕と同じく「ガンから脱出して頂きたい!」と思っています。
いつかは、多くの人に分かってもらうように、こちらも頑張って行きます。

2011. 7.28(木)

「くっ付かないフライパン!」

最近、餃子を焼くと、フライパンにくっ付き、うまくはがれません。
今までは、フライパンを使ったら、一度空炊きして、薄く油を塗っていたのです。
そうすると、次回使う時にくっ付きにくいって聞いていたからです。

しかし、最近は、もう卵焼きを作るにしても、餃子を作るにしても、くっ付くようになり、困っていました。
そんな時に、テレビでくっ付かないフライパンの宣伝をしていたのです。
そして、ついにそのフライパンを買いました。
ダイヤモンドコーティング加工とか言う、3点セットの奴です。

結論です。
すばらし〜い! 本当にくっ付かない。
テレビの宣伝通りで、本当に薄い卵焼きもくっ付かないで簡単に作れます。
もしかして、誇大宣伝だと少し疑っていたのですが、本当でした。
同じフライパンでも、昔のフライパンとの差には超驚きでした。
料理を作るのも楽しくなりました。←うそつけ、作らないくせに。
へへへ。

世の中には、なかなか信じられない事も多いと思います。
しかし、そんな中、本当のこともあります。
僕のガンからの脱出も、普通にはなかなか信じられないと思います。
しかし、今回のフライパン同様に、本当の出来事でした。

是非、私が思い切って新しいフライパンを買ったと同様に、
もし、ガンで悩まれていたら、私の「ガン脱出方法」も、試して頂きたいです。
お金も、一切掛からないし。

私はガンになり、15年無事に今日までこられました。
僕の身体で証明した、推薦出来る、ガン脱出法の一つだと思っています。



2011. 6.02(火)

「不信任決議案!」

今日は少し、まともな事を書きたいと思います。
今日、不信任決議案の結果が3時ぐらいに出るそうです。
今はまだ午前中ですが、そのことについて、一言です。

今日は菅さんにとってはビッグな日になりますね。
この東日本震災後の大切な時期、党同士の権力の争いには、
世界も、かなり「ガッカリ」すると思います。

東北の人が、この大震災の被災地で、素晴らしい行動などが、
世界から高く称賛されて来ました。
「日本人は、すばらしい、国民だ!」って。

さらに、日本の国も素晴らしいと世界に宣伝出来る時に、
なんと国会議員は自分の党のことだけしか考えられない。
今回の事で、日本の政治は、最低レベルですと、間違いなく世界に宣伝するでしょう。

菅さんが嫌いだから、ただ追い出すだけで、何にも、その後の事は考えていない。
さらに、政策も対策も次の指導者すら、まだなにも考えていないと言う。
そこには、明るい日本の未来は、無いような気がします。

ここで国会議員みんなで、少なくともこの緊急事態だけでも乗り越えて欲しい。
復興と原発にめどがついてから、党同士で戦えばいいと思う。

今、必要なのは寛大な緊急災害法律を作る。
そして、規制緩和することで、スピーディーな対応を取る。
それにより、、被災者を救い、国民の為の政治を今はやったらどうだろ?
すると、世界からも日本人、さらに日本政治も最高だ!って、なるはずです。
すると日本評価もうなぎ昇り、世界から信頼を得た日本になる。
その結果、日本国民としても、国家的にも世界1位になれるチャンスだったはずだ!
その見返りとして、貿易など、あらゆる経済の面でも、信頼度、世界1になれるチャンスがあった。

集まった義援金ですら、色んな規制がじゃまして、いまだ受け取れていない被災者。
そんな臨機応変がきかない、スローな日本じゃ、世界からの信頼性もなくなります。

この時期、菅さんを叩く絶好な時と思っている国会議員の皆さん。
実は、その反対ではないかと思います。
菅さんを、じゃ助けてあげようか、という力を出せる人こそ、後の政界で活躍出来る人だと思います。
日本を良くする人だちが、日本をつぶそうとして、どうするんですか。
「菅さんを助けることが出来た国会議員こそが、これからの日本を任せられる人だ!」
このように思うのは僕だけでしょうか?

自称、国際ジャーナリストの汐崎が現地からお届しました。

2011. 5.17(火)

「ちびヘリ!」

最近、歳とともに集中力の低下が気になって来ました。
そんな中、新聞広告にリモコンヘリの宣伝が載っていました。
宣伝文句では、集中力UPが出来るなんて書いてありました。

小さい頃、ラジコンヘリが欲しかったのですが、貧乏で買えなかった。
そんな小さい頃を思い出し、値段もそんなに高くないので、一石三鳥を狙って買ったのです。
集中力の強化。指先のコントロールでボケ防止の強化。
それと、買えたという、自己満足に浸る。
早速、全長78cmもある野外で遊べるヘリが届いた。
初めて握るコントローラーの手が震える。
3時間の充電で、たった5分のフライト。

そして、いざスタート!
頭の中では空に舞い上がる予定が、離陸もしない内に、機体が不安定になった。
次の瞬間、高回転で回っていた羽が地面へ着陸というより、激突!
このヘリ、集中力を高められるどころか、夢も瞬時に壊すヘリだ!
ハハハ。

いきなり外でのヘリは無理だということが分かりました。
そこで、室内で飛ばせるラジコンヘリへと変えました。
ネットで色々と調べて、最高のヘリを見つけました。
60%オフの値段で3980円。←本当の価格は9千円以上。
しかしこれが最高にすぐれものでした。
安定性は超最高だし、値段も安いしね。
ホバーリングなんて、ビクとも前後に動きませんよ。
最高に安定性のいいヘリですね。
さらに4チャンネルで、まるで実際のヘリと変わりなく操作できるのです。
4チャンネルと言っても日本テレビじゃないですからね。
普通は3チャンネルですが、それよりもより高度な飛びができるのです。

さらに機体もなかなか壊れない。
色んな所に衝突しても、壊れないのです。
最近やっと、操作にも慣れて、集中力の強化に臨んでいます。

しかし家では、うちのヤツといつも、ちびヘリでケンカです。
うちのヤツが言います。
「もう、ヘリ3つも買って、なに考えているの?!」
僕も言い返します。
「お前だって韓国のDVD腐るほど、買っているじゃないか!」

ヘリのお陰で、集中力の強化、ボケ防止の強化を楽しくやっています。
さらに夫婦喧嘩で対応術も、今、身につけている最中ですよ〜。
ギャハハハ。


2011. 4.05(火)

「災害支援活動!」

多くの人の東日本大震災の支援活動が、毎日テレビで放送されています。
世界中からの支援も多く放送されています。
日本中の中でも、多くの有名人の方、経営者、さらにはボランティアの人など、
東北の被災にあわれた人へ、元気づける活動、本当にすばらしいですね。

全世界の人が、「東北頑張れ〜」って、本当に応援をしているのが手に取るように分かります。
改めて、人の優しさを感じ、涙する日々です。

さらに東日本大震災に対する義援金・支援金の寄付についても驚いています。
最近では、ソフトバンクの代表、孫 正義、個人から100億円を寄付。
会社としては、10億円。
そして、2011年度から引退するまでのソフトバンクグループ代表としての報酬全額も寄付。
更に、この度の震災遺児、およびその他多くの遺児などを支援すると言っています。
もう凄すぎです。

さらに、プロゴルファー石川遼選手も凄いですね。
今年の獲得賞金全額と、1バーディーにつき、10万の寄付。
19歳でこれだけやれるのは、彼だけですよね。
もう、頭が下がりぱなしです。

まだまだ多くの人が、たくさんの義援金を出されています。
これだけ、多くの人が応援する中、必ず、東北は生まれ変わりますね。

誰かテレビで言っていました。
「ジャンプする時って、一度、しゃがむ」そうです。
復興後には、今まで以上の東北が必ず見れますね。
みんな、応援しているよ〜!!


2011. 3.02(水)

「3月のビックイベント!」

今年もすでに2ヶ月過ぎましたね。
本当に月日の経つのは早いですね。

ここで、3月のビックイベントです。
いよいよ年に1回の人間ドックが近づいています。
前回の人間ドックでは、腎臓に小さな石があると言われました。
さて今回は、その石がまだあるのかが一番の見所です。

昨年の暮れに、もう死ぬかと思うぐらいの尿路結石を体験しました。
それも2回もです。
超メジャー級の最高の痛みを2回も体験済みです。
その激痛の時に、エコーで見つかった石は排出されたと信じているのです。
検査は3月15日です。
そしてこの人間ドックの為に、ブートキャンプのビリーも取り入れて、週に2回ぐらいやっています。
その涙ぐましい努力の結果、好成績の身体検査、血液検査の結果が出ると信じています。

これでもし検査結果が悪ければ、「もう〜いや〜〜ん」って感じになります。
しばらくは、立ちあがれないと思います。
検査結果報告は、よかった時だけ、嬉しそう〜〜にUPしますね。
ハハハ。


2011. 2.09(水)

「実家、宮崎県高原町、新燃岳噴火!」

実家、宮崎県の高原町が、火山噴火で大変な状態です。
毎日、テレビでも放送されているので、実家、高原町も有名になりました。
まさかこんな噴火で有名になるとは・・・。
実家には今、83歳の母と兄が住んでいます。
その兄から送られて来た最初のメールです。

高原近況報告
126日より、噴火のためおびえています。
27
日の夜中2時ごろの激しい揺れは、まるでフェリーに乗って、台風に遭遇した感じでした。
あわてて山を見ると、連続花火か溶鉱炉みたいで、稲妻、雷光が次々と現れ、ズーズズーンと地鳴りまで聞こえ、まるで山が怒っている感じです。
窓、ドアのゆれは震度2ぐらいと勝手に思っています。
夜中の3時にNHKをかけると何も放送していません。
受信料を払っているのに。
1
時間ほど山を見ていたが寒いので布団に入りました。
タダタダおさまるのを祈るだけです。 

今、こんな状態が毎日、毎日続いていると思うと、大変です。
それに、火山灰の掃除、昼間でも車はライトをつけないと走れない状況。

何とか早く、おさまって欲しい気持で一杯です。



2011. 1.25(火)

「人生初めてのゴールドです!」

人生初めてのゴールドカード。
とは言ってもクレジットのカードではありませんよ。
運転免許の初のゴールド免許証です。
ギャハハハ。

ついに昨日、更新してゲットできました。
誕生日前の一ヶ月前から申請できたので、昨日がその日だったのです。
前回の免許更新時には、次回は眼鏡等付きかな〜と思っていました。
しかし、ここ一カ月間、目のトレーニングなどをして臨んだのです。
そして、視力検査が心配でしたが、無事にパス。
人生初めてのゴールド免許証を手に入れたのです。

初めてのゴールド免許に、きっと今年はイイことのある年と信じて生きていけますね。
もしかして、長年買い続けて来た、ロトが当たる年なのかしら?
いや、それとも、甘〜い恋が出来るのかしら?
それとも、このHPが超有名になる?
なんだか楽しみな年ですね。

しかし、今年、20年ぶりにアルバイト先に出した履歴書、返事もなく終わりましたが・・。
まあ、アルバイトは今はいいから、これから他の事で忙しくなるからという、こ・と・か・な?
例えば、大きな会社とタイアップ出来て、がん脱出の為の講演会がいっぱい出来るとかね。
夢はいつも24時間開っきぱなしで〜す。
ギャハハハ。←ノー天気の極楽とんぼ、まだ健在だな!

2011. 1.05(水)

「超激痛!again! 尿路結石だ!」

それは、火曜日の夕方だった。
月曜日と火曜日と続けて、今年の目標、ウエスト82cmを目指していた時だった。
朝からビリーブートキャンプトレーニングをして、そのあとすぐに約4キロ走った。
それを続けて2日間、気合を入れて続けてしまった。

すると夕方から、少しずつお腹の中が痛くなり始めた。
そして、夕方7時ぐらいには、また激痛が始まった。
前回も同じことが起こった時、腹筋を鍛えた後に、お腹の中が激痛に襲われた。
てっきり、今回もビリーで腹筋とかかなりやったからな〜と思った。
そして、今回も本当に死ぬかと思ったぐらい超激痛だった。

ついにかなり痛くなり、ガマン出来なくなり、痛み止めを飲み、約30分間の激痛との格闘だった。
横になり、激痛にただ耐えていた。
今回も、救急車を呼ぶ、手前まで行った。
その後、痛みも少しずつ弱まり、原因追究をネットで開始した。

で、結論を出した。
「尿路結石」だと思った。
この痛みは、病気の中でも、「最上級の痛み」をともなう。
「男の出産」と呼ばれるぐらい、「超激痛」みたいだ!

前回の人間ドックで、「腎臓に石みたいのがある」と言われた。
それに尿にも、ごくわずかな「血液反応」があるとも言われた。
そして、今回の病状や痛みを照らし合わせると、はやりこの病気に間違いない。

腎臓に石があるときには、痛みはあまり、でないみたいです。
しかし、その石が体外にでる時に、尿路に詰まったりすると、この激痛が走るみたいです。
そして適度な運動で、石も体外に排出される予定が、途中で詰まった。
しかし、2回もある?
まだ石が残っていたら、さらなる激痛があるかも・・。

なんだか今年は、暮れから年明けに続き、激痛の年開けだ。
しかし、たまには病気になることもイイことかもしれない。
そこで、色々と勉強も出来るし、体調のこともより、考えるし。
でも、二度と経験したくなく、「男の出産」でした。
「どうか、これで終わりでありますよ〜に!」←今年の新年の神頼みです。
パン パン。そして、合掌。
頼むよ〜〜〜〜!!

これにて新年の参拝を終わります。←アホか!
ハハハ。



2011. 1.02(日)

「新年、明けまして、おめでとうございま〜す!」

ついに新しい年がスタートしましたね。
皆様、今年の抱負はもう決めましたか?
私は決めましたね。
1年じゃ長すぎるので、まずは月単位のヤツです。
まず2月末までに体重を5キロ落とします。
今ウエストが、85cmですが、もうこれも限界に来ています。
まず今年の目標は、昔のウエスト82cmへ挑戦です。
実は82cmのスボン、それも新しいズボンがいっぱいあるのです。
今日から、エコズボンの目標に向けてスタートしました。
まず朝起きて、ビリーのブートキャンプを約1時間やり、その後、ジョギングをしました。
走った距離は、約6500歩との計測でした。
2月までには1万歩を目標の予定です。
さて、2月までに82cmのスボンが着れるでしょうか?

そして、新年早々、面白いジョークを聞きました。
元旦の朝に、NHKでやっていた「さだまさしさん」の番組でした。
沖縄に行き、ハブに遭遇したそうです。
「お前、毒をもっているだろう!」
するとハブも答えたそうです。
「Yes、I have
ギャハハハ。

ではいいお正月をお迎えくださいね〜。

2010. 12.27(月)

「もう、死ぬかと思った!」

25日の土曜日にゴルフに行って、無事に帰宅。
そして、寝る前に少しお腹の中が張っている感じで、ホカロンを貼って寝たのです。
多分、今日のゴルフでのスイングが悪く、力が入り、その影響だと思った。

そして、寝ていたら朝の2時ぐらいに突然、目が覚めた。
お腹の中が、超痛い〜〜!!
それも中途半端な痛みではなかった。
お腹の中が全て、足がつるみたいに、つっている〜!

以前、わき腹がつることはあった。
その時も、もう必死で耐えて耐えて、痛みが消えるのをただ待つだけだった。
しかし、今回は違います。
お腹の中全体が、つっているのです。
その痛みたるもの、中途半端ではありません。

痛みをこらえている時に、ふと頭の中で、よぎりました。
今年の3月に人間ドックを受けた時に、言われたのです。
「腎臓に石みたいのがあるので、もし痛みがでたらそれです」と言われたことを。
先生も、「痛みが出たらすぐに分かりますよ。中途半端な痛みではありませんからね」
と、笑いながら話していたのです。

私ももしかして、これかもしれないと思ったのです。
「あ〜救急車を呼んでくれ〜」って、うちのヤツに言いたい。
しかし、うちのヤツは1階の下で、パソコンで韓国ドラマを見ている。
携帯はそばにあるのに、もう身体が強烈に痛くて、全然動かない。
ただ激痛に耐えること、15分。
よく朝になったら、亡くなっていたとかいう人は、こんな状態が起きたのかな〜。
そんなことを思いながら、身体を丸めて、ただ耐えに耐えた。
う、う〜〜〜!超痛い〜!

そして、気付いた。
あ、そうだ。
「あ、神様、神様〜。どうしたの?何とかして〜〜」
すると、気が付いたら両手をお腹に上に置いていた。
そして、ゆっくりとお腹をなでていた。

その15秒後ぐらいには、一気にストーンと眠りに入っていた。
そして、朝になった。
お腹の中の筋肉痛はあるものの、あの強烈な痛みは、どこかに消えていた。
いったい、あの強烈な痛みはなんだったのだろう?
本当に、このまま死ぬかと思った出来事でした。
神様に「ありがとうございました」と、お礼はいったものの、不思議な出来事だった。

今年は、これで2回目の原因不明の不思議な出来事が起こりました。
1回目は、8月10日の日記にも書きましたが、実家の庭のへいの剪定をしていた時でした。
当時は、朝の8時から庭の剪定をしていたのです。
もう真夏で、灼熱の下での作業でした。
そんな炎天下で、脚立に乗って、剪定中でした。
一番上での作業は、脚立6段目での作業です。
かなり高い位置です。
そして、場所を変えようと、降りようとした時でした。
汗でスボンと足がベッタリとくっ付いていた為に、
バランスを崩して、5段目から落ちたのです。
手には、剪定バサミを持っている状態で落ちました。
このまま落ちたら、危ない!と、とっさに思いました。
しかし、残念ながら、踏ん張れず、落ちたのです。

そして、気付いたら、無事に地面に着地していました。
その時の地面への着地の感覚が、不思議だったのです。
まるで誰かに支えられた状態で、ゆっくりと着地した感覚だったのです。
ですので、着地の衝撃が足の裏に全くなかったのです。
自分でも、狐につままれたような状態でした。
普通は、あの高さ(約2m)の脚立から落ちれば、無事には終わらないでしょう。
それに剪定バサミを片手に持って、バランスを崩した状態ですので。
もし変な所を打てば、すぐに救急車の世界だと思うのに・・。
これって、また僕の神様が助けてくれたのかな〜と思いつつ、お礼を言っていました。
「神様〜ありがとう!」
これまた、宮崎での不思議な体験でした。

世の中には、理屈では説明できないこともまだまだありますよね。
その後、あの強烈なお腹の痛みもなく、今の所、普通に元気に暮らしています。

今日はこれから、家の中の大掃除です。
まずは、床のワックス掛けから始まり、外壁の水洗い、お風呂の掃除などと続きます。
では、皆様も、暮れの大掃除、頑張ってくださいね〜。


2010. 12.22(水)

「もうすぐ、クリスマス!」

クリスマスは、もうそこまで来ていますね。
今までのクリスマスの一番の思い出と言えば、やはり、「がん告知」を受けたことです。
すでにあれから14年の月日が経ちます。
時間の過ぎるのは、早いですね。

ふと今までの事を思い起こすと、色んなことがありました。
そんな中、皆さんに元気になってもらいたいとの願いで書いた、第1作目の改正版
でも、なかなかHPのアクセス数がイマイチ増えません。
ほとんどの人が、まだまだこのHPを知らないと思います。

そこでどうしたら、一回の検索で僕のHPにこれるか調べてみました。
すると「がん脱出」と入れて検索すれば、僕のHPへ簡単に来ることが出来ます。
もし、お友達、家族とかで、がんで悩んでいる人がいたら、是非、教えてあげてくださいね。
インターネットの検索で「がん脱出」と入れてみて。
そして、そのページを読んで、元気になって!!

今年の「クリスマスプレゼント」として、「元気になれるHP」「がん脱出」だよと、、皆様に教えてあげて欲しいです。


2010. 11.22(月)

「第1作目の改正版、完了!」

ついに第1作目の「神様に助けられた極楽とんぼ」の改正版を書き終わりました。
是非、読んで頂いて、ガンからの脱出の参考にして欲しいと思います。

ガン告知から、すでに14年経っているのですよね。
本当に月日の経つのは早いものですね。

今回の改正版は、はなるべく、皆様に分かりやすく書いたつもりです。
苦労して書いた割には、アクセス数もあまり増えていないので、ややガッカリしていますがね。
もっとバンバン読んで欲しいのです。
ハハハ。


2010. 10.26(火)

「第1作目の改正版、全面公開!」


今回、第1作目(神様に助けられた極楽とんぼ)書き直し(リニューアール)をします。

がん告知から、14年経っての目線で、皆様に分かりやすい内容にする為です。

1作目は、14年前のリアルタイムで書かれている本として。
今回の改正版は、もう少し「がん脱出方法」を、より分かりやすく理解する本として。
この改正版は、すべての内容を同時進行で完全無料公開します。
新しく出版社を探す前の生原稿です。
ハハハ。
少しずつではありますが、分かりやすく書いていきます。
書いた分だけアップして行きますので。

第1作目の改正版のタイトルは決まってはいませんが、一応、つけてみました。
こちらへ、どんどんと書いたら随時、UPして行きますので、読んでみてくださいね。
仮タイトル 「貴方の脳がガンを治す、奇跡!」

では、よろしくね。


2010. 10.19(火)

「沖縄イベント、無事に大盛況の中、終了!」
         
並びに今後の予定です。

超感動のイベントでした。
お客様も、約700名集まって頂きました。
最高によかったと思います。

私も今回の沖縄イベント中、色んな事を学びました。
私にとっても大変価値のある、大イベントでした。

お陰様で、これから私も、自分でやりたい方向性も見えてきました。
簡単に言うと、ガン告知からすでに約14年経ちました。
まずは、14年経った目線から、冷静に第1作目を分かりやすくリニューアールします。
がん脱出に必要な核心だけに集中しての文型にします。
ジョークとかダジャレ、下ねたは極力省く予定です。←ほんとか!
もちろん第1作目は、当時のリアルタイムの源本として、そのまま従来通りです。

リニューアールは、私が体験した、人間である以上、誰れでも持っている、
「脳が起こせる奇跡」を、もう少し具体的に分かりやすく説明することです。
例えば、
「自分で作ったがん」です。
と、言うことは「自分でも、必ず、分解できる」はずです。
作られた物は、必ず分解もできるはずなんですよね。
現代医学で、治せないような病気などには当てはまると思います。
特に「がん、膠原病」などとかね。
普通は、ただその方法に気付かないだけなのです。
それを実現する方法は、まだあまり知られたいない「我々の脳の使い方」にあるのですよね。

例えば、
もし、あの「火事場のバカ力」と同じ状況を自分の脳で作れたのどうでしょう。
普段では絶対に持つことのできないグランドピアノ(250キロ)を女性2人で運び出せる状況を。
しかし、あきらかに普段では、ありえないことです。
でも、人間窮地に陥ることや、集中することで、普段ではありえない「バカ力」が出るのです。

もし、まったく同じような状態を脳が作れる方法を知っていたら?
さらにそのパワーを、免疫力の方へ持っていけることが出来たら?
普段の免疫力の何倍、何十倍、いや何千倍の免疫パワー(ナチュラルキラー細胞)を出せるのです。
これじゃ、ガンも白旗上げて退散するしかないでしょう。

具体的に例を上げながら、がん脱出に必要だった、私のひょうきんな神様に教えてもらった「4つの重要項目」を分かりやすく説明します。
また同時に、そこで私の実際に体験したことを平行して話すことで、
多くの人に「家事場のバカ力」の作り方を理解してもらえると思っています。
これが新しく書く本の内容です。

さらに平行して、同じ内容の「ミニ講演」もやりながら、進んで行くつもりです。

きっと近いうちに「あっ、あのガンキラー汐ちゃんだ!」って、
言ってもらえる日も、そう遠くではないと思います。

沖縄のガンブラザーズに負けないぐらい、「自分にしかできない事」
、来年に向けて、やりたいと思っています。
ファイト! ガンキラー汐崎!



2010. 10.12(火)

「ガンキラー汐ちゃんの作家活動、復活か?」

最近、正直言って、ただボーっと日々を過ごす毎日でした。
そんな中、今年の最大のイベントが10月16日の沖縄CDイベントが近づいて来ました。
もちろん、僕も参加の予定です。

しかし、沖縄のガンブラザーズの健ちゃんは、本当に色々と頑張っています。
しかし、僕はただ日々を過ごしているだけ。
そして沖縄のイベントが終わったら、またボーっと日々を過ごす目標のない毎日になる予定でした。

しかし、そんな中、2カ月前に僕の友達がガンになったのです。
以前の練習場での生徒さんで、お付き合いもすでに17年ぐらいになります。
私がガンになった時にも、色々とお世話になった人です。

そんな彼女からの電話で、「ガンになっちゃったよ〜」と電話があったのです。
それも同時に、2か所の原発ガンです。
直腸ガンと子宮ガンです。
その彼女が改めて僕が書いた第1作目の読んでくれたのです。
そして、言われました。
「汐ちゃんの本、ガン患者には、間違いなく必要な本だね」って。

彼女からも、「ガン患者が元気になる本は、もう書かないの?」
「ガン脱出より、15年後の汐ちゃんの本、書けばいいじゃん」って言われていました。

確かに、今は本の宣伝も全くしていないし、講演活動もすべてに諦めている感じの僕でした。
心の中では、自分の体験した事を、少しでも、ガン患者の人に参考にしてもらいたいと気持ちは今でもあるのですが・・。
今まで、僕が体験したことを少しでも知ってもらおうと努力はしてきました。
しかし、全てが空回りで、無駄な努力だったかな〜と思いがあり、超諦めムードでした。

そんな中、今朝、偶然に夢を見たのです。
その夢の内容を忘れないうちに書こうと、今日の日記にUPしたのです。
その夢の内容は、現実的で、なおかつ、今までにない発想でした。

まずは、今一度、ガンになり15年経った自分を客観的に見て、第1作目の書き直しを実行する。
そしてもう少し、具体的に簡単に自分で出来る自然癒治力、免疫力の上げかたの説明を重視する。
すなわち、今思えば、がん脱出する為に必要だった4つの事を、重点的に書き直す。

その新しく書き直した内容を、再び出版社へ送り、本にしてもらう。
もちろん、本の価格はオープン価格で、相手に値段を決めてもらう。
ヘンな本だと思ったら、知らん顔でもいいです。
しかし、少しでも元気が出て、よかったと思えたら、100円でもいいから振り込んでもらう。

さらにもし、出版社が知らん顔をしたら、すぐに自分のウエブサイト上で、
すべての内容を完全無料全面公開する。
無料なら、少なくてもガン患者の人や、家族の人も見てもらえるでしょう。
とくかく、ガンで悩んでいる人に、僕が体験したこをまず知ってもらうことが、第1優先順位です。

そんな中、僕の体験を読んで頂いて、元気になった人で、もし、少し協力してやると言う人がいれば、
これまた募金をして欲しいのです。
たとえ、10円でも100円でも金額はまったく問いません。
もちろん、強制は一切なく、本人の自由意思です。
もし、お金が集まれば、そのお金で、色んなガン患者が元気になるよなイベントなどをどんどん考えて行く。
イベント中には、元気なカン患者も一緒にやるコンサートがあったり、旅行があったり、色んな事がありました。
これが大まかな、今朝の僕の夢の内容だったのです。
はたして、これが睡眠中に見たただの夢だったのか、本当の将来の夢になるのか!!

たとえ募金がゼロであっても、少なくても無料にすることで僕の体験を参考にして頂けるだけでも、それだけでも十分価値のある夢だったと思っています。

しかし、第1作目は、初代源本と言うことで、将来のプレミアム本と言うことで残して行きますね。
こちらは、将来も値段1500円、いや、プレミアム本になるなら鑑定団で15000円になるかもね。
ギャハハハ。
この夢、現実になるか、夢で終わるかは、あと何年か経たないとわからないですね。
しかし、第1作目の書き直しと、小さな講演会はこれからまた始めるつもりです。
イヒ。


2010. 08.10(火)

「実家に帰省、そして、不思議な体験」

2日前まで、宮崎の実家に帰省していました。
同じ宮崎に住んでいる姉からの依頼もあり、半強制的な帰省でした。
母親(83歳)が、また落ち込んでいるから、一時帰って来いとのこと。

実は、兄貴が今年の5月に定年になり、母親一人が住んでいる実家に帰る予定になっていたのです。
しかし、5月の終わりに、兄が肺炎で急に入院したのです。そして、6月には退院の予定でした。
しかし、兄は糖尿病もあり、なかなか退院できない状態が続いたのです。
すると、楽しみに待っていた母が、ストレスから来る帯状疱疹で今度は入院、そしてやっと先月に退院したのです。
ここまでは、姉が母の面倒をみていました。

しかし、ここに来て、また兄の退院が延びたのです。
すると、さらにお袋は落ち込んでしまったのです。
だから、今度は僕が実家に一時的に帰り、実家の庭の手入れ、並びに母の面倒を見ることになったのです。

実家に帰ると、まるで軍隊並みのハードスケジュールにバテパテになりました。
姉からは、まるで奴隷みたいな扱いで、山のような仕事の量がありました。
150坪の庭の手入れ、草むしり、病院への送迎、買い物などなど。
仕事開始は、朝7時半から始まりました。
まずは、母の美容院の予約です。
そして8時前には、すぐに、美容院への送迎。
そして終わったら、その足で、次は隣の小林市の皮膚科への送迎。
そして、病院に着き、手提げカバンの中の保険証を探す母親。
「確か、ここに入れたはす・・」と言いながら、なかなか見つからない。
そして、母は耳も遠くて、なかなか会話にならない状態なのです。
私が「ちゃんと入れたの?出る時に確認したの?」と言うと、
「お金はあるから大丈夫」と言いう。
まず、質問の正しい答えは、母からは期待できません。

さらに、朝早いのにも関わらず、かなりの順番待ちです。
すでに30人ぐらい待っています。
田舎は朝が早く、みんなさん元気です。
田舎では、朝の5時が、僕の8時ぐらいの感覚です。
同じ日本なのに、なぜか時間差が、間違いなく3時間以上あります。
僕が寝ている横で、朝4時半に起きる母親。
そしてカチャカチャと台所で音を遠慮無くたてて、6時より、今度はテレビ体操の音量をいっぱいあげて、まるでステレオ状態です。
そして、イッチニ、イッチニと僕の横で体操が始まるのです。
もう〜いやでも起こされますね。
ハハハ。

そしてこの皮膚科が終わると、次は歯医者です。
さらに青空市場で野菜を買い、さらに今朝、美容院に忘れた帽子を取りに行きます。←母はすぐに何でも忘れます。
確認しなかった僕のミスですね。ハハハ。
そして昨年の宝くじの300円券3枚を換えに、また隣の小林市までドライブして帰宅。
これでで一応午前中のミッションが終わります。
そして、午後へのミッションへとさらに続きます。
いつから俺は、芸能人?と思うほど、スケジュールが詰まっていました。
ハハハ。

そんな中、久しぶりに不思議な出来事が起こりました。
次の日は、朝の8時から庭の剪定をしていたのです。
もう灼熱の下での作業でした。
夕方5時までに、汗で何回下着を替えたか記憶にないぐらい替えました。
最後の方は、熱中症直前でした。
そんな炎天下で、脚立に乗って、剪定中でした。
一番上での作業は、脚立6段目での作業です。
かなり高い位置です。
そして、場所を変えようと、降りようとした時でした。
汗でスボンと足がベッタリとくっ付いていた為に、
バランスを崩して、5段目から落ちたのです。
手には、剪定バサミを持っている状態で落ちました。
このまま落ちたら、危ない!ととっさに思いました。
しかし、踏ん張れず、落ちたのです。

そして、気付いたら、無事に地面に着地していました。
その時の地面への着地の感覚が、不思議だったのです。
まるで誰かに支えられた状態で、ゆっくりと着地した感覚だったのです。
ですので、衝撃が足の裏に全くなかったのです。
自分でも、狐につままれたような状態でした。
普通は、あの高さ(約2m)の脚立から落ちれば、無事には終わらないでしょう。
それに剪定バサミを片手に持って、バランスを崩した状態ですので。
もし変な所を打てば、すぐに救急車の世界だと思うのに・・。
これって、また僕の神様が助けてくれたのかな〜と思いつつ、お礼を言っていました。
「神様〜ありがとう!」
宮崎での不思議な体験でした。


2010. 05.27(木)

「何事にも前向き?」

昨日、スーパーに食料品を買い物に行きました。
そして、レジで並んで、お金を払って袋に詰めていたのです。
すると、レジの若い女性の方が寄って来ました。
まさか、告白でもされるの?キャッ!!って思っていると、
その女性、笑いながら「お客様、お釣りです」と言われたのです。
「ヒェ〜〜!」

今まで生きて来て、初めて私はお釣りをもらうのを忘れて、レジを去ったのです。
もう、超ショックでした。
そして、ついに、僕の脳も来る時が来たな〜と思っていました。
そして、その時、テレビで見たあることを思い出したのです。
ここで悲観的になったら、それを脳が記憶して、どんどんと老けて行くみたいです。
だから、そんな時には前向きに考えないといけないと、テレビで言っていました。
で、私は頭の中で思ったのです。
「あ、お釣りは、募金でもって思ったのですが・・。失礼しました」と、頭の中で思いながら、お釣りもらいました。
たぶん脳もこの出来事は、これで記憶としては残っていないと思います。←残っているじゃん。
キャッ!
と、言うことで皆様、これからの時代は、「明るく忘れれて、脳に残さない」ことから始まるのですね。
これがボケない秘訣だと、テレビでも強く言っていましたので、お知らせしておきます。
その失敗を脳に残さないこと自体、忘れそうで僕は心配ですがね。
ギャハハハ。

2010. 05.24(月)


「ついにCDイベント決定!」

今年の抱負を1月の初めに、この日記に書きました。(1月16日の日記)
その抱負とは、今年の12月までに、沖縄で元ガンブラザーズの1人でもあった、
玉ちゃんの「CDデビューイベント」をすることでした。

そして、ついに日程が決まったのです。
玉ちゃんが作った曲をCDにしてのイベントです。

「チャリティーコンサート&シンポジウム」
日程 10月16日(土曜日)
場所 沖縄県 名護市市民会館大ホール
時間 午後3時半より開演

です。

私はこのイベントのために、資金作りの一貫として、ロト6を毎週1000円買い続けました。
そして、ついに・・・・・・。
ロト6が・・・・当たった・・・・・うあ〜〜・・
てな、わけではありません。
失礼しました。

沖縄のガンブラザー、クラシックギターリストの健ちゃんが、ついにCDイベントを決定したのです。
まあガンブラザーと言っても、沖縄のギターリストと僕だけですが・・ね。
沖縄の健ちゃんには、もう頭があがりません。
僕の最初の講演会も沖縄で開催して頂いたしね。
今はガンブラザーズの兄貴みたいな存在になっています。
と、いうことで10月のイベント決定のご報告でした。

まあ僕も10月まで諦めず、ロト6を買い続けて、当たったら僕が、
イベントに掛かる費用はもちろん気持ちよくサポートさせて頂きます。←当たってから物を言え!!
ハ、ハイ。

もし、この世で本当は会えないけど、もう一度会いたい人は誰ですか?って聞かれたら、
親族以外でしたら、間違いなく、私は玉ちゃんと言います。
彼のあのソフトな話し方性格などには、本当に素晴らしいものがありました。
簡単に言うと、韓流スターの冬のソナタぺ・ヨンジュンさんみたいな、
日本人には、なかなかいない優しい人でした。

このイベント、是非、最高にしたいと思っています。


2010. 01.22(金)

「今年、初の赤っ恥!」

いつもお世話になっている私のマネージャーより、昨日メールを頂きました。
そして、そのメールに書いてありました。
「日記1行目 「CDデビューインベン」って何?(^^
ひさびさのマネージャーつっこみでした。」って。

ですので、すぐに返事を書いたのです。
イベンの説明を、またダラダラと書いてメールしたのです。
そして、私は心の中で思ったのです。
「イベントの説明も、ちゃんと書いてあるのに、あんまり理解できなかったのかな〜」ってね。

そして、しばらくしたらまたマネージャーからメールを頂きました。
「汐ちゃん。
イベントのことは日記で了解済みでした(笑)
重ねて詳しい説明ありがとうございました(笑)。
「イベント」が 「インベン」になってるよ。
そういうつっこみでした(^^ゞ」

・・・・・・・・・。←キャッーーーー、またやっちゃった〜。

私の完全な思いこみでした。
で、またメールをマネージャーに送ったのです。
「し、失礼しました。
最近は、頭の柔軟性がなくなりつつあります。
以前も、本の注文があり、本を送った人から言われました。
「封筒に書いてあった住所の字、ものすごく、字が達筆ですね」ってね。

それを真に受けた僕。
その人にメールまた送りました。
「いや〜それほどでも・・。
そんなこと、初めて言われましたよ。
やはり見る人が見ると、超うまいのか、超下手なのか、違いが分かるんだ〜。
もしかして、習字の達人の先生かしら。
○○様、違いが分かる人ですね。←なんだか、あの有名なコーヒーのコマーシャルみたい。
親には、いつもミミズみたいな超へたな字なんて言われていましたからね。
どうも、ありがとうございます」
な〜んて、嬉しそうにメールしたのです。

すると相手から、言われまいた。
「えっ〜冗談も通じないの〜。真逆ですよ」ってね。

・・・・・・・・冷汗、冷汗・・・。えっ?冗談?ここでそんな冗談を使う、そんなアホな〜。

まさか冗談とは、見抜けなかった。
「字が読めないぐらい超下手ですね」っていう、真逆のホメ言葉だったんですね。←違うだろう!
昔は、相手の心を瞬時に読むことが出来る、鬼刑事と言われたのに。←うそ、つけ!
ハハハ。

最近、この手の思い込みがいっぱいあります。
気をつけないと。
人格をも疑われるからね。
クワバラ、クワバラ。←使い方、正しい?
(-_-;)(-_-;)(-_-;) 汗汗・・。


2010. 01.16(土)

「今年の抱負!」

今年の抱負は、12月までに、沖縄で「CDデビューイベント」をすることです。
これが一番の今年の抱負ですね。
と、言っても僕のCDデビューでは、ありませんよ。
同じガンブラザーズでもあった、玉ちゃんのCDデビューです。

ガンブラザーズ(ガン兄弟)とは、今から13年前にガンになった時に、結成されました。
同じ直腸ガン患者で、同じ年齢の集まりです。
当初は3人でした。
音楽家の玉ちゃん、そして沖縄のクラシックギターリストの大城ショーケン、それに僕(汐崎)でした。
玉ちゃんと私は、同じ病棟で、同じ直腸ガンで、同じ部屋、そして同じ年齢でもあり、すぐに意気投合しました。

しかし、玉ちゃんが8年前に帰らぬ人となったのです。
玉ちゃんは元気になったら、ガン患者へのカウンセラーをやりたいと言っていました。
さらに、彼は音楽家でもあったのです。

そして、玉ちゃんが亡くなる前に、沖縄のガンブラザーズのギターリストが、玉ちゃんに元気になる歌を作って欲しいと頼んだのです。
そして玉ちゃんは、自分の命をかけて必死になって3曲を作ってくれました。
まさしく、命をかけて作ってくれた3曲でした。
その時の3曲を今年中に、沖縄でCDデビューをさせてあげたいと、沖縄のガンブラザーズと一緒に計画をしているのです。

ただ沖縄のガンブラザーズと私には、強い共通点があるのです。
それは何かと言うと、貧乏なのです。
あちゃ〜!
簡単に言えば、今の段階では、CDイベントする為の資金がないのです。
他の共通点もあるんですよ。
それは、妻にお互いに「極楽とんぼ」と呼ばれているところです。
ハハハ。←笑っている場合じゃないだろ!
ハ、ハイ。

まあ、僕は資金作りの努力として、すでに3年間ロト6を買い続けてきました。
毎週、1000円での大逆転を狙っているのですが、当たりません。
しかし、毎週誰か当たっているので、いつかは・・。←アホかー!

でも、奇跡は「自分を信じることから始まる」んですよね。
いつかは当たると信じて、これからも買い続ける予定です。
貧乏人にとっては、今のところ、ロトの一発大逆転しかないのです。

今年の一番の目標は、玉ちゃんのCDデビューに決まりましたから、それに向かって頑張って行きます。
今年の終わりまでに、波乱万丈の貧乏ガンブラザーズ、CDイベント達成できるか???
・・・・・・・・・。

2010. 01.08(火)

「いよいよ、2010年も始まりましたね」

昨年12月中旬にパソコンが完全に壊れました。
すべてのデーターが飛びまいた。
ヒェ〜〜!!
一応、バックアップは取っていたのですが、新しく買ったパソコンが昔のテーターを受け付けませんでした。
とくにメール関係、HP作成ソフトは完全に全滅でした。
やっと、新しいHPソフトを今年買い、なんとかここまで来ました。

昨年の暮れは、名古屋での講演も無事に終わりました。
しかし、今回はあまりうまく話せずに、先方に申し訳なく思った講演でした。

他、いろいろと今年の抱負とか、やりたいこととかを書きたいのですが、なにせ今日新しいHPソフトが届き、
立ち上げて、これからまだ作業がいっぱい残っているので、また日を改めて今年の抱負など書きたいと思います。
一応、今日は新しく買ったHPソフトのテスト段階なので・・。
うまく作動するかのテスト中で〜す。
今のところ、ここまでは何とか大丈夫みたいですがね。
さてこの日記もUP出来るでしょうか?
もし読んでいたら、大丈夫だったということですよね。
イヒヒ。

2009. 12.01(火)

「いよいよ12月、今年最後の講演会」

12月23日、今年最後の講演会を愛知県で開いてもらえます。←とは言っても今年2回目ですがね。ハハハ。
それに向かい、日々、発声練習などやっています。
ボクは自慢じゃありませんが、やや舌足らず者なのでね。

そして、今年は今まで欲しかった物も、たくさん買いました。
カーナビ、ETC、ゴルフナビ、そして最後に電波時計。
どれも、気に入っていますが、ランクをつけてみますね。
第4位は、ETC。←まあ、普通。
第3位はなくて、第2位はカーナビとゴルフナビ。←すごい。
そして、第1位は、電波時計ですね。←超ステキ。
カシオのエディフィス EQW-M1000DB-1AJFを買いました。
これは電池は要らないし、時間は1秒たりとも狂わない。
いや〜今年はすべてにおいて、テクノロジーの最先端をゲットした気分です。
ギャハハハ。

では今年最後の講演会むに向けて、頑張りま〜す。
ファイト!

2009. 7.01(水)

「ジョークの分からない僕でした」

以前、HPからの本の注文で書いた、僕の封筒の字を褒めてくれた人がいました。
しかし、僕の字は、ミミズみたいな字ですので、いつも小学生以下の字だと思っていたのです。
しかし、その人は「達筆で驚きました」とメールに書いてありました。
そして、私は「初めてそんなこと言われましたよ〜」とメールに書いたのです。

まあ僕自身は現代美術アートな字なのかな〜なんて思っていましたね。
僕の字と、あのピカソの絵と本当にダブりましたね。←アホか!
相手の人は、芸術を超えている芸術の分かる人なんだな〜て思ってね。

そして相手からまたメールが来ました。
そして、そのメールには、「冗談も通じないのかな〜」ですって。

一瞬でも、俺の字って達筆なの?と思った自分が恥ずかしかったです。
それ以来、お褒めの言葉には2種類あると思ったのです。

そして最近、出版社の社長が僕の本を漫画にしてくれる女性の人を紹介してくれました。
そしてその人と何回かメールのやり取りをしました。
僕はいつもの自分のタッチでメールを書きました。
そして、その人が言うのです。
汐崎さんのメール「ハハハ」と入れているのは、あれいいですね。
こっちまで明るくなっちゃう。
私も使わせてください。お願いします。師匠!

またまた褒めてくれました。
しかし前回、僕の素直な性格による、大失敗談があるので、どちらかか、今回も難しい判断が要求されますね。

「汐ちゃんって、どうしてそんなに学習能力がないの?」と言われそうです。
ギャーーーーハハハ


2009. 4.25(土)

「ゴルフ場での出来事!」

先週、久しぶりにゴルフに行きました。
僕達夫婦と、いつもお世話になっている大塚さんとのプレイでした。
すぐ後ろの組には、以前、一緒に回ったカップルの人がいました。
後ろのカップルの人にも、簡単に挨拶をして、いざスタートしたのです。

4ホールは、無事に終りました。
そして、僕達がティーグランドにいたら、後ろのカップルの男性の人が慌てて来たのです。
「汐崎さん、これ忘れ物じゃないですか?」
その人を見ると、なんと腕いっぱいにクラブを持っているではありませんか!
ざっと見ただけでも、10本以上!
ヒェー!←そんなにクラブ忘れる人いるの?
よく見ると、何とうちのヤツのクラブだったのです。

もう、恥ずかしいやらで、穴があったら、入りたいぐらいの心境でした。
私はもう、相手の人に、「すみません。ごめんなさい」と、連発でした。
そして、私もうちのヤツに言ったのです。
「あのな、次のホールでクラブを取る時に、10本もクラブがバッグにないならイヤでも気づくだろう!なに考えてんの!」
そして、私は続けて言いました。
「それも1〜2本なら分かるけど。なんでそんなにアイアン全部持っていくんだよ」
すると、うちのヤツも答えました。
「だって、微妙な距離だったんだもの」←あんたプロか!
ハ〜!←ため息です。

夫である僕も、本当にあきれ返ってしまったのです。
うちのヤツのバックにアイアンを戻しながら、「あ〜恥ずかしい」と独り言を言いながら戻していました。
そして、9本目の時でした。
「あっ、これうちのヤツのクラブじゃない。男物だ!」
私も一瞬、相手の人も慌てて、自分のクラブも渡したと思って、声を出そうとした時でした。
このアイアン見覚えがあるクラブだ。
あれ〜僕のクラブじゃん!
まさか、夫婦でアイアン忘れたの?
もう、いやだ〜!
私の事はうちのヤツにナイショにしておこ〜っと!
ハハハ。

しかし、同じホールで妻が9本、夫が1本クラブを忘れるなんてね。
なかなかいませんよね。そんな仲のいい夫婦。←アホか!
もうこの夫婦、かなりキテいますよね。←本当だ!

そして、私はゴルフ場の駐車場から出る時、心の中で確認をしていました。
「ゴルフバックOK、妻OK!」
さあ出発だ!
ハハハ。

2009. 4.11(土)

「講演依頼募集は、自分のHPで!」

4月05日の日記にも書いてあるのですが、次回の講演依頼をお願いされている杉浦様の企画担当者からのメールを頂きました。
「講演パンフ」を作りましたので、確認をお願いしますと、メールでした。
そのパンフを見た時に、すごく嬉しかったです。
あ〜まさしくこれが僕が欲しいと思っていたパンフだ!!と思ったのです。
このパンフを作って頂いた「丹下様」には、もう感謝の気持ちで一杯になりました。
ありがとうございました。
本当に元気になる講演会、パンフレットでしたね。
すごく嬉しかったのです。

講演依頼募集ページも、HPにUPしました。
将来的な講演内容は、僕の友達のクラシックギターリストの大城さんと、僕とで講演会を盛り上げられたらいいな〜と思っています。
彼も僕と同じ時期にがんになって、同じく「極楽とんぼ」と昔から呼ばれていたのです。
僕達2人には、がんから脱出出来た共通点が数多くあります。
そんな話もまじえて、なおかつ、彼にはギターも弾いてもらいたいと思っています。

さらに、僕のがん友達が作った歌を歌ってくれる、バンドの「やんぱるヒート」の皆さんにもお願いするのです。
「がん脱出法の話あり、ギター演奏あり、ライブ演奏あり」で、かなり盛り上がると思います。
これが、最終目標の講演会の内容ですね。

次回の講演会を企画をしてくれた杉浦さん、そしてパンフの企画を担当してくれた、丹下様、本当に、ありがとうございました。


2009. 4.05(日)

「コラムにも載せて頂きました」

近況報告です。
実は3月の28日の土曜日には、出版社の社長が、「著者を囲む会」を新宿でやってくれました。
遠路はるばる約13人集まって頂きました。
食事をしながら、皆様とお話をしました。
集まっていただいた人には、愛知県名古屋とか稲沢市から新幹線で2人も来てくれていました。
その中の杉浦さんには、講演も頼まれました。
本当に、ありがとうございます。

また、沖縄の琉球新報のコラムにも、僕の事も書いて頂きました。
コラム記事を見る(画面をクリックすると字が大きくなります)

そして、久しぶりに、9年前に本を出した時に、読売新聞の地域版に載せて頂いた時の日記も読んでみたのです。
その記事の反響日記
あの時は、本当にいろんな人からの電話で大変だったのですね。
本当に病気になったら、精神的なケアも必要なんですよね。

あっ、そういえば、沖縄の講演会の後で、ビックリするような人に会いました。
その人は、講演にも来ていただいた人です。
たまたま沖縄の友達が、その人を今スナックにいるから、もしよかったらと講演会の後、誘ってくれたのです。

しかし、私はその人を見て、ビックリしたのです。
本当に、マジにビックリしたのです。
実は、その人、僕の神様にそっくりな人だったのです。
もし、白いヒゲをはやして、白い服を着て、杖を持っていたら、私は自分が見た「神様」と思ったでしょう。
それぐらい、雰囲気とか、すべてが似ていてビックリしたのです。

そして、たまたま私が、スナックのトイレから出てきたら、その人が僕の前に立っていました。
そして、友達が、○○さんと、紹介してくれたのです。
僕は、トイレで手を洗い、手が少し濡れていて、オシッコと間違われるのがイヤで、手を再度おしぼりで拭こうとしたのです。
すると、その人が小さな声で、一言私に言ったのです。
その言葉を聞いた瞬間に、またまたビックリしたのです。

みんさん、なんとその人は言ったと思いますか?
もし、同じ言葉が言えたら、きっとあなたも神様ですね。
その人、手を差し伸べて、私に言ったのです。
「僕の手で拭いてください」
・・・・・・・・。
ヒェーーーーーーー!←僕の心の中の叫び声です。

もしかして、僕の神様?
って思うほどの人でした。
普通の人には、絶対に言えない言葉ですよね。
もし、私なら相手の手が濡れていたら、間違いなく、イヤですもの。
もしかして、・・・って思いますよね。
ハハハ。
そんな出会いも、沖縄では、ありました。
あ〜沖縄が、すでに懐かしい〜。


2009. 3.27(金)


「沖縄発、初の講演!」

まず、結果報告です。
無事、沖縄講演、終わりました。

たくさんの沖縄の方々に、お世話になりました。
沖縄の方々、本当にありがとうございました。

講演は、緊張もありましたが、大変楽しく出来ました。
たくさんの人を目の前にしても、パニックにもならず、話す事も出来ました。
ただ100%、全力投球だったので、汗は、かなりかきましたね。
へへへ。

講演のテーマは、「すべては、発想の転換から」でした。
主催は、名護市身体障害者福祉協会でした。

そして、講演の流れは、4部構成にしたのです。
最初の1時間は、僕のガンからの脱出の話。
次に、この講演を主催してくれた、大城さん(ギターリスト)の生徒さん達のギター演奏。
次に、もう一度、僕の話、そして、僕に対しての質問等など。
そして、最後に僕達のガンブラザーズ(ガン兄弟)が作った歌、「21世紀のヒーローなど」を、地元のバンドの人に歌ってもらいました。
とても、うまかったです。

詳しい、講演の内容はトップページにアップする予定です。
講演ビデオとか、写真とか、新聞の記事とかです。
ただビデオの編集とかは、素人で時間が掛かると思いますので、そこの所は寛大に見守って欲しいです。
ハハハ。
ここは、日記コーナーということで、簡単な講演報告で、終わりたいと思います。

今回の講演の目的は、12年間ガンでも元気な者として、もう一度、伝えたかったのです。
僕のガン脱出の方法を。

今まで、マスコミの人とか、報道の人には、私の神様の話は、ご法度でした。
しかしそんな中、いつかは、がん脱出を体験した者のとして、誰かが話さないと、分かってもらえないと思い、私が出来ることのひとつとして、今回の講演をさせて頂きました。
がんになって、助かった一人として、私のガン脱出方法を、ただ知って欲しかっただけです。
そして、がん脱出の方法として、参考にしてもらいたかったのです。

これから、沖縄講演を第1回目として、どんどんと、全国的に、講演活動を続けて行けたらいいな〜と思っています。
ファイト! 


2009. 3.06(金)

「人間ドック!」

昨日、何年ぶりかの人間ドックに行って来ました。
本当は、病院は大嫌いで、勇気を振り絞って行ったのです。

朝、8時過ぎに、病院に着き、始まりました。
最高レベルの難関は、胃カメラでした。
以前、がんセンターで受けた時は、もう、死にそうぐらい、辛かったのです。
今回も、同じく、喉ぐらい来たら、もう、手を挙げて、中止にして欲しい感じでした。
しかし、耐えました。
で、結論は、胃がやや炎症を起こして、十二指腸潰瘍があると言われました。
さいわいに、治りかけているとのことで、薬だけもらい帰宅したのです。
あとの検査は、一応、年齢相応でした。

この人間ドックが終わるまでは、沖縄講演も、やや心配しながらの、原稿書きでした。
これで、やっと、気持ちよく沖縄に行くことができます。

初めての講演まで、あと、2週間。
頑張って、いい話が出来るように、今は、発音練習です。
なにも、英語の発音じゃないですよ。
もちろん、日本語です。
録音して聞くと、イマイチ、日本語の発音と、文章の意味が不明ということが分かりました。
ハハハ
あと、2週間で、変身できるように、頑張っている、汐ちゃんです。

では、講演が終わったら、動画でもアップする予定です。
もちろん、成功すればの話ですが・・。
まあ、失敗することは考えていませんがね。
しかし、人生、いろいろありますからね〜。
ハハハ。


2009. 3.03(月)

「けたたましく鳴る、ガス警報機!」

最近パソコンの調子が悪い。
DVDで映画を見ると、イマイチ、音が割れるので、聞きづらい。

この原因は、たくさんソフトをパソコン入れているので、メモリ不足と考えた。
今のパソコンは、XPで、メモリーも500ぐらいしかなかったので、あと、500を
継ぎ足して、1ギガぐらいにすれば、うまく作動すのではないかと考えたのです。

インターネットで、増設メモリーを買いました。
そして、取り付け作業に入りました。
中を開けると、ほこりだらけでした。
この際と思い、酸素スプレーを買ってきて、ほこりの掃除も、したのです。

そして、無事にパソコンを元に戻しました。
すると、しばらくすると、隣の部屋の「ガス警報機」が鳴ったのです。
「ガスが漏れています。ガスが漏れています」
いや〜ビックリしましたね。

しかし、朝からガスは使っていないし、ガス臭くもない。
なのに、けたたましく、「ガス漏れ」と、わめいている機械。

しかたなく、一度、スイッチを切ったのです。
そして、窓も開けて、またしばらくして、スイッチを入れると、また鳴るのです。
「ガス漏れです。ガス漏れです」
う〜〜。

一応、不安になり、ガス会社に電話をしたのです。
すると、サイレンをガンガンならしながら、家に横付けされました。

もう、近所の人もいっせいに出てくるし、3人のガス屋の従業員は、
慌てて、機材を車から下ろしました。

もう、緊迫した状態に、一気になりました。
1人の従業員は、道路の上を何か特殊な機械を転がしています。
もう1人は、ガス管の周りを、これまた特殊な機械で、検査しています。
そして、もう1人は、家の中で私の説明を聞いていました。

私は説明しました。
「突然、鳴りました。ガスも、つかっていないのに・・」
そして、付け加えました。
「先ほど、隣の部屋で酸素のスプレーでパソコンを掃除しましたが・・」
すると、ガス屋さんも言うのです。
「それは、関係ないでしょう」

そして、警報機の有効期限を見て、言われました。
「もう、5年過ぎていますね。誤作動かもしれませんね」
私は「・・・・・」状態でした。

約30分間、色んな検査をしても、原因が見つからず、諦めかけていたのです。
そして、一応、また、警報機のスイッチを入れたのです。
今度は、もう、鳴りませんでした。
静かなもんでした。

で、私が、もしかして、やはり酸素スプレーかもしれないと思い、聞きました。
「試しに、これを機械にかけてみても、いいですか?」
相手は、半分、笑いながら、「いいですよ」って言ってくれました。
すると、また激しくなり始めた。
「ガス漏れです。ガス漏れです」

相手の人が、「あっ、ここにガスと書いてありますね」
・・・・・。←(だから・・・)

一件落着しました。

有料かなと思い、いくらですかと聞いた。
すると、「無料です」と言われ、ホッとした事件でした。

そして今は、3月21日の講演に向け、原稿をがんばって書いている、私です。

2009. 2.13(金)

「2009年、第1回目の講演会、決まる!」

早いですね。もう今年も2月に入りました。
そして、今日は13日の金曜日。
何かが起こる魔の13日の金曜日。
きっと幽霊が出る日ですよね。アメリカではね。
アメリカ人だったら、おっかない日でしょう。
しかし、私達は日本ですのであまり関係ないですよね。

ところで、昨年、今年の抱負を決めました。
その中の一つに、「講演会もやりたい話」を書きました。
で、決まりました。
第1回目の僕の講演が。
場所は、沖縄県の名護市です。
友達のクラシックギターリストが、講演会を開いてくれるそうです。
日にちは3月の21日の土曜日。
彼も大腸がんで、僕と同じく極楽トンボです。
知り合ったのも、僕の本がきっかけでした。

そんな彼jから、3日前ぐらいに電話があり、
「講演する?」って言われて、
「う、うん。やりたい!」って言ったのです。

今年の抱負にも掲げていた公園、あっ間違えた、講演。
もう、やるしかないと思ったのです。
で、彼も僕が返事をした次の日には、会場とか、飛行機の切符とかを手配してくれました。
たぶん、僕の気が変わる前にと思ってですかね、すばやい行動でした。

これを期に、今年はどんどん、講演にも頑張りたいと思っています。
ただ、シャイな僕の欠点と、舌足らずな話し方の改造を、これから、しなくてはいけません。
あと、1ヶ月あるので、頑張りたいと思っています。

そして、3月の28日は、出版社の社長が、「著者を囲む会」を開いてくれるみたいです。
こちらも、嬉しい話ですね。

僕もそろそろ、元気でここまでこれた恩返しをする時期に来ていると思っています。
自分で出来る範囲では、これから講演とかなど、頑張ってやりたいと思います。
そして、少しでも元気でこられた理由を参考にしていただければ、嬉しいですね。

と、いうことで、まずは第1回目の講演のお知らせでした。
やっぱり、今日は「魔の13日の金曜日」、何かが起こりましたね。
ここは日本、まあ僕にとっては、いい意味での魔の13日の金曜日のご報告でした。
イヒヒ・・。

2008.12.27(土)

「12回目のクリスマス!」

もう今回のクリスマスで、がん告知のクリスマスから、すでに12年が過ぎました。
本当にあっと言う間の12年間でした。
月日の経つのは、本当に早いですね。
そして今年も、もう終わろうとしています。

無事に12回目のクリスマスを迎えられて、僕も本当に感謝をしなくてはいけませんね。
ところで最近、テレビなどで元気になったガン患者の人や、糖尿病の人が、なにかできないかと思って、
いろんなことをしている姿が放送されていますね。
たとえば、ダブルスのスケートの選手で、試合が終わったリンクの上でプロポーズされて、アメリカの人と結婚
した女性の人がよくテレビのCMで出てきます。
その人の特集を最近テレビでしていました。
日本で行われたスケートの大会に、小児ガンの人を招待していた放送でした。
また、野球選手の糖尿病の人も、最近、同じ病気の人に元気になってもらおうとしている姿が、放送されていました。
彼は、プロ野球選手である限りは、この活動を続けると言っていましたね。
僕も元気でいる一人として、来年は、何か少し行動に移したほうがいいかな〜って思っています。

ところで皆さんはクリスマスに、何かプレゼントをもらいましたか?
僕は、自分にプレゼントをしました。
安いノートパソコンを買ったのです。
へへへ。

来年の夢とでもいいましょうかね。
このノートパソコンを使い、原稿とか書いて、人前でノートパソコンを見ながら、プレゼンしている姿を今、夢見ています。
頭の悪い僕は、プレゼンで話すことを忘れそうですので、ノートパソコンは必需品ですね。
ハハハ。

そして、なんだか力強い、プレゼンが聞こえてきそうです。
講演テーマは「希望 そして 克服!」
まあ、こんな感じですかね。

そして、プレゼンと続きます。
「病気を克服するのに、絶対に必要な物があります。
これナシには、つらい病気を克服出来ないかもしれないと言えるぐらい、大切な物です。
それは、簡単にいうと、自分のこれからの将来に「目標」があるか、ないかです。
この目標は、なんでもいいのです。
たとえば、彼女の為に頑張るんだとか、病気を克服したら日本一周をするとか。
なんでもいいのです。
これから自分がやりたいこと、したいことでいいのです。
とにかく、まず自分の中に目標を決めるのです。
すなわち病気を克服するためには、まずこの目標を自分の中に設定することが必要だと思います。
パソコンもしかり、設定なしには、動きません。
機械も人間も同じです。まずは「自分への設定、すなわち目標」です。

ここで簡単な質問です。
皆さんの中で、自分への目標がある人は、すみませんが手を挙げてください。
えっ〜いない!そんなバカな!
いいですか。
パソコンも設定して始めて使えます。
設定ナシでは、本来の目的のインターネットが使えません。
ただの機械です。
人間も、自分でまず自分の目標設定をすることで、本来の自分の中のインターネットに接続できるのです。
自分の中のインターネットに繋がることで、病気を前向きに考えられ、そして、脱出への道へと繋がるのです。
すなわち、目標を持つことで、病気から脱出できる準備が整うということですね。
病気の克服の条件は、まずは自分の将来の目標を見つけることからのスタートだと思います。
では、もう少しかいつまんで・・。
私の場合で申し訳ありませんが、「私がなぜ、ガンから脱出出来たのか」、私に起こったことをお話させてください。
そして、参考にしていただけたら、とっても嬉しいです。
では、具体的に話します。・・・」
な〜んて、気合をいれて、みんなの前でプレゼンしている姿が・・僕には見えるんですよね〜。
イヒヒヒ・・。。

来年は、僕のプレゼンも含め、みなさんいい年であるように願います。
これで、今年最後のプレゼンを終わります。←もうその気になっている。
これが来年2009年の僕の「人生恩返し」「目標だ!」
さすが「極楽とんぼの汐ちゃんだね〜!」←自分で褒めてどうする?
ギャハハハ。

2008.11.17(月)

「しゃぶしゃぶ食べ放題は、身体に毒?」

もう11月も半ばを過ぎて、めっきり朝晩は寒くなりましたね。
先週の土曜日に、久しぶりにゴルフに行ってきました。
普通は、ラウンドが終わった帰り道で、いつも回転すしに行くのです。
1皿、なんでも99円です。
ネタもまあまあ新鮮だし、美味しいし、それになんと言っても、もうイヤだという
ぐらい食べても、2人で3000円以内です。

しかし、今回はうちのヤツが「しゃぶしゃぶの食べ放題」に行きたいというのです。
男性が2900円、女性は2300円です。
貧乏の我々は、まずは元を取ろうと、がっつくのです。
まずは、野菜はそっちのけで、お肉のお変わりお変わりの連続です。
そして、いつもの回転すしぐらいに、お腹いっぱいになりました。
普通はここでご馳走様で終わるのです。

しかし、今回は食べ放題です。
実は、ここからバトルが始まるのです。
私は言います。
「もうダメ〜お腹いっぱい」
妻も言います。
「なに言っているのよ。年に1回もこれないんだから、もっと肉。食べて。」
そして、妻の口から流れる言葉です。
「お肉追加、お願いしま〜す。」
まるで、壊れたレコード状態です。
同じ言葉の繰り返し。

もう私は限界をとっくに超えています。
しかし、妻は頼み続けます。
そして私も妻に言います。
「オイ、お前ダイエット中じゃないの?」
しかし、妻は口だけが、動いています。
はるかに妻は、私より食べている。
「店長〜。この料金設定は間違っているよ〜。男2300円で、女性3900円じゃないの?」

もうレジを出るときは、私は妊娠5ヶ月、妻はもう半分以上、生まれていました。
ハハハ。
そして、我々は結論を出しました。
「ここは我々の来るところじゃないな。だって身体にはだ」
「ハ〜〜ハ〜」←苦痛と戦っている状態でした。


2008.9.08(月)

「パソコンとの戦い、そして母親の言葉との戦い」

最近、めっきり頭を使うことが少なくなりました。
しかし、ここ3日間、かなり頭を使いました。
まずはなんと言っても、パソコンとの戦いでした。

以前のプロバイダーがつぶれ、今度、新しい、プロバイダーに2ヶ月前に変わったのです。
そこで新しく、すべての設定が変わったのです。
まず、メールの設定を説明通りに、変更しました。
そして、HPも新しいプロバイダーに変更しました。
まあここまでは、何とか一人で頑張って出来ました。

しかし、今までHPから本の注文を受けていたのですが、
プロバイダーを変えてから、全然、本の注文がなくなったのです。
もちろん、HPのアドレスも変わり、当然、HPに来る人も少なくはなったと思います。
しかし、リンクを貼ってもらっているメインの所には、連絡をしてHPのアドレスも変更してもらいました。
しかし、あれから2ヶ月も経っているのに、本の注文がない。
今までは、1週間に3〜5冊はあったのに・・。
もしかしてと思い、HPの本の注文の申込みの送信ボタンを押してみたのです。
すると、なんと、送信ボタンを押しても送られず、新しいプロバイダーのHPへ飛んで行ったのです。

ここから、パソコンとの本格的な戦いが始まりました。
HPの内容は、ホームページビルダーで変えられますが、送信部分は、ビルダーでは出来ないのです。
いわいる、あのソースを変えるしかなかったのです。
新しいプロバイダー用のCGI設定へと変更する必要があったのです。
すなわち、あのわけのかわらない、記号とアルファベットのソース(html)の変更です。
もうチンプンカンプンです。
このソース、少しの違いで、もう、全然動きません。

1日目、朝から夜の8時まで掛り、送信部分はまだ壊れたままでした。
久しぶりに、考えすぎて、頭から湯気が出た気がします。
ハハハ。
そして2日目、悪戦苦闘の末、やっと出来ました。
あ〜やっと出来た。
もう、脳が過労死するかと思いましたよ〜。

この2ヶ月間の間、もし、本の注文をして、何の音沙汰もなかった人がいましたら、
この場をお借りして、心より深くお詫び申し上げます。
ごめんなさい。

そしてパソコンが直った日の夜に、実家の母親に電話しました。
母は、81歳で、一人で宮崎に住んでいます。
そして、私は月に1回、母親に少しのお金を送っています。

で、電話で母親から言われたのです。
ちょうにゅうしておいたから」
初めて聞く言葉に、母親に聞いたのです。
「なに?ちょうにゅう? なにそれ?」

ここから、母親の反撃が始まりました。
「あんた、いくつ?ちょうにゅうも知らないで、この年まで来たの?
もう、母親として、こんな息子をもって悲しいよ。ちょうにゅうも知らないなんて・・」

そこまで言われて、ちょうにゅうの意味も聞けず、考えていたら、母親から言われたのです。
「清君が送ってくれたお金よ」
さらなる私の頭の中は、?????
パソコンに続き、日本語までも???なってしまいました。
そして、しばらく、別な話をして、母親とも電話を切ったのです。

それにしても「ちょうにゅう??」って、電話を切っても考えていました。
もしかして、「預入れ」を「ちょうにゅう」と読んだのかな〜。
それなら、会話がつながる。

81年間も信じて、銀行に行って、「ちょうにゅう」をお願いしますと、言っている母親の
姿を思い出すと・・。
今度実家に帰省した時に、読み方を教える予定です。
いや、もう、81年間も信じていたので、プライドを傷つけずそのままでいいのかな〜。
銀行の人も、いきなり、ちょうにゅうをお願いしますと言われて、困ったでしょうね。
しかし、あの自信はどこから来るんだろう。
「清、ちょうにゅうも知らんとね」
・・・・・・・????

もしかして、田舎の方言?
No〜〜〜.。

2008.7.05 (土)

「変なTシャツ!」

先日、友達と居酒屋で飲むので、日暮里駅(東京)に行きました。
日暮里駅と言えば、成田空港からの外人さんでにぎあう駅です。
その駅で、変な外人さんを見たのです。
年頃は、20代。ムービースターでもおかしくない、金髪のかわいい女性。
しかし、その女性が着ていたTシャツの日本語の字を見た瞬間、私はビックリしたのです。
大きな漢字で、胸いっぱいに縦に書かれた日本語。
          
         法
         侵
         入
         者
多分その人は、漢字の意味も知らずに着ているのでしょう。
僕は、すぐに警察に届けようかと思いましたよ。←アホ!
ハハハ。

これと同じようなことが、海外でも起こっていました。
私がアメリカにいた時、アメリカ人の友達から聞かれたことがあります。
「あの日本人の若いかわいい女性に、声をかけてもいいのかな〜」ってね。
「どうして?」って聞くと。
彼女のTシャツに書いてある英語を見て、気持ちが動いたというのです。
その英語とは「I am horny]と書かれていたのです。

その日本人の女性には、意味は分からなくても、アメリカ人なら誰でも意味は分かります。
とても、僕の口からは、その意味は言えません。すごく、恥ずかしくて・・。
恥ずかしくて、そんなTシャツなんて着るアメリカ人なんて、絶対にいませんよ。

皆さん、意味を知りたいですか?
あ〜僕にはうまく説明できないな〜。←早く言え!
なんと言えばいいのかな〜。←じらすな!
心を決めて、じゃ〜、思い切って言いますよ〜。←そうだ!
つまり・・・。
「あれをしたくて、うずうずしている状態をいいます」
「つまり、エッチしたくてうずうずしている状態です」
キャッ!
そんなTシャツ、皆さん人前で、どうどうと着れますか?
えっ?
着れる〜〜

ヒェ〜〜!


2008.5.10 (土)

「食中毒だ!」

ゴールウィークにゴルフに行きました。
帰宅途中、妻が急にお腹が痛いと言い出しました。
そして、トイレ、トイレの連発!
私は、「もうすぐ家だから、ガマンして!」というのが精一杯でした。
やっとの思いで、帰宅。
妻は一目散にトイレへ駆け込みました。
しかし、様子が少しおかしい。
何回も「うぁ〜」と言ってはトイレに駆け込んでいる。
すでに、回数は10回を超えていました。
もしかして、「食中毒?」
早速、僕の刑事の勘が炸裂しました。
「渋滞だからと言って、最後に食べたあの店だ!」
しかし、すでにトイレの回数は15回も超えている妻。
そして、妻も言う。
「もう、水しかでないよ〜」
まあ、気持ちはわかりますよね。
まるで、ファイバーで大腸検査OKが出る状態にまで来ていたのです。
その夜は、それで終わりました。

しかし、さらに悲劇は続きます。
体調がイマイチすぐれないまま次の日です。
下痢状態は依然続いていました。
そして、夜になり、今度は、高熱にうなされる羽目になったのです。
その日、私が家に帰宅したのは、夜の8時。
しかし、妻はすでに2階で寝ていました。
早めに今日は横になっていると思っていた僕です。
しかし夜の11時ぐらいに、フラフラしながら2階から降りてきました。
そして、妻が言うのです。
「熱が・・39度・・あ・・・る・・」
えっ?
それから、もう大変でした。
慌てて、アイスノンを出して、熱を下げる努力に突入。
さらに、もしかして風邪かと思い、風邪薬を飲ませたりなど、看病に励む僕。
しかし、こちらの努力とは逆に、少しずつ熱は上がって行くのです。
夜の12時、熱は39・2度へ。
夜の1時には、熱は39・5度へ。
さらに夜の2時には、すでに39・8度へ。
私は心の中で、ある決心をしていました。
40度を超えたら救急車だな〜。
そして朝方の3時になり、39・6度。
さらに3時半には、39・4度と少しずつ下がって来たのです。
私も一応は安心して、寝てしまい朝が来ました。

しかし、朝の6時でもまだ39度台。
今日は会社を休むしかないと思い、うちのヤツに代わりメールを打ったのです。
そして、昼過ぎになりやっと38・5度になり、夜には何とか37度台になりました。

そんな中、一緒にゴルフをした友達から、メールが来ました。
「夫婦で体調が悪いので、次の週末ゴルフが入っているのですが、
行けそうもないので、代わりに行きませんか?」
そして私もメールしました。
「こちらもうちのヤツが体調不良の為、ゴルフはダメだと思います」とメールをしたのです。
その後、嘔吐までしてしまいました。

そしてここで初めて分かったのです。
一緒に昼に食べた中華屋で食中毒になったのが・・。

僕もすぐに相手の友達にメールをしました。
やっぱり、食中毒だ!
もう、あの中華屋には行きたくなくなりました。
次からは、右側のうどん屋にしますか?とメールを打つ僕。
ハハハ。

でも、皆さん、苦しみましたが、最終的にはよくなってよかったです。
友達が病院に行ったら、「ウイルス性のヤツだと思います」と言われたそうです。

うちのヤツも次の日から会社に行きました。
しかし、食中毒の恐ろしさをあらためて感じましたね。
それでも、まだみんな入院しなくて、軽いほうでよかったです。

 しかし、僕はいったいなんだったんでしょうね?
同じ店で、僕も一緒に食事をしたのに・・。
もしかして、僕は野生動物でしょうか?
それとも、直腸がんの人には、普段から下痢だから、気づかなかった?
別にいつもと変わらない、トイレ状態ですから。
しかし、僕は連続してトイレに行っていないし、普段の正常の状態だったのにな〜。
まあ、普段から下痢には免疫力が出来ていますからね。←違うだろう!
ハハハ。

とにかく皆さん、何とか無事でよかった。
これから、食中毒にかかりやすい季節に入ります。
くれぐれも、みなさん、気をつけてくださいね。

野生児の汐ちゃんよりでした。


2008.4.10 (木)

「桜、満開!」

こちらの地域も、桜、満開の季節になりました。
しかし、いつも桜を見て感じることがあります。
どうして、隣の木と相談しなくても、同じ時期に花を咲かせられるのだろう?
しかも、ほとんど同じ日に満開にする。
言葉の話せる人間でも、そろそろ寒くなってきたからっていって、冬用の服に一斉になりません。
しかし、桜にかかわらず、植物はいっせいに咲いたり、果実をつけます。
私にとっては、とても神秘的で、スゴイといつも思っています。
いっせに花を咲かせる、実をつけるとか、そんな事を考えたら、スゴイと思うのは僕だけでしょうか?。
他人は、植物は温度を感じるといいますが、センサーなんて付いていませんよ。
それなのに、感じるんですよね。
まさに人間以上に、生きているのです。
だから、言葉を木にかけてあげると、喜ぶと、昔、植物大好きな人が言っていたことがあります。
今、考えるとそれも理解できます。

それに比べて、僕って言えば、もう情けないです。
昨夜、9時ぐらいに妻を迎えに、駅まで行った時の出来事でした。
普段は靴を履くときに、玄関の電気をつけます。
しかし、たまたま時間がなくて慌てて、電気ナシで靴を履いたのです。
そして、軽やかなステップで、道を歩いて、駅に向かう僕でした。
しかし、なんだか、すれ違う人の様子が、少しおかしいのです。
もしや、と思い、一応、ズボンのファスナーが開いていないか、1回転しながら確認したのですが・・。
でも、大丈夫でした。
しかし、その後も続く、通行人の薄笑い。

そして、駅まで来て、ふと鏡を見て、やっと理解しました。
そこには、右に白い運動靴、左には黒い高級感あふれるスエードの靴を履いている僕がいたのです。
右足に白運動靴に、左足に黒スエード靴
このアンマッチな靴のコンビネーションに、新ファッション扇子、いや、センスを感じる人はいないでしょう。。
どういうリアクションを取っていいのか、わからない僕がいました。
まさか靴を脱いで、素足にもなれず・・。
違う靴を履いている感覚は全然なく、駅まで快適に来たのに・・・・
感覚が鈍い僕は、もう植物に足を向けて寝られませんよ〜。
そんなことを考えたら、植物の方が数段偉い!
と、思った出来事でした。
まあ、右足の靴と、左足の靴を間違えることなく履いていたから、まあいいか。←そんな問題じゃね〜アホ。
ハハハ・・。

2008.2.27 (水)

「今年、初めてのスリリングな体験」

先週の土曜日、私は受付を頼まれて、ゴルフ練習場にいました。
朝9時〜夜の7時まで、すべての管理を任されていた僕でした。
ボールの管理から、レジ、機械の故障、修理、掃除、お客さんの対応と全部です。
そんな中、午前中は、快適に業務を遂行していました。

しかし、午後になり、なんとなく雲行きがあやしくなってきたのです。
朝の天気予報では、午後から台風並みの風が吹くとのことでした。
しかし、午前中の天気があまりにもよかったので、まさか、一気に天気が急転するとは
夢にも思いませでした。
しかし、1時を過ぎたら、急に暗くなり、風が出てきたのです。
ものの2〜3分の間に空は、真っ黒になりました。
しかし、そんなに急に、台風並みの天気が来るとは私は少しも思わなかったのです。
練習場のネットは約40メールぐらいの高さで、奥に100メートル、幅が80メートルぐらいあります。
長方形で、すべてネットで囲まれています。
このての練習場は、風にはいつも注意をしていなければいけません。
ネットがもつ限界は風速20メートル以内で、20メートルを過ぎれば、もう限界に達します。
すなわち、鉄塔がもたなくなり、倒れるのです。
私が行く練習場は、すでに、28年間もたち、15メートルぐらいで最近はネットを降ろしていたのです。
その日も、午前中はほとんど無風。
しかし、少し風が出て来たな〜と思い風速計を見たら、4メートルぐらい吹いていました。
そこで外に少し様子を見にでたのです。
と、その時でした。
一気に、まるで竜巻並みの風が吹いたのです。
もう、練習場の10メーター先も土煙で、何も見えない。
すごい風です。いや、すごい風なんていう、なまやさしい風ではありません。
いきなりジャンボジェットの離陸の時のエンジンの後ろに立っているみたいでした。
グォ〜と音と共に、髪の毛は逆立ち。そして、服とかズボンは空気が入り、まん丸な僕。
もう、私は全速力でネットを降ろす機械まで、走りました。
外に出て左側にあるのですが、機械まで15メートルの距離を私は瞬間移動したと思います。
たぶんオリンピックのどの選手よりも、素晴らしいダッシュだったと思います。
そして、私の口からは、声が自然に漏れていました。
うぁ〜なんだ!こんなの見たこともない!ネット倒れるな〜。今降ろしている〜頑張れ〜
もう、私は叫んでいました;
ネットが降りるまでには、普通3分ぐらいかかります。
その時は、もう、ネットはすごい波を打って今にも倒れそうな勢いで揺れていたのです。
ネットを下げているのにもかかわらず、どんどんネットが凧みたいにあがって行く感じです。
もうその3分間祈る思いでした。
さらに僕は心の中で叫びました。
「頼む〜とても弁償なんか出来ないから、頼むから倒れるな〜〜。
倒れたいなら、オーナーがいる時にしろ〜」


しかし、なんとか、無事にネットを降ろすことができました。
ホッ!
あとで風速計を見たら、なんと限界の20メートルをはるかに超えて、35メートルでした。
もし、その瞬間、お腹の調子が悪く、突然トイレに入っていたら、間違いなくネットは倒れていましたね。
もう、ネットを降ろすときは、心臓がバクバクして、久しぶりのエキサイティングなモーメントでした。
次回は、違うエキサイティングなモーメント??がいいな〜〜。
イヒ。

皆様も、風とか風邪には、十分に気をつけてくださいね。


2008.1.06 (日)

「新年、明けましておめどとうございます

昨年の暮れの30日、私は親戚の家にいました。
親戚は最近、デジタルのテレビに変えていました。
その画面はまるで、今までのテレビでは見れないものがありました。
それは女優さんの顔の肌が丸見えなのです。
顔のシミから毛穴まで、きれいに見えるデジタル放送。
さらに肌の荒れぐらい、シワの深さ、シワの本数までがきれいに分かる〜。
そしてCMになるとまた以前の画面に変わる。
するとまるで一枚薄いカーテンが出来て、ぼやけた顔になるのです。
しかし、またCMが終わり、デジタルになるとそうは行かない。
女優さんの鮮明な顔がもう、手に取るように分かる。
ヒェー〜!
まるで目の前で女優さんを見ているのと同じだ!
いや〜驚きましたね。
だから、女優さん泣かせのデジタル放送と言われるわけですね。

そんな中、テレビでは「無人島で0円で生活をする」という放送をしていました。
年越しを冬の無人島で迎えるというこの企画、見るだけで寒そうでした。
まず2人が上陸して、一人が海で食料の魚を取りに、もう一人は家を建てることになりました。
家を建てる担当の人は、岸に打ち上げられた木材を集めて高台の敷地へ運んで行きました。
しかし無人島だし、家を建てる材料があるわけではなく、家の形は出来ましたが、
もちろん、屋根はなし、壁もありません。

そして数時間後、魚を取って海から上がって来たもう一人の人が、冬の海の寒さで震えながら帰ってきました。
しかし、彼が家を見た瞬間に、「これが家か〜」と不満を言っていました。
そして、彼が真面目な顔をして言ったのです。
いままで家は、屋根とか壁があるのは当然だと思っていた・・
しかし、本当は屋根とかぜいたく品だったんだ〜」
私は思いっきり笑いましたが、これに気づいた彼はすばらしい!

そして彼は言いました。
「みんな〜、どんなにつらくても、今の俺よりはましだろ〜。頑張れ〜」

そうなんですよね。
いつもと違う環境にいて、初めて分かるんですよね。
自分がどれだけ「しあわせ」lっていうことがね。
この放送を見て決めました。
今年は何事においても「ぜいたく品」に気づき、そして、感謝しながら生活をする年にしたいと思います。
これが今年の私のResolution(抱負・決意)になりました。←あなたも、体験できる真冬の無人島に行ったら?
・・・・・・・・冷え〜いや、ヒェー!!


2007.12.25 (火)

「今年のベスト3 運転中に見たサプライズ(驚き)」

私はアルバイト先の練習場に行く時、片道約1時間半、車を運転して行きます。
その運転中に見た今年のベストビックリ3をあげてみます。

その@
状況は2車線の直線コースで、スピードは約60キロぐらい出ていました。
ふと横に並んだ運転手を見て私はビックリしたのです。
なんと、「漫画本」を読みながら、運転しているのです。
前なんか、全然見ていません。
目線は完璧に漫画本へ。
しかし、信号が近づいて来ると、その人、スピードも緩めて、ちゃんと停止線で止まった。
しかし、目線は、いまだに漫画本だ!
そして、また信号が青になり発進。
でも、目線はず〜と漫画本だ。
なんという人だ!
もう僕は叫びましたね。
「その車、目がついているか! ちゃんと前見て運転しろ!」
世の中、こんな人がいると思うと、もう、事故が起きて当然だと思いましたね。
そして、次の後ろの人の車を見たら、今度は、「新聞」を読んでいた〜。
「ヒェー」

一瞬、ここは何という星だ!
運転中は雑誌、新聞を読みならが行こう〜っていう星か!
もう、あきれてしまった出来事でした。

そのA
僕は赤信号で止まったのです。
そして、ふと、バックミラーで後ろの運転手を見てビックリしました。
何かを食べている。
まあ、信号だし、パンぐらいなら、仕方ないのだろうと、よく見ると、
なんと、「カップラーメン」を食べている〜。
それも麺を長〜く箸で伸ばして、口に持っていき、「ふっふっ」といいながら食べている。
そして、信号が青になり発進。
一応、僕も思いました。
食べるのは止めて、運転に集中しているかと思いきや、
なんと、ひじでハンドルを押さえ、ラーメンをすすりながら、まだ食べて運転している〜。
もう、「車を運転しならが麺類は食べるな〜!」って言いたかったですね。

そのB
それは、昨日、クリスマスイブの出来事でした。
私の前に市営のバスが走っていたのです。
そして、そのバスを見た瞬間、自分の目を疑いました。
なんと、バスの中にクリスマスの飾りがほどこしてあったのです。
バスの真ん中には、運転席から後ろの席まで、人の頭ぐらいの大きな鈴、ベル、風船などを飾り、
そして窓側には、キラキラしたフリルなどの飾りで窓が見えないぐらいデコレーションがしてあり、
まるで「クリスマスバスツリーだ!」
いや、このバスにも驚きました。
このド派手なバスのクリスマス飾りに、満足げな運転手がいた。
なんという市営のバスだ!!
まあ、クリスマスにふさわしい変化のあるバスだった。
まるでパチンコ屋のネオンが道を動いているみたいだったのです。
「ヒェ〜」

そんな今年の運転中のビックリ3でした。
それに最近は、家にクリスマスの飾りをする家が多くなっていますね。
私の帰り道にも約3件の飾りつけ満点の家があります。
あまりにもきれいなデコレーションに、電気代を少しぐらいなら払ってもいいという
気分にさせてくれますね。
こちらは、素直に「メリークリスマ〜ス!」ですね。

そういえば12月25日のクリスマスと言えば、僕のガン告知の日でした。
あれから、もう10年以上も経ったんですね。
月日の経つのは、早いですね。

来年も、皆様がいい年であることをお祈りしています。
では、いいお年を〜。
また、来年ね〜。


2007.11.29 (木)

「携帯で、初めての110番電話」

生まれて初めて、携帯で110番、電話をしました。
「ヒェ〜」

昨日の練習場でのハプニングでした。
時間は夜の8時ぐらいで、もう真っ暗な時間帯でした。
お客さんも1人しかいなく、そろそろ練習場も閉める時間でした。
そんな寂しい練習場で、いったい、何があったと思いますか?
ヒントはありません。←なぞなぞじゃないちゅうの!
ハハハ。
「泥棒〜!」と、言いたいのですが、違います。

実はボールを打っていたら、突然、練習場の暗い脇から、現れたのです。
雨も降っていないのに、派手な傘をさした75歳ぐらい女性が・・。
とっさに「幽霊?」と思った僕。
「キャッ〜」
僕がボールを打っているのにもかかわらず、傘をさしながらボールを拾っては僕の打席の方へボールを投げるのです。
それも微笑みながら・・。
やっぱり、ボクはこの時、確信しました。
「ヒェ〜出た〜やっぱり幽霊だ〜!」

そして、その幽霊に一応、声を掛けたのです。
「何をしているの?」
するとその女性は私の方を向き言いました。
「ボールを拾っているのよ。欲しい?」
意味不明のさらなる言葉に、心の中でまたまた悲鳴がしました。
「ヒェ〜!」

しかし幽霊にしては足がある。
そこで、冷静になり最初から考えました。
雨でもないのに傘をさし、練習場のフロントの入り口じゃなくて、脇の暗いところから進入して来た。
そして、ボールを投げながら、意味不明なことを言う。
やっと、理解しました。
確かに幽霊だ〜!←バカ! 
いや、痴呆症の人だな〜ってね。

で、練習の打席の方へ上がってもらい、一応、椅子に座わってもらいました。
そして、やっとの思いで自宅の電話を聞いたのです。
しかし、電話には誰も出ず、不在でした。
このまま追い返すわけにもいかず、人生初めての経験をしたのです。
携帯で110番です。
警察の人に来てもらい、保護してもらったのです。

よく家にいると町内放送で、「ただいま○○さんが行方不明です。服装は○○で特徴は○○」という放送がたまに流れます。
本人も何をしているのか理解できないのですから、周りが助けるしかありませんね。

しかし、最初はビックリしましたが、たまたま友達と2人で練習をしていたので、助かりました。
もし一人だったら、一目散に「幽霊が出た〜」と言いながら、ゴルフクラブを捨てて逃げていたかもね。←バカ〜。
ハハハ。
と、いうハプニングで110番したのです。
いつかは自分の番も来るのかな〜と思うと、心痛む帰り道でした。


2007.11.01 (木)

「日記、しばらく休んでいました」

体調が悪いわけではなく、ただサボっていただけです。
失礼しました。

日記更新を休んでいた約3ヶ月間、いろんなことがありました。
その中のビックイベントとして、ドライバーをチェンジしました。
ドライバー(ねじ回し)なんかじゃないですよ。
ゴルフのドライバーをついに替えたのです。
今流行りのドライバーです。つまり適合クラブですね。

実はゴルフ練習場のお客さんが、最近ツアーステージのディープドライバーを買ったのです。
しかし、本人にはあまり合わなくて、それを下取りにして、また新しいドライバーを買うというのです。
そこで、私がその下取り行きのドライバーを打ったら、まあまあだったのです。
そこでコースで打ってみたくて、その人を誘って、ドライバーも打てるミニコースに行ったのです。
1日目は、当たったらまあまあ飛んでくれました。
しかし、たまにあのいやなチーピンがでたのです。
そこで、その日は決められず、2回目のコースでの試打会をしたのです。
まあ結論から言うと、クラブ屋さんの下取り価格でそのドライバーをゲット出来ました。
かなりの競売価格の値段でした。
やったね!

しかし、話はこれでは終わりませんでした。
実は、この時期、妻もスプーンが欲しくてたまらなかったのです。
こちらも食器のスプーンじゃなくて、ゴルフのクラブのスプーンですよ。
妻もかれこれクラブを10年以上も替えたことはありません。
かなり古くなっていたのは事実です。
先日の日曜日は、朝から夜までインターネットのオークションや、中古クラブ屋さんで、
本人が欲しいと思っているクラブを探していました。
さらに、クラブのスペックから、なにからなにまで調べ上げていたのです。
しかし、私に言わせてもらえれば、「どのスプーンでも同じだよ」といいたいのです。
だって練習はゼロ、ゼロですよ。
いつもたまのコースが本番ですから。
そんな人が、毎回ナイスショットを要求するのは、おかしいと思うのは僕だけではないと思います。
練習はゼロなのに、ナイスショットが出ない原因は、クラブだと信じている妻が信じられません。
あっ、やべーえ!
妻に聞こえました。
後ろからうちのヤツが「首しめたろか〜」って言っています。
ギャ〜!
すみません。久しぶりの日記で、ハッピーエンドで終わるタイミングを見失いました。
一応、今日はここで終わります。
これ以上、真実を書くと、身の危険を感じましたので。
今、妻は、僕の首の代わりに新しいドライバーの首を絞めています。
ハハハ・・。


2007.7.14 (土)

「東京国際ブックフェアー」

2007年7月5日〔木〕〜8日〔日〕まで、東京ビッグサイトで東京国際ブックフェアがありました。
電子出版でも、お世話になっている三郷誠一さんより、お誘いもあり行って来ました。
いや〜会場の広いこと。そこにスゴイたくさんの数の出版社が集まっていました。
それに会場に来ているお客さんの数も凄かったです。

三郷さんとお付き合いのあるボイジャーの会社の社長、ならびに社員の方も紹介して頂きました。
ボイジャーは電子出版の大手会社です。
そして、三郷さんにはビデオカメラで取材もして頂きました。
その内容も三郷さんのHP(http://www.misato.net/)にアップされています。

今回のブックフェアーを通して感じたことがあります。
やはり本は、誰かが体験した貴重な情報を流すことが出来ることを。
私の場合で恐縮ですが、やはりもっともっと多くの人に私が体験したことを
知ってもらい、ガンからの脱出する方法として参考にして頂きたいと、
さらに今回強く思ったのです。

最近、私のHPからの本の注文をしてくださる人は、ほとんどの人が
がん患者のお友達、または親族、親戚の人です。
「ガンになっても元気なヤツがいる。
コイツの元気になれたことを少しでも参考にして、知り合いも元気に
なって頂きたい!」
そう願って、お友達を救いたい、家族を救いたいと願っての本の注文だと思っています。

私もガンになり、はや、10年を過ぎました。
今でも元気だ!という事で、本の内容も立証出来たと思っています。
私自身も、少しでもがん患者が元気になる本が書けたことが幸せです。

これから私がやることは、より多くの人に、もっと私が体験したことを知ってもらいたい。
これからの時代、ますますガンと闘う人が多くなると思います。
そのためにも、もっともっと知ってもらうための努力をしなくてはいけない、と。
そんな事を思いながら、ブックフェアー帰りの電車の中で考えていた1日でした。


2007.5.11 (金)

「赤っ恥!part 2

久しぶりに、僕の友達のプロゴルファー(小野プロ)とプレイをしました。
メンバーは、うちのヤツ(妻)と僕の友達、そして僕とプロの4人でした。
日頃の僕の行いが良いので???、天気も快晴でした。

しかし、土曜日ということもあり、コースではホールごとに詰まっていたのです。
そして、うちのヤツは、やや体調が悪く、順番が来るまで1人で木陰で休んでいました。
そこに、後ろの組のおじさんグループが来て、うちのヤツに話しかけていたのです。
「今日はもう、毎ホール待つから、大変だね〜。しかし、どこか気分でも悪いの?」
するとうちのヤツは答えていました。
「毎ホール待っていたら、体調が悪くなって・・」
すると、おじさん達も、うちのヤツのことを心配してくれ始めたのです。
ホールごとに「大丈夫かい?辛くなったら辞めた方がいいからね」

そんなホールが何ホールか続き、しばらくするとうちのヤツもやや元気になりました。
やや元気になったうちのヤツは、おじさん達と、今度は笑いながら話が弾んでいました。

それを見た、僕の友達が私に言ったのです。
「孝子さん、初めての人でも話が出来るのですね。私は出来ないわ〜」
そこで僕も、答えたのです。
「うちのヤツは、・・人怖じしないからね」
それを聞いた僕の友達が、しばらく考えて言いました。
・・・・・・・。
「汐ちゃん、それって物怖じしないの間違いじゃない?」
・・・・・・・???

しかし、今だかって、人怖じしないの方がピント来るのは、やはり僕だけでしょうか?
友達からは、散々、僕の日本語を馬鹿にされた1日でした。


2007.3.12 (月)

「嬉しい出来事!」

ゴルフ友達の小野プロがシニアトーナメントで優勝しました。
小野ちゃんと僕は同じ年齢です。そして、僕の本の中にも登場してきます。
茨城県の1日のシニアプロトーナメントで5アンダーで勝ったのです。
優勝した帰り道から、僕の携帯に連絡が入りました。
「優勝できたよ〜」
僕も嬉しそうに返事をしていた。
「よかったね〜。おめでとう〜!」

そして、優勝祝いをしなくてはと思っていたら、先日、火曜日に練習場にいる時に携帯に連絡が入った。
「汐ちゃん、今日、練習場にいる?仕事が終わってから行くから、練習場にいてよ」

しかし、その日、私には朝から事件が起きていたのです。
朝、家を出て、練習場の近くのコンビニに寄って、昼ごはんを買い、いざレジへ。
しかし、ふとポケットを触ると財布がない!
「ヒェ〜〜」
キャッシュカード、クレジットカード、免許証、保険証カードなど大事な物がすべて入っている財布。
もしかして、車を降りたときに落としたかと思い、すぐに駐車場に戻ったが落ちていない。
そうなると、後残されたは場所は、家に忘れたのか、または家で車を出す時か、さらに玄関を閉めて、道路で再び車に乗った時か。
この3つの現場しかない。
少し時間が経ち、冷静になった。
そして、朝の自分の行動を振り返ったのです。
普通は財布は後ろポケットに入れるのですが、車を運転するときには、最近は上着のポケットに入れるようにしています。
冬用のコーデーロイのズボンの後ろに入れると、財布のあとがズボンに付くからです。
今朝はフリースのポケットだから、あまり奥が深くなく落ちたのか!
今にでもそのまま家に帰って確認したかったのですが、車で約1時間半の練習場なので、家には帰らずそのまま練習場に行ったのです。
そして、レッスンを終え、今日は早めに帰って財布のチェックをしたくて、練習場の戸締りをしていたら、小野ちゃんから電話が掛かってきたのです。
一応、電話では、「今日は財布ないよ」っては言っておきました。
ハハハ。
練習場で会い、近くのココスに行き、まずは、カンパーイ。
ノンアルコールのビールで気分だけでしたけどね。
ひとしきりいろんな話をして、最後に僕がまたまたどじってしまった。
小野プロが、「井上さんが家を建て替えた」って話をしたのです。
井上さんは、定年になり今は自分の好きなゴルフクラブの修理とかクラブの製作をしています。
私も井上さんが家を建て替え、自分の好きなゴルフ修理専用の部屋を作っていたのは知っていました。
そこで、私も自信を持って言ったのです。
厨房(ちゅうぼう)も作ったんだよね

小野ちゃんは、一瞬、食べるのを辞めて、一言言った。
「汐ちゃん、それ工房の間違いじゃない?」
えっ?
あっ、レストランにいるから間違えた〜。←うそつけ!
ハハハハ・・・。

会計になり、小野ちゃんが支払いをしていた。
かわいそうに、自分で支払いをする優勝祝いになったね、ね、小野ちゃん。
ハハハ。

で、家に着くなり、財布、財布と家中を見てもありません。
あちゃ〜。
やはり、外の道に落としたな〜。
その時、ふと白いフリースが目に入ったのです。
今朝はこの白いフリースを着ようと思ったけど、寒いので厚手のフリースに変えたことを思い出した。
しかし、その白いフリースを持ち上げても軽い。とても、財布が入っている重さではなかった。
そして、ポケットを触ったのですが、やはりありません。
で、もう一方のポケットを祈りながら触ったら・・。
ありました〜。
よかった〜。
もう、身体はへにゃへにゃになりましたね。
一日の疲れがどっと出た瞬間でもありました。
みなさん、財布には十分気をつけて、そして、正しい日本語を使いましょうね。←あんただけや!
ハハハ。

2007.2.05 (月)

「ゴルフ場で消えた新品の靴!」

今年は、どんな年になるのだろう?

5日前、朝起きた時に、軽いギックリ腰になった。
原因は、前日のゴルフ練習場でボールの打ち過ぎが原因だと思います。
女性教室のレッスンも終わり、練習場を閉めて帰ろうとしたら、突然、お客さんが来た。
それも、団体で6名来た。
その団体さんが終わるまで、僕も練習をしたのですが、余分な負担が腰にかかったみたいです。
そして、普段は腰のことを思い、練習が終わったら必ずやる、逆素振りも忘れてしまいました。
で、次の朝、布団から出ようと立ち上がろうとしたら、ギクッと腰に来た。
そして、その朝に宅急便屋さんから電話があった
「今日お荷物を午前中にお届けします。ダンボール15個分」
えっ?
ギックリ腰の朝に来なくてもいいのに・・。
で、内容を聞いてみた。
「ビール5ケースと水10ケースです」
玄関には、お米の新米が60キロ置いてある。
それをどけないと、15ケースは家に入らない。
仕方なく、気合を入れて1個30キロのお米を奥に運んだ。
「オチャ〜」
気合を入れて持ち上げた。腰、痛て〜。
とても、今日の状態では、持ち上がらない。
それに、さらに悪くするような予感。
仕方なく、バーベルを上げる人がするようなベルトを腰の保護で探した。
幅のあるベルトを見つけ、腰に巻き、再び、気合を入れた。
「オチャ〜」
何とか、フラフラしながらお米は無事に奥の部屋に運んだ。

しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。
「宅急便で〜す」
宅急便のおじさんと、2人で一応、玄関に全部運んだ。
もう、段ボールのケースで玄関は身動き出来ない状態。
これをまた部屋の奥に運ばなくていけない。
しかし、もう、腰も悲鳴をあげている
ベルトはしていても、何か足らない。
そうだ、リフティングの人が着る、スーツを探そう。
そうすると、気分もハイになり、簡単に運べる気がした。
しかし、真冬にあんな海パンが伸びたみたいなヤツはけね〜。
仕方なく、ロング海パン無しに、奥に運んだ。

しかし、2日後は今年初めてのゴルフが入っていました。
ゴルフ場に着き、念入りにストレッチとウォーミングアップをして、痛いながらも
なんとかその日のプレイも終わりました。
そして、お風呂に入り、腰を温めて、服を着て、いざお風呂場を出ようとしたら、事件が起きたのです。
一番上の靴箱に入れた、僕の新品の白い靴がない。
普段は一番下に入れるのに、腰の負担を考えて、一番上に置いたのがあだになった。
靴は、見た目は高いそうに見える白い革のエアー付きシューズ。
2年前に二木ゴルフで定価15000円をバーゲンで5000円で買ったヤツ。
大事に今まで取って置いて、さあ今年はこの靴で頑張るぞ!って思っていたのに・・。
もう、ショックです。

皆様、人の物を盗む人は、いっぱいいます。
皆様も気をつけてくださいね。
私はすぐに、腰が痛いのに、ゴルフ場の中を探しました。
間違えて履き間違った人がいるのかな〜って思ってね。
しかし、そんな人はいません。
故意に自分の古い靴を置いて、新しい靴を履いて出る人がいるのです。
最後に、ゴルフ場から帰る前に、もう一度、お風呂場に寄ったら、汚い黒い靴が残っていました。
ホシの靴です。
まさか、ゴルフ場の風呂場で靴を取るヤツはいないと思っていても、持って行く人はいます。
必ず、大事な物はロッカーとかに入れて、スリッパでお風呂場へ行くのをオススメしますね。
それか、ボロボロの靴を履いていくかですね。
まあそんな汚い靴は、水虫付き靴ですよね。
ハハハハ。

新年そうそう、ギックリ腰から始まり、靴の盗難にあい、今年は、波乱万丈な年になりそうです。
普段は当たらないロト6が当たる年かもしれませんね。←アホ。
ハハハハ。

2007.1.15 (月)

「年賀ハガキ、行方不明!」

1月2日に今年初めて実家に電話をしました。
そして、お袋に言ったのです。
「今年は年賀ハガキ出さんかったの?」
母も答える。
「なんがこつね。去年の12月15日には出したが。郵便局の年賀ハガキ用のダンボールの箱に。」
・・・・・・。
ここから事件が始まった。
「えっ?まだ年賀ハガキ、届いていないよ」
母もビックリして答える。
「ほんなこつね。明日でも郵便局に電話してやかまし言わんとね」
私も義理で、母に言った。
「俺もこっちの郵便局に電話してみるわ」
と、言って電話を切った。

しかし、私の心の中では、母とは違う意見だった。
「年賀状の数、どれぐらいあると思うの?
それも1枚の年賀ハガキがどこに行ったかなんて、探せないよ。
絶対出てこないよ。諦めるしかないね。まあ、仕方ないよ」
った思って私は郵便局に電話もしなかったのです。

そして、母に電話して2日目の昼過ぎだった。
玄関のチャイムがいきなり鳴った。
「ピンポ〜ン。ピンポ〜ン」
そこには、郵便屋さんが立っていた。
「も、申し訳ありませんでした。機械のミスで配達が遅れました」
すごく、低姿勢で・・。
・・・・・???
そして、その人の手には母からの年賀ハガキがあった。
この時、思った。
郵便局はいつから、警察を上回る、郵便特捜部隊をもつようになったの?
何十億とも言われる年賀ハガキの中から、ホシを1日で見つけ、そして次の日には犯人を相手に渡す?

そして年賀ハガキを受け取り、すぐに母に電話をしました。
「今、郵便局の人が、お母さんの年賀ハガキもってきたよ」
母の貫禄の有る声が電話口から聞こえてきた。
「やっと着いたね。こっちも午前中に郵便局から電話があったよ。
機械のミスで、違う郵便局へ届いていて、そこの郵便局が清君の近くの郵便局へ転送しなかったことが原因だってさ。
今日の午後からの配達でお届けしますってさ。ほんなこつ、いかんね。まあ2度とミスがないようにせんとね。これで一件落着やね」
母のその声からは、郵便特捜隊長を思わせるような自信にあふれた声だった。
78歳の捜査隊長に少し頭が下がった思いがしました。
最初から諦めていた僕に対して母は強かったです。
この年になっても親から学ぶものって数多くありますね。
これで今年も、どんな困難も乗り越えられそうな気がしてきました。
今回も母親に完敗、そして、乾杯です。

それと、郵便局の皆様、母が膨大なる我がままと、お世話をかけました。
ありがとうございました。


2007. 1. 1 (月)

「2007年、第3作目へ挑戦!」

明けまして、おめでとうございます。

いよいよ2007年も始まりましたね。
まあ一般的に普通は、今年の抱負からですよね。
ハハハ。
では、今年の抱負は、まず昨年書いた原稿を第3作目として出版することです。
これからの時代、介護をする人は多くなると思います。
それに先駆けて、介護する人のために書いた本です。
タイトルは、まだ決めていませんが、こんな感じになると思います。
「ガンキラーの汐ちゃん、今度は義母の介護に挑戦!」←タイトルがなが〜い。
まだ仮タイトルですから、これから考えます。
ハハハ。
では、内容です。
一足先に義母の介護を体験した私が、これから間違いなく皆様に来る、「介護戦争」を乗り越えていただきたいと思い、書いた原稿です。
この原稿には、いつでも、プラス思考で笑いながら介護生活を送れるヒントが十分詰まっています。
一度この本で介護戦争を体験してもらえれば、介護免疫も出来て、もう大丈夫です。
まさにこの本が、介護戦争では「鬼に金棒」になる、と思います。
今年は、この介護本を世に出すことを今年一番の抱負にしたいと思います。

まだ他にもたくさん今年の抱負はあるのですが、あまり言うとまたブーイングが来そうです。
しかし、お正月ですのでもう少し書きます。←意味不明。
実は昨年、動画付きデジカメを買いました。
クリスマスプレゼントとして、自分で自分にプレゼントしたのです。
で、デジカメの目的は?
もちろん、貴方のヘアーヌードですよ。
ハハハ。
な〜んて、撮りませんよ。

実はゴルフ女性教室の生徒さん達のスイングを手軽に見てもらいたくて、買いました。
最近、生徒さんから、私はそんな変なフォームでは打っていませんなんて声を聞くのです。
ですので、実際に自分のスイングを見て納得してもらおうと思ってね。
それと、自分のスイングも少し見たいので買ったのです。
まあ新年そうそう、嘘はよくないので、真実を白状します。
もちろん、本当は自分のスイングチェックの為に買いました。
ハハハ。
昨年なかなか記録更新が出来ない自分のスコアーに今年はハイテクで勝負です。
すでに気分は、自己新記録を更新しています。
お正月は、今年の抱負なんて言って、夢を与えてくれるからいいですよね。
しかし、まあ毎年、暮れには抱負が達成出来なかったという、結果はでますけどね。
ハハハ。
しかし、今年こそは、イノシシのごとく、真っ直ぐにしか走れない行動で突き進んでいきます。
と、言うことは、今年は、達成感あふれる年になりそうですね。
ウヒヒヒ・・。

では皆様も、今年、いい1年であることをお祈りしています。

2006.12.04 (月)

「誰にでも1つはある、生まれもった才能???」

人間には必ず、他人よりすぐれている才能がありますよね。
他人には無い、その人しかできない、天才的な部分です。
私はそれを「その星の下」に生まれて来たと言っています。←勝手に言うな!
ハハハ。
この世に出てくるまでには、精子が1億とも言われる中で壮絶な戦いの末、この世に出てきたのですから、他人よりすぐれた部分があって当然と言えば当然ですよね。
その生まれもった天才的な部分を自分が見つけることが出来るか出来ないかで、人生も大きく変わって行くと思います。
例えば、ゴルフ界のタイガーは、ゴルフが世界一になる星の下に産まれてきたのだと思います。
また、オリンピックで金メダルを取れる人も、金メダルを取れる星の下に生まれてきたのだと思います。
すなわち努力すれば、その夢が叶う才能を持っているのですよね。
しかし、その星の下に生まれてこなければ、いくら努力しても一流にはなれない。
でも、これだけは言えますよね。
人間である以上、みんなその天才的な部分を1つは持っているということです。
しかし、問題はそれがなかなか見つけられないのが現状ではないかと思います。

では、おこがましいですが、その部分を見つけるためのヒントを少し書いてみます。
まずは、他人が難しいと思っていることが、自分には簡単に出来る。
それをしている時は、時間を忘れることが出来る。
そして、それをやると、俺って天才だな〜と思える。
間違ってもこちらの「天災」ではダメですよ。

このヒントを参考にして皆様の隠された才能を見つけてくださいね。
ちなみに、僕の例で恐縮ですが、星の下の才能を偶然発見できたことを具体的に書いてみますね。
僕の場合は、窮地に陥ることで、偶然、見つけることが出来ました。
42歳の時に、ガンになった時、発見したのです。
結論から言うと、「作家」の才能があったのです。
ハハハって笑ってる貴方!
それは失礼ですよ。
つまり、学生時代の国語の成績は2でも、文章を書く才能はあると発見したのです。
まず、文章を書いている時は、時間を忘れることが出来ます。
妻が会社に行くのを朝見送り、いつの間にか、妻が帰宅。
そして、時間を見ると、もう夜なのです。
その間は、時間を忘れているのです。
さらに、自分の書いた本を読むと、「誰が、こんな面白い文章を書いたの?」と思ってしまうのです。
つまり、自分が書いた記憶がないのです。
まあ、タダ単にアホと言われれば、そうですがね。

そして、パソコンの前に座ると、自然に指が動くのです。
それも泉のごとく、文も書けるのです。
まるで、どこからともなく、文章が送られてくる感じなんです。
これって、先ほどのヒントにぴったりとマッチしますよね。
イヒ。
と、いうことで、私の場合の星の下は、文章を書くことだったのです。
つまり「ガンキラー作家、汐崎」が、誕生したのです。
皆様、笑っているかたも、多いでしょうが、本当だから、仕方がありませんね。

それとは反対に、大好きだけど、絶対に星の下ではないことも多くあります。
まずは、ゴルフです。
ゴルフは、そこそこですが、星の下では間違いなくありません。
なぜなら、いくら練習をしてもある程度以上は、うまくならないのです。
つまり、ゴルフでお金を稼げるセンスがないのですね。
練習をすれば、普通はどんどん上手くなるのに、上手くなる過程でストップがかかるのです。
プロになる人は、3年も毎日練習をすれば、プロ並のスコアーになります。
僕も何年も、練習はしました。
しかし、僕は、研修生に受かるのが精一杯でしたからね。
すなわち、ゴルフでは、プロとしてはお金を稼げないということですね。
だから、趣味の世界で、星の下では決してないと言う事です。
しかし、文章を書くのは、そんなに苦労もいらなくて、自然に書けて、これ誰が書いたの?上手いね〜と自分でも思える僕ってヘン?
これが、すなわち文書を書くことが星の下だと僕は思っています。←勝手に思ってろ!
あっ!なんだか激しいブーイングが聞こえてきました。
もうこれは逃げるしかないですね。
ドドドドドドッ・・・・バターン!←倒れた音。

誰だ!こんな所に、本を置いたのは!
タイトル「神様に助けられた極楽とんぼ」「がん患者の大逆転」?
いや〜ん。僕の本じゃ〜ん。
神様〜これって試練はまだ続くってこと?
いやそれとも、僕って星の下を勘違いしているの?
もしかして、勘違いを得意とする星の下に生まれて来た?
もう、いや〜ん。
今更、変更は出来ないでしょう。年も年だし。
ハハハ。

是非、まだ見つけていない人は、必ず一人一人にありますので、自分の星の下の物を見つけてくださいね。
自分の才能を発見した時、きっと人生が楽しくなりますよ。
しかし、たまには例外もありますが・・。
自分の才能を見つけたと思っても、いまだにパットしない、ガンキラー作家が証拠です。
でも、諦めず「継続は力なり」と思って頑張りますね。
そして来年は、作家のシード選手になることを自分の夢として・・。

2006.11.02 (木)

「妻の行動に???」

先日の日曜日の事だった。
妻が昼過ぎに私に言った。
「店長、麻婆豆腐を作ってくださ〜い!」
私も答えます。
「ハーイ!麻婆豆腐一丁、了解!」

私は、なんでも作る(???)、家での料理人なのです。
うちのヤツは、ご飯に麻婆豆腐をかけて食べるのが大好きです。
私が麻婆豆腐を鍋からご飯の上にかけると、いつも言います。
「最後までキレイに鍋から麻婆豆腐を取って!もったいないじゃない!」
しかし、最後まで取ると、鍋と金属のスプーンがこする音を出すのです。
例のあの、「キ〜〜ィ!」という、歯が浮くような音です。
だから、いつも適当にやるので、妻から言われるのです。

そして、今回も言われると思い、頭のいい私は、先手を打ちました。
妻に、鍋と大きいスプーンを渡したのです。
「文句が多いから、最後は自分でやって!」ってね。
妻は音を立てながら、鍋をスプーンでこさいでいました。
「キ〜〜ィ、キ〜〜ィ」

この音に敏感な私は、耳を押さえていました。
そして、次の行動に私は目を疑ったのです。
なんと、妻はスプーンを今度はナメ始めたのです。
「ヒェ〜〜ッ!」

私も思わず叫びました。
「やめろよ!下品じゃないか!」
うちのヤツは、きょとんとして言います。
「最後まで綺麗に食べないとダメでしょう!食べ物を大切にしない汐ちゃんの親の顔が見たいね〜」
次は、鍋までなめるのではないかと心配でした。
しかし、なにもナメることはないでしょうよね、皆さん、そう思いません?
でも、ナメる姿は、まるで昔飼っていた犬にそっくりでした。

そして、妻は言います。
「お母さんだっていつも、ナメていたよ」
えっ?お母さんも?
そういえば、思い出しました。
まだ義母が元気でいた頃のことです。
現場を私が押さえたのです。
義母は、炊飯器からご飯をお茶碗についでいました。
そして、つぎ終わった時に事件は起こりました。
なんと、シャモジについていたご飯をナメはじめたのです。
「ヒェ〜」
私は義母が血迷ったと思い、声を掛けたのです。
「何をしているの?シャモジなめたら、次の人がイヤでしょう」
義母も、平気な顔で答えました。
「次の人が綺麗なシャモジで、ご飯をつげた方がいいでしょう」
私は口を開けて、あきれてしまったのです。
我が実家では、とても考えられない行動だったからです。
そして、今回の妻の行動に母親と同じ血統を感じました。
サラブレッドの血統なら嬉しいのですが、人間のこんな血統じゃね。
、ハハハって笑っちゃいますよね。←アホ。

すると、妻の最後の一言にまたまた私はひっくりかえりそうになりました。
「お父さんも、ナメていたよ」
「ヒェ〜〜!」

これには、私の一般常識が、音をたてて崩れていきました。
家族全員でナメナメしていたなんてね。
皆様の家族もチェックしたほうがいいですよ。
意外と、現実だったりしてね。
まあ、家族で間接キッスの出来る家族はそんなにいないと思いますがね。
ハハハハ・・。

2006.10.12 (木)

「世界のスーパードクター5!」

10月10日に放送されたTBSテレビを観た。
内容は「これが世界のスーパードクター5!テレビ初潜入!天才名医の仰天テクニック完全公開!」
感想は、「凄い!」の一言でしたね。
天才名医の「仰天テクニック」の凄さにビックリでした。
まさに彼らは「神の手」と言われ、普通の医師が見捨てた患者を救う。
これが世界の最強名医=スーパードクターなのです!
もちろん、全員日本人で、彼らの「神の手」が、普通の医者ではお手上げ状態な患者を治してきた。
本当に超スーパードクター5人でした。

まず一人目は、私も以前、テレビで観たことのある脳外科、脳腫瘍担当の福島孝徳(ふくしまたかのり)医師。
日本、海外で大活躍中。
今度東京のクリニックに在住されるみたいで、多くの日本人の人が救われますね。
テレビでは、天才脳外科医Dr.フクシマが初めて「脳の覚醒手術」で巨大脳腫瘍を摘出していました。

次の先生は、胃がん患者の“最後の駆け込み寺”と言われる古河洋(ふるかわひろし)医師。
他の医師では手をつけられない“スキルス胃がん”も、古河医師の手にかかれば「5年生存率48%」という世界でも驚異的な手術実績を誇っているそうです。
手術成功例3500例という胃がんのスペシャリストの先生でした。

そして、次の先生はカテーテル治療の一種“ローターブレーター”で世界一の治療実績を誇る三角和雄(みすみかずお)医師。
心筋梗塞などの患者を救ってきた先生です。
日本では唯一指導医の資格を持ち、2004年には「ベストドクターインジャパン」に選ばれたそうです。

さらにこの先生も凄かった。椎間板ヘルニアの担当の西島雄一郎(にしじまゆういちろう)医師
レーザー治療で日帰り可能という画期的な手術法で椎間板ヘルニアに苦しむ患者を救う。
その他、「乳がんの“切らずに治す”最先端治療」やフランスからの「世界初!顔面移植手術の全貌」など、驚異の医療テクニックでしたね。

最後に手術ナシで大腸がんを摘出する先生。昭和大学(横浜)の先生で名前は忘れました。
と、いうより、TBSテレビのHPにその先生の欄がなかったのですみません。

外科手術では、この先生達に、かなう医師は日本にはいないと思います。
突然ですが、ここで質問を受けました。
「では、病気になった時、精神的支えは、どこで学べますか?」
・・・う〜ん。
しかたありませんね。この質問には、私がお答えします。
うぁ〜来た〜!
強烈なブーイングを感じているのは、僕だけでしょうか?

このブーイングに負けずに、汐崎が答えます。
日本には、精神的な「心の治療」として、神の手じゃなくて、「神の声」と言われている人がいます。
確か「ガンキラーの汐ちゃん」と言う人が超有名です。←誰も知らねぞ〜!
彼が言う、「神の声」で多くのガン患者の皆様が、精神的に救われたとか。
・・・・・・。
やべ、逃げろ〜!
ドドドドドドドドッ・・・・・・・
(キャー!)バターン!
←逃げる途中に何かにつまずいて、倒れた音。
誰だーーーー!
「神の声」の本をここに置いたのは〜。
えっ?汐ちゃんの神様?
ギャ〜〜ッ!
で、本のタイトルは何だ?
「神様に助けられた極楽とんぼ!」
すげ〜!
「神の手=神の声」

ダブルパンチで、もう、麻酔なんて必要な〜い。
ただいま、湿疹中、いや、間違えた〜。
中〜。←アホかー!

では、失神した所で、こちらも手術開始です。
もち、「神の声」で、マイナス思考から「プラス思考」への脳の切替手術ですよ。
これで「鬼に金棒」状態になり、「難病も敵知らず」ですね。
イヒヒヒ・・。


2006.9.14 (木)

「夢を見た。これって次世代の僕なの?」

先日の日曜日、ゴルフトーナメントを見に行きました。
家から、車で25分ぐらいのところで行われたサントリーオープンゴルフです。
今回のトーナメントで見たいプロは、「すし石垣」選手でした。
今では、「すしダンス」をする選手としても、有名になってきました。
それにタダでさえ決して長くない足に、靴下が全部見える短いズボン着用の選手。
現在32歳のゴルフ界のヒーロー選手です。
今回さらに強く、すし石垣選手のファンになりました。

当日、家を出たのが遅く、会場には12j時過ぎに到着。
すでに、すし石垣選手は、最後の4ホールを残すだけでした。
急いで彼のいるホールまで行きました。
私は、彼のティーショットが見たくて、真後ろから見ていました。
彼が打ったボールは、ややスライスして右へ。
念の為に、暫定球も打つ彼でした。
しかし、暫定球も同じ方向に飛んでいきました。
同伴者の飯合選手が「6番ホールのグリーン近くで大丈夫だよ」との声に、
歩き出した彼と私達ギャラリーでした。
そして、第2打の現場に行くと、状況はかなり悪い。
グリーンまでの距離は、100ヤードぐらい。
しかし、前方には高い木で覆われて、スタイミーで打てない。
彼の打ったボールは当然木に当たり、林の中に落ちた。
そのボールを見つけた僕。
「あっ、あすこにボールあるわ」
彼も小さく答えた。
「ありがとうございます」
えっ?
お礼を言われた僕、少しとまどいました。
普通、選手はこの状況では、お礼をいう状態ではない。
選手は、普通ボールが曲がると頭に来ている状態です。
僕が選手で同じような立場なら、「ありがとうございます」と言えるか?
答えは分かりません。←イエス、ノーで答えろー!
そして、林の中からの次のショットも直接グリーンは狙えない。
ギャディーとの会話が聞こえてきました。
「バンカーでいいよね」
そして、狙い通りボールはバンカーに入りました。
この時点で普通のプロは、さらに顔色が変わり血が頭に昇っている。
しかし、彼の取った行動に私達は唖然としました。
彼がバンカーに入り、ボール打つ直線に、こちらを振り向いた。
そして、ニッコー(=^・^=)と最高の笑いをして見せた。
意表をつかれた私達だった。
えっ?こんなプロがいるんだ〜。
そのバンカーショットは最高で、ワンパットのボギーであがった。
ティーグランドでは、子供達にボールもあげていました。
知っている子供でもないのに、子供の手を取り、遊んでいる姿が印象的でした。
そして、プレーが終わり、アテストも終わり、彼は長蛇の列のサインをしていました。
他のプロは、サインもしないでクラブハウスに帰る選手が多い中、サインを丁寧に
している姿に感心した。
そして、サインも終わり、歩いている彼に言ってみた。
「写真いいですか?」
彼も少し、戸惑いながら、「怒られるのですぐに撮ってください」
しかし、操作がうまく行かず、時間がかかった。
すぐどころか、2〜3分も掛かった。
それにも関わらず、ジーとしゃがんで待っていてくれた。
彼のやさしさも強く感じた瞬間でもありました。
普通は、写真はダメと断る選手が多い中の出来事でした。
さらなる彼のファンになったこともそうですが、僕も次世代ではこんなプロに
なりたいな〜と感じながら帰宅したのです。
なぜなら、僕の次世代の職業の夢は、「プロゴルファー」ですからね。
ハハハハ。

で、その夜に見たのです。
えっ?何をかって。
次世代の僕の姿です。
すし石垣選手を見に行ったことも手伝ってか理想の夢でした。
では、内容です。
私の名前は、すしではなく、「すき焼き汐崎」でプロゴルファーにデビューしていました。
僕の名前の由来は、昔アメリカで、すき焼きの歌(上を向いて歩こう、坂本九)が何週間もトップでした。
それにちなんで、アメリカでも歌と同じようにトッププロになることを目指すこと。
それに、アメリカ人でも1回で名前を覚えてもらえる利点からでした。
アメリカ人なら、だれでも知っている日本語ですからね。
実際、ラスベガスでも、ウエイターから「どこから?」と聞かれ、「日本」というと「すき焼きソング知っている」と、歌っていましたよ。
ハハハ。
で、夢の内容は、最終日、最終組でトップでスタートしました。
しかし途中で私は、崩れていったのです。
まるで昨日の藍ちゃんのお兄さん状態でした。
優勝じゃなくても、トップ5位でもいいやと思ったら、ますます調子が悪くなってきました。
ハーフ終わった時は、すでにトップ10位も???状態でした。←一応、夢ですからね。
そこで妻が登場。
僕が、ギャラリーで観ていた妻に「20位を目指して頑張るわ」と言ったら、一喝されました。
「ここに来ているプロはみんな優勝を狙って戦っているんだよ。何が20位だ!そんな気持じゃ、最低位だ!」と、きつく言われました。
そこから大逆転劇は始まったのです。
10番、13番、15番、16番ホールとバーディーの連続でした。←夢ですからね。
そして、17番ホールでは、トップとタイになりました。
最終ホールのティーグランドにあがって来た時、テレビのアナウンサーは言っていました。
「すき焼き汐崎、最後のハーフはかなり醤油をかけて味を濃くしたみたいです。濃い味にした美味しいすき焼き汐崎の猛反撃が始まりました」と言っていました。←わけわからな〜い
ハハハ。
そして、18番ホールでティーショットを打った時に、急にサイレンが・・。
いや、目覚まし時計で目が覚めたのです。
最終ホールまで見たかったのに、見ることができませんでした。
ガッカリ。
しかし、まあこの続きは、次世代の実戦の戦いで見ましょう。←勝手にみろ!
ハハハ。
な〜んて夢でした。
「極楽とんぼ」の僕って、こんな夢がたまに見れます。
もしかして、この夢って次世代の僕の姿?
ギャハハハ。
えっ?
何ですか?
「幸せなヤツだな〜。バカにつける薬は本当にないよ」と、言っている貴方ですよ。
僕も振り向いて、貴方に心から捧げます。
ニッコ〜(^-^)
「ねっ、すし石垣さん」


2006.8.23 (水)

「本のインタビューを受ける」

実は先日、本を出して頂いた出版社の社長から電話を頂きました。
社長のお友達でもある、電子本プロデューサーの三郷さんより依頼があった、とのことでした。
内容は、「がん患者の大逆転!を電子本にしたい。そして宣伝用として本人と奥さんのビディオを撮りたい。
インタビューを受けてもらえませんか?」との電話でした。

えっ?本当なの?
私はすぐに「お願いします」と言って電話を切ったのです。
そして、三郷さん(電子本のプロデューサー)より、すぐに電話があり、8月13日の日曜日に会うことになったのです。
その時のビディオ画像も恥ずかしいですが、HPのトップページにUPしました。

手術して10年が過ぎようとしている現在です。
そんな中、今回のインタビューを受けて感じたことがあります。
どちらかと言えば、手術して10年経った今、本の宣伝にイマイチ元気の火が消えようとしていた私。
そんな中でのインタビューでした。
今回のインタビューで、また私の気持ちにまた火がつきました。
僕の本を選んでくれる人もいるということで、元気が出たのです。

8年前、本を出した当初、マスコミにも多くのメールを送り、お願いしました。
「是非、僕が体験したことを話すことで、ガン脱出方法の一つとして全国の人に参考にしてもらいたい」、と。
しかし、返事はゼロ。
皆さん、ゼロですよ。
ハハハ。
マスコミは「元気になる話」は基本的に嫌いです。
それに、お正月に「神頼み」はしても、神様の話は嫌いです。

そんな気持ちも沈んでいたときのインタビューでした。
まるで、私は神様に言われたような気がしました。
「まだまだ修行が足らん。ほれ、もう少しガンバレ!」、と。
インタビューをして頂いて三郷さんに感謝しております。

早速、もう一度、全国の人に知ってもらいたいと、また私の体験したことをマスコミ等にメールしました。
でも、返事は今回もゼロ。
それでも、諦めず、今度は番組企画会社にもメールしました。
でも、返事はいまだにゼロ。
10年経っても結果は同じ。
どうして?WHY?
ただ僕は体験したことを話して、元気になってもらいたいだけなのに・・。
なんの番組でもいいから、少しは僕にも話させてよ〜。
必要な人も必ずいると思いますから・・。

しかし、諦めずに頑張ります。
活動を続けていれば、いつかは全国の人に知っていただけるチャンスが来ると信じています。
そして、インタビューの会話の中で、次の本の原稿も決まりました。
今書いている原稿は「介護」についてです。
プラス思考で、上手く介護をして欲しいためです。

さらに、近い将来の出来事も見えてきました。
もしかして、日本のことわざを地でいく、出来事が起こるかもしれません。
「天災と、マスコミの返事は、忘れたころにやってくる!」
もう、いや〜ん。

神様〜。
「本のベストセラーも忘れたころにやって来るの?」
「う、う〜ん」
キャッ!
早く、言ってくださいよ。
あやうく、諦めるところでしたよ〜。
分かりました。
「継続は力なり」ですね。
新しいパワーを入れて、また今日から頑張りますね。


2006.8.10 (木)

「サミット会議?」

私は、健康新聞の社長(中ちゃん)と、2ヶ月に1回ぐらいに割合で居酒屋で飲みます。
待ち合わせ時間は、いつも夕方5時、そしていつもの場所。
飲み始めてだいたい2時間ぐらいは普通に時間が過ぎます。
しかし、2時間後は、えっ〜もうこんな時間と光の速さになります。
この光の速さの時間帯は、これからしたいことでいつも盛り上がります。
今回の話の内容です。
普通は、自分達のやりたいことなどで盛り上がる中、今回は違いました。
なんと、話題が、サミット級の会話になってしまいました。
「戦争をなくして、全世界の平和に向けて一番必要な物は何か?」
会議の中で2人の意見が合いました。
いや、間違いなく気づかされたのです。←アホ。
結論です。
「言葉の統一化」です。
全世界の人が同じ言葉を話せば、平和への道しるべになる。
いちいち通訳を入れての会話では、本当の平和は来ない。
それも、世界中の4歳から10歳ぐらいまでの間、国単位での共通語習得への徹底化。
15歳を過ぎてからの語学は、本当のネイティブにはなれない。
で、我々も、どの言葉にするかはもめましたが、やはり英語かな?なんてね。
すると20年後からは、通訳のいらないサミット会議が出来て、一致団結が出来る。
この言葉の壁を越えた時に、全世界への平和が訪れると、会議を閉会したのです。
このことをサミットの連中に教えてあげたいね〜なんて言いながら彼と別れました。

しかし、帰りの電車を待つホームで、体調が急に悪くなりました。
極度の会議中のストレスだったのでしょうか。←バカ。
ちょうどホームに入って来た特別料金を払うスカイライナーに乗りました。
普段は絶対に乗りません。約2倍の料金ですからね。
しかし、早く帰宅したくて迷わず乗りました。
体調不良ながらも無事帰宅出来てホッとしました。
明日は約40キロ離れたところに車で行くので、すぐに寝たのです。

しかし、夜中の2時に目が覚めました。
それも、お腹の調子が極端に悪く、すぐにトイレへ駆け込みました。
直感で、食中毒かな〜と思いましたね。
それから朝の5時までトイレとお友達になり、出ることができなくなったのです。
何なんだ!この下痢。
まるでファイバー大腸検査をするために、下剤を飲んだあとみたいな状態です。
シャーシャー。
平和の定義が決まったというのに・・その定義まで流れそうな勢いだ〜。

朝まで一睡もできず、8時半からは運転が待っています。
しかし、まだ下痢の状態は続いています。
この状況は、まるで手術後に初めて車に乗る状態でした。
10分おきに肛門に、大津波が押し寄せてくるのです。
それも中途半端な波ではないです。
とても文章では言いえませんが、一応、トライします。
大津波が肛門に来ると、身体は全パワーを肛門に集中させて、唇は丸く、目も丸く、髪は立ちます。
その時の肛門を閉める力は、凍ったバナナウンチも簡単に切れる切れ味でしょう。←アホ。

大変な思いをしながらも、一応、運転も無事に終わりました。
それにしても久々に下痢との戦いに大変な思いをしました。
僕は今回、ギリギリで下痢との戦いに勝ちました。
世界も全世界平和への戦いに勝って欲しいです。
全世界平和は、言葉の統一から始まる。
それも国家単位で4歳児から始まり10歳までに全員に行う。
偉い人に、誰がなるか分からないからね。
言葉の習得には、年齢が多きなキーになります。

そして、たとえ20年後になろうとも世界平和は、これを守って頂ければ、必ず、来ます。
以上、今回のサミット会議で決まった簡単なご報告と、その後の下痢情報でした。

えっ?何ですか?
クレームは受け付けませんよ。
違う?
「まさに、凍ったバナナウンチを切れる切れ味で、世界平和への道も一刀したって?」
キャッ!←自分だけ思っていれば。
世界平和の道も、かなり硬かったけど、何とか切れましたかね。
ハハハハ・・。

2006.7.10 (月)

「女性ゴルフ教室での出来事」

僕は週1回,.、女性ゴルフ教室でレッスンをしています。
ほとんどボランティア精神でのゴルフレッスンですがね。
とても平均年齢なんて言えませんが、60歳ぐらいです。
あっ、言っちゃった。
ハハハ。

しかし最近の奥様方は、皆さん超若いです。
シワもなく、着ているの若々しいです。
あっ、少し言い過ぎました。
キャッ。

で、生徒さん達の会話です。
「先日、店の人におばさんと言われたの。
だから私じゃないと思って知らん顔をしていたのよ。
すると、そこの赤い服を着ているおばさんと言われて
初めて私のことと分かったの。でも失礼でしょう。65歳を
捕まえておばさんだってさ。もし、お嬢様と言われたら一番に
私は振り向いてあげたのにね。ハハハ・・」と言う会話でした。
すると隣の人も言いました。
「近所の人が最近、亡くなったの。その人はもうおばさまで66歳。仕方ないわね。
よくここまで生きて来たわね〜。それだけでも幸せよ」ってダンナに言ったら、
「お前はいくつだ?と聞かれてふと我に戻ったら私の方が3つも年上でまいちゃったわ。ハハハ」
ですって。

こういう会話を毎回聞いていると、世の中のおばさま達は、年を取らないみたいです。
生徒さん達は、自分はまだ40台とほとんど思っています。
ですので何十年も年を取っていないんですって。
ヒェ〜って感じでしょう。

それより、50歳からは、逆に年を一つずつ引いて若くなっていくんですって。
私なりの年齢計算方法です。
40歳と言われたら、50歳+10歳=60歳という計算ですね。

しかし、僕が10歳ぐらいの時は、45歳と言ったら、もうおじいさんで、とても今の45歳とは比べ物にならない。
身体がかなり疲れていて、今の70歳以上の感じでしたね。
しかし、今はもう本当に若い。
20歳ぐらいの違いは本当にあるかもしれませんね。
これも、食料とか医療のお陰ですね。

うちのヤツは、他人に年を説明するときに何歳って言っていると思いますか?
世のおば様達を完全に敵に回しています。
だって平気で「29歳」って言っていますから。
ヒェ〜
夫として穴があったら入りたいぐらいです。

本当に20歳は若く見える世の中です。
ですので、これかは皆様、20歳は年を引いてくださいね。
じゃ、僕は、いくつかな?
いや〜ん。
まだ高校生、青春真っ最中じゃない!←引きすぎだ!
人生これからだね!
ハハハ。


2006.6.29 (月)

「僕って刑事?」

最近、才能があるのではないかと思うことがあります。
相手の本当の気持ちをさりげなく探るのが超うまいのです。

先日の出来事でした。
家の車の駐車場は、高度な技術なしでは車を入れられません。
駐車場は、玄関を改造して作ってあります。
その駐車場は、斜めに作られ、車と門の隙間はたった5cmしかなく、
駐車には超高度な縦列駐車技術が必要です。
運転手は、まさに1〜2ミリの世界で運転しなければいけません。
少しの運転のミスで、もう車は角ばったコンクリートの柱で傷だらけになります。
そんな中、先日は暑くて帰宅途中から運転席の窓を半分開けて運転していました。
そして、帰宅していよいよ緊張の車庫入れです。
まず入れる前に、完璧な角度を維持して、バックしていきます。
で、いつもこの時に確認のために、窓から顔を出して、車の運転席側の先端の確認するのです。
もしかすったら、車はガリガリに塗装がはげますからね。
いつも調子で、窓から顔を出そうとした時でした。
「ガッチィ〜ン!痛て〜!」←目から火が出ました。

この話をうちのヤツにしたのです。
「もう、窓が全開していると思ってさ。いつものように嬉しそうに顔を出したら、顔面を窓ガラスの上の部分に思いっきりぶっつけて痛かったよ」
うちのヤツも心配そうにすぐに聞いてきました。
さすがに、心のやさいい妻ですよね。
「車の窓ガラス、大丈夫だったの?割れなかったよね」
・・・・・・・。

本当の相手の気持ちをさりげなく引き出せる僕って、やはり刑事になるべきだったのか!
いや、それとも相手の心が読めない、未来のにせ占い師か!
ともあれ、自分で自分に言いました。
「大丈夫だったの、あなたの顔?車のガラスなんて壊れたって、貴方の顔が大丈夫ならもう十分だわ」
一応、期待していた模範解答でした。
ハハハ。
皆さん、思い込みって、あぶないですよね。
車の窓が全部開いていると思い込んでしまった僕。
それに、妻の予想してた返事の思い込み。
皆様も、恋人、奥さんを思いこんでいませんか?
普通は皆様の思っている反対が正解です。
思い込みはには、気をつけましょうね。

2006.5.29 (月)

「デブネコ〜」

最近かなり暖かくなってきましたね。
貴重な晴れの天気に、久しぶりに車を洗いました。
それも時間を掛けて、丁寧にワックスも掛けました。
もう、ヘッドスキンの人より、ピカピカです。

車ピカピカの次の朝、陽気と共に、近所のデブネコも行動が活発になってきました。
屋根からトタンの倉庫の屋根に飛び移る音がいつもになく、激しい。
「ドン、ドン、ドッドドドド〜ン」←ネコウルトラCかも!

いても立ってもいられず、屋根からネコを追い払おうと思わす外に飛び出した私です。
外に出た瞬間、そこにはあの憎きブタネコとの遭遇が待っていました。
敵(デブネコ)も、ビックリしたような顔をしていました。

そこで、私も年がいもなく、大声で叫びました。
「コラ〜〜!デブ、ブタネコ〜、トタンに穴があくだろう〜」
敵もこの声にビックリして、慌てて逃げようとしました。
そして、今度は車にジャンプ体勢。
次の瞬間、私も心で叫んだ。
「それだけは、ヤメろ〜〜」
と言う暇もなく、敵はデブにも関わらず、鋭いジャンプで車の上へ。
しかし、、デブネコの様子がおかしい。
滑って登れない!
必死にもがいても、ズルズルと後退しています。
そして、「手足がプロペラみたいな高回転」をしながら床に落ちました。
私は、ネコの戸惑った顔に「ウインク」をして勝ち誇りました。
Oh〜YES!
ギャハハハ

そして、ネコに言ってやりました。
「まだまだ修行がたらん。そのデブじゃ、特別仕上げのピカピカ車には登れん。もう少し痩せろ!」
それにしても、昨日のワックス効果抜群でしたね。

これでもう二度と車には登らないでしょう。
しかし、バカネコだから、3歩歩いたら忘れるかもね。
あっ、僕の頭の構造と同じだ〜!
もう、いや〜ん!
そして、デブネコは、にや〜ん!
と、言っていました。
ハハハ・・。

2006.4 17(月)

「初めての経験?」

最近、わが家で、妻と私ともめることがあります。
必ず、妻がトイレから出てくると言われるのです。
「どうして、どうして、いつも、いつも私がトイレの紙を毎回取り替えるの?」
・・・・・???
で、僕も答えます。
「タイミングがピッタリなんだよ。丁度なくなる時のね」
妻も言い返します。
「計画的でしょう。ぜったいにおかしい!連続で私だけよ!」
私も答えます。
「そういう星の下に、きっと君は生まれてきたんだよね」
ここらから妻も少し切れ掛かります。
「たまには貴方も変えなさい。私ばっかりじゃイヤ!」

こんなやり取りのあと、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出しました。
そして私は、缶ビールを開けました。
「ピュシュ〜」
このビールは、「トレの紙交換バトルで勝った私に乾杯だ!」

そして、まさに飲もうとしたその時だった。
鋭いうちのヤツの視線が気になり、敵を見た。
私は敵を見ながら薄笑いを浮かべ、缶ビールを口元へ運んだ。
そして、豪快に一口飲んだ!
「痛え〜」

鼻の穴に強烈な違和感を感じた。
なんと、缶ビールの飲み口の栓、いや爪が完全に倒れていなかった。
その爪が鼻の穴に刺さった状態だった。
「ヒッェ〜!!」

その時、心から感じた。
「ビールの栓ごときに大事な物を奪われた!」
「もうこれで処男(処女)としてお嫁に行けない身体になった」
あれほど、あれほど大事にしていた穴を奪われた。
鼻の穴からは、かすかな血が・・。
これも天罰か??
横にいた妻は「ニヤリ」と、勝ち誇った顔で立ち去った。

それ以来、僕も積極的にトイレの紙の交換に励んでいます。
しかし、まだ左の鼻の穴は、処男ですがね。
こちらは一生、守り通さなくっちゃ!
イヒヒヒ・・。。


2006.2 26(日)

「オナラ症候群」


今年も既に2月が終わろうとしていますね。
風邪ウイルスが今年は猛威を振るうとかテレビで言っていましたが・・。
イマイチ元気がない風邪軍団ですね。

しかし最近の私は、風邪の前に、オナラウイルスに感染したみたいです。
何かと言えば、オナラがすぐに出そうになるのです。
今までと食べるものは変わらないのに・・。

ところで年齢と共に、オナラの数は増えるのでしょうか?
それとも直腸を切った人の後遺症でしょうか?
皆様はどうですか?
年齢と共にオナラの数が増えたという人いますか?
最近の私は、ひどい時には歩きながら一人でトランペットを吹いています。
「ぷっ、ぷっ、ぷー、ぷっ、ぷっ、ぷー、ぷっ、ぷっ、ぷっぷー」
しかしなるべく常識をわきまえて、我慢します。
やはり、勇気を持って肛門の筋肉をほどくのは、なんと言ってもトイレですよね。
全体の80%はトイレで放出するそうです。
以前の私も、トイレでの放出がほとんどでした。
絶対に人前では出来なかったのです。
教養と格式高い家柄がそうさせていました。←ギャハハ。

しかし、最近はどうも肛門の筋肉も年齢と共に弱くなってきたみたいです。
やたら出るんですよ。
たとえば少しでも大笑いすると肛門も一緒に笑うのです。
お笑い番組なんかはもう見られません。
お笑いで笑い、自分のオナラで笑い、トドメはオナラの毒に失神状態!
まるで、フグの毒を食べながら、テレビを見ている状態です。

もし、女性の人も男女平等を主張して、遠慮なく放出したらどうなるでしょう。
きっと子供が激減するでしょうね。
だって、クライマックスの時に、「ブッ〜」という音は、男性にはショックでしょう。
それもパンチのある臭いだったりしたらね。
脳に核爆弾が落下したようなものです。
致命的な打撃を受け、二度とジュニアは元気になることはないでしょうからね。
まあ、適当な発想ですがね。
いやそれとも、もっとクサイ仲になるのかな〜。←なんのこっちゃ!
ハハハ。

しかしここらで肛門の筋肉を鍛えなりと大変なことになりそうです。
先日は、椅子から立ち上がろうとしたら、「ぷっ」
あら、はしたないと思いましたが、これが引き金になるとは・・。

そして、昨日の朝です。
寝ていたら、突然「プッ〜!」
例の女性核爆弾空襲警報と思い飛び起きました。
最初は他人の音だと思って、隣のうちのヤツを疑いました。
でも、すぐに強力な見覚えのある自分のオナラに窓全開しました。
無意識に出るようになったら皆さん、イエローカードです。

しかし皆さん、くれぐれも自分のオナラを嗅ぐような危険な行動は避けましょうね。
脳細胞へのダメージが心配です。
僕の場合は、たまには嗅ぐことで、ショック療法で脳の正常化をはかってはいます。
しかし、オナラでは決して「ハイ」にはなれませんので注意してくださいね!
でも、嗅いだ後は、若干脳機能がシビレますが、十分、生きている気持ちにはなれます。
へへへへ。←バカ。

2006.1 08(日)


「カラスからの開運の洗礼」

今年もついに始まりましたね。
昨年同様、今年も宜しくお願いします。

1月3日の出来事でした。
天気がいいので、布団を干したのです。
私は、いつも布団を干すと、すぐに曇って、また布団を入れるはめにあうのです。
しかし、また30分もすると晴れて、いつもすぐに入れたことを後悔していました。

今日も例外ではありません。
布団を干して、20分もしたら、また曇ってきたのです。
しかし今日は、いつもの私とは違います。
20分もすると晴れると信じ、そのまま布団は干していたのです。
で、結果は「オー、イエス!」
晴れてきたのです。
信じた自分をほめました。←バカ。
ハハハハ。
今年初めての「大きいガッツポーズ」でした。
イヒ。
そして、この時思ったのです。
同じ失敗を繰る返すのは人間ではない。
人間には脳があるんだから、同じ間違いを繰り返す人は脳を使っていない。
すなわち、人間じゃなくて、ただの生き物ですよね。
ハハハハ。

そして、いよいよ布団を取り込む時間が来ました。
しかし、布団を見た瞬間に、大変なことに気づきました。
「え〜っ!!もう、ショック〜!」

空から爆弾が4個、布団に落下!
それも下痢状態。
直径30cmの大ウンチが・・。
布団一面に命中!
この正確さはまさに、ピンポイント爆弾だ〜。
もう〜いやだ〜

あのガッツポーズは、いったいなんだったのか!
この仕打ちを受けるためのガッツポーズだったの?
いきなり、地獄へ落とされた気分です。
こんなことなら、いつものようにあの時、布団を入れておけばよかった〜。
学習能力のすごさ、頭のいいのがあだになった〜。←アホ。
もう〜最低

で、バケツに水を入れて洗ったのですが、敵のウンチもなかなかしつこい。
おちな〜い。
くそ〜!!←本物とハモってどうする。

今度は、無理矢理に洗った布団を乾かすために干しました。
多分、犯人はカラスでしょう。
あんなに大きいウンチはカラスしかいません。
それに、木の上からこちらを見て、笑いながら鳴いている。
「ガハハハ〜カ〜カ〜」

しかしここは前向きに考えました。
「お正月そうそうありがたいね〜」ってね。
これは天の代理人、カラスからの贈り物だよ。
これで今年は、「ウン」が付いたよ〜。
ラッキー!
ロト6でも当たるかな〜。
うぁ〜もう今年が楽しみになってきた〜。
カラスよ、ウンをありがとう!
カラス運勢診断では、今年は、4回大きなウンチャンスがあるみたいですね。
4回のウンを確実にものにしたいですね。
う、ウン。←アホや〜。
まあ、今年の終りには、4回すべてのウンチャンスの結果報告しま〜す。
楽しみにしていてくださいね。
どんな素晴らしいウンが来るか今から楽しみです。
イヒヒヒ・・。

えっ?
誰ですか?
「ノー天気な懲りないヤツだ!」って言ったのは・・。
あっ、横にいました。
「妻でした。←今年もよろしくね。

あっ、言い忘れた。
あのウンチ布団は、あなたの布団だからね。
「Oh〜YES!」
ギャハハハ。



2005.11 21(月)

「高かった歯医者代」

最近、日常生活で変わった変化と言えば、2つあります。
まずは、今までの車が12年を過ぎ、車検を通すと修理に30万掛かると言われました。
ですので、車1300ccの新車に変えて、今まだ800キロです。
すなわち、ただいま処女航海、いや、処女走行中で、馴らし運転中です。
イヒヒヒ。
今は車もすぐに汚れると洗い、ペーパーワックスつきの紙でいつもピカピカ状態です。
まあ本格的なワックスも買いましたので、近い内に超ピカピカにする予定です。
すぐに本格ワックスを塗ると、まだ完全に乾いてない新しい塗装に悪いからね。
と、言うことで1つ目は、車が新車になったとこです。
へへへ。

そして、2つ目は、ここ2〜3日前から、歯が痛かったのです。
特に、冷たい物を飲むと歯にしみて、脳天にまで痛みが響いていました。
しばらくすると治ると思っていましたが、なかなか回復の見込みが見えません。

歯の治療というと、以前、家の近くの歯医者で下手な治療で痛い目にあいました。
たまたま今日は、ゴルフの練習場のアルバイトで、いつも行く歯医者も目の前にあります。
ゴルフのレッスンをしているときに、たまたま生徒さんに言ったのです。
「最近、冷たい物を飲むと、歯がしみてね〜」
すると、生徒さんも言ってくれます。
「それは完全に虫歯ですね。早く、歯医者さんに行ったほうがいいですよ」って。

まあ、私もこのままでは、治らないと思い、一大決心をして予約の電話を入れたのです。
電話の向こうから聞こえる返事をぼんやりと聞いていました。
「今日の午後はいっぱいですが、しみるのなら大変でしょうから、4時過ぎに来てください」と。

歯医者に行くまでの時間、他のお客さんにもそこの歯医者の評判を聞いてみたのです。
汐崎、いきなりレポーターに変身したのです。
すると、たまたま、あるお客さんから重大な情報を手に入れることが出来ました。
「汐崎さん、あの歯医者、やめたほうがいいですよ。僕はいきなり神経を抜かれて、もめましたからね。それにやることも荒いし、下手だしね」
えっ〜???

しかし、すでに電話済みだし、以前に行った時は虫歯も1回で終わったから、結局行くことにしたのです。
歯医者に着くと、予約いっぱいの為、駐車場もいっぱいでした。
そこの歯医者さんの駐車場は農道から入り、歯医者さんまでの私道、幅約5メーター、長さ約25メーターが駐車場です。
私道の端に車を止めて、出る時はバックでみんな出て行くのです。
歯医者さんに着いた時は、すでに5台もそこに止まっていました。
先頭に空きがあるかと思い、奥まで行ったのですが、スペースはなく、バックして駐車場を出る時でした。
農道に出る前に、バックミラーで確認する景色は、一面、田んぼでした。
田舎ですからね。
ハハハ。
田んぼだから大丈夫だと思い、多めにバックしていた時です。
ものすごい音がしたのです。
「ガッシャーン!!」
ヒェーーーーー!!

確かに、何かにぶつかった音と衝撃。
バックミラーには、何も映ってないし、ただ田んぼしか見えません。
もう、ビックリして、顔色を変えて、慌てて飛び降りて見ました。
そこで、目に飛び込んで来たのは、変身した後ろのバンパーの姿でした。
えっーーーー!!

その時の気持ちは、まるで、自分のかわいい娘を傷物にされた気分でした。←子供いないくせに!
もう、ショックのあまり声もでません。
原因は、田んぼに入ってこないように、長さ1メーターくらいの鉄のポールが嬉そうに立っていたのです。
バックミラーでは、ポールの背が低く見えませんでした。
そのポールが後ろのバンパーを大きく約30センチほど、車体の方へ凹ましていました。
完全にバンパー交換しないと、ダメな状態です。
まだ、1000キロも走ってない、うぶな娘・・・じゃなくて、車なのに・・。
いままで雨に打たれたら、すぐに洗ってかわいがってきたのに・・。
もう、悔しさとショックで歯の痛みなんて、どこかに飛んでいった瞬間でした。
歯歯歯(ハハハ)
口から出る言葉は、もう〜、もう〜、もう〜信じられな〜い。
完璧に今度は、人間から乳牛に変身していたのです。

で、3分ぐらい呆然と凹んだバンパーを見ていました。
そして、今度は無駄な抵抗をしてみたのです。
手で凹んだバンパーを元に戻そうとした、バカな僕です。
一度、傷ついたバンパーは元には戻りませんよね。
無駄とは分かっていても・・。
でも、みなさん気持ちは分かっていただけますよね。
で、思いっきり引っ張って見ました。
すると、これまた大きな音に驚いたのです。
「ボーーーン」
ヒェーーー!!

な、なんと・・・・・信じられない事が起こりました。
完全に元に戻っちゃったのです。
ハハハ・・。
これは、何かの間違いですよね。
で、もう一度目をこすりよく見たのです。
しかし、今までのあの綺麗なバンパーの線がよみがえり、ぶつかる前の状態へ逆戻り。
こんどは、違う意味で大きく叫びました。
「ヒェーーー!!」
なんじゃ、これ〜!!

これには、さすがの僕も、ちびりそうでした。
もしかして、僕の手は、紙の手? いや、神の手??
まるで手品を見ているみたいでした。
もしかして、夢?
そんなバカな〜!!
いや、普段うちのヤツに「貴方って本当にバカね〜」って言われている僕です。
だから、これ以上バカになるわけにはいきません。
一度冷静になろうと、車に座り、再度、確認に降りました。
だって、あんなに凹んだバンパーが元通りになるなんて・・。
しかし、そこには約10センチだけ塗料がはげただけのバンパーがあったのです。
まったく前と同じで、凹みと傷はゼロ。

わけの分からないまま、歯の治療が始まりました。
先生が歯の状態を見て言いました。
「たぶん、埋めてある歯の下が虫歯になっていると思います。少し削りますので、麻酔をかけます」
削り終わり、先生の一言に安心しました。
「そんなに悪くないな〜。まあ虫歯は少しありますがね・・」
しかし、その先生の声からは、なんとなく、虫歯じゃなかったな〜???という感じでした。
削られている間、神経に触っている感じがあり、麻酔をされていても少し痛かったです。
で、また削った所を埋めてもらい、治療が終わりました。
先生も、「たぶんこれで大丈夫でしょう」と言われ歯医者をあとにしたのです。

次の朝、やっぱりバンパーが凹んでいるか確認しましたが、大丈夫でした。
そして、今度は車の板金屋さんに行き、塗装を塗るのにいくら掛かるか聞きに行きました。
僕の予想では、塗装を塗るだけだから3000円ぐらいかな〜と思い。
しかし、塗装屋さんに聞くと、たとえ10センチでも色をぼかすためにバンパー半分以上の塗装と同じになるとのこと。
塗装屋には2件行き、見積もりの値段を聞きました。
1件目は、12000円。
2件目は、15000円。
ということで、本来の歯医者代1600円、プラス塗装代を入れるとかなり高い歯医者代でした。

そして塗装屋さんに、バンパーのことを聞きました。
今の車は、バンパーは衝撃吸収タイプで、少しなら戻りますが、あなた見たいなケースは稀ですよ、だって。
やっぱり、いつも車を綺麗にしてあげたから、元に復元してくれたのかな〜。
まるで未来の形状記憶バンパーみたいですよね。
早速、車へのお礼に、昨日本格的なワックスをかけてあげました。
所要時間、3時間半も掛かりましたけどね。
愛する娘のためです。
へへへ。

しかし、歯の治療から、すでに4日も経っても、歯のうずく痛みは継続中です。
あの練習場で聞いた評判が、いやに頭の片隅で繰り返されています。
「荒いし、下手だしね〜」

あれから5日間たっても歯の痛みは続き、あのうわさは本当だったのか?
それに、今までは冷たい物がしみるだけだったのに、今度は温かい物もしみる。
さらに痛みはひどくなるし、このままでは治らないと実感してきました。

また同じ歯医者にいくか、違う所の歯医者に行くか今、思案中です。
もう、本当に笑っちゃいますよね。
歯痛歯痛歯痛。←なんじゃこれ?

もしかしたら、この歯の痛みも、手を当てたら、車みたいに治るかな〜。←アホ!
ハハハ、いや、歯歯歯。←しつこい!!
イヒヒヒ。

その後の歯の治療は、次の日記に書きますね。


2005.10 07(金)

「缶、おじさん転倒」

私の住んでいる地域では、ゴミの缶を出す日は、毎週木曜日です。
その日は、缶を集めて自転車にこれでもか、これでもかって積んでいるおじさんが多く出没します。
たぶん集めてお金に換金しているのだと思います。
みなさんの町には、そういう人はいませんか?

事件は先週の木曜日に起こりました。
郵便局に出かけた時のことです。
遠くから、なにやら怪しい物体が近づいてきました。
大きい風船みたいなヤツが6個。
まるで宇宙船みたいな異様な物体。
動きは、右へ左へと蛇行しています。
50m先に近づき、やっと物体を確認できました。
なんと、人間が入るぐらいの大きい袋の中は、空き缶です。
それも、前に3個。後ろに3個。
自転車の面影も、運転者の姿も巨大な空き缶袋に包まれて見えません。
そんなおじさん自転車暴走族が4台つながっているのです。
先頭車の後ろは、まるで電車の車両みたいな動きです。
そして、超ゆっくり走っています。
私も危ないな〜と思った瞬間です。
先頭車両が、大きくセンターラインの方にヨロヨロしながら動いたのです。
大通りで、車の交通量もかなりある道です。
自転車暴走族のリーダーは、もう我が物顔で道を走っています。
音ナシ暴走族って感じでした。
と、言うより自転車をうまくコントロールできない状態なんでしょう。
運転不能になるぐらい缶を積んで、前の視界さえも見えないのです。
それにつられて、後ろの暴走自転車も・・。
まるでその動きはヘビが動いているようにクニャクニャに動いています。
自転車の後ろは、すでに長い車の渋滞が始まっていました。

で、先頭自転車が私の前を通り過ぎようとしたときです。
相手と私の目が合いました。
そして、その目は訴えていました。
「もう限界だ〜!。金はいらね〜。水をくれ〜!」
そして、またフラフラしてセンターラインへ。
あ〜、自転車の前方に石が・・。
うぁ〜〜!
見事に乗り上げました。
キャッ〜!!
最後のうめき声でした。

転倒した先頭自転車から、順番に後ろの自転車も転倒。
まるでドミノ状態で転倒していきました。
缶も道いっぱいに散乱したのです。
まるで道は、コーラの缶、コーヒーの缶、ビールの缶の洪水、いや洪缶状態。
起き上がった自転車の運転手がまた缶に乗り、バランスを崩しまた転倒。
もう、大変な状態でした。
一応、おじさん達は、道路に脇に避難して、待つこと5分。
パトカーと缶回収車が到着。
私を含め渋滞中の車の人、全員で缶の回収で一件落着でした。

警察の人からは、自転車運転手達へキツイお叱りの言葉がありましたね。
「二度と缶回集禁止!」ってね。
しかし、最後の暴走自転車おじさんの一言が私の頭の片隅に残っています。
その人、ため息交じりで言いました。
「今日は、筋トレだけか〜」
・・・・・・・・???

まあ缶を集めるのはいいとしても、限界を超えないように積みましょうね。
しかし、空き缶集めは、筋トレとお金稼ぎの一石二鳥ってやつだったんですね。
それにバランス感覚もつくし。
これが長生きの秘訣ですね。
なんだか現代おじさんの「お金付き健康法」を見せてもらったみたいでした。←アホ。
ハハハ・・。


2005.9.07(水)

「足踏み開始」

最近、足踏みを始めました。
テレビでよく宣伝をしている、例の足踏みの機械です。
今までは、義母が入院していたために病院の階段を上り降りして鍛えていたのです。
しかし、義母も他界して、病院に行かなてもよくなり、運動不足を考えて始めました。

最近は朝起きて、まず30分間の足踏みから1日が始まります。
最初の頃は20分でしたが、ここのところ30分にしました。
さらに、最近は最後の2分間はフルスピードで踏むのです。
身体が慣れてきたら、最後のフルスピードの時間を長くして負荷を調整していく予定です。

すでに、開始して1ヶ月です。
今回はかなり偉いです。
普通は3日坊主なのにね。
で、1ヶ月経ち、お腹の周りを測ったのですが、なかなか効果が見えません。
すると友達が、人間の細胞は3ヶ月周期なんですって。
だから、最低3ヶ月経たないと効果は出ないって教えてくれたのです。
まあ、継続は力なりと思い、あと2ヶ月後のすっきりしたお腹を夢にて頑張っています。

しかし、私は以前、血糖値が少し高かったのです。
朝食前で105ぐらい。
でも、お蔭様で、最近、血糖値を測ったら85で正常でした。
こんなところで足踏みの効果が出ていました。
ギャハハハ。

ところで、今朝の出来事です。
いつものように足踏みをして、シャワーを浴びている時に、急に思い出しました。
実は昨日、宅急便の不在通知があり、今日の朝1番で(9時から10時ぐらい)に再配達をお願いしていたのです。
身体中、石鹸を付けた状態で、お風呂にある時計を見ると、なんとすでに9時を過ぎていました。
あちゃ〜!

それからというもの、まるで、別人になったような動きをしていました。
今までのスローテンポの動きから、急に高回転、レッドゾーンに突入に変身。
背中を洗うスピードもフル回転。
タオルに付いている石鹸の泡は、遠心力でタオルから飛び散り、摩擦で今にも焼けどしそう。←アホ。
ヒェーー、ヒェーって叫びながら洗っていました。
叫びながらも、習慣って恐ろしいものです。
気が付いたら頭にもシャンプーを付けていました。
これまた、高回転の手の動きに、筋肉痛になっていました。
ハハハ。

で、超特急で洗い終わった瞬間です。
ピンポーンですから。

慌てて拭いて、急いで服を着て、走って玄関へ。
相手もビックリしたでしょうね。
だってT-シャッは裏返し。
半ズボンは前後を間違える。
さらにプラス息上がっている。
どうみても、様子がおかしい。
相手も状況判断に悩むと思ったから、一応、説明はしておきました。
しかし相手は、私は息が上がり、日本語になっていないためか、???でした。
しかも最後に僕、フィナーレも決めました。
ズボンのファスナーを閉めるのも忘れていました。
それに、時間もないし、後ろ側だし、まあ、いいかって思ってそのままだったのです。
そしてここからは、パンツをはく時間を短縮したツケが・・。
宅急便の人に言われたのです。
「すみません。認め印頂けますか?」
印鑑を取りに後ろを向いた時に、思い出しました。
後ろのファスナーはフルオープンってね。
フルオーフンの奥には、足踏みで鍛えられたヒップアップ(?)生ケツが見えていたのです。
風を感じて、慌てて手で防御したのですが、すでに遅し。
・・・・・・。
あの人、昼ごはん食べられたでしょうかね?
他人ならが少し心配です。
まあ〜足踏みのお陰で、そんなあわただしい朝も体験できました。

では、まだまだ残暑が厳しいので、皆さん、熱でノビないようにしてくださいね。
しかし、暑くても、ズボンのファスナーだけは閉めましょうね。
えっ?何ですか?
お前だけには言われたくないって!
キャッ!

2005.8.05(金)

「義母、旅立つ」

義母のお葬式から約1週間が経ちました。
もうすぐ81歳の誕生日を目の前にしての他界でした。
義母とは、約12年間、一緒に住んでいました。
まるで、私の第2の母親みたいな存在でしたね。

義母は、バセドー氏病と約30年間の糖尿病生活に苦しみました。
さらにここ数年間は、骨粗鬆症からくる背中の痛みに耐え続けた日々でもありました。
家には、糖尿に効くという、たくさんの健康食品や痛み止めの座薬が、たくさん残っています。

今年1月24日からの再入院。
入院から他界するまでに、家に帰ることは1度も出来ませんでした。

お葬式も終わり、病院の支払いをしにいく車の中でした。
病院で介護をしていた時のことが走馬灯のように思い出されました。
私は、毎日午後から病院に行っていたのです。
ほとんどの時間は、義母の背中をさすることが僕の仕事でした。
さらに夕食時には、義母に入歯を入れるのも僕の仕事のひとつでした。
僕は、ポリデントに浸かっている入歯を取り上げるのです。
とは言っても、素手ではありません。
薄いビニールの手袋を付けて取り上げるのです。
最初の頃は気味が悪いので、ぎこちなく入歯を水で洗っていたのです。
ところで、みなさん、知っていましたか?
入歯って、すべるんですよね。
握る所なんてありませんからね。
全体が曲がって、ヌルヌルって感じです。
ある日、力を入れて洗っていたら、本当に入歯が手から、すべった〜!
ツルリと手からジャンプした入歯。
空中を上入歯が、正確な回転を決めながら上昇していきました。
慌ててつかもうとしたら、今度はパンチが入り、またまた入歯がウルトラC回転を決めながら空中へ〜。
空中から落ちてくる異様な物体を受け止めるために、私は構えました。
まるで、全日本バレー選手から打ち出させたレシーブを受け止めるような構えで・・。
やっとの思いで、つかんだ上の入歯。
あやうく床に落とすところでした。
うまくキャッチした入歯を見たら、なんだか入歯が笑ったみたいでした。
ハハハ・・。
いや、入歯の笑いは確か、歯歯歯って感じでしたね。←アホ。

で、再度心を決めて、入歯を洗い、義母に持っていく。
で、私は言うのです。
「自分で入れてよね」
すると義母も言うのです。
「練習になるから、あんたが入れて〜」
練習になる?
「もう〜イヤだ〜。自分で入れて〜」
「いや、あんたが入れて〜」
と、よくもめたものです。
結局は最後の方では、義母に言われました。
「やっとこれで、あんたも入歯入れの達人だね〜」と。

義母には、たくさんの達人への道を開いて頂きました。
義母の肛門をお借りして、座薬の入れ方も修行しました。
「肛門一発座薬入れ達人」にしてくれたのも、義母のおかげです。
いつかは、これらの学んだ技術が、必ず、使えるときがくると思います。

うちのヤツも、お母さんに「いい娘だった」と言われ、最後にほめてくれたと喜んでいました。
しかし、危篤状態で意識が無い時の最後の言葉は、「バカ〜」で終わりましたが・・。

うちのヤツも、お母さんに対しては、出来ることはしたと思います。
義母は、富士山が大好きで、高速に乗って河口湖とか山中湖、富士吉田などへ数多く行きました。
温泉にも行きました。
72歳で初めてパスポートをとって、ラスベガスにも何回も行きました。
最後の方は車椅子でしたが・・・。
娘が連れて行ってくれたのだから、お母さんもきっと幸せだったと思います。

看護婦さんが、義母に対しての思い出話も話してくれました。
「耳元で『看護婦さん、いい人ね』って言われると嬉しくて。いろいろあったけど、オザキさんのこと、みんな好きだったんですよ・・・」
夜中は、娘の名前をずっと呼んでいたそうです。
そして「痛い、助けて〜」の繰り返しだったね〜と言っていました。
だからこれで、「痛みから解放されて、楽になってよかったね〜」と、しみじみと言っていました。

病院では、いつも僕の顔を見ると、すぐに「背中さすって〜」という言葉から始まる義母。
そんな中、義母からいつもと違う言葉が・・。
いつものように、「背中をさするよ」と言うと義母が言うのです。
「もう、いいの。さすらなくてもいいの。ながい間、ありがとう!ありがとう!・・・」
この時でした。
私は感じたのです。
「えっ?まだ早いよ〜」
この会話を最後に、義母は危篤状態になりました。

それから1週間、こん睡状態の中、身体につけられた計器だけが、動いていました。
最後の日、朝の5時に病院から電話があり、病院に急いで駆けつけました。
着いたときは、危険状態を知らせる赤いランプも消え、すべての数値がゼロ。
そこには、ここ数年見たこともないような優しい顔をした義母がいました。
うちのヤツの号泣と共に、私も涙が床に落ちていました。

お葬式の時は、大阪から私の兄も来てくれました。
その時に、兄から言われた一言に私も救われました。
「清も、自分でも倒れるぐらい看病したのだから、充分介護したな!」

これからは、お母さんも、痛みの無い世界で幸せに暮らしてくださいね。
長い間、ありがとうございました。
では、お母さん〜さようなら。
いつかまた天国で会えたら、マッサージの続きしてあげるからね〜。

2005.7.07(木)

「白い鼻毛??」

先週の日曜日の出来事でした。
夫婦で、スポーツ観戦をしに行ったのです。
その行きの車の中で、突然、うちのヤツが発見したのです。
助手席に乗っているうちのヤツが叫びました。
「汐ちゃん、いやだ〜。鼻毛が出ているよ。それも白いヤツだよ。早く取ってよ〜」

私は運転中で、そんな鼻毛なんか抜けるヒマなど無い。
だから私も答えました。
「いいじゃん。鼻毛ぐらい」
すると、うちのヤツも言います。
「ダメ、抜かないと。だって今日は会社の課長とかも来るのよ。鼻毛が出てる夫じゃ、恥ずかしいよ!」
ここから、仁義無き、鼻毛抜きとりバトルが始まったのです。
まず、私が鼻の穴に指を突っ込み取ったのです。
ブチッ! 
あ〜〜痛て〜。

で、獲得した鼻毛を見ると、なんと黒いヤツ。
横に座っているうちのヤツが言います。
「へたくそ。それじゃないの。もっと奥から出てる白いヤツ」」
私も言いました。
「運転中だから、もういいよ」
すると、うちのヤツも言います。
「信号で止まったら、私が抜いてあげる」

信号で止まり、鼻をうちのヤツに向ける。
滑ってなかなか取れない。
そして、ついに信号が青になる。
その時、私はバックミラーで後方車の運転者を見た。
なにやら、こちらを見て、笑っている。
相手もカップルだ。
私が鼻を出したので、相手は、キッスでもすると思ったのだろう。
しかし、いきなり女性の指が僕の鼻の穴に突っ込まれちゃね〜。
ビックリしたでしょう。
しかも、何回もうちのヤツがトライして、僕は悲鳴をあげていたから。
抜かれるたびに痛くて、まるで、「シェ〜、シェ〜状態でしたからね。
敵に無料で命を賭けた芝居を見せてしまった感じでした。
ハハハ・・。

結局は取れず、私もうちのヤツに言いました。
「わかった。やっぱり自分で取る」と。
で、思いっきり引き抜いたのです。
確かに、白い鼻毛でした。
これで、やっと戦いも終わったと思いました。
ホッ!!

しかし、うちのヤツは遠慮もなく言うのです。
「それじゃない、違うヤツ」と。
私も、頭にきて言いました。
「もう、鼻の入り口の周りの毛は全部むしり取り、ハゲ状態だ!」
「鼻毛の移植費を払え〜!!」


でも、うちのヤツは諦めません。
「絶対取って! その白い鼻毛!!」

さらにトライし続けて、ついに私の鼻から、血が出てきました。
すかさず私は、うちのヤツに言ったのです。
「俺は今日、やっと生理が来た。これで子供、鼻から生めるな〜」

さすがに、うちのヤツも言います。
「何、アホなこと言ってんのよ。早く白い鼻毛を取って!」
しかし、もう私も限界です。
大量出血状態ですから・・。
そして、ついに私の口から出たのです。
「ナップキンが欲しい、Lサイズで薄いヤツが・・。」
「いや、タンポンのスーパー極細Sサイズに変更や!」

うちのヤツから渡されたのはティシュでした。
もう、血に染まっています。
なんで、こんなに鼻毛で痛い思いをするの?

結局は、そのまま無理やり押し込んでスポーツ観戦に行ったのです。
さんざん痛い思いをして、結局は押し込んだだけ?
もう〜いやだ〜!!

皆さん、鼻毛はじわっ、じゃわっと伸びます。
もし、鼻毛用の白髪染めを開発したら、ヒットになるかもね。
えっ?
誰も買わない?
しかし、あの抜く痛さを考えたら僕は絶対買う〜。
でも、鼻から子供も生みたいしな〜。←アホ

今日は、7月7日で七夕ですよね。
もしかしたら、鼻から子供誕生の願い、叶うかもね。←鼻毛とバカにつける薬ナシ。
ハハハ・・。

では、皆様の願いも叶いますように!!


2005.6.06(月)

「不思議な光景?!」

3日前の出来事でした。
朝のテレビで、予報士が言っていました。
「今日はこれから大雨になりますので、お出かけの際には傘が必要です。」

外はかすかに雲の隙間から薄日が差していました。
しかし、空のほとんどはすでに真っ黒な雲だらけ。
今にも大雨が降りそうな天気。
洗濯物を外に干せる確率はゼロの日でした。

しかし、今日の近所のおば様方々の行動は違いました。
2階の窓から、なにげなく眺める近所の庭の景色に目を疑いました。
朝から、堂々と洗濯物を干している〜。
今日は今から大雨になると言っているのに・・。
それも、洗濯物ならまだ許せるが、布団まで干している人もいるではないか〜!!
あ〜〜!

今の時代、テレビの無い家はないだろう!!
干す前に朝の天気予報を見てよ〜。
と思いながらも、大胆不敵な行動と同時に、ある事が脳裏を走りました。
近所に高年齢の人が多い中、どうしてもボケの気配を感じざるを得なかった私でした。
確かに薄日はあるものの、なにせ空は、今にも大雨の気配ですから。

この布団干し光景は、昼の1時半まで続きました。
その間、私は雨95%以上の予報でしたので、心配で心配で・・。
仕事なんて、もう手につきません。
いや、よく考えたら、私は今、無職でした。
ハハハ・・。

布団が雨に濡れたら、大変だ。
1週間ぐらいは、毎日、オネショした布団状態です。
私は心の中で、またあることが心配になりました。
濡れた布団に寝て、オネショしたのと間違って、落ち込む老夫婦を想像したのです。
そんなことを思うと、私も複雑な心境でした。
で、この時、決めたのです。
もし雨が降り出したら、すぐに、布団を入れてあげるのを手伝おう。
一転して無職から、正社員です。←アホ。
ハハハ。

そして、ついに、恐れていた、雨が降り出しました。
時間は午後1時40分。
慌てて2階に上がり、窓から庭を覗いたのです。
あれ〜!
確かに、10分前まで干されていた庭の洗濯物、布団がない。
緊急事態発生と思い、自分に緊急サイレンを鳴らして2階に上がったのに・・。
緊急事態と騒いだ自分が急にアホに見えた瞬間でもありました。

なんと、雨が降りだす直後に、すべての洗濯物、布団が取り込まれていたのです。
たった10分の出来事でした。
これってタダの偶然?
それとも、年齢をめされた人の究極の技だったの?
ただ単に長生きじゃなくて、自然現象を熟知した達人なの?
いや、それとも、ただ単にボケと現実がうまく調和しただけ?
直接本人に聞くわけにもいかず、真実は、闇の中でした。

その日も、私は日課の病院に行きました。
まだ義母が入院しているのです。
病院に着き、義母に質問したのです。
今日の主人公(布団取り込み達人)は、義母と年齢がほぼ同じなのです。
「ね〜、お母さんの年齢になると、天気が読めるの?」
すると、義母も答えました。
「読めるよ」
「えっ??本当に?」
「雨が降る直前には、必ず、身体の節々が痛くなるからね」
・・・・・・???

しかし、どうも納得がいかない私でした。
真実は、いったいどうだったんだろう?
病院から帰宅した時には外も暗く、真実はなおさら、深〜い闇の中でした。←アホ!

で、次の朝、近所の人に言われました。
「お兄ちゃん、昨日みたいな雨の日に運動靴干しちゃ、ダメだよ。」
雨の降る前に入れないとね。ハハハ・・」
あっ!
2日前に干した自分の靴、入れるの忘れていた〜。
・・・・・

闇の中から、真実の答えが見えました。
実は、僕がボケていました〜。
キャッ!
さあ、過去は気持ちよく忘れて、今日はまた新しい1日です。
気分を変えて、今日もビッグスマイルで行きましょうね。
イヒヒヒ・・。


2005.4.25(月)

「一日一膳の結果報告!」

先日,「一日一膳」をした。
なんだか、気持ちのいい日だったな〜。

その日の天気は、南西の強風が吹いていた。
女学生のスカートも舞い上がる、最高の日でしたね〜。
まるで、パラシュートの逆バージョン。
あちらこちらで、「Oh モーレツ!」という声も飛んでいましたよ。
えっ?
そんな古いCMを知っている人は、今はほとんどこの世に実在していないってか!

そんな強風の中、風にも負けず、貧乏にも負けず、私は道を歩いていた。
すると道の端で、なにやら風に揺れる物体を発見!
近づいて見ると、透明のビニール袋の中に、1000円札の山!
ざっと見ただけでも、1〜2万のお金じゃない。
さらに近くに、100枚シートの80円切手も落下してる。
それも、かなりの量だ!
あちゃ〜っ!
もしかして、日頃の行いがいいから、僕への贈り物?
まあ、そんなことはないな〜。
ハハハ・・

しかし、交番に届けるのもめんどいな〜と思いながら、心の片隅では・・・
「もらえば」って声がっ・・・
な〜んて聞こえてきませんでしたよ。
ギャハハハ・・。

まあこれだけの金額と切手を落とした人は、気づいた時は悲惨でしょう。
もう、顔色も真っ青に変わるでしょうね。
総合計では、ゆうに50万を越えているでしょう。
あえて数えませんでしたが・・。

一応、現金と切手を拾い、少しその場で待ってみました。
長年の刑事の勘、いや極楽とんぼのカンですよ。←アホ。
星は夜でも、今回の「ホシ」は昼間に現われるな〜。←超アホや〜。
ハハハ・・。

すると、3分後でした。
本当に「ホシ」が現われました。
その格好を説明してみます。
年の頃は、65歳ぐらいのオバタリアン。←決め付けるな!
ドジョウスクイみたいな格好で、獲物を探しています。
そして、目の動きは、道路に落ちたコンタクトを探している状態。
真剣です。
しかも、突風にあおられて、両手をバタバタさせながら突進してくる。
強風により、スカートが跳ね上がっても無視!
個人的には、スカートぐらいは押さえて欲しかった。
だって、見たくないものも世の中にはあります。
若い子ならまだしも・・。
イヒッ。

もう、一目同然でした。
もちろん、犯人がね。←犯罪者にするな!

青ざめている女性に聞きました。
「これ探している?」
もうその人、ヘナヘナと座り込みました。

そして、「何かお礼をしたい!」と、言い張る人でした。
「コンビニの前で待ってて!」と言われました。
しかし、私は、どうぞお構いなくと歩いて行くと、また、犯人が走ってくる。
「気持ちがおさまりませんので・・」と、ジュース2本を渡されました。
でも、私の一番嫌いなヤツで、いまだに冷蔵庫にあります。
ハハハ・・。

まあ、こういう日は、私にも何かいいことがあると思いました。
これも刑事の長年のカンです。
いや、極楽とんぼのね。

で、もう買っちゃいましたよ〜。
ロト6、いつもの10倍もね。
ギャハハハ・・。
とはいっても1万円分です。
普通は千円しか買いませんからね。
しかし、捕らぬ狸の皮算用をしては、もうニタニタでした。
気持ちは億万長者。
他人から見たら完全に変態でしょう。
ハハハ・・。

当選発表がその日の夜でした。
心ウキウキ、結果見ました。
結果、見事に当たりました!
・・・・・・・???

では、皆様、よいゴールデンウィークをお過ごしくださいね。
決して、一日一膳をしても、宝くじ多めに買わないこと。
ハズレしか、当たりません。

私からのアドバイスです。
一日一膳、一日自然体!
とくに無駄使いには要注意ですね。

なんだか9千円分、道に落としたみたいな気分です。
私も、探しに行ったらあるかな〜?←アホ。
ハハハ・・

では皆様、楽しいゴールデンウィークを!!


2005.4.01(月)

「ついにロト6、1等当たる!?」

この季節、私は花粉に悩んでいます。
朝はまず、くしゃみ5連発から始まります。
ハ、ハ、ハクショーーン、ハクショーーン、ハクショーーン、ハクショーーン、ハクショーーン!!
で、次に鼻水ダラ〜ン
ゴミ箱は、もう白いティッシュの山です。
あ〜今日も花粉が多そうですね。

この時期は、鼻水がたくさん出るので、鼻をかむと、皮膚が赤くなるんです。
で、そこに肌荒れ予防に、朝から白いクリームを鼻の周りにべったり塗るんですね。
すると、朝から突然ピンポーンと宅急便が来るんです。
慌てて印鑑を探すから、クリームを塗ったこと忘れてそのまま出るんです。
もちろん、相手はビックリ!!
鼻だけが、歌舞伎役者。
ハハハ・・。

ところで、先日のサッカーの試合の見ましたか?
相手のミスで点が取れ、勝つことが出来た試合です。
なんとなく後味が、いまいちよくな試合でしたね。
それにしても相手の選手もドジりましたね〜。
まあ私も、人のことは言えませんが・・。

実は私ももう少しで、サッカー選手と同じぐらいドジるところでした。
水曜日に買ったロト6を同じ日にインターネットで当たりを確認したのです。
ロト6の結果発表は木曜日です。
そりなのに、水曜日じゃ、先週の結果を見ているのです。
そしたら、ひとつだけ1000円が当たっていたのです。
それで残りの券はハズレたと思い、ゴミ箱にポイと捨てたのです。

そして次の朝、外に新聞を取りに出たら、ごみの缶が出ていて気づいたのです。
缶のゴミ出しは、木曜日。
ということは今日がロトの結果発表と気づいたのです。
あちゃ〜。
先週の結果を見ていたのです。
もうイヤだ〜!

慌てて昨日捨てたロト券を鼻紙いっぱいのゴミ箱から拾い上げました。
本当は1等が当たっていたかもしれないのにね。
もう、バカバカバカ!!
1000円で、妥協したりしてさ。
汐ちゃんらしくな〜い。
ハハハ・・。

実は今回のロトの番号は、漠然と選んだ番号ではなかったのです。
朝、いつものように注文があった本を発送するために、郵便局に行ったのです。
で、帰宅途中になんとなく、なんとなくですよ、頭によぎったのです。
もし、パチンコで500円で入ったら、その台の番号をロトに使おうとね。
そしたら、本当に500円で入ったのです。
その時、確信しました。
これは、当たる数字だな〜ってね。
その台の番号、回転数などの番号を使い買ったロト6だったのです。
で、今日新聞で番号を確認したのです。
すると、な、なんと!
奇跡って、本当に起こるんですね。
台の番号で選んだ数字と、1等の番号と同じじゃ、あ〜りませんか。
ヒェ〜!!
もう興奮して、鼻水の代わりに鼻血大出血状態でした。
2億円だ〜!!
どうしよう、このお金。
みなさんと分けようか・な?
ウヒャヒャ・・。

ところで、今日は何の日でしたっけ?
この日記を書いた日です。
イヒ。
夢は、夜みるだけではありません。
4月1日(エイプリールフール)にも、夢見ることが出来るんですよね。
ギャハハハ・・。

ps 皆様も、4月1日にだまされないようにしてくださいね。


2005.3.07(月)

「誕生日を迎えるごとに老化して行く、脳と運動神経!」

毎年、年を取るごとに、若い時には経験したことがない体験を私はしています。
まず、明らかに感じることは、若いときより指先の動きが悪い。
片手で2つ以上、物をもったら悲惨です。
先日もやってしまいました。レジで・・。
買い物を終えて、レジで片手に袋をもち、もう一方の手で、小銭を選んでいたのです。
手をポケットに入れ、全部の小銭を出したのです。
手の平にある小銭を指で選んでいる最中でした。
地震があったわけでもないのに、最後の最後でやっちゃいました。
手がもつれて、小銭全部を床にバラマいた〜!
あれは3月3日でした。
豆まきでもない日で、言い訳に困りましたね。
・・・・・・・。
今までは他人を見て、心の中で「ドジだな〜」と笑っていたのに・・。
早くも私の番???
も〜ぅ、イヤだ〜!

それと、指に続き、確実に皮膚の感覚も老化中。
今までは、腕時計を失くすようなことはありませんでした。
それが、ふと時間を見ようとしたら、腕時計がない!
そりゃ、いままでベルトが切れて、落ちたことはありましたが、全部気づいていました。
でも、今回はいつ落ちたのか気づかなかった。
年を取ると皮膚も鈍感になってきました。
くやしいやら、情けないやらで、もう1日落ち込みました。
まあ、時計を落としたことに、落ち込んだのですがね。
ハハハ・・。

さらに病院の駐車場から車を出し、左へ曲がろうとしたら、バイクが急接近。
慌ててブレーキを踏もうとしたら、なんと、靴の底と生地の間にペダルが引っかかりブレーキが踏めない。
かろうじて、ギリギリでハンドルを切りセーフ。
これも、初めての体験でしたね。
ペダルに引っかかった靴がなかなか外れないなんてね〜。
運動神経も鈍ってきている証拠です。

さらに、病院から帰り、家の駐車場に車を入れて、ふと次の朝に車を見たら、おかしいのです。
何にがって言うか・・。
運転席側の窓がない!!
泥棒にやられた〜!
と思いました。
しかし、ガラスの破片もない。
でも、なぜか鍵のロックは丁寧にしてある。
・・・???
今までに何千回と車庫に車を入れても、窓の開けっ放しなんて1度もありません。
それが鍵をロックして、窓全開じゃ、なんの意味もあ〜りません。
これも年のせい?

そして、運転席の下を見ると、なんと時計もここに落ちているでは、またまたあ〜りませんか。
ラッキー!
そして昨日は、道路に雪の後の水溜りがあり、簡単に越えられると思い、ジャン〜プした。
結果は、水溜りの真ん中に失速落下。
・・・・???
こんなに感覚が狂ってくると、本当に毎日がスリル満点です。
ハハハ・・。
まあ、笑っている場合じゃないのですが・・。

やはり、自覚症状が現われた時は、注意ですよね。
指を使い、脳に刺激を与えないといけませんね。
脳の活性化には、右利きの人は左手でメール打つといいそうですよ。

今日から、左手でメール打って脳を鍛えます。
まあ、「脳トレ」とでも言いましょうかね。
それと筋トレも平行して少しやって、筋肉の老化も防ぎます。
しかし、若いときに一番力を入れていた、こちらの「金トレ」は卒業かな?←なんのこっちゃ!
ハハハ・・。

皆様、俺はまだまだ大丈夫だと笑っているあなたが、超心配です。
私も先日まで、そう思っていましたから・・。
次はあなたの番?
キャッ!
そのときは、お互いに傷のなめ合いをしましょうね。
犬みたいにね。
ハハハ・・。
いや、あきらめずに「金トレ」のない、「指・筋トレ」をして、若返りを目指して一緒に頑張りましょうね。
ギャハハハ・・。

2005. 2.04(金)

「義母のその後!part4」

義母はあれから、入退院を繰り返していました。
少し、体調がよくなり、また先日も退院して来ました。
退院した日、帰宅してしばらくは順調でした。
しかし、トイレに行ってなかなか出てこない。
すでに、15分は過ぎている。
そこで、トイレをうちのヤツが覗いたのです。
すると、そこには身体が震えている義母がいたのです。
ここから、私達は、「仁義無き戦い」がまたまた始まりました。
「お母さん、どうしたの?」
義母はもう、震えて口も聞けない状態でした。
そして、震えもどんどんひどくなり、まるで痙攣状態でした。
私達はあの狭いトイレで、義母の身体をさすりながら良くなるのを待った。
しかし、ついに義母は力が抜けてきて、目もすわって来た〜。
うぁ〜大変だ!救急車を呼ぼうか!

もはやこれまでかと、私達は思ったぐらいだった。
とれあえず、まずはベッドに運ぼう。
お尻を拭き、抱えるけど、2人がかりでも力の抜けた義母の身体はヘビー級並み。
60kg以上はゆうにある。
まして、力の入ってない義母の身体は100kgにも感じられる。
さらにお相撲さん並のお腹の出っ張りに、突き飛ばされそうでした。
なにせ病院でも、義母だけが健康肥満体に見えた。
あとの人は、骨皮スジ衛門だというのに・・。

その後も、痙攣が止まらず、3時間ぐらいうちのヤツは母の手を握り、そばにいた。
折角退院したのに、その日のうちにこんな状態になるなって・・。
退院させるんじゃなかったと我々は後悔しました。

さらにその後も、トイレが間に合わずベッドも汚し、下着もウンチだらけ。
私はベッドに付いたウンチ除去班、うちのヤツは下着変え班へ急きょ変身。
一段落ついて、私もトイレに行くと、なんとなく、お尻に違和感。
もしかして、義母のウンチ?
キャッ!

想像は的中。
すぐにシャワーで洗う。
もう、いやだな〜と思いながら義母の部屋を覗く。
すると、パンツの下に敷いていた、ウンチ尿パットを外している。
「お母さん、ダメでしょう。これはめておかないと!」
すると、義母も言う。
「もう、私は卒業したの。私をいくつだと思っているの?」
「何を言っているの、これないとまたベッドが汚れるから」
で、また義母も、もうろうとした顔で言う。
「もう出ないよ。もう、出ないから大丈夫」
「もう〜いやだな〜。こっちの身にもなってよ」
さらに義母も真剣に言う。
「もう、何十年前に終わったから必要ないの」

そんなやり取りを、5分ぐらいして私は気づいた。
「出ないって、なにが出ないの?」
「血でしょう。とっくにあがったの、生理は。あんた男だから知らないだ」
「ハァ〜。何言ってんのよ。こんなにデカイ、生理パットはないでしょう。これは、ウンチ尿パットだよ」
「お母さん専用のLLLサイズ、超デカウンチ尿パット!!!」
「じゃ、早くいいなよ」

もう、バカバカバカバカ・・アホ!

生理パットと間違えた義母に、私もあきれた。
お母さん80才でしょう。
俺だって、80歳じゃ生理があがっていることぐらいとっくに知っている〜!!

で、次の日も「痛い、助けて〜」の連続で、再び病院に入院しました。
女性の皆さん、生理は忘れた頃に2度やってくるみたいですよ。←バカ!
キャッ!
あ〜男でよかったな〜。←アホ!


2005. 1.18(火)

「今年の抱負!」

今年も、すでに18日目。
元旦に今年の抱負を決め、何日実行したか?
ハハハ・・。

一応、私は決めました。
今年の抱負をね。
教育の面からは、「英語の上達」
趣味の面からは、「ゴルフの上達」
夢の面からは、「ロト6の大当たり」
よく考えたら昨年と同じでした。
イヤ〜〜ン!

昨年も、1年間同じ抱負を作り頑張った。
しかし、昨年を振り返ると、語学もゴルフも上達してない。
現状維持か、少し後退だった。
悲しい〜。

と、いうことは、方法が間違っていたと判明。
昨年とは違い、今年はすべてのやり方を変えて今年の抱負に臨みます。
イヒ。
たとえば、英語ではこういう風です。
昨年は、ただ単に記憶としての勉強でした。
これじゃ、もう年だし3歩、歩けば以前の記憶も破壊される年齢。
ここで登場したのが、今、流行の映画のDVDを使った勉強。
アメリカの生活の中へ、いや、映画の主人公の中に入る。
アメリカの環境をDVDで作って、その中でアクションと一緒に覚える方法です。
DVDなら字幕も自由に英語、日本語に変えられるしね。
やはり実戦英語じゃないと、ダメ。
テキスト英語は昨年で、お別れで〜す。
へへへ・・。

で、ゴルフはというと。
今までの考えは、完全に間違っていました。
ショットだけを練習すると、スコアーもよくなると思っていました。
これが、大きな間違いでした。
ゴルフはパターで始まりパターで終わるのです。
パターがうまくなれば、すべてよくなることにやっと気づきました。
パターが下手の人は、ゴルフはうまくなりません。
今年は元日から、毎日10回連続でパターマットの2m先のカップに入れる。
これが今年の私のゴルフの基本です。
そして、さらに気づいたんです。
パターのスイングの延長が、ゴルフスイングだ!ということをね。
ゴルフスイングもパターも同じ基本動作でした。
スイング内容は企業秘密ではありませんが・・。←アホ。
しかし、詳しくは実戦で実績が出たら大公開しますね。
イヒヒ・・。

今年の暮れが、今から楽しみです。
どんなに上達したかと想像するとね。
うぁ〜お!本当に今回の方法が正解だったんだ!!
な〜んてね。
キャッ!

何事も的確な方法がありますよね。
方法が正しければ、必ず、結果がついてくると思っています。
皆様も今年の抱負に向かって頑張ってくださいね。

まあ、ガン脱出の方法に関しては、一応、私は正解だったと思っています。
ガン脱出方法としては正しかったのですね。
あっ!
皆様の「お叱りの声」が聞こえてきました。
「これを言いたいがために、ここまで引っ張ったのか!!」
「ガン脱出方法を参考にして欲しいと言っているんだな!」
えっ?
ハ、ハイ!

では、今年もよろしくお願いしま〜す!

2005. 1.01(土)

「新年、明けましておめでとうございます!」

今年も、いよいよ始まりましたね。
今年も健康で、笑いながら1年を過ごせたらいいな〜と思っています。

もしガンになられても、本を読んでどんどん元気になって、退院して頂けると嬉しいです。
この日記を読んで頂いている人は、苦境に立たされても元気になるれる方々とのご縁だと信じています。

今年も皆様、宜しくお願いします。
簡単ではありますが、年始のご挨拶に代えさせていただきます。

えっ?
何ですか?
日記の手抜くをするなって?
キャッ!

では、次回から日記頑張りますね。
イヒ。

では皆様も、健康で元気に過ごせる年でありますように



2004. 12.13(月)

「汐ちゃん、介護疲れで、倒れる。バタ〜ン!」

先月11月23日の勤労感謝の日でした。
時間は、夜10時。
お風呂を出たところで、バターン!倒れました。
普通は勤労感謝の日だから、日頃の義母の介護に感謝される日なのに・・。
しかし、ノックダウンの洗礼を受けました。
疲れからくる極度の貧血状態で倒れたのです

実は、その日は朝から何も食べていませんでした。
義母もここのところ、体調が悪いせいか、機嫌が悪く、お互いに頭に来ていました。
最近は義母の面倒も24時間体制になりつつありました。
1日中、「汐崎さ〜ん、痛い〜、背中さすって〜、助けて〜」の連続の日が続いていました。
その度、背中をさすっていたのです。
しかし相手が寝ているので、背中をさする体勢が悪く、こちらも少し疲れぎみでした。
そういう日が退院後、2週間、24時間体制で続いていたのです。

で、倒れる前、義母と私の最後の会話です。
夕方4時ぐらいでした。
「お母さん、ベッドで寝て食べると喉に詰まるから、起きて台所で食べれば・・」
と、食べ物をベッドから片付けようとすると、義母が大声で・・。
「ここで食べたいからここで食べる!!もう、うるさいな〜!!あっちいって!!」
と、キレれたのです。

て、私も今まで溜まっていたストレスが大爆破。
「頭に来るな〜!好きにしな!」
と、私もキレました。

まあ2週間少しずつ溜まった、お互いのストレスがいっぺんに爆発した瞬間でした。
そして、私は気分転換に家を出たのです。
数時間、外で気晴らししていました。
このとき、すでに私の身体に異常があったことには、気づきもしませんでした。

で、夜の10時ぐらいに帰宅しました。
で、まずお風呂に入り、湯船から出て、身体を洗おうとした瞬間です。
急に毛穴が開き、冷や汗が出て、もう気分が一気に悪くなりました。
すぐに洗うのをやめ、お風呂場から出ようとしたところで・・・。
足に力がなくなり、動けなくなくなり、倒れてしまいました。
祭日が幸いして、うちのヤツも家にいました。

で、部屋へやっとの思いでうちのヤツに連れて行ってもらい、うなっていました。
「く、苦しい〜。すごい寒気と冷や汗!」
しばらくしたら、急にトイレに行きたなりました。
無理やりに2階から降りて、トイレに行きました。
で、便器を見た瞬間にビックリ!!
そこには、「大量の墨みたいな、真っ黒い水」がありました。
その時、素人の私でも分かりました。
胃からの出血だな〜と。
悲しい〜。

しかし、3日経ってもよくならず、いやな予感がしていたのです。
トイレも相変わらず、真っ黒な水状態でした。
このまま出血が止まらなければ・・最悪の状態になるんだと思いました。

3日目の夕方、体調の悪い中、少し何か食べた方がいいと思い、外に買出しに出たのです。
消化のいいお寿司を買いに行くと、マグロを見た瞬間に、またきました。
急激なむかつきと、吐き気。
しかし、ねぎトロ巻きと、ちらし寿司をかろうじて買い、帰宅しました。
なぜか半額セールだったので気分が悪いのを無理して買いました。
時間はその時、夕方の5時ぐらいでした。

で、もう気分が最悪の状態の中、布団に横になりながら考えました。
なんで、こんなに気分が悪いの〜?
そうだ!
こめかみの奥の神経が正常に働いてないからだ。
で、自分のこめかみを指で押したのです。
すると、少しめまいは治りました。
で、今度は、なぜ3日も食べていないのに、お腹がすかないのか?
と考えたのです。
なぜかその時、胃と脳との連絡網が絶たれているからだと思ったのです。
何気なく首筋を触ると、たまたま1箇所だけ小さなスポットを見つけたのです。
そこを押すと胃に直結している神経とつながっている感覚を感じました。
あっ! これだな〜と思い押すと、今度は胃が動きだすを感じたのです。
胃が音をたてて、「ぐるぐる〜」といいながら動きだしたのです。
まるで今まで寝ていた胃が、やっと冬眠から起きだした感じでした。
そして、胃が自分で胃壁を治しているような動きが伝わったのです。
そのポイントを押し続け、さらに、3分もすると・・・。
なんと自分の身体が別人になった気分になったのです。
本当にいきなり、台風が去った後の天気、晴天に変わったのです。
急に空腹感を感じ、ビールも飲みたい気分だ変身した瞬間でした!
えっーーー????

で、うちのヤツに言うと、
[うそ〜・・・・???さっきまであんなに具合が悪かったくせに・・]
ってな感じで、全然信用してくれませんでした。
しかし、ネギトロ巻きも美味しく食べられたのです。
あの不思議な3分の出来事が、体調が急変した境目でした。
体調が変わった瞬間、一番驚いたのは私自身でした。
あの最悪の気分から、一気に変身して、元気になる?
信じられな〜い、アンビリバボー〜って世界でした。
そんな不思議な経験をして、今日を迎えています。
今は、完全復帰して元気になっています。

倒れた時は、とても義母の面度を見れないと思い、うちのヤツが2日間会社を休んでくれました。
しかし、今度はうちのヤツも胃が痛いと言い出し、もう、家中が病人だらけの家になりそうです。
ハハハ。

まあそんな1週間を過ごしました。
今回は「究極の断食ダイエット3日間」でした。
お蔭様で体重が3・5キロやせて、お腹の周りはすっきりになりました。
ウエストが85cm→79cmに見事ダウンしました。
目標(82cm)を大きくクリアーです。
ハハハ・・。
しかし、元気になって食べたら、また3日後には元に戻りました。
ガックし!

今思うと、あの2〜3分の出来事の変化が、「生死の分かれ目」でしたね。
もし、だめならそのまま、胃からの出血が止まらず・・。
しかし、あの時は間違いなく、胃自身が治している動きを感じ取れた瞬間でした。
それでまたカンバックしましたから、また介護、頑張ります。

今回の体験を生かして、まあ義母に接する方法も少し改善しました。
まずは、義母の背中のさすりは、1回に10分と決めました。
しかし義母は、10分じゃ、効いたか効かないかわからないとほざいていますが、無視です。
ハハハ・・。

そのうちに、介護の本でも書こうと思っています。
タイトルは・・「相手より先に倒れない介護法!介護前に必読する本」な〜んてね。
あ〜僕が先に読みたかったな〜。
ハハハ・・。←バカ。

では、みなさん、倒れないと実感できないかもしてませんが、「健康が一番!」ですよ。
師走になり忙しいと思いますが、くれぐれも、身体をいたわりながら、頑張りましょうね。

という、簡単な結果報告でした。
(えっ? 長〜い報告の間違いだろうって?)
ギャッ!


2004. 11.27(土)

「ゴルフ教室(女性)のコンペの出来事!」

先日、女性教室のゴルフコンペを開催しました。
私は、熟女らの行動にかなりショックを受けました。
平均年令は、55〜60才です。

まずは、ティークランドの前で、みんなに朝の挨拶をしました。
「今日晴天に恵まれたのは、皆様の日頃の行いのたまものだと思います。・・」
な〜んて言って、挨拶も終わり、ティーグランドに、組順に並んでもらいました。
ここのコースは、個人個人、手押しカート使用なのです。

すると突然、後ろの方から、声が・・・。
「あらっ〜、私のゴルフバックがない!」
えっ〜


今度は、前列の方で声が・・。
「あっ?これ私のバックじゃない。いやね〜間違えたわ」
早速やってくれました。
みんなから、その人、言われていました。
「全然似てないバッグじゃない。間違えるほうが難しいわね〜。ハハハ」
これが、悪魔コンペの始まりでした。

で、しばらくすると、また声が・・。
「先生、私の上着がないんですが・・」
えっ?

その人、間違って他の人のバックのカゴに入れて、無くなったと思っている人でした。

で、また声が聞こえてきました。
「先生、私のドライバーがな〜い」
えっ??

するとすでにティーショットを打ち終わった人から、声が・・。
「あっ、これ私のドライバーじゃないじゃない!」
他人のクラブで、すでに1打目を打っても気づかない。
気づくのが遅すぎだ!
頼むから人のクラブで打たないで〜。
もう、私も信じられない行動に愕然としました。

コース上でもハプニングは続きました。
人のボールを勝手に打つは、クラブは置き忘れるは。
バンカーにボールが入り、まるでアリ地獄状態で、砂の洗礼を受けている人。
さらに、他人のボールを踏んでつまずく人。
バッグごとティーグランドに忘れて、グリーンまで来て、バッグを盗まれたとわめく人。
もう散々な日でした。

私はコンペ終了後、練習場に寄り、この今日の信じられない出来事を練習場のオーナーに話をしました。
私は非常にあきれた態度で、オーナーに話をしていたと思います。
「本当に信じられないでしょう。もう、いやになりましたよ・・」
な〜んて言いながらね。

ひとしきり悪口をいったあと、私はトイレに行きたくなり、トイレに行きました。
で、ふと、気づいたのです。
なんだ、オーナー、トイレの改装をしたんだ。
みんなドア付きにしたんだ。
いや、待てよ。
で、ふと自分に気づいたんです。
なんと、そこには間違って女性トイレに入って、固まっていた自分がいたのです。
あれだけ人のことをけなしておいて・・。
あ〜この自分の失態はオーナーに内緒にしておかないと。
僕の信用問題に関わるからね。
まさか、この日記みていないだろうな〜。
うぁ〜!!
もう人の悪口はいいませんから〜。
お許しを〜。
ハハハ・・。

2004. 11.12(金)

「義母のその後!part3」

また退院後、6日目の朝、ハプニングが起こった。
義母は、目を閉じ、壁にくっ付きながら歩くようにして私がいる部屋に来た。
そして、義母は言う。
「ねぇ〜。目が全然見えない。どうして?失明になる。眼科に連れて行って〜!」

で、雨の中、車に乗せ、眼科の前で車椅子に乗せ変えて、いざ眼科へ。
先生の簡単な診察の後、視力検査に入った。
で、看護婦さんが言う。
「どこに隙間が開いていますか?これは?」
義母も答える。
「はい。上です」
「では、これは?」
「はい、下です。」

・・・???    ・
.ここで私は思った。
オイ。ちょっと待て!
なんで俺でも見えない字が見えるんだ!!

検査結果は、失明の心配はなく、視力も以前とかわりませんでしたね。
いったいあの「目が見えない。失明する」という訴えはなんだったのだ!!
検査が終わると、義母は安心したのか、盛んに「昼ご飯は?」と聞く。
こちらは、雨の中、車椅子を車に入れ、義母を車に乗せるのに忙しいのに・・。
それに、すでに道は、我々のせいで渋滞してきた。
それなのに「食事、食事は?」と言い張る、義母。
黙れ〜!!!
と、言いたい心境だった。

で、自宅に無事着き、私は夕方に買い物に行き、妻はメガネ屋に行った。
2人共、約1時間半、家を空けた。

で、約1時間後、突然、私の携帯がなった。
義母からの電話だった。家には義母一人。
が、しかし・・・。
電話から聞こえる声は、男だった。
「こちら救急車の隊員の者です。お母さんから、依頼がありました。気分が悪いと・・。今、家の玄関の前にいます。で、搬送する前に息子さんの電話番号がありまして、一応電話と思いまして・・。」
「えっ!!??」
私も慌てた。
「今からすぐに帰ります。5、5分待ってください」

普段走らない私は走った。道はゆっくり歩くものだと思っていたけど・・。
家に着いたときは、もうイキが切れていた。
「ど、ど、どう、どうもす、すみません!」

走っている間、ひとつ、イヤなことが頭をよぎった。
もしかして、ドアを壊されて隊員の人が家の中に入ったか・・??
そうだとすると、あ〜また余分な出費だ〜!!

義母は救急車の中でうなっていたが、私は、義母そっちのけで、隊員の人にすぐに聞いた。
「どうやって部屋に入られたのですか?」
「ご本人が鍵を開けてくれまた。」
「ホッ!」

家の玄関は段になっていて、義母は元気なときでも一人では降りられません。
それに自分で着替えまでして待っていたそうです。
なにが気分が悪いだ!!
救急車に電話する前に、俺の携帯に電話しろ〜!

まあ、ひとまずドアをこわされていなくて安心しました。
隊員の人に過去の例を話しながら、なんとか搬送をキャンセルしてもらいました。
結局は、また義母に家に逆戻りしていただいたのです。
隊員の人に丁寧におわびしながら・・。

もし、隊員の人が私に電話してくれなかったら、大変だったな〜と思いました。
帰宅したら、義母がいない。
えっ?どこにもいないじゃ、大変ですよね。
それに救急車で運ばれた後なら、これまた大変。
病院を探して、またまた、大変な波乱万丈の夜になっていました。
とにかく間に合ってホッとしました。
そして、1時間後の夕食の時間は、義母はうれしそうにカレーを食べていました。
まるで救急車事件がなかったような顔をして・・。

しかし、これだけでは今日は終わらなかった。
その夜、今度は夜バージョンに突入したのです。

深夜になり、義母がブザーで何回も私を起こすのです。
もう3回目、時間も朝の3時。おかげでこちらは寝不足。
で、義母が言うのです。
「怖い、怖い。一人では、この部屋に怖くて入れない。あなたもここにいてよ〜」と。
で、私はこのときハッと気づいたのです。
これは
禁断症状だ!

急に睡眠薬、安定剤をやめたことで、その後遺症が・・。
で、朝3時に睡眠薬をふたたび飲ませたのです。
で、やっと落ち着きました

よく覚せい剤中毒者などが、ヤクが切れたり、覚せい剤などを止めるときに出るあの恐怖心です。
ここのところ、全然飲ませずにいきなり止めさせたんでその反動が・・。
対処方法として、少しずつやめさせることをしなかったために、極度の不安に襲われたのですね。
私も「怖い、怖い」と義母の言葉に、やっと気づきました。
わずか1時間半でも一人で家にいて、怖くて救急車を呼んだのでしょう。
それで、また睡眠薬を与えたので、「今朝は、少し眠れた」と言うので安心しました。
今のとろ正常です。
これから少しずつ量をへらしながら、正常へと頑張ってもらいましょう。
いっぺんに止めると、大変なことになるとこでした。
あやうく、大変な間違いをするところでしたね。
これも知っているのと知らないのでは、大変な違いですよね。

ガン脱出法も知っているのと、知らないのでは大変な違いだと思います。
ぜひ、ガン脱出法も私が体験したことを参考にしていただくと嬉しいです。
たまには、僕の本の宣伝をしてもいいですよね。
イヒ。

まだまだこれから、義母との「仁義なき戦い」が続きそうですね。
日記の更新が私も楽しみです。
次回の本は、「義母との仁義なき戦い!」の本でも書こうかしら。
ハハハ・・


2004. 10.29(金)

「義母のその後!part2」

検査入院中は毎日、義母に簡単なマッサージと洗濯物を取りに病院に行っていました。
が、しかし、入院5日目の夜、ハプニングが起こった!
時間は真夜中11時、病院から1本の電話が掛かってきた。
第一声は、看護婦さんの声だった。
「こちらは、○○病院です。どうしても電話したいと言われるので・・」
で、次に義母の声だった。
「助けて〜。縛られた〜。家に帰りたい。助けて〜」
えっ?どうしたんだろう!

義母は「もう帰りたい、帰りたい」の壊れたレコード状態だった。
とりあえず、明日の朝、迎えに行くという言葉で落ち着いた。
あまりにも突然の電話に呆然とした私でした。

で、次の朝、病院に行くと、胴回りを縛られていた。
理由は、暴れて、ベッドから何回も落ちて危険な状態だったので縛ってるとのこと。
早速、外泊の手続きをして、一時、自宅に連れて帰ることにした。
しかし、義母はボーっとして、足下はふらつき、目はほとんど見えない状態になっていた。
なんだか1日にして、別人になっている???

しかし、帰りの車の中では、目を閉じていても「食事はスシ屋でいい」と、ほざいていた。
「でも、パジャマじゃ、いけないでしょう」と言うと、「あ〜そうだな〜」っていいながら、帰宅。
こんな時でも食欲がある人は、将来はまだまだ明るいと私は知っていた。

早速、近くの寿司屋に行き、にぎり寿司を買い、義母に食べさす。
すると今度は「トイレ!」と言うから、私がパジャマの後ろをつかみトイレまで行く。
まるで、大酒飲みの酔っぱらいの歩き方だ。
右へ行っては、左に行く。足は動かず、頭だけが前に行く。
やっとの思いでトイレに到着。
で、パンツまでおろしてあげて、便座に腰掛けさせ、OKの合図をした。

しばらくしても、「終わった」と言わない。
しかたないから、トイレに見に行くと・・。
うぁ〜!何んなんだ!!
トイレに、おしっこをまき散らしている〜。
いや、間違えた〜。
ウォシュレットの水だ〜!
まるでその光景は、トイレで水遊びが出来るほどの状態だった。
ぞうきん両手に、排水掃除に30分も掛かった。
ふっ〜。

で、時間が経ち、今度は夜バージョンに突入です。
夜になると、
「う〜う〜。助けて〜」と言う声が・・。
部屋を覗くと、なんと、ベッドから上半身が真っ逆様に落ち、手足をバタバタしている。
もう、なんという格好か。
パンツは半分以上脱げて、目を覆いたい光景だった。
で、私はヘビー級(推定68kg)の義母の身体をベッドに上げるのに、歯を食いしばる。
「う〜う〜。」
もう両方で、うなっている。
どちらが窮地に陥っているか分からない状態だった。
しまいには、2人で2部合唱でハモっていた。
「う〜う〜、う〜う〜」「う〜う〜、う〜う〜」

その後も、もう、何回も義母はベッドから落ちた。
そのたびに、あのスモール小錦みたいな巨体を持ち上げるのだ。
これじゃ、僕だって身体がもたない。
俺も、義母をベッドに縛りた〜い!
義母は、やはり病院では、
看護婦キラーだったな!
この状態が約2日間続いた。

で、薬物
(安定剤、睡眠薬)も切れかかってくると、少し正常に戻った。
やや正常に戻ると、今度は背中の痛みを訴える。
「背中が痛〜い。どうにかして〜」
今度は、お尻から痛み止めの座薬を入れる。
以前は、義母に聞いていた。
義母のお尻から顔をそむけてね。
「どこ?もっと上?下?右?左?えっ?ホントここなの・・??」
これだとお互いの感覚に違いあり、なかなか時間が掛かる。

で、今回、研究発見したのです。
新型座薬1秒挿入法です。
まず、うんも、すんも言わさず、まず、身体を横にする。
で、パンツを下げ、お尻をすっぴんにする。
ここまでの手順は今まで通り。
ここからが違います。
肛門の少し手前まで股サキならぬ、お尻サキをする。
くれぐれも開きすぎに注意!
ここまで0.5秒。
で、肛門3ミリ手前を確認。←これが決めてです。
そして、いきなり、3ミリ下をピンポイントで狙う。
ブッチュー。
ここまで0,7秒
さらに、指半分まで押し入れて、素早く抜く。
ここまでわずか1秒。
「シュッパ、ブチュッ、ポ〜ン!」
と、いう音が私には聞こえますね。←アホ。
もちろん、薄い手袋付きですよ。

この新型挿入法が、日本座薬肛門高速挿入トーナメント、ランキング50位から、ナンバーワンにのし上がった技法です。
今の僕の夢は、世界ランキング王者決定戦にも是非、挑戦したいです。←バカバカ。
これ以上の挿入法の詳しい内容は控えさせて下さいね。
企業秘密ですので・・。
えっ?
私も、あぶないからベッドに縛りたいって?
キャッ!!
「助けて〜!私も実家に帰りたい〜
ギャハハハ・・。


2004. 10.11(月)

「義母、救急車で外出?!」

先日、退院したばかりの義母が、自分で救急車を呼んだ〜。
今朝は調子が悪く、トイレでゲ〜ゲ〜吐いていました。
それで、私は義母に吐き気止めの薬を飲ませました。
しかし、義母は我慢しきれず、自分で救急車を呼んだのです。
「救急車?すぐ来て下さい。えっ?耳が遠いんで聞こえません・・。」
と、隣の部屋から聞こえて来たのです。

で、仕方なく、私が代わり、状況を説明したのです。
約10分で救急車の到着。
私は電話で、なるべくサイレンは鳴らさないでくださいとお願いしたのですが・・・。
「ピッポ〜ピッポ〜」と、遠慮なく大きな音と共に家に横付け。
そして、本人はストレッチャーに乗り、
「う〜う〜」と苦しそうな声。

当然、予期していたことが起こった。
近所の人達が外に出てきて、なにやらヒソヒソ話。
私には彼らの心がすぐに読めた。
「ついに来るときが来たか〜。今度は、もう絶対ダメだよね〜」

搬送される途中、義母が隊員の人に苦しそうに言った。
「昨夜から、気分が悪くて何も食べていないんです」
隊員の人も、
「そうなの〜。ガンバって!」と返事をしていた。

で、次の義母の言葉に私は、耳を疑った。
「もう、お腹が空きすぎてダメ。なにか食べる物ないですか?」
「救急車には、食べ物はないのですよ」と、優しく答える隊員さん。
あ〜。私はあきれるやら、恥ずかしさやらで、穴があったら入りたい心境だった。

一応、私も隊員の人に言いました。
「私の母ではなく、義母なんです。うちのヤツの母親なんです」
せめてもの、自分に対しての慰めだった。

で、また義母が言葉をはっした。
「あの〜。大失敗をしました。今、大変後悔をしています。」
「どうしたのですか?」と優しく対応する隊員さん。
「実は、トイレに行くのを忘れて漏れそう。もう限界です」
えっ〜!!

今回は、さすがの隊員さんもあせった。
「もうすぐ、病院に着きますよ。後、5分ガンバって!」
しかし、義母はまるで壊れたレコードみたいに繰り返していた。
「漏れる〜。漏れる〜。お腹が空いた〜」
・・・・・???


で、病院に着く。
猛スピードで、受付を通り過ぎるストレッチャー。
さすがの看護婦さんも吠えた。
「受付けはこちらです!」
隊員の人も負けずに言う。
「緊急事態発生です。漏れそうです」
私も、隊員の人を誘導していた。
「こちらです。ここが一番近いトイレです」
義母以外は、みんな息が上がっていた。
「ハァ〜ハァ〜」
看護婦さんの顔は、
「・・???」

トイレ、危機一髪でセーフでした。
で、また義母が看護婦さんに言った。
「今度は、患者で来ましたよ」
私もすぐには、この意味が分かりませんでした。
で、よく考えてみたのです。
すると、確かに前回の入院は、私達夫婦が旅行に行くので病院で預かってもらった。
でも、今回は本当に気分が悪くなり、本当の入院という意味だったんですね。
意味が分かると、少しおかしくなりました。
ハハハ・・。

そして、ベッドに横になり、しばらくするとまた、義母が言いました。
「吐き気、無くなった。治ったな〜。では、退院の手続きをよろしく」
エーーーッ!バカヤロー!!

そして、この場をお借りしまして近所の方々に一言。

近所の皆様、今回も大きく期待を裏切りそうです。
心より深くお詫び申し上げます。

ごめんなさい。

せっかく入院したので、一応、義母は、検査入院中です。
これからは私は、しばらく病院通いになりそうで〜す。


2004. 10.01(金)

「ガン検査、最終結果!」

昨日は、国立がんセンターに行って来ました。
ガンになり、7年半目のガン検査結果を聞きに行ったのです。
何年経っても、検査結果を聞きに行くのは、超ドキドキものです。
CT検査、血液検査、レントゲン検査などを受けた検査結果報告でした。

当日の朝、いつものように7時に起床。
で、がんセンターのアポは、午後1時からでした。
自宅から国立がんセンターまでは、車で約1時間半の道のりです。

義母が朝、背中が痛いと言うから、背中をマッサージして、家を出たのが9時。
途中、郵便局の本局があり、本の注文があった第1作目を送る。
で、今回は郵便局の本局で、調べたいことがあり、尋ねてみました。
「この古い郵便債券証は、価値がありますか?」

実は、以前から家に、昔の郵便債券証があったのです。
それもかなりの量があるのです。
昔の25円札が大きく印刷され、A4位の大きさの紙です。
そのお札の下に、25円と書かれたちっちゃな券がいっぱい印刷されています。
昭和13年と書かれています。
きっと、これは価値がある。そうにらんだ僕でした。
その紙が30枚以上はあるんですから・・。

当時の25円は今のどれぐらいの価値だろう。
少なくても、今に換算すると最低でも25000円ぐらいにはなるだろう。
その25円の小さな券が1枚のA4の紙にざっと、36枚ある。
単純計算でも、2万5千円×36×30枚=2千700万はくだらない。
キャッ!ウヒヤハハハ。
で、以前からやりたかった鑑定をお願いしたのです。

なんだか、わくわくしながら、心ここにあらずでした。
私は最近ロト6も当たらず、これで、一攫千金を狙う予定です。
で、待たされること、約10分。
・・・・・・・・・。
凄い物おもちですね〜なんて言われたらどうしよう。
キャッ!
これはお宝ですね〜なんて言われたらどうしょう。
・・・・・・・・。
な〜んて考えながらね。

突然、奥から出てきた人が私の名前を呼びました。
そして、私は自分の耳を疑いました〜!!
「もう無効ですね。たたの紙、紙ですね」
ヒェ〜!
簡単に言うな〜!!!


天国から、いきなり地獄に落とされた瞬間でした。
少しぐらい、スリルが欲しかったな〜。
スタジオまで、いや、総本局まで来て下さいとかね。←鑑定団みたいにね。
で、しかたなく諦めて、病院に向かいました。

途中で、オイル交換もしたかったので、ついでにオートウエーブに寄る。
で、オイルも変えても、まだアポの1時までに時間がある。
一応、郵便局で、もめると思い、十分に時間を取っての行動だったので・・。
ハハハハ・・。

で、次にゴルフショップに寄った。
検査結果が大丈夫という前倒しで、自分にゴルフボールをプレゼントした。←けちなプレゼントですね〜。
そこで、今度もなんだか悩んでしまったのです。
ただ今、貧乏中現在進行形なので、中古のボールにしょうか新品のボールにしようかとね。
店の中を行ったり来たりして、約1時間ぐらい時間を掛けて考えた。
中古、ロストボールだと1個52円。新品だと、1個123円。
しかし新品でも2ダース買うと、1個103円で、大ビッグバーゲン開催中。
1時間悩んだあげく、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、結論を出した。

貧乏なんだから、こういうときこそチャンスだ。
リッチな気分になろうよ、汐ちゃん。
なかなか新品なんて買えないぞ。
普通のボールは1個700円もするのに、最低ランクのボールなんだから、新品でもいいだろ〜。
で、24個の新品ボールを2480円で落札した。
なんだか、気分は凄い買い物をした気分だった。
ハハハハ・・。

しかし、病院に向かう車の中で、少し悲しかった。
こんな低いレベルで悩むなよ。
1個1万円ぐらい違うなら分かるけど・・。
1個50円ぐらいの違いなのに・・。

で、がんセンターに着き、アポの1時と同時に呼ばれた。
ドキドキドキ・・・。
奮発して前倒しで、新品ボール買ったから後にはもう引けない。
結果は、大丈夫と信じて新品の一番安いボール買ったのだから・・。

しかし、先生は、う〜う〜と検査結果レポートを見てうなっているだけ。
なんだか意味ありげな、顔だ。
で、先生が口を開いた。
「もう、7年半だね。もう、来なくていいよ。卒業。検査は大丈夫。悪とこナシ。お疲れ様!」

帰りの車の中では、今までの7年半が走馬燈のように、頭を走った。
いろいろとありましたが、今でも元気なのは、いままで支えて頂いた皆様のおかげだと感謝しております。
その中でも、私の中の神様には、今回も命を救って頂きました。
あの時の不思議な出来事がなかったら、どうなっていたかわかりません。
神様、ありがとうございました。
今日まで元気でいれて、私も自分の神様の事を立証できて本当に嬉しいですよ、神様!

そして、帰りの車の中で、自分自身に話しかけていました。
「神様、お互いに約束、守りましたよね。
神様は、私をガンから助けてあげると、約束してくれました。
そして私は、どうしてガンから脱出できたか、本に出来ました。

今日は、7年半掛けた約束事が達成された記念日になりましたね。
\(*^o^*)/\(*^o^*)/\(*^o^*)/

一人でも多くの方に、ガンから脱出して欲しいです。
そのために、イバラの道を乗り越えて、本も書きました。
きっと、次の奇跡が起こるのは、貴方の番になるはずです。

私の書いた本、よければ、ガン脱出方法のひとつとして、参考にしていただきたいです。


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