第1作目(神様に助けられた極楽とんぼ)改正版です。
アップしている最中でも、読みなおして、文面をもう少し分かりやすく変更する場合があります。
同時進行ですので、お許しください。
随時、全て完全公開して行きます。
(仮タイトル)
「貴方の脳がガンを治す、奇跡!」
Yes, you can do it!
20年先のガン治療
その体験を今!
貴方の脳がガンを治す、目に見えない奇跡!
ここに、ガンを治す、隠された「秘密」があった!
今こそ、気付いて欲しい、知られざる緊急ガン脱出法!
すべては発想の転換から、始まったのだ!
西洋医学=手術
東洋医学=健康食品、温熱療法など
汐イズム=メンタル「脳の秘密」(自然治癒力、免疫力)
この3つが引き起こす、コラボレーションによる、
「ガン生還までの軌跡」です。
ガン告知から、すでに14年。
しかし「手術時」、ガンは、すでに「腸壁」を突き破っていた。
超最悪だ!
しかし14年間、転移もなく元気でこられた。
今、当時を振り返ると、「生還」出来たのには「理由」があった。
それは、ある小さな「神頼み」から始まった。
実は、直腸ガンの告知をされた時、「ガン=死だ」と思い、もう諦めた。
しかし、ある事がきっかけで、「前向き」になれた。
すると、「生きる目的」が決まった。
そして、手術を受けた。
手術前に、病棟のガン患者より、「ある事」を聞かされた。
「もし、ガンが腸壁を突き破っていたら、すぐに転移して亡くなるケースが多い。長くても1カ月ぐらい・・」と。
「お腹を開けてみたら、思っていたより悪く、ガンは腸壁を突き破っていました。しかし、目で見る範囲では、転移は見当たりませんでしたよ」と。
私の頭の中で、一瞬、ガン患者が教えてくれた、あの「恐怖」の言葉が頭をよぎった。
「長くても1ヶ月・・・」
「俺の人生もついに、ジ、エンドか!
これは、ただの「ラッキー」だけではない。
そこには、普通では信じられない、ある「不思議」な「出来事」があったからだ。
それはガンになる、「3年前の出来事」からすでに始まっていた。
ゴルフのインストラクターの「実技試験中」に、それは起きた。
実技試験は、バックティーから、78ストロークで合格。
すでに何回も、試験は受けていた。
しかし、いつも1〜2打差足らなくて、不合格だった。
そして、ついに最後の試験になった。
40歳までという、「年齢制限」があったからだ。
そして、試験が始まり、最終ホールまで来た。
最終ホールを、仮にパーで終わっても、今回もまた1打差で不合格だ。
しかし、もし、第3打目が直接入る、「チップインバーディー」なら「合格」
外れれば、その時点で、間違いなく「不合格」だ。
あと1打で、すべてが決まるところまで、追い込まれた。
しかし私の実力では、カップまでの距離、「約30ヤード」先のカップに、1回で入れることは「奇跡」に近かった。
最後の試験でも、「落ちるな〜」と思った、「その時」だった。
今までお世話になった練習場の社長、応援してくれた友達の顔が頭をよぎった。
すると、なぜか「無心」で、人生初めての「神頼み」をしていた。
「もし、この世の中に神様がいるのなら、このボールを1回で、あのカップの中に入れてください」って。
そして、ボールを打った。
ボールは狙った方向より、左へ飛んだ。
「あっ、しまった!」と叫んだ。
しかし、ポテトチップスみたいなグリーンは、ボールを左右に曲げ始めた。
そして、最後にボールはカップに吸い込まれた。
「カラ〜ン!」
そしてその時、思った。
「偶然?それとも神様?」
・・・・・。
しかしその時は、「たぶん、偶然かな?」と思った。
これが、人生初めて、「無心」でお願いした「神頼み」だった。
それから3年間、そんなことは、すっかり忘れていた私だった。
そして、今度は「ガン告知」を受けた。
42歳、ついに来たか。
よく考えると、厄年だった。
そして、ガン告知を受けた夜に、ふと妻に言われた。
「あの時の神様に、お願いしてみれば」って。
私は無宗教だし、「神様? 何バカなことを言っているの?」と思った。
そして、妻からまた言われた。
「ほら、3年前よ。ゴルフの試験を受けた時のことよ」
しばらくしたら、思い出した。
「神様、今日、ガンの告知を受けました。しかし、まだ42歳です。死ぬのには少し早いと思います。それにまだ結婚して、そんなに経っていません。もう少し命をください」と、再び「無心」でお願いした。
すると、何と!
どこかともなく、声が聞こえてきたような気がした。
「う、う〜ん」と。
すかさず、私は「お願い出来ますか?」と聞き直した。
すると今度は、はっきりと「わかった!」という声が聞こえてきた。
自分でも、「まさか〜。絶対にありえない」と思った。
しかし今日は、ガンの告知を受けて緊急事態だし、いい加減な極楽とんぼの性格は、その声を「信じちゃおう」と思った。
すると、自分に聞こえた声を「信じた」ことで、すごく「精神的」に「楽」になった。
そして、次の夜になった。
ここで「人生最大級」の「出来事」が起こった。
それは、電気を消して、寝ようとした、「その時」だった。
今回は「神頼み」もしていない。
しかし、電気を消したとたん、間違いなく僕には声が聞こえてきたのだ!
「ガンは治してあげる。そのかわり、どうして治ったのかを本に書いて、ガン患者のために教えてあげなさい」と。
いくらノー天気な極楽とんぼの私でも、世の中に、こんなことはありえないと思った。
まして僕が、本を書くなんて、とんでもない。
なぜなら、学生時代、一番いやな科目は「国語」だった。
自慢ではないが、国語の成績は、いつも「2」だったのです。
授業中は、漢字も読めなくて、いつも先生に怒られていた。
そんな僕が、本を書きたいと思うことは、「絶対」にありえないと思った。
もしかしたら、本当に・・・。
ここで、一か八か、自分の耳を「信じてみよう」と思った。
そしてその後、苦しい時、不安な時、どうしていいか分からない時は、「神様〜」って呼ぶようになった。
すると、ガン告知から始まり、入院、手術、退院するまでの間、私の「ひょうきんな神様」が目を閉じると現れるようになった。
それは、まるで、夜に夢を見ているような状態の感覚だった。
そして、色々と助けてくれたのだ。
気分が落ち込んだ時は、いつも「大笑い」させてもらった。
さらに、「ガン」からの「脱出方法」も、教えてくれたのだ。
その、ガンからの脱出方法は、意外にも眼の前にあった。
本当に「灯台下暗し」だった。
その方法は、一言では言えない。
しかし、あえてその究極を「一言」で言ってみる。
それは、「自分で作ったガンは、自分でしか治せない」だった。
ガンは、自分の体内で作られた物。
体内で組み立てられた物は、必ず、「解体、分解」も出来るはず。
その「解体法」は、つまり身体の中に備わっている「自然治癒力」の使い方に、隠された「秘密」があった
そして、そこには「脳がガンを治す」、目に見えない「奇跡」があった。
自分の「免疫力」を「究極に上げる方法」を、僕の神様に教えてもらうことで、それが「可能」になった。
もちろん、西洋医学のすばらしい技術、「手術」の協力を得ることは言うまでもない。
父がガンで亡くなり、すでに20年。
そして、父が亡くなり、その10年後には、今度は私がガンになった。
そんなに月日が経っているにも関わらず、今だにガンの死亡率はトップ。
術後の抗がん剤治療、放射線治療だけでは、まだまだ治る人が少ないと思う。
先生の中には、抗がん剤は「延命治療」ですと、はっきり言う先生も、最近は増えてきた。
もう少しはっきり言うと、抗がん剤では、完全に治るケースが少ないということだ。
もちろん、抗がん剤を打つことで、ガンを小さくして、手術が出来るようにすることは、可能だ。
また血液のガン、白血病などには、効果が出ていることも、事実だ。
さらに、同じ抗がん剤を使っても、治る人、治らない人がいることも、事実だと思う。
では、その治る人、そうでない人の「差」は、いったい何なのか?
その奥には、いったい何が隠されているのか?
答えは、そんなに難しくなかった。
ガンが治った人と、そうでない人の「差」は、本来、自分の身体の中に備わっている「免疫力、自然治癒力」の「差の違い」だと気付かされた。
身体の中に備わっている「免疫力、自然治癒力」の力の「差」が、最終的な「結果」を出す。
「免疫力、自然治癒力」を上げるには、目に見えない「精神的」な部分が「不可欠」だった。
西洋医学、東洋医学の力を借りて、そして、もっとも重要な「精神的なメンタル」も並行して、初めて、ガンからの「生還」が「可能」になると分かった。
ガンが治るのも、傷が治るのも、全く同じ「原理」だ。
それは自分自身が持っている「自然治癒力」の力を借りない限り、「不可能」だ。
ただ、ガンは、「普段レベル」の「免疫力」で治せる傷ではない。
ガンに対しては、普段レベルの免疫力では「弱い」のだ。
だから、「超スーパー免疫パワー」にする為に、自分の「脳」が起こせる「奇跡」を利用した。
それは「メンタルイメージ療法」を取り入れることで、「可能」になった。
「メンタルイメージ療法」は、「ガン」から「生還」する為には、「不可欠」だったのだ。
この本には、一人のガン患者卒業生が、是非、伝えたい、「ガン」からの「緊急脱出方法」が書かれている。
汐崎が体験した、人間である以上、誰もが持っている、「脳が起こせる奇跡」を知ってもらいたいからだ。
現代医学でも、なかなか治らない病気、特に「ガン、膠原病など」には、「必要」な「治療」だと思う。
まさに、そこにあったのは、今までの「常識」をくつがえす、「発想の転換」だった。
14年間、無事に元気でこられた僕だから、今は自信を持って、それを言えるし、話せる。
「貴方の脳がガンを治す、奇跡」を知ってもらいたい。
本当の「解決法」は、自分の身体の中の「脳の使い方」にあった。
この脳の「使い方」にこそ、「自然治癒力」を高める「秘密」が隠されていたのだ。
ここで本文に入る前に、簡単に、「脳が起こす奇跡」とは、どんなものなのか。
簡単に、ひとつ例をあげて見ます。
普段では、考えられない、不思議な出来事の中からです。
一般的によく知られている、「火事場のバカ力」の例です。
普通では、1〜2人では「絶対」に移動することが出来ない、あの重たい「グランドピアノ」(約250キロ)。
しかし、火事だと聞いて、「窮地に陥った」2人の女性がいた。
その女性2人が、あの重い「グランドピアノ」を外に運び出した、という記事を前に読んだことがある。
普段では、絶対にありえないことだ。
では、なぜそんなことが出来たのか?
これも「脳」が起こせる「奇跡」の一つだった。
まずは、脳の仕組みです。
脳は、身体の全ての「機能」をコントロールしている。
身体の筋肉の場合は、使える筋肉の約60%ぐらい使うと、「脳」からの指令で「リミッター」が掛かる。
リミッターが掛かることで、それ以上は、筋肉を使えないようにする。
理由は、筋肉が重たいものを持ち過ぎて、「筋肉」が「壊れない」ようにする為。
つまり、「脳」から、これ以上は「筋肉」を使わないようにと「使用禁止指令」が出るのです。
その結果、「あ〜重い〜。ダメだ〜」と、持つことをあきらめる。
だから、普段は重たい物をもっても、筋肉が壊れることは、まずありえない。
しかし、「ある状態」になると、事態は変わる。
その脳のリミッターが「一時的に壊れて」、全ての筋肉の力、いや、それ以上の「パワー」を使える「時」がある。
先週のアンビリバブルというテレビ番組でも、脳の仕組みを放送していた。
では、その「脳のリミッター」が「一時的」に「壊れる時」とは、いつなのか。
それは、人間が「窮地に陥った時」、または、ある事に「猛烈」に「集中した時」に起こるのです。
その結果、そのリミッターが一時的に壊れて、「すべての力、パワー」が使えるのです。
先ほどの女性2人は、突然の「火事」に、一気に「窮地に陥った」
「窮地に陥った」ことで、一時的に「リミッターが壊れ」、普段以上の力を出すことが出来た。
その結果として、あの重たいグランドピアノを持ち運べたのです。
そして、また普段の冷静さに戻ると、今度は、どても重くて持ち上げることが出来なくなるのです。
しかしです。
もし、あの「火事場のバカ力」と同じ状況を、故意に、頭の中で「イメージ」することで「作れた」らどうでしょう。
そして、その「パワー」をもし、「免疫力へ転換」できたら・・・。
普段の「免疫力」の「何倍、何十倍、いや何百倍の免疫パワー」(ナチュラルキラー細胞)が「出動」するはずです。
その結果として、ガンも「強烈」な「ダメージ」を受けて、白旗を出して「消滅」するのです。
しかし、普段の免疫力のレベルでは、がんは消滅しない。
普段の「何十倍、何百倍以上」の「免疫力」が発生して、それが「可能」になるのです。
その「免疫力」を「究極に上げる方法」の「やり方」を知ってもらいたいのです。
そして最終的には、ガンは、あなたの身体で「解体、分解」されて、完全に消滅して「破壊」されて行くのです。
その免疫を上げる、「イメージ療法」のやり方、さほど難しいものではありません。
誰にでも、簡単に出来ます。
ただその「方法」を知っているか、知らないかの「差」です。
このやり方については、本文の中で、詳しく説明します。
また同時に、そこで私が実際に体験したことを平行しながら、なおかつ重ねることで、より分かりやすく理解してもらえると思います。
普段は、「脳が作れる奇跡」に気付かない人がほとんどだと思います。
現代医学でも、全体の脳のわずか「10%」しか、私達は使っていない。
あとの「90%」は、なんの為にあるのかすら、分からない、「未知の世界」だと言われています。
この未知の数字の中に隠されているひとつとして、今回の「ガン脱出法」の「秘密」があったのです。
自分で作ったガンは、「自分で治す方法も、身体の中に備わっていた」ことを、私は14年前に実際に「奇跡的」に「体験」することが出来たのです。
14年経っても元気な自分がいることで、私は自分の身体を使い、確信で出来ました。
本当の「ガン」を治す「秘密」が、ここにあることに「気付いた」のです。
では本文の中で、さらに詳しく、私が実体験したことを平行しながら、私の神様に教えられた「ガン脱出法」を説明します。
1 ガン告知から、生還までの大まかな流れを、まず知ってもらう。
まずは、「ガン告知」を受けてから、「生還」するまでの「大まかな流れ」を知ってもらいます。
ガン告知を受けたら、まずは「発想の転換」から始まります。
「暗いがん患者」から、「明るいがん患者」の発想へ、「スイッチ」を「切り替え」ます。
また「マイナス思考」の人も、少しの「発想の転換」をすることで、考え方も「プラス思考」にすることが出来ます。
プラス思考への転換も、意外と簡単に出来ます。
生まれつき、マイナス思考の人も安心してください。(後ほど、詳しく説明)
そして、「プラス思考」になることで、「克服、生還への道」へ進むステップの「スイッチ」が入ります。
「克服」への「スイッチ」が入ることで、さらに、これから「生きる為」に必要な「生きる目的」を決めることが出来る。
この「生きる目的」が、これからの「心の支え」になります。
そして、身体の「免疫力」を下げないための「行動」を取る。
それは、たえず「笑い」、たとえ、笑えなくても「ニッ」だけでも効果があります。
「笑う」ことで、普段レベルの「免疫力」より、「下がる」ことはありません。
落ち込んで、普段より「免疫力レベル」が「低下」すると、一番喜ぶのは「ガン」です。
ガンは暗い性格です。
間違いなく、「落ち込んでいる人」が「大好き」です。
それをさせないように、たえず「笑う」ことで、ガンに嫌われ、同時に「免疫力の低下を防ぐ」ことが「可能」になる。
ガンと「絶交」する為に、ガンの「嫌がること」をしていきます。
さらに、ガン脱出で「一番不可欠」だった「イメージ療法」をします。
この「イメージ療法」が、「免疫力、自然治癒力」を「最高レベル」まで上げる「パワー、力」となります。
まさにあの「火事場のバカ力」と同じ状態を「イメージ療法」で作り出すことが出来るのです。
目には見えませんが、貴方の「脳」が、あの「火事場のバカ力」と同じように「強烈なパワー」を発生させてくれます。
その「強烈」な「パワー」を「免疫力へ」と「変換」する。
ここで一気に「ナチュラルキラー細胞」が普段の「何十倍、何百倍」と「強烈」に発生して、ガンを「攻撃」してくれます。
これがまさに自分で作ったガンは、「自分で治すことが出来る」、隠された「秘密」だったのです。
普段の「自然治癒力」の「何十倍、いや、何百倍、何千倍の力、パワー」を作れることにより、その「莫大なパワー」を、直接、「がん」だけに「攻撃」をすることが出来るのです。
抗がん剤は、「全ての細胞」を「攻撃」することは、よく知られています。
しかし、自分の「免疫力」なら、「悪いガン細胞」だけに「攻撃」することが「可能」になるのです。
自分の「免疫力」なら、ガン以外の「正常な細胞」への「攻撃」は、ありえないのです。
さらにそのサポートとして、ガンは「熱に弱い」ので、「温熱療法」も並行してやります。
さらに、「オーリング」を使い、本人にあった「健康食品」も、ひとつは選択する。
「オーリングテスト」をすることで、自分の身体が「一番必要」とする、健康食品を見つけることが「可能」になります。
このオーリングテストのやり方も、あとで説明します。
これも、簡単に誰にでも出来ます。
ここで具体的に、怪我をして、「傷口」が「治って行く過程」を、「ガン脱出」に置き換えてみます。
普段、傷口に「塗る薬」は、「殺菌」などをして、「感染」を抑えて、それ以上悪くならない為のサポートです。
「笑い」「温熱療法」や「健康食品」は、この傷口に「塗る薬」の部分にあたるサポートです。
身体の「傷口」を「治してくれる」のは、貴方自身の「身体」です。
つまり、本来の身体の中に備わっている「自然治癒力」なのです。
その「自然治癒力」の向上をサポートするのが「メンタル面」では「プラス思考」
さらに、「強烈」な実践的「パワー」で「超ハイレベル」な「自然治癒力」を引きだしてくれるのが「イメージ療法」なのです。
「薬」は、「治す為」の「サポート」をただしてくれているのです。
あくまでも、身体の中にある、あなた「自身」の「自然治癒力」が、傷口を「修理」をして「治している」ことを「忘れない」でください。
ガンからの生還には、何か一つだけやればいいという感覚ではなく、「総合治療」として進んで行きたいです。
ここで、さらに簡単にまとめます。
治るまでの「イメージ」を、いつも頭の中に入れていて欲しい為です。
ガン告知→「発想の転換」→「生きる目的」→「プラス思考」→「笑い」→「温熱療法・健康食品」→「イメージ療法」→「手術」→「笑い・温熱・食品・イメージ療法の繰り返し」→その結果として「克服・生還」→「社会復帰」という流れです。
これが、「ガン告知」から、大まかな「社会復帰」までの流れです。
では、ガン告知をされて、ガンから生還するまでの流れにそって、私が実際に体験したことを重ねながら、話を進めます。
2 ガン告知された時の気持ち
ガン告知された直後、私がまず、頭の中で思ったことです。
これで「私の人生も、ジ、エンドだな〜」と。
私はガン告知の10年前、父をガンで亡くしました。
実は父のあまりにも、「壮絶」な「ガンとの闘」をみて、あることを決めていたのです。
「もし自分が、ガンになったら手術はしない。元気なうちに好きなことをする。そして、超末期になったらモルヒネを打ってもらう」と。
さすがに、性格が極楽とんぼの私でも、ガンの告知を聞いた直後は、残りの人生をあきらめたのです。
告知直後は、暗いガン患者になっていました。
この状態では、完全にネガティブ思考、マイナス思考へと進んでいきます。
これでは、「ガン」からの「生還」は、ほとんど「絶望的」です。
そこで、この状態からどのような出来事があり、「発想の転換」が出来て、「プラス思考」へと「スイッチ」が「オン」に入ったのかお話します。
それは、ガン告知を妻と一緒に受けた後の出来事でした。
病院からの帰り道に、私が車の中で言ったのです。
「やっぱり、ガンだったな。じゃ、手術はしない。やりたいことをやって。超末期になったら、モルヒネでも打ってもらうよ」
すると、うちのヤツが、ものすごい「剣幕」で言い返してきたのです。
「あなたは死ねばいいわよ。じゃ、私はどうなるのよ。闘いもしないで、死ぬなんいちゃってさ。甘えるのも、いい加減にしてよ!! 何よ、黙って聞いていれば・・・・・」
妻は、延々と私に喰ってかかっていました。
私は、妻の「ド迫力」ある、「気迫の声」にビックリしたのです。
そんな中、朝から何も食べていなくて、ファミレスに入ったのです。
妻も当然食欲はなく、ラーメンを頼むのが精いっぱいでした。
すると、あれほどわめき散らした妻の目から、今度は涙がこぼれていました。
「なんで、なんで、汐ちゃんなの? なんで・・」
そしてその涙が、ラーメンの中に落ちて、スープの中で「波紋の輪」が出来たのです。
その波紋の輪を見ていた、「その時」でした。
「ほら、彼女の為にもがんばりなさい!」と、誰かに背中を押されるいるような気がしたのです。
何か「目に見えないパワー」が、その時、身体に伝わって来たのです。
すると、「妻の為にも、がんばらなくちゃ。まだ未亡人にさせるわけには、いかないな」と思ったのです。
あきらめかけていた自分の人生が、「じゃ、頑張るか!」と、前向きに考えられた「瞬間」でもありました。
何か自分でも分からにパワーに、「頑張れ〜」って、押されているような感じでした。
そこには、何か目に見えない、ある種の「不思議」な「空間パワー」があったのです。
この空間パワーは、以前、テレビで見たシーンに、とってもよく似ていたのです。
それは、アフリカの「大自然」の中で起きた「出来事」でした。
3〜4頭の鹿が、ハイエナに追いかけられていました。
鹿も捕まらないように、必死で逃げていました。
そして、ハイエナが、一番疲れていた鹿の足に噛みついのです。
鹿も倒されて、ハイエナのえじきになりかけていました。
首を噛まれ、鹿も「全てをあきらめている」ように見えました。
このまま鹿も、ハイエナのえじきになると思った、「その時」でした。
突然、「鹿の軍団」がハイエナに「突進」して来たのです。
仲間の鹿を助けるために、突進して来たのです。
ハイエナにやられている鹿も、仲間が助けに来てくれたと思った「瞬間」、とんでもない「行動」に出たのです。
もう死んでもいいと思っていた鹿が、急に目を開けて、ハイエナに「逆襲」している。
それもスゴイ勢いで、逆襲ですから驚きました。
まさに「窮鼠猫を噛む」の状態でした。
自然界の動物の世界では、やられたら、素直に食べられる、それが自然界では普通みたいです。
しかし、鹿がハイエナを逆襲しているのだから、考えられないことが起こった「瞬間」だったみたいです。
これは自然界の「常識」を超えた、「奇跡」に近い出来事だと、放送でも言っていました。
つまり仲間の「パワー、力」を借りて、もう「あきらめていた鹿」が、「生還」出来た放送だったのです。
この状況が、今回の私の状況とすごく似ていたのです。
噛まれていた鹿も、仲間が助けに来てくれたと思った瞬間、とんでもない「パワー」が出たのです。
この仲間の鹿からもらった「パワー」と、妻からもらった目に見えない「パワー」がすごく似ていたのです。
つまり、鹿の仲間の見えない「パワー」と、うちのヤツがくれた「パワー」が「同じ物」だったのです。
「目には見えないパワー」ですが、「すごいパワー」だったのです。
もし、私が独身だったら、もうこの時点で生きるのをあきらめていたでしょう。
私は、この世に、もういなかもしれません。
また、うちのヤツに「あの時の神様にお願いしてみれば」って、言われなければ、私は二度とそのことを思い出すこともなかったでしょう。
この時、一度、人生をあきらめたガン患者から、「前向きに生きるガン患者」へと「ギアーチェンジ」が出来た「瞬間」だったのです。
妻が、「前向きに生きる為」の「発想の転換」の「スイッチ」を入れてくれたのです。
「発想の転換」のスイッチを入れるには、まず自分の「考え方」を変えるだけの「パワー」が必要でした。
「生きるぞ〜」という、「前向き」な気持ちにさせてくれる「パワー」が「必要」なのです。
たまたま私の場合は「生きるパワー」をくれたのは「妻」でした。
これは個人差があり、それが子供であったり、恋人であったりと色々とあると思います。
しかし私は、一人一人が「発想の転換」をすることが出来る、「前向きに生きる為」の「スイッチ」を「オン」にする、何かを「必ず」持っていると思います。
何かの「パワー」を借りて、まず暗いガン患者から、「生きる目的」を持った「明るいガン患者へ」と「発想の転換」をすることが非常に「大事」なのです。
気持ちを「生きる為」に「前向きにする」ことが、まず「必要」だったのです。
ガン告知を受けたら、まずは「○○の為」に「頑張るか」っていう気持ちになる。
.
このことが、まず、最初に訪れる「生還する為」に必要な、人生の「生死の分かれ道」のターニングポイントでした。
ここで、まず人生の「生きる目的」が決まります。
この「人生の目的」が決まらなければ、先には進めません。
私の場合の「生きる目的」は、「妻」そして、「神様との約束」、本を書くことに決めました。
つまり、「妻を未亡人にさせない事」と、「ガン脱出の本を書く」ことに「決定」したのです。
この「生きる目的」を決める時には、ある事に「注意」をして欲しいです。
もちろん、自分の趣味とか、やりたいことを目標に決めてもいいのです。
しかし、なるべく「自分の為」の目標で、「ない方がいい」のです。
つまり自分が「大切」にしている人、愛している恋人、奥さん、お子さん、両親などの方がよりいいのです。
理由は、「自分の為」の「目標」だと、すぐに「妥協」するからです。
「大切な人の為」の目標なら、「踏ん張りも効き」、頑張れるからです。
ガン告知を受けて、まず決めるのが、この「生きる目的」を作ることでした。
次に必要な事は、たえず「プラス思考」でいることです。
理由は、簡単です。
「マイナス思考」だと、身体の「免疫力」が「低下」するからです。
ガンからの「生還者」は、必ず、「プラス思考」の人です。
ここで「マイナス思考」から、一気に「プラス思考」になれる「方法」を説明します。
まず、空想の「天秤」を頭の中でイメージします。
片方の天秤の皿に「今の自分の状態」を乗せます。
そして、もう片方の天秤の皿に、「自分より悪い状態」を乗せます。
すると、自分の方がまだ「幸せ」だという気持ちになり、「落ち込めない」のです。
いつも自分を「有利な状態」に置くことが、「プラス思考」になる為の「基本」です。
これで、いつも「プラス思考」でいられます。
では、2〜3例をあげてみます。
私の場合、ガン告知を受けて、一瞬、落ち込みました。
このマイナス思考になった時に、どのようにして、「プラス思考」へと持って行くかです。
まず片方の天秤に、今の「自分の状態」、ガン告知を受けて最悪な状態を乗せます。
次に、「より最悪の状態」をもう片方の天秤の皿に乗せます。
私がその当時思った、より最悪の状態とは、新聞で読んだある記事でした。
「20歳、バイクで正面衝突、即死」と書いてあったのです。
その記事を、もう片方の天秤の皿に乗せたのです。
すると、このように考えることが出来たのです。
「その人に比べれば、私は42歳まで好きな事をしてこれたな。彼の2倍以上生きられたじゃん。まだ自分の方が幸せだったな〜。さらに、まだ自分の方がガンでも、もう少し命が残されているし、ラッキーだよな!それに、天国に行ったら、オヤジでも探してみるか〜」って。
すると、事故で亡くなった相手の事を思うと、そんなに暗く落ち込むことも出来なかったのです。
たえず、ある最悪な「例」を作り、自分を「有利な立場」に置くことが、「プラス思考」になれる「大切」な「ポイント」です。
一事が万事で、すべての事に対して、そう考えるのです。
では、もうひとつの例として、最近、危険な車の「割り込み」をされました。
一瞬、「カーッ!」と来ますが、ここでも「プラス思考」の「基本」を使うのです。
このままだと、自分の運転も頭にきて、あぶない状態です。
そこで、今回も「プラス思考」へ持って行く為に、プラス思考の「基本」を使うのです。
今の自分の状態より、さらに相手の悪状態を作るのです。
例えば、こんな危険な割り込みをするのだから、「間違いなく、親か恋人が危篤状態だな。だから病院へ急いでいるんだな」って。
すると、俺だって、急いで駆けつけたいから、同じようなことをするかもしれない。
まあ、寛大な気持ちになって、許してあげるか。
相手の立場を、1回、「不利な最低レベル」まで下げて、今一度、「考え直す」と気分も落ち着くのです。
たえず自分が「有利」なるように考えるのです。
これが、いつでも「プラス思考」になれる人の「方法」です。
この「プラス思考」になるにも、考え方のわずかな「発想の転換」で、なれますね。
3 「笑い」の重要性
次にガン患者の間、「毎日」欠かすことなく、やっていたことがあります。
ガン告知を受けて、手術、入院、退院、生還までに、毎日欠かすことなくやっていたのが「笑い」でした。、
なぜか、毎日、「不思議」と、よく「笑って」いたのです。
「笑わせてもらっていた」と、言う方が正しいかもしれません。
暗いガン患者から、「明るいガン患者」へと「発想」を少し変えたことで、私はガンという最悪な事態から、毎日楽しく、それも大笑いしながら、「ガンから脱出」出来たのです。
毎日が「大笑い」ですよ。
一般的な「常識」から考えれば、あいつ、ついに「頭」にまで、ガンが・・。
ついに「きたか〜」と思われてもしかたありません。
しかし、それが私には、本当に毎日の出来事だったのです。
手術前にゴルフに行った時も、キャディーさんに言われました。
「汐崎さん、ガンの人が、そんなに笑ってばっかりで大丈夫?」
でも、なぜか無性におかしくて、笑っていたのです。
もう箸が転がるだけでも笑える、16歳になっていました。
ハハハ。
今思うと、「笑う」ことで、「自然治癒力」や「免疫力」が下がらなかったのですね。
最近は、「笑い」は「免疫力」をあげるということが、かなり「常識」になってきました。
しかし、14年前はまだまだ笑いが、そこまで効果があるとは、あまり浸透していませんでした。
そして、私は、声が聞こえて来て以来、「不安」になるとすぐに「神様〜」って呼ぶようになっていたのです。
例えば、ガン検査の前や、入院する前など、気持ちが不安になり落ち込むと、すぐに「神様〜」って呼んでいました。
すると「ひょうきんな神様」が現れて、「面白い行動」をしてみせてくれるのです。
その「行動」がおかしくて、「大笑い」していました。
その当時は、何も分からず、ただ面白い行動に「大笑い」していたのです。
しかし、この「笑いこそ」が、ガンから「生還」する為、「日常的」に「不可欠」な物だったのです。
最近、テレビで小児ガンになった人の放送がありました。
彼は4歳で、ガンが「肝臓」から「肺」に転移しました。
そして、先生から家族へ告知されたのです。
「生存率はゼロパーセントです」と。
つまり、今まで転移して助かった子供は、誰一人いないということです。
しかし、彼は現在11歳でした。
何と、彼は生存率「ゼロパーセント」と言う、厚い壁を「ぶち壊した」のです。
そして、その放送の最後の方で、こんな質問を受けていました。
「ここまで元気でこられた1番は、なんでしたか?」との質問でした。
そして、彼はただ「一言」言ったのです。
「笑顔です」
その時、私は「ビックリ」したのです。
わずか4歳で、「笑顔」の「必要性」が分かっていたことを。
私もこの「笑顔」、そして、「笑い」により、がんから助かった「一人」でしたから。
彼の場合、「ゼロパーセント」からの「生還」です。
普通なら、絶対にありえないことです。
まさに「奇跡」だと思います。
しかし、その「奇跡」を作った物が、「笑顔」だったとは、誰も信じられないと思います。
彼の「生存率ゼロパーセント」からの「生還の奇跡」は、日ごろの「笑顔」から、間違いなく生まれていたのです。
人生の最大の「ピンチ」になっても、絶えず「笑顔」を忘れずにいた。
「笑顔」になることで、彼は「絶体絶命」の「生死」に関わる「ピンチ」でさえも、乗り越えられたのです。
先生はあきらめても、彼の「神様」は、彼を見捨てなかった。
「笑顔」は、落ち込んでいる自分を前に「ググーーッ」と、押し進めてくれるそうです。
そして、元気になる為に必要な、「前向き」な考えへと導いてくれたのが、「笑顔」だったそうです。
11歳の彼の一言、「笑顔」という言葉に、本当に「ビックリ」した「瞬間」でした。
どんな時でも、この「笑顔」になることが、やはり、「生きるパワー」をもらえる「基本」だったのです。
「笑顔」になることで、「底知れぬ力、パワー」を知らずと得ることが出来ていた。
そして、「笑顔」になることにより、さまざまな「奇跡」が起こっていったのです。
そして、生存率「ゼロパーセント」からの「脱出」が「可能」になった。
どんなに苦しい時でも、忘れてはいけないのが、この「笑顔」だったのです。
現在11歳の彼にあらためて教えてもらった、「生きるパワー」、その基本は「笑顔!」
生きて行くためにの「人生」には、「不可欠」なものだったのです。
そのことを「4歳」にして、すでに彼は「本能的」に知っていて、「奇跡」を起こしたのです。
「身体」がいつも、「笑っていなさい」と、教えてくれていたのですね。
つまり、彼の心の中にいる、「彼の神様」が、そう教えてくれていたのです。
身体の中から出て来る「メッセージ」を「キャッチ」出来ていたのです。
私も、がんからの脱出に関しては、彼と同じ「体験」をしました。
「心の中」にいる自分の「神様」に教えられ、そして、「助けられた」一人だったからです。
では、ここで「笑い」の「作り方」について、少し書いてみます。
笑うことが、不得意な人もいると思います。
笑いの苦手な人は、ただ「ニッ」とするだけでも、「同じ効果」があります。
割り箸を、歯で噛んでいるような形にして、「ニッ」とするだけでいいのです。
私は当時、車に乗る時は、いつも「ニッ」としながら、運転をしてました。
車ですれ違うと、「知り合いかな〜」と首をかしげる相手に対しても、反応して笑っていました。
また「トイレ」に入っている時、「お風呂」に入っている時も、必ず「ニッ」とするように「日課」にしていたのです。
さらに極力、面白い本を読んだり、面白い映画、ドラマなど、とにかく「笑える物」を見つけては「笑って」いた記憶があります。
さらに笑うことで、「ガン」という時間を「忘れる」ことも出来ました。
「ガン」の事を考えて、暗くなると、これまた一番喜ぶのは「ガン」です。
「ガン」のことを考える「時間」は、なるべくなくす。
「ガン」が嫌がることを、「積極的」にやることです。
暗くならない、ガンの事を考えないということは、大事です。
さらに自分が、ガン患者と思う時間を作らない事も、大事です。
例えば、入院中の出来事です。
私は、朝から「普段着に着替えて」、ワープロを打っていました。
朝から病院で、普段着に着替える理由は、自分はガン患者と「意識」しない為でした。
入院中、普段着に着替えていたのは、当時は僕だけだったと思います。
そして、手術が終わって、ストレッチャーで部屋に帰って来るガン患者に、「大丈夫だった?」って言っていました。
まるで私は、お見舞いに来た人の友達、親戚の一人になっていたのです。
そして、同僚のガン患者に言われました。
「汐崎さん、明日、手術だよね」って。
「あっ、いや〜ん」
初めて、そこで我に返っていたのです。
そして入院中は、ガンの事をすっかり忘れるぐらい、第1作目の原稿を書くことに集中していたのです。
4 私の神様
ここで、当時、私の神様に色々と「教えてもらった事」や、「笑わせてもらった話」を少し書いてみます。
普段ではありえないことですので、信じられない部分も多いと思います。
しかし、私の中では、本当にそれが起こっていたのです。
ガン告知後は、ガンという「窮地に陥り」、あの「火事場のバカ力」と同じように、脳のリミッターが「壊れかかった状態」だったと思います。
ということは、「常識外」の事が起こっても、おかしくない「状態」ではあったと思います。
では実際に、どんな不思議なことが起こったのか、ガン告知後の出来事です。
まずは、ガン告知されて、「4日目」の出来事でした。
その日は、以前からゴルフの予定が入っていたので、ゴルフに行きました。
そして帰宅後、疲れて寝ていると、朝の「2時」ぐらいでした。
もの凄いお腹の音に、目が覚めたのです。
とにかく凄い音で、「グルグル、ゴロゴロ」って鳴っているのです。
先生からは、ガンが「大きい」ので、いつ腸をふさいで、「腸閉塞」になってもおかしくない状態だと言われていました。
それで、お腹の音を聞きながら、もし腸閉塞にでもなったら、嫌だな〜と思っていたのです。
約1分ぐらい経ち、さらに、ものすごく不安になって来たのです。
「どうしよう、どうしよう・・・」と思っていました。
そして、とっさに目を閉じて、手を合わせて「神様、神様。どうしたのでしょう」って聞いたのです。
すると、皆さん、笑わないでくださいよ。
今度は、頭の中で神様が「画像」として出てきたのです。
まるで、「夢」を見ているような「状態」になったのです。
もう「ヒェ〜〜」って感じでした。
私の神様は、「空中」に浮いた状態で、「白い服」を着て、「白いあごひげ」を伸ばし、長い「杖」を持っていました。
そして、言われたのです。
「両手の指先を立てて、ピラミッド状にしなさい。そして、お腹の上に置きなさい」と。
私は、何が何だか分からないまま、その声に従ったのです。
すると何と,半分ぐらいは、音が小さくなりました。
しかし、まだ「ゴロゴロ・・」と鳴っていたのです。
それで、もう一度、目を閉じて「神様」を呼んだのです。
「神様、神様、まだ音を立てて鳴っています」って。
すると、再度現れて、今度は「両手を胸の上に上げなさい」と言われたのです。
そして、両手を胸の上に上げた、「その時」でした。
今度は、神様が持っていた「杖」を私の両手の方へ、パッと向けたのです。
すると、とんでもないことが起こったのです。
まさに、この世とは思えないことが起こったのです。
その「杖」の先から なんと「光線」が飛び出して、私の両手に当たったんです。
私は、もう「ひぇ〜〜」って感じでした。
「うぁ〜お! 光線だ! すご〜い。ありえへ〜ん!!」と思ったのです。
そして、また言われました。
「今度は、その手をお腹に置いて、横に互いにずらすように」と。
それに従ってやりました。
すると、今度は何と「1分」もしないうちに、すべての「音」が消えて行ったのです。
「うそ〜。まさか〜」って感じでした。
本当に、こんなことあるのかな〜?
しかし、現実にお腹の音は「完全」に消えた。
まあ、深夜だし、深く考えるのは、やめよう。
そして、横で寝ている、うちのやつを起こしたのです。
「おい、おい、起きろよ。今、神様から光線をもらって、お腹に当てたら、音が消えたよ」
すると、うちのヤツ「汐ちゃん、今何時?」
素直な私は、答えました。
「2時、2時だよ」
すると、うちのヤツ、「ちょっと勘弁してよ。何か変な夢でも見たんじゃないの?夜まで悩ませないでよ」
そしてまた、うちのヤツは寝てしまったのです。
私も朝起きて、夢かなと思い、うちのヤツに聞いたら、「そんなバカみたいな話していたね〜」て、言われてしまいました。
初めて、神様から「光線」をもらった私だったのです。
とても信じられませんが、これがガン告知後、4日目に起きた、「現代社会」では「説明」できない「出来事」だったのです。
そして、神様から光線をもらって以来、私は何かにつけ、心配になったり、不安になると、すぐに「神様〜」って呼び出すようになっていたのです。
ここから私の「神様」が「主治医」となり、ガンからの「緊急脱出作戦」が始まって行ったのです。
そして、退院するまでの約1ヶ月半、「不思議」な「出来事」の「連続」だったのです。
現代医学、現代社会では、とうてい「説明出来ない」ことばっかりでした。
ここで、その不思議な出来事を書く前に、まず、私の神様の「性格」を少し書いてみます。
神様の性格を「一言」で言えば、ものすごく「ひょうきんな神様」でした。
私が落ち込んでいると、本当によく「大笑い」させてくれました。
たとえば、ガンの告知を受けて、初めて、病院で検査をする朝が来たのです。
そんな時って、「超不安」になるんですよ。
「なにか、変なこと言われたら、どうしようとか」って。
そんな時も、「神様〜神様〜」と呼び出していたのです。
すると、頭の中に、神様が出て来るのです。
そして、神様が私の方へ歩いて来ました。
私も、「あっ、神様だ。こっちへ歩いて来る」と思ったのです。
しかし、しかしです。
「知ら〜ん顔」して、私の目の前を通り過ぎて行ったのです。
それも、「完全」に「無視」された状態でした。
私が、「えっ〜? 僕、僕のこと忘れたの?」と思っていると、突然止まって、振り返り返ったのです。
そして、思いっきり、「口をこれでもかっていうぐらい広げて」、もう「ニター」って「笑っている」のです。
その顔を見た私は、あまりにも「しまりのない変顔」に「はぁ〜」て、あきれて、「大笑い」してしまいました。
すると、「神様」が言うんです。
「無視して、ビックリしたでしょう。ちょっと、からかってみただけ」って。
本当に、ちゃめっけのある、「ひょうきんな神様」でした。
そして私は「大笑い」していると、いつの間にか、「検査」の「不安」も消えていたのです。
それとか、ついに「入院する朝」が来た時でした。
これから入院「イヤだな〜」って思って、また「神様〜」って呼んだのです。
すると、「神様は白い服を着て、滝に打たれて、修行をしているではありませんか!」
神様なのに、修行をしているのですよ。
そして、神様から言われたのです。
「大丈夫だから、安心して、病院に行きなさい」と。
しかし、私が、まだ不安で「う〜ん」とごねていると、急に神様が振り向いたのです。
そして、神様が正面を向いたのです。
すると、滝に打たれた神様の「白い服」は、透き通り、神様の「大事な部分」も完全に「透けて見えていた」のです。
そして、私は「発見」したのです。
そうです。
神様にも「アレ」があったのです。
「ひぇ〜」と思いながら、「大笑い」していると、神様が「どうした?」と言うんです。
私が、「神様、透けて見えていますよ」と言ったのです。
すると、「なにが?」というから、「大事なものが丸見えですよ」って、教えてあげたのです。
すると神様は、私の意味がよく分からなく、「キョトーン」としていました。
だから「身体の中心部分ですよ」って、教えてあげたんです。
すると、神様も下を見て「ギャー」って「叫び」、今度は慌てて「大事な所」を両手で押さえていました。
そして、「恥ずかしい〜」と大声で言いながら、振り返り、今度は両手を「お尻」に当てました。
そして、両手をお尻に当てたまま、「ピンピン」跳ねながら逃げていました。
そして、途中で「バランス」を崩して、こけそうになっては両手を離したり、また両手をお尻に戻したりして、これまた「滑稽」で、もう、私は「大爆笑」していたのです。
あまりにも滝に打たれて修行している姿と、逃げる姿のキャップが大きくて・・。
そして、「大笑い」していると、いつの間にか、入院の「不安」も、これまた不思議と「消えていた」のです。
そのほかにも、数えられないほど、おもしろい行動はありました。
しかし、そんなことばっかりでは、なかったのです。
ある時には、「ガンの治療法」も教えてくれたのです。
自分で出来る、「ガン直接攻撃法」も教えてくれたのです。
それはある時、やはり「神様、神様〜」と、呼んでいると言われたのです。
「今から光線を送るから、いつものように両手で受け止めて、それをお腹の上に置きなさい。そして、送った光線をガンに当てなさい」と。
私がよく理解できなくて「えっ?」と言うと、説明してくれました。
「頭の中で、ガンをやっつけるイメージを持ち、ガンにこの"光線を食らえー”と言いながら、ガンを攻撃」をするそうです。
まるでウルトラマンが、手から「光線」を出して、敵をやっつけるみたいにするそうです。
そこで私が「この光線を食らえー」って、ガンに言うと、また笑われるかもしれませんが、今度は、ガンが、「痛いよ、痛いよ、止めてくれー」って、言うではありませんか。
そこで、追い討ちをかけて、「お前がそんなところにいるからだ。出て行け〜」と言うと、ガンも「わかった、わかった、やめてくれー」って言っているのです。
私も夢中で、頭の中で、「叫び」ながら「攻撃」をしていました。
他人から見たら、この人、馬鹿じゃないと思われるかもしれません。
しかし、私の手の感触は、「光線」をもらって、手をお腹の上において動かすと、ガンがあるところで「ピッタ」と止まるんです。
そして、手が「ロック」されるのです。
い〜や、これにも驚きました。
そして、そこだと言われて、「光線」を「ガン」に当てていたのです。
しかし、その当時は何も分かりませんでした。
ただ、言われた通りにやっていました。
しかしこれが、自分の「身体」で出来る「究極」の「ガン治療法」だったのです。
どういうことかと言うと、ガンをやっつける「イメージ」をもつことで、その「イメージ」が「脳」に伝わり、今度は「脳」から「ガン攻撃の指令」が出ていたのです。
本来、人間は身体の中には、生まれながらに持っている「自然治癒力」というのがあります。
「自然治癒力」とは、ケガをしても、自然にキズを治してくれる「力」のことです。
また、外敵の「ウイルス」が進入しても、闘ってくれている「力」のことを言います。
ケガをしても、ウイルスが身体の中に入って来ても、身体の中では目には見えない、すばらしい「薬工場」があり、身体の「修理」とか、ウイルスを「退治」してくれているのです。
「自然」にそんなことが、体内で「日常的」に起こっているのです。
さらに、「ガン」に対しても「攻撃」をして、やっつけてくれる「自然治癒力」も身体の中に備わっています。
ガンをやっつけてくれる唯一の細胞、「ナチュラルキラー細胞」があるのです。
ガンに対しては、この「ナチュラルキラー細胞」が出動して、ガンに「攻撃」をしてくれて、やっつけてくれるのです。
しかし、ここで「大事」なことがあります。
普段レベルの「自然治癒力のパワー」だと、これからガンになろうとしている赤ちゃん細胞に対して「攻撃」をして、倒してくれる十分な「パワー」があります。
しかし、強いストレスを受けた時とか、体調不良の時には、その網をくぐり抜けて出来た大人のガンもいるのです。
この「大人のガン」には、普段の「免疫力、自然治癒力」の「パワー」では、「弱い」のです。
そこで、一気にガンをやっつける「イメージ」を持ち、さらに「集中」することで、脳に「強いイメージ」を送ることが出来るのです。
脳に「強いイメージ」を送ることで、あの「火事場のバカ力」と同じ状況を作ることが出来たのです。
つまり、普段の自然治癒力のパワーから、一気に「集中力」を増することで、例の「脳のリミッターが一時的に壊れて」、莫大な「ナチュラルキラー細胞」が、「ガン」へ向けて「攻撃」を開始してくれたのです。
普段の「何倍、いや何十倍、何百倍ものナチュラルキラー細胞」が、ガンに対して「攻撃」してくれたのです。
これじゃ、ガンも今思えば、たまらなかったはずです。
当然、ガンは「白旗」をあげ、「分解、解体」されて、私の身体から出て行ったのです。
しかし、その当時は、何も分からないまま、私はただ言われた通りにやっていました。
そして、手術後、5年ぐらいして、たまたま本屋に行ったのです。
そこには、アメリカの人が書いた本がありました。
たまたま偶然に見つけたその本の中には、病院から見放された「末期ガン患者」のことが書かれていました。
その末期ガン患者の人達は、「現代医学の治療方法」からも、「先生達」からも「見捨てられた患者さん達」でした。
しかし、その本の中には先生達が見放した末期患者さんでも、「元気」に「社会復帰」した方々が「大勢」いる、と書かれていたのです。
現代医学の治療で見放された人が、では、どうやって、「社会復帰」できたのか?
その本の中には、答えも書いてありました。
そこには、今、私が言ったことと、全く同じ、頭の中で強く「イメージ」する、「イメージ治療法」が書かれていたのです。
私の「武器」は、神様の「光線」でした。
アメリカの末期ガン患者の人は、「武器」に「ミサイル」を使っていたのです。
アメリカでは、頭の中のイメージの武器、「ミサイル」を「ガン」に撃ち込んで「攻撃」をしていたのです。
やり方は、まったく、私と同じだったのです。
この時も、驚きました。
そして、その時、思ったのです。、
私の神様が言っていたことは、「本当だったんだ」と。
この「イメージ療法」は、まさしく自分で出来る、「究極」の「ガン治療法」のひとつだったのです。
自分で作ったガンです。
ということは、本当は、自分でも「解体、分解」も、できるはずです。
奇跡的に「末期ガン」から「生還」した人達は、まさしくこの究極の世界の「イメージ治療法」に、奇跡的に出会い、またはそれに代わるものに出会い、自分の「力」で、自分の「自然治癒治力」で、「ガンから脱出」した人達だったんです。
この「イメージ療法」が、その末期ガン患者の人達に、「社会復帰」をさせたんです。
この「イメージ療法」が、社会復帰という、「奇跡」を起こさせたのです。
目に見えない「脳が起こせる奇跡」があったのです。
そして、「脳が作れる究極パワー」がここにあったのです。
「奇跡」を起せる、脳の「秘密」がここにありました。
ここに「ガンを治す」、隠された「秘密」があったのです。
これが、私が14年前に「体験」した、まだ知られざるガン脱出に「不可欠」な「緊急ガン脱出方法」だったのです。
この「イメージ療法」は、あとで詳しく、実際に使っていた言葉を入れながら、「実況生中継」をしたいと思います。
そして、そのアメリカの人が書いた本、また僕が書いた本がもう少し理解されて、世の中の人に知って頂いていたら、助かるかもしれないとう「希望」も持てたと思います。
一般常識を打ち破れない人が多い中、目に見えない「エネルギー」を信じる人は、まだまだ少ないと思います。
しかし、昔の「常識」が、今は、少しずつは「非常識」になっている世の中です。
たとえば、最近は、運動しながらの「水分補給」は「常識」になっています。
文明の変化で、昔の常識が、今はたくさん「非常識」なっている時代です。
早く、「ガンからの脱出」にも、「新常識」が「理解される日」が来て欲しいです。
5 私の神様を信じないうちのヤツ
当時は、私の神様に言われた事をうちヤツに毎回話をしていました。
しかし、うちのヤツはまったく、信じてくれようとしませんでした。
もちろん、それが普通だと思います。
しかし、そんな中、うちのヤツにも、私の神様の「存在」を信じなくてはいけない「出来事」も、何回かありました。
その中のひとつです。
私が病院に入院している間、うちのやつは仕事が終わったら、すぐに帰宅して、車で病院まで毎日来てくれていました。
病院と自宅の距離は、車で片道、約1時間の距離。
そんな中、うちのヤツが病院に来て、しばらくすると、急に「お腹が痛い」と言いうではありませんか。
それも、普通の「痛みじゃない」と言うのです。
約1時間半くらい、トイレに入ったり出たりしていました。
そして、病院の外来客のドアが閉まる時間になり、うちのヤツを病院の玄関まで送りに行ったのです。
すると、うちのヤツが、また言うんです。
「もう、もうだめ。お腹が差し込んで来た〜! もう運転なんて出来ない。激痛が走っている〜」というのです。
私が見かねて「僕の神様にお願いする?」って言ったのです。
すると、「もったいないから、いい」と言うではありませんか。
しかし、うちのヤツの本音は分かっていました。
「あんたの神様に頼んでも、治るわけ無いでしょう。バカね。汐ちゃん、それどころではないのよ。痛くて、もう、やめて! あ〜痛〜い!」って感じでした。
その証拠にうちのヤツは、すぐに看護婦さんに「正露丸をもらってきて〜」と言ったのです。
しかし、病院だから「正露丸はありません」と看護婦さんに言われました。
しかし、あまりにも苦しがり、痛がっていたので、もう最後の手段で、私は自分の神様にお願いしたのです。
そして、いつもように光線をもらい、うちのヤツのお腹に当てたのです。
そして、うちのヤツに聞いたのです。
「どぉ?
すると、「半分ぐらいは良くなったけど、まだ痛い!」と言うのです。
仕方ありません。
また「神様」を呼んでお願いしたのです。
すると、神様から言われました。
「えっ?まだ痛いの?」と。
私が、「はい、はい」と言うと、今度は、神様の顔が、急に「赤鬼」みたいに「真っ赤」になったのです。
すると、今回の光線の「太さ」が、今までの「倍」の大きさに。
さらに私が受ける「衝撃」も、強力になり、今までの「倍」の衝撃でした。
神様からの光線を受け止めている時間は、ものの15秒ぐらい。
しかし、あまりにも「スゴイ衝撃」に、もう身体中、「汗びっしょり」になっていたのです。
まるで私は、「機関銃」で撃たれているような「衝撃」を感じていたのです。
本当に、「どどどどど・・」って、感じだったのです。
そして、同じく、両手をうちのヤツのお腹に当てたのです。
すると、ものの30秒ぐらい経って、うちのやつが言ったのです。
「ウソ〜。信じられな〜い。痛みが消えたみたい」と。
さすがにうちのヤツも、「キョトーン」としていました。
そして、またうちのヤツが言うんです。
「帰り道の途中で、また痛くなったらどうしょう」と。
まあ、色々とほざいていましたが、無理やりに帰したのです。
そして、1時間半ぐらい過ぎて、自宅に電話しました。
すると「あれから大丈夫だった」と言うのです。
そして、うちのヤツも「今回だけは、確かに有り得ないことだったよね。あんない痛かったのに。急に痛みが消え、それっきり大丈夫なんて・・」
とは、言ったものの、まだまだ偶然に治ったと、今でも思っていると思います。
実際に体験しても、私の神様の存在を信じないうちのヤツでした。
しかし、そんなうちのヤツに、今度は「リアルタイム」で、神様が「今、僕が言っている事は、本当だよ」と、「立証」してくれたことも何回かあったのです。
その中のひとつです。
この出来事も、手術する前のことでした。
手術したら、しばらくゴルフは出来ないと思い、手術前に2日間続けてゴルフに行った時のことです。
1日目のゴルフは無事になんとか、終わりました。
そして、2日目のゴルフに備えて、家から少し離れたゴルフ場だったので、コースの近くにホテルも取っていたのです。
そして、ホテルにチェックインしました。
夜、寝る前にまた、例の「イメージ治療」をしたのです。
ここからは、当時の「実際の流れ」にそって、夜の「イメージ療法」から始まり、「次の日」まで、私が実際に体験した通りに、そのままに書いてみます。
さらに、ここで「イメージ療法」の詳しいやり方、実際に僕が使っていた言葉を入れながら、「実況生中継」もしてみます。
まず、寝る前に、ホテルのベッドに横になり、神様を呼び出しました。
「神様〜、神様〜。イメージ療法をやりたいので、また光線をください」
そして、神様の杖の先から、両手に「光線」をもらい、両手をお腹の上に置き、ガンのいるお腹に当てて、両手が「ロック」された所から始めます。
まず、ガンに言います。
「そんな所に隠れていたか。このガンめー。この光線を受けてみろー! 行くぞ〜ビ、ビーー!!」
ガン 「うあ〜また来た〜。そんな光線はイヤだー!」
私 「バカヤロー! お前のお陰で、どんなに苦しい思いをしているのか、分かるか。もっとくらえ! このガンめ、ビビーー!」
ガン 「やめろー! 痛い! 熱いーー! 苦しいーー!」
私 「うるさい! 黙れ! シャラップ! もっとくらえ〜! ビ、ビーー!」
ガン 「あ〜、こんな身体には、住みたくな〜い!」
私 「バカヤロー! 最初から来るんじゃねぇ。お前みたいなヤツ! ビビー!」
ガン 「す、すみません。間違いました」
私 「おい、逃げるな〜! 逃げても無駄だ! ビ、ビーー!」
この時、ガンも「逃げ回る」のですが、手とガンが「リンク」されているのです。
ガンが右に逃げると、手も右へと追いかける。
ガンが逃げる方へと、手も「自動操縦」で動き回っていたのです。
そして、ガンは最終的に盲腸辺りに逃げ込んだのです。
私 「追いつめたぞ! もう逃げられないぞ! 行き止まりだ! ビビーーー!!」
ガン 「ヒェーーー! 頼むから許してくれ〜! 死ぬ〜〜!」
私 「参ったかーー! 相手を間違えたな! ギャハハハ!」
ガン 「ま、参りました。勘弁して下さい」
私 「うるさい! 嘘を言うんじゃない! この狼中年ガンめ! ビ、ビーー!」
ガン 「うぁ〜。死ぬ〜。本当に死ぬ〜。助けてくれ〜〜!」
私 「だったら早く家出しろ!出ていけ! 最後の光線をくらえ〜!ビ、ビーー!」
そして、「最後」に両手で思いっきり、ぞうきんを絞るみたいに「ブチッ!」と、ひねりつぶす「イメージ」を持つのです。
簡単に言えば、ガンに対して「光線」を使い「必殺仕掛人」みたいなことをやるのです。
しかし、これって結構、疲れるんですよ。
「フ、フーー」って、かなり息があがります。
「息があがる」ぐらいで、初めて、「集中」してやっていたことになると思います。
息が上がるぐらい、それに集中してやってくださいね。
そして、僕が「勝ったかな〜。フーフー」と言っていると、横にいるうちのヤツが、「さめた声」で、投げやりに言うのです。
「明日も、ゴルフなんだから、早く寝れば」って。
そして、次の朝になりました。
朝起きて、すぐにトイレに行ったのです。
すると、便器の中が、血で「真っ赤」になったのです。
それを見た瞬簡、とても、私は落ち込んだのです。
「えっ・なんで〜・・
まるで、高い崖から突き落とされて、真っ逆さまに下に落ちて行く感じでした。
そして、ベッドに戻り、横になって、また「神様」を呼んだのです。
「神様、神様、今トイレに行ったら、便器の中が血で真っ赤でした。超ショックです」
すると、神様いわく「よかったね」で、すって。
人の気持ちも知らないで「汐崎、落ち込んでいます」と言ったのです。
すると、「なんで落ち込むの?」って、疑問文でくるのですよ。
私が、「血が、血がたくさん出ました」と言ったのです。
すると 「昨夜、寝る前に何をした?」と言われたのです。
素直な僕は、また答えました。
「ガンに光線を当てて攻撃しました」って。
すると「誰が勝ったの?」と、言われたのです。
と、その時、でした。
「あっ、あの血は、もしかして、ガンの敗北の血ですか?」って聞いたのです。
すると、「やっとわかったのか。頭悪いぞ」って、言われてしまいました。
「あ〜そうか、ガンの敗北の血ね」、と思ったら、急に「超元気」になったのです。
あれほどまでに、「落ち込んでいた僕」なのに、「発想の転換」を少ししただけで、急に「超元気」になれたのです。
まるで、「天国」と「地獄」の違いがありました。
そして、急に元気になったので、言わなければいいものを、つい「神様」に言ってしまったのです。
「私のガン、見れますか?」って。
私は、「はい」と答えたのです。
すると、言われたのです。
「じゃ、両手をジャンケンのグーの形にして、目の所にもって行きなさい」と。
そして、「双眼鏡を見るみたいにしなさい」と言われたのです。
言われた通りにすると、これがまたまた「超ビックリ」でした。
そして、また言われたのです。
「行くぞ」って。
すると、肛門に入る時、くすぐったくて、少し身体をひねると、すぐにスッと入って腸の中が見えたのです。
「ヒェ〜! こんなバカな〜! 絶対にありえへ〜ん!」
しかし、「現実」に腸の中が見えている・・。
私は、もう、なにがなんだか分かりませんでした。
考えられないことが起こっていたのです。
自分では、「一般常識」がある「人間」だと思っていました。
ついに私も「来るときが来たかな〜」と思いながらも、
「腸の中が見えている〜。大腸クルージングだ! 信じられない、アンビリーバブル」って思っていました。
そして、腸の中を進んでいくと、これが、「ガン」だと言われたのです。
その形は、「くしゃくしゃの線」が入り、まるで、「クルミ」のような形をしていました。
「ふ〜ん。これが僕のガンね・・」
そして、神様からは、「ガンは、確実に小さくなっているよ」と言われたのです。
私は、手を目から離しても、しばらくは「放心状態」で「ボー」としていました。
それは、そうですよね。
自分の美しい肛門と、ガンが見えたのですから。
しかし、この時、私はあることを思ったのです。
うちのヤツには、この話しをするのは、止めようと思ったのです。
なぜなら、きっとまた「バカ扱い」して、私をがんセンターに入れる前に、「脳外科」か「精神科」へ入れると思ったからです。
だから、この事はナイショにして、そのままホテルを出て、ゴルフ場に行ったのです。
そして、午前中のゴルフが終わったぐらいから、なんとなく気分が悪くなって来たのです。
昼ごはんも、ほとんど残して、午後のラウンドが心配になって来ました。
「どうして、こんなに気分が悪いの?」って思うぐらい、悪くなってきたのです。
そして、午後のティーグランドで、うちのヤツに言ったのです。
「もし、プレイの途中で気分が悪くなったら、クラブハウスで待っているね」って。
そして、いつもは口の堅い僕が、つい、今朝の話をうちのヤツにしてしまったのです。
「今朝、血がいっぱい出たって言ったよな。そして、神様を呼んだら、それはガンの敗北の血だから、大丈夫だよ」って、言われたって言ったよな。
うちのヤツには、ここまでは話をしていたのです。
しかし、その後の話はしていなかったのです。
実は、その後、「ガンを見たいと言ったら、ガンも見せてくれたんだよ」
さすがにうちのヤツも、「あきれた顔」をしていました。
そして、「変な目」をして、私に言うのです。
「汐ちゃん、大丈夫?」って。
私も、「最後までは、プレイできないかもな〜」って言うと。
うちのヤツ、「馬鹿ね。プレイじゃなくて、頭、頭の方よ。信じられない。でも、どうやって見たのよ」と言うから、教えてあげたのです。
「だからな、手をこうやって双眼鏡を見るみたいにしてな、目に当てたらな・・」
すると、またまた「ビックリ!」したのです。
今度は、同伴者のプレイヤーのコウちゃんが、映っているではありませんか!
それも、「なんと、トイレで、痔を一生懸命、押し込んでいる姿」が映っているんです。
しかも、なかなか入らず、「悪戦苦闘」している「画像」でした。
とても、人前では、見せられない、とっても恥ずかしい「ポーズ」だったのです。
私の双眼鏡の前に、「スッピン」の「お尻」を突き出し、一生懸命に「痔」を手で入れている姿をイメージしてください。
それも、よく見ると、みように、手の動きが熟練されている。
でも、「生中継」で見るのは、食事の後だけに、「ゲッ」とあげそうでした。
「そんな、ばかな〜」って。
そして、私も、うちのヤツに今見えたトイレの話をしたのです。
するとうちのヤツ、言うです。
「もう、なに言ってんの。あなたって最低! そんなの見えるわけ無いでしょう!」と。
そして、今朝、ガンを見せてもらった話も、ついでにしたのです。
もちろん、うちのヤツは、相手にしてくれません。
ただ笑って「分かった、分かった。もうこれ以上、バカなこと言わないでよ。一応、私は、まだ貴男の妻なんだからね」って、怒りまくっていました。
まるで、何もなかったような顔をして、「スキップ」しながら、嬉しそうに来ました。
きっと、無事に「イボ痔」も、収まるところに収まったのでしょう。
そして、うちのヤツが、冗談のつもりで言ったのです。
「今、トイレに入っていた?」と。
すると、「なんで、知っているのですか?」って言うではありませんか。
そして、うちのヤツが「まさか、手でイボ痔を押し込んで・・いなかったよね」って言ったのです。
すると、コウちゃんが、「うそ〜! 俺、見られたの? 恥ずかしい〜!」って言って、両手でお尻を押さえているのです。
そこで私が、「なかなか入らず、悪戦苦闘していたね〜」って言うと、コウちゃん、もう、顔は「真っ赤」でした。
両手で、お尻を押させて、その場でグルグル回っていたのです。
これには、うちのヤツも「超ビックリ」したでしょう。
うちのヤツも、もう、なにがなんだか分からない状態でした。
まあ、私の神様も、自分の「存在」を「認めて欲しかった」のかもしれませんね。
とにかく、そんな「波乱万丈」の毎日の「出来事」の中、手術、そして、退院と進んで行ったのです。
そして、私が入院していた病棟では、私が手術する前に、患者さんの間である話がされていました。
「もし、手術して、ガンが腸壁を突き破っていたら、あっというまに、転移して亡くなる人が多いんだって。1ヶ月も持たないみたいだよ・・」
そんな会話が聞こえて来たのです。
そして、手術後、先生に言われたのです。
「汐崎さん、ガンは、腸壁を突き破っていましたよ。しかし、転移は、目でみる限りありませんでした」と。
先生に言われた時には、「えっ?もう、ダメなの?」と一瞬思いました。
しかし、ここまで、14年間 「転移」もなく「無事」にこられたのは、間違いなく、私の「神様の助け」が、あったからだと思います。
神様に言われた事を「信じて」、毎日を「笑い」ながら過ごし、さらに「究極」の治療法、「イメージ療法」をやっていたからだと思います。
それにより、ガンもすでに手術前にはかなりの「ダメージ」を受けて「空中分解」するぐらい「衰退」していたのだと思います。
その結果、腸壁を突き破っていたガンにもかかわらず、転移もなく、無事に14年間過ごすことが出来たのだと思います。
そして、14年経っても「元気」でいる自分に、あらためて、私の「神様に助けてもらった」のだと「確信」出来たのです。
最初に、声が聞こえて来た、自分の「耳」を「信じて」よかった。
他人に「何と言われよう」と、この「信じる気持」が、私に「奇跡」を起こさせてくれました。
奇跡とは、「まず、自分を信じることから始まる」のですね。
まだまだ他にも、数え切れないほど色々な「出来事」があったのですが、私の「神様の話」は、一応、これぐらいにします。
ここまで書いてきましたが、ガン告知を受けて、「発想の転換」をすることにより、暗い患者から「明るいガン患者」へと変わることが出来ました。
そして、「明るいガン患者」になることで、「プラス思考」になり、ガンという最悪な状態から、毎日毎日、「楽しく、笑って」過ごすことが出来ました。
さらに、「明るいガン患者」になることで、「ガン脱出」に「不可欠」だった「イメージ療法」も教えてもらいました。
「イメージ療法」は、告知されてから、手術するまで、週に「3〜4回」ぐらいはやりました。
手術後は、ガンは取ってもらったので、もういないものとして考えていました。
しかし、手術後も「不安」になったら、すぐに「神様〜」って呼び出していました。
ガン告知から5年ぐらいを過ぎる辺りから、いくら呼んでも出てこなくなってきたのです。
14年経った今では、出て来ることは、ほとんどありません。
もし、私の「命が危なく」なって、「窮地に陥った」ら、また出て来てくれるような気がします。
出てこない時には、まだまだ「緊急事態」じゃないからだと思っています。
6 温熱療法 健康食品
ではここで、ガンからの脱出の「サポート」としてやっていた、残りの「2つ」についても書いてみます。
まずは、「温熱療法」です。
ガンは「熱」に「弱い」と聞いていたのでやっていました。
温熱療法は、2つの違う「やり方」をしていました。
ひとつは、お風呂のお湯を「43度」ぐらいに設定しました。
43度で、ガンは「生きていけない」そうです。
そして、「おヘソの辺り」まで浸かり、「約25分〜30分」ぐらい入っていたのです。
お風呂に浸かっている間は、すごく顔とかに「汗」をかきます。
私はウチワで、顔をあおぎ、頭を冷やしながら面白い本などを読んでいました。
こちらも、手術前までは、週に「3回」ぐらいやっていました。
そして、術後も、しばらくは、やっていました。
この温熱療法は、かなり汗をかき、疲れますので、すぐに5分から10分間は横になって休んでいました。
それともうひとつは、「カイロプラクティク」で教えてもらった「温熱療法」です。
これは少し技術がいります。
沸騰したお湯をタオルにたらし、タオルを丸めて、少しずつ熱い蒸気を出しながらやるのですが、経験のない普通の人には難しいと思います。
そこで、これと同じような「効果」がある「方法」で、試して欲しいと思います。
まず鍋にお湯を沸かして、その中にタオルを入れて、箸などですくい上げ、「やけどしない程度」にタオルの「温度」を冷まして、そのタオルを患部に当てる方法です。
こちらは、胃の調子が悪い時とか、どこか痛いと所、違和感がある時に、その部分にタオルを置いて、いつでもやっていました。
次に、ガンにいいと言われている健康食品もひとつだけ、「オーリングテスト」を使い選らびました。
ここで「オーリングテスト」とは、どんなものか説明します。
まず、「親指」と、もう「1本の指」の先をくっつけて、丸い「輪」を作ります。
そして、もう一方の手に、自分が選んだ健康食品とか物を握ります。
その「輪」を相手の人に開いてもらい、その時、自分の指の「力」の「入り方」で、身体が「必要」とするものが分かる「テスト」です。
つまり、身体が「求めている物」は「輪が開かず」、逆に身体が「求めていない物」は、指に「力が入らず」、すぐに「輪」が「開く」のです。
ここで大事なのは、「輪」を作る際に、「親指」と、どの「指」を選ぶかです。
相手方の輪を開く力を毎回「同じ」にしてもらい、自分で作った親指と人差し指、または中指で、力を入れても「輪」が「かろうじて開く指」を選びます。
人差し指から中指と下がることで、力がどんどん指に入らなくなってきます。
もちろん、親指と小指の組み合わせが一番力が入りません。
ここで相手の人との「力」の「バランス」を取ることが出来ます。
そして、テストをして、指に「力が入り」、輪が「開かなければ」、その物は自分の身体に「必要な物」です。
しかし、逆に力が入らず、すぐに開くなら、その物は身体にとって今は「必要でない物」です。
私はこのテストで、いろんな健康食品に手を出さず、本当に自分の身体が「必要」とする「物」だけを見つけることが出来ました。
このオーリングテストは、まだまだ日本ではメジャーではありません。
しかし、海外ではお医者さんなども、このテストを使い、身体の「悪い場所」を見つけている先生もいます。
目に見えない、身体の「レントゲン」としても、利用出来るすぐれものなのです。
是非、この「オーリングテスト」を使い、本当に自分に必要な物を探して欲しいです。
オーリングテストの「詳しいやり方」など、私のこのHPの左側、「質問コーナー」により詳しく書いてありますので参考にしてください。
当時は、色んな種類の健康食品がありました。
サメの軟骨、プロポリス、アガリスク、キチン・キトサンなどなど。
私の場合、健康食品としては「キチン・キトサン」を選びました。
当時は、キチン・キトサンと言っても、これまたスゴイ種類がありました。
もう、どれを選んでいいのか分からない状態でした。
なかには人の弱みに付け込んで、詐欺まがいの「高額」な健康食品もありました。
そういうことに惑わされす、是非、健康食品を選ぶなら、この「オーリングテスト」を使い、選んで欲しいです。
当時は、うちのヤツとよく薬局に行き、オーリングテストで「一番強く反応が出た物」をひとつ選んでいました。
オーリングテストで選ぶことで、自分でも納得でき、「効くんだ」って思えるので、より一層「免疫力」も上がると思います。
いままで書いてきた、ガン告知を受けて、「発想の転換」から始まり、「プラス思考」そして「笑い」「イメージ療法」「温熱療法」「健康食品」をベースに、ガンから「生還への道」へと、私の場合は進むことが出来たのです。
この「脱出方法」を知っているか、知らないかでは「大きな差」となり、あらわれるかもしれません。
もしかしたら、「生死」を「分ける」ことになるかもしれません。
今年の夏も、多くの方が海で亡くなりました。
その原因のほどんどが、「離岸流」で亡くなるそうです。
岸の近くで泳いでいて、いきなり「沖に流され」て、亡くなるケースです。
離岸流って聞いたことはあるでしょうか?
この離岸流の水の流れは、幅約20〜30メーターぐらいで、突然「岸」から「沖」に向けて、ものすごい「スピード」で流れるそうです。
その流れるスピードは、非常に速く、オリンピックの水泳選手でも、どんどんと沖に流されるそうです。
普通の人は、そんなに「速いスピード」の流れにも関わらず、まともに「岸」に向けて真っ直ぐ「全力」で泳ぐそうです。
しかし、どんどんと「沖」に流され、さらに「必死」に泳いで、しまいには「力尽き」て、水死するケースがほどんどだそうです。
しかし、もし、この「離岸流」から逃れる「方法」をしていたらどうでしょう?
偶然にも、その「脱出方法」を知っていたら、どうでしょう?
実は、離岸流から、簡単にまた「岸」に戻れる「方法」があるのです。
その方法とは、「岸」と「平行」に少し「泳ぐ」だけでいいのです。
つまり、流れに対してまともに泳ぐのではなく、「真横」に泳ぐのです。
たった、「それだけ」です。
それで、「離岸流」から「脱出」することが出来ると、また簡単に「岸」に戻ることが出来るそうです。
ただ、その「方法」を知らないばっかりに、亡くなる人が夏になれば多くなるのです。
その「横」に泳ぐ「方法」さえ知っていれば・・間単に「助かる」のです。
なかなか薬で治らない難しい病気でも、その「脱出方法」はあるのだと思います。
その「脱出法」を知っているか、知らないかでは、これまた「生死」を分けるかもしれません。
「ガン」に対して言うなら、最近はあまりにもガンを「見つける方法」が「凄い」ために、「治す方法」もそれに「近づこう」と頑張っている。
その結果として、本来、基本である「自然治癒力」を使い「治す方法」をつい見逃しているのかもしれません。
つまり、とにかくガンを叩いて、ガンが小さくなれば、「OK」だみたいな所があるのではないでしょうか。
しかし、その「治療」をすることにより、本来の「自然治癒力」も「強烈」な「ダメージ」を受けていることを、つい「忘れている」みたいな所かもしれません。
しかし、自分の「免疫力、自然治癒力」で、ガンを「攻撃」するなら、話は「全く」違います。
なぜなら、ガンだけにしか「攻撃」をしないからです。
自分の「正常」な「細胞」には、「攻撃」はしません。
自分の「免疫力」を「最大限」に利用する「方法」へと、少しは「発想の転換」をして欲しいです。
私の場合、「発想の転換」をすることで、それが「可能」になったのです。
そして、その「解決方法」というのも、意外と「目の前」にありました。
「離岸流」からの「脱出」と同じく、そんなに難しいものではなかったのです。
まさにそこには、自分の「免疫力、自然治癒力」を「最大限」に使うという、逆転の「発想の転換」があったのです。
もちろん、当然、お医者さんの力も、絶対に必要です。
が、しかし、「一番大切な事」は、離岸流からの脱出と同じく、その「脱出方法」を「知っている」ことではないかと思います。
この「脱出方法」を知っていれば、「奇跡」が起こる「可能性」が非常に「高い」と思っているのは、私だけではないと思っています。
この文章を読んでいる皆様は、たまたま離岸流の脱出と同じく、今度は「ガン脱出法」もこの文章で知ることができたと思います。
お金も全く掛からないし、是非、試してみる「価値」はあると思います。
そして、試して、「元気に生還」して頂いたら、今度は是非、多くの人に教えて頂ければ、「嬉しい」です。
一足先にガンになり、自分の「身体」で「ガン脱出法」を「体験」して、そして、14年間元気でこれたという「長い年月を経て」、やっとこれで少しは「立証」出来るのではないかと思います。
このことに対して、ひとつの区切りとして、自分にも大好きなビールで「乾杯」したいと思います。
そして、ガンには恐縮ですが「完敗」でしたねという、違う「漢字」をそっと送りたいと思います。
7 ガンになって分かったこと
そして、私はガン患者になって、「ある大事」なことが分かりました。
それは「人生のピンチ」に立たされたら、「すべては、発想の転換から」始まる、ということでした。
ガンという「大ピンチ」からの「脱出」にも「発想の転換」で乗り越えることが出来たのです。
ガンになった人が、毎日毎日、「大笑い」して過ごすことは、普通は考えられないと思います。
そんな発想なんて、普通はどこにもありません。
どちらかというと、重たい空気、重い雰囲気の中、入院、手術、退院と進んでいくと思います。
毎日が、「大爆笑大会」の「連続」だったのです。
まさしく、そこには「発想の転換」がありました。
すなわち、ガンの性格は、間違いなく「暗い」のです。
ガンと友達になりたいなら、自分が落ち込めば「大親友」になれます。
しかし、「明るく笑って」振る舞っていると、ガンもすごく「嫌がる」のです。
ガンの「嫌がること」をすれば、ガンもこんなヤツとは「絶交」したいという気持ちになり、ガンの方から「逃げて行く」のではないのでしょうか。
そして、「笑いの力」で「免疫力」も「倍増」したと思います。
さらに、「イメージ療法」で、普段では、到底考えられない「自然治癒力」の「パワー」を生みだし、ガンに対して「強烈」な「攻撃」が行われたと思います。
そして、自分の「人生の目標」を決めることで、より頑張れました。
目標は、私の場合、「2つ」
ひとつは、うちのヤツを「未亡人」にさせない。
もうひとつは「神様との約束」、本を書くこと。
この2つを、自分の人生の目標、自分への「生きる目標」として決めました。
この目標がないと、イマイチ、「前向き」になれません。
この目標、自分の「大切な人」の為なら、頑張りも「何倍」も出来ます。
あの「ロッキー」の映画と同じです。
大事な「奥さん」のためだったから、あれだけ頑張れたのですよね
8 自分を信じる
よく「奇跡」が起こったといいますが、奇跡はやはり、「自分を信じることから、すべてが始まる」のです。
私も、自分に聞こえきた「声」を信じました。
そして、聞こえた声を「信じる」ことで、私は自分の神様との会話も出来るようになったと思っています。
たとえ他人から、それはあなたの「イマージネーションだよ」と、言われてもいいのです。
かなりの「ひんしゅく」を浴びていいのです。
「自分を信じて」いれば、他人になんと言われようと「どってことない」です。
自分に聞こえてきた声を信じることで、ガン患者の間、本当に神様に、毎日毎日、よく「笑わせて」もらいました。
これも、「ひょうきんな神様」に教えてもらった、「ガン治療」の「ひとつ」だったんですね。
よく「笑う」と言うことが。
それに、「イメージ療法」など、とても自分の発想にはない、「究極」の「ガン治療法」も教えてもらいました。
これも自分に聞こえた声を「信じた」おかげです。
ここまで14年間、元気でいられたと言う、「奇跡」
この奇跡、まさしく「自分を信じることからの始った」のです。
9 ガンになり、もうひとつ気付いたこと。
それは、本当の「神様」と言うのは、実は「自分」の「心の中」にいるのではないかということです。
だって皆様、よく考えてみてください。
この世に生まれてきたこと事態、すでに「奇跡」だと思いませんか?
「約1億分の1」の「精子」の中から選ばれて、この世に誕生したのです。
「1億」の中の「1個」ですよ。
そこには「奇跡」でも起こらないと、その「1個」にはなれないはずです。
1億分の1から、選ばれた人に、自分の「神様」がいないはずがありません。
ただ、その存在に「気づかない」だけだと、私は思っています。
しかし、もし、ガンにならなかったら、今でも気づいていないと思います。
そんな中でも、みんなに私の体験を知ってもらって、少しでも「ガン脱出」の「参考」にしてもらいたいと思い、チャレンジしてきました。
しかし、誰もマスコミの人は相手にしてくれませんでした。
それが、現状でした。
たぶん変な「宗教」か、なにかと思ったのでしょう。
そうでないと、誰もその「情報」を得ることが出来ないのです。
そんな中、私が出来ることのひとつとして、2009年に沖縄で講演をさせていただきました。
そして、沖縄で私の「体験談」を話したのです。
講演が終わると、一人の女性の方が私の方へ、近寄ってきました。
そして、その人から、こんなことを言われたのです。
「よく、言ってくれましたね。本当によく言ってくれましたね」と。
そして、その人がさらに言うのです。
「実は、私もまったく同じような体験をしたのです。そのおかげで、ガンから脱出できました。しかし、そんな話をしたら、もう皆、引いていくので、それ以来、その話は封印しました」
同じような「体験」をして、ガンから「生還」出来ても、話せない「辛さ」は、よく分かります。
もし、ガン患者の人で悩んでいる人がいたら、僕のこのガン脱出法も、少しは参考にして欲しいと思っています。
いや参考というより、少しは僕の神様の「言葉」にも、「賭けて」欲しい、「賭けて」頂きたいと思っています。
そして、大切な日々を「笑い」ながら過ごして、「最終目標」である「社会復帰」へと進んで欲しいのです。
落ち込んで生きるのも、1日。
明るく生きて行くのも、同じ1日です。
同じ1日なら、その1日を「楽しく、笑いながら」生きて行く方が、生きている「意味」があると思います。
どんなに人生の「ピンチ」が来ても、「笑い」ながら「ピンチはチャンスの始まりだ!」と「発想の転換」をした「瞬間」、いろんな「奇跡」が「自然」に起こって来るから「不思議」です。
そのことを、あの「小児がん」の「生存率ゼロパーセント」の彼も知っていたのです。
そして彼にも、たくさんの「奇跡」が起こって、間違いなく「生還」出来たのです。
10 そして、本当の神様とは
皆様は、「神様」っていると思いますか?
いるとしたら、「どこに」いると思っていますか?
神様は、本当に「いるのか?」という質問の答えは、「イエス」だと思います。
その理由を少し書いてみます。
私の人生初の「神頼み」は、ゴルフのインストラクターの試験の時でした。
神頼みと言っても、普通のお正月などにやる、神頼みではありません。
本当に「無」になり、「自然」に「心の中」からお願いする「神頼み」です。
その神頼みをする裏には、隠されている「深い思い」があり、なおかつ、「ピュアー」で「真剣」な「お願い」の事をいいます。
さらに、金銭的な「利益」とは、もちろん「無関係」のことです。
そして、初の「神頼み」のあと、打ったボールは、30ヤード先のカップに「直接」入りました。
ボールが直接入ったことにより、私は試験に「合格」出来たのです。
しかし、その時は、ただの「偶然」だと思いました。
なぜなら、まだ神様の「存在」を信じていなかったからです。
そして、それから何事もなく、3年が過ぎました。
しかし、3年後、1996年のクリスマスの日に、今度は「人生最大級」の「ピンチ」が訪れました。
「生死」を分ける「ピンチ」が来たのです。
なんと、「クリスマス」の「プレゼント」が、なんと、「ガン」だったのです。
そして、その夜、「人生2回目」の「神頼み」に直面しました。
すると、今度は、はっきりと「声」として聞こえて来たのです。
「ガンは治してあげる。その代わり、どうして治ったのかを本に書きなさい」と。
そして、その声には「ガン」を「治す条件」としての「約束事」がありました。
その「約束」とは、「どうして治った」のかを「本」を書くことでした。
しかし、学生時代、一番苦手な科目は「国語」だった。
私は、絶対に「本」なんては、書けないと思った。
すると、またすぐに言われた。
「これから退院するまでの間に、色んな事が起こるから、それをただそのまま書くだけでいい」と言われた。
それなら、書けるかもしれないと思った。
そして、本当に毎日、「波乱万丈」の日々が続いた。
とんでもない「出来事」も数多く起こった。
「現代社会」では、とても「説明」できない「不思議な事」も数多く起こった。
さらに「ガン脱出法」も教えてもらった。
今思い返しても、本当にその当時は、「不思議な空間」にいた気がします。
そして、色々と本を出すまでの「苦労」はありましたが、「出版」出来ました。
これで「神様との約束」も「守れ」たと思います。
そして、ふと振り返ると、14年間の年月が過ぎ、ガンからも無事に「生還」出来ていました。
さすがに2回目の「神頼み」は、ただの「偶然」だとは思えなかったのです。
ここで思ったのは、神を「信じない人」は、それらの「不思議な出来事」を「偶然」と呼び、神を「信じる人」は「奇跡」と呼ぶことが分かりました。
では、どこにいるのか?
結論は、ひとりひとりの「心の中」にいると「確信」しました。
私は若い時、神様なんていないと思っていました。
しかし、今回のガン告知後の「出来事」で、本当の意味での「神様」と言うのが、分かったような気がします。
普通、自分には「神様」が「いる」、と言う人は、あまりいないと思います。
しかしそれは、もしかしたら「過去の僕」と同じく、ただ「気づいていない」だけかもしれませんよ。
たとえば皆様、「危機一髪」で助かった「経験」はないですか?
簡単な例として、たまたま歩道で、信号待ちをしていた。
そして、青になったので渡ろうとしたら、足がすべって渡る「タイミング」がずれた。
その「直後」、車が「猛スピード」で目の前を走り過ぎて行った。
もし普通にそのまま渡っていたら・・間違いなく「引かれて」いた。
と、いうような、「危機一髪」みたいな出来事って、誰にでもあると思います。
そんな時、もしかして、あなたの「神様」が、本当は「助けてくれた」のかもしれませんよ。
「危機一髪」で助かった「経験」がある人は、自分の「神様」に間違いなく「助けられた人」だと思います。
たとえ、どんな「些細」な「危機一髪」でも、同じことだと思います。
「偶然」ということは、この世には、本当は「ない」のかもしれません。
今まで「ラッキー」だと思っていたことは、実は「間違い」で、本当は貴方の「神様」が助けてくれたのかしれません。
ただ「気付いてない」だけだと、私は思っています。
もし、次にそんな危機一髪の出来事に遭遇したら、私から、ひとつ「アドバイス」があります。
必ず、頭の中でもいいですので、「お礼」を言うことをお勧めします。
「サンキュー」
すると、もしかして「ユーワーウエルカム」って、声が聞こえてくるかもしれません。
私の神様は、「お礼」を言わないと、いつもふてくされて「機嫌」が悪かったので参考までに。
11 「人生のピンチ」からの「脱出」は、すべては「発想の転換から」始まる。
自分の人生を振り返ると、数多くの「人生」の「ピンチ」がありました。
実は、私は生まれて来る前から、すでに「ピンチ」に「遭遇」していたみたいです。
母によると、私は生まれて来た時、逆子で、へその緒が首に巻きついたまま生まれてきたそうです。
産婆さんも、30分ぐらい色々と手を尽くしましたが、いっこうに泣かない僕にいらいらしていたみたいです。
そして、顔色もなくなり、もう産婆さんも1回「ギブアップ」したと聞いています。
そして、産婆さんがあきらめた「その時」、蚊の泣くような声で「オギャ〜」と誕生したそうです。
生まれて来る前から、すでに「ピンチ」とは「縁」があったみたいです。
そう言えば、よく友達に言われました。
「汐ちゃんの人生、いつも薄〜い氷の上を歩いているみたいだね。たまに片方の足が水中に落ちるけど、なんとか、無事にはい上がってくるみたいだね」って。
まあ、「ピンチ」からの「脱出の達人」、つまり、その道の「星の下」に生まれて来たみたいな人。
たとえば、ゴルフで言えば、タイガーウッズ、石川遼君なら、「ピンチ」は「汐崎」だな、みたいな話し。
つまり「人生のピンチ」は「発想の転換」で、全てを「チャンス」に出来る、「汐イズム」みたいもの。
あ〜少し言いたいことを言ったので、これで「原稿」を書く「努力」が報われた感じです。
まあ、若い時の「ピンチ」は、「ガン脱出」の為の「修行」みたいな物だったのでしょうかね。
その修行として、学生時代にも、いろんなピンチがありました。
その中で、思い出深い「ピンチ」のひとつを書いて見ます。
こちらの「ピンチ」も、もちろん、「発想の転換」で無事に乗り越えることが出来ました。
是非、この「ピンチ」を自分自身に置き換えてみてください。
そして、この「ピンチ」から「脱出」する為に、自分ならどんな「発想の転換」をするのか、「自分の立場」でも「修行」の一幕として考えて欲しいです。
早速、「発想の転換」の中級編、「実践練習問題」になりそうですね。
あれは中学3年生の「夏」でした。
中学3年生の夏に、「高校進学の件」で先生から、お袋と私は呼ばれました。
そして、先生から言われたのです。
「受かる県立高校は、ありません」と。
「ヒェ〜」
なにせ成績は、生徒300名中、ビリの方でしたから。
先生は「私立高校なら大丈夫だと思いますが・・」と言っていました。
しかし、家は「貧乏」だったので、私立高校には「経済的」に「無理」
本当に、お袋が真剣に悩んでいました。
「この時代、少なくても高校ぐらいは・・行って欲しい・・」って「顔」だったのです。
私も「あ〜勉強しなきゃ」と、その時、本当に思ったのです。
しかし、時すでに遅し、時間がありません。
高校入試まで「5ヶ月」ぐらいしかない。
では、どうやってこの「短い時間」で、成績「ビリ」から県立高校に受かる「成績」にあげるか?
すくなくても県立高に行くには、300人中、「150番内」ぐらいに入る必要があったのです。
その当時、私は「テレビっ子」でした。
学校から帰ってきたら、すぐにテレビをみて、食事して、またテレビ、そして寝る毎日でした。
勉強は、ほとんどしない。
そんな中学3年生でした。
そして、高校入試を受ける5ヶ月前に、県立高校には、どこにも「受からない」という、「告知」を受けたのです。
これが、中学時代の最大の「ピンチ」でした。
そして、心を入れ替えて「猛勉強」しようと決めたのです。
しかし、学校から帰宅して、すぐに勉強しても、必ずテレビの「誘惑」に負ける。
絶対に勉強に「集中」できないと、思ったのです。
では、どうしたか?
ここからが、実践「発想の転換」問題開始です。
貴方なら、どうしますか?
どのような「発想の転換」をして乗り越えますか?
一般的な学習法だと、普通は学校から帰宅したら、すぐに勉強を始めると思います。
しかし、私はすぐに帰宅したら、気持ちよく「寝た」のです。
つまり、勉強する「時間帯」の「発想の転換」をしたのです。
「テレビが放送されていない時間に、勉強しよう」と「発想」を変えたのです。
そして夜の「12時」に起きて、学校に行くまでの時間、「勉強」することにしました。
夜の12時じゃ、当時はテレビの放送すらありません。
今でも実家の田舎では、3局しかないのです。
NHKが2つ、それに宮崎放送の民間が1つだけです。
そんな電波が少ない、田舎で育ちました。
あっ、そんなことは、どうでもいいことですね。
帰宅して、すぐに寝ました。
12時に覚ましが鳴がなり、一応、目は覚めました。
しかし、部屋は暗く、まだ夜だということで朝まで寝てしまいました。
1日目は「大失敗」でした。
これではダメと思い、ある事を考えました。
そして、母親に3000円もらって電気屋に行きました。
「タイマー」と「スポットライト」を買ってきたのです。
ここで大胆に、自分の「脳」を「だまそう」と考えたのです。
明日も学校から帰宅して、すぐに寝ても、真夜中に起きることは、このままだと「不可能」だと思ったからです。
そして、目覚ましも「8時間」進めることで、学校に「遅れる時間」に「設定」したのです。
すると、どうでしょう?
スポットライトが、少し早目の夜11時50分に顔を照らし始める。
すると脳が「朝だ〜」と「勘違」をする。
さらに、10分後に鳴る時計を見たら、朝の「8時30分」
「うぁ〜学校に遅刻だ〜」と、飛び起きました。
「ダブル」で脳を「だました」のです。
意外と「簡単」に「脳」は、だまされました。
ハハハ。
そして、猛勉強が始まったのです。
1日8時間、誰にも邪魔されず、物音一つしない部屋で、勉強に「集中」出来ました。
例の「脳のリミッター解除の法則」により、強く、強く、勉強に「集中」することにより、普段以上の「記憶力」も「発生」しました。
そして、高校入試前の最後の実力テストでは、どこの県立高校でも「OKだよ」と、先生から言われたのです。
高校入試試験のピンチも、勉強をする「時間帯」を変更するという「発想の転換」をすることで、高校入試も「無事」乗り越えることが出来ました。
もし、今まで通り、学校から帰宅してすぐに勉強をしていたら、テレビの「誘惑」にすぐに負けて、間違いなく「失敗」していたと思います。
ここでの学生時代の「ピンチ」も「発想の転換」で乗り越えることが出来たのです。
そして、社会人になり、今度は42歳で、「生死」を分ける「大ピンチ」に出くわしました。
そうです。
ガンになったのです。
さらに、ガン脱出も「発想の転換」をすることで「無事」に「生還」できました。
そして、次の「大ピンチ」へ、「家庭介護」へと進んで行ったのです。
ガンの手術後、3年ぐらいしたら、妻の母親の「介護」をすることになりました。
妻は会社に勤めていたので、私はガンで休養中ということもあり、義母の介護は私の「任務」になったのです。
すでに、あの辛〜い、苦しい「介護」も経験済みです。
歌手の辺見マリさんじゃないですが、「もう〜やめて〜」って感じでした。
それでも、最初の3年ぐらいは、簡単な介護でした。
義母の欲しい物を買ってきたり、マッサージをしたりとか。
しかし、最後の2年間は、「24時間体制」の「介護」になり、かなり苦しい、辛い介護になりました。
義母は糖尿病からくる合併症が出たり、さらに骨粗鬆からくる「激痛」が背中を走り、「お尻」から入れる痛み止め、「座薬」なしには過ごせない日々が続いたのです。
義母はお腹が大きく、お相撲さんみたいにお腹が出ていて、自分の手がお尻まで届きません。
とても一人では、「座薬」を入れることは「不可能」な状態でした。
これから、ことあるごとに「座薬を入れて〜」と、言われるのは間違い有りません。
ひょっとしたら、1日に「3〜4回」あるかもしれせん。
それも、「ず〜〜」と続く「可能性」があります。
もう、そう考えただけで、普通は誰でも「憂鬱」になるのではないでしょうか。
「座薬を入れて〜」と言われるだけで、落ち込むようになっては、「介護」どころの話ではありません。
どこかで聞いたあの「憎い」言葉、「発想の転換」で脱出できないものか!
「発想の転換」で、この嫌な座薬入れを、何とか「楽しく」できないものか!
そこで、私はある「発想の転換」をしました。
すると、それ以来、不思議と座薬入れが、「苦痛」にならなくなったのです。
むしろ、すごく「楽しみ」になって来ているではありませんか!
こちらの辛い、苦しい介護も、「発想の転換」をしたことで、その後は、「楽しく」乗り越えることが出来たのです。
本当は、これから必ず来る、「介護」で起こる「問題解決法」も書きたいのですが、今回は、がんということに集中して書いています。
もし、次にチャンスがあれば介護の事も、是非、書きたいと思います。
「生死」を分けるガンからの「脱出」、ならびに、苦しい「介護生活」も「発想の転換」をすることで、「楽しく」、しかも「笑い」ながら、「脱出」が「可能」になったのです。
「発想の転換」をすることで、全ての「ピンチ」を、逆に「楽しめるチャンス」に変えることが出来たのです。
つまり、「ピンチ」は「チャンス」の「始まり」に、することが出来たのです。
これから「ピンチ」に遭遇したら、「チャンスだ!」って思って欲しいです。
この「発想の転換」が出来た「瞬間」、色んな「不思議」な「出来事」が起こり、「生死」を分ける「大ピンチ」でさえも「脱出」することが出来たのです。
「人生の大ピンチ」が来た、その時の「キーワード」です。
「ピンチはチャンスの始まりだ!」
そして、「すべては、発想の転換」をすることで、「脱出作戦開始」の「スイッチ」が「オン」に入るのです。
このことは「決して、忘れない」でくださいね。
12 楽しいこと、苦しいこと、全ての人生を堪能する
私は、たまに思うんです。
人生って、なんなのかなって?
皆さんは、どう思われますか?
私は、これから起こる「すべて」の「出来事」を「楽しむ」ことだと思います。
これから起こる「楽しい」ことはもちろん、「苦しい出来事」さえも、その時間を「楽しむ」ということが、「人生」という、本当の「意味」ではないかと思っています。
「心頭を滅却すれば、火もまた涼しい」という「ことわざ」です。
中学時代、実家の近くにある、「えびの高原」の天然スケート場に行っていました。
いつもスケート場に行くと、売店で買っていた物がありました。
「アイスクリーム」です。
そして、寒い冬に「心頭滅却すれば、アイスもホット!」と笑いながら、毎回食べていたのです。
本来の「ことわざ」の意味は、無念無想の境地に至れば、火さえも涼しく感じられるという意から来ているそうです。
つまり、どのような「苦痛」も、「精神の持ち方次第で、苦痛とは感じなくなる」ということですね。
実は、ガン患者で入院している時、私は本当の意味での、このことわざを「体験」したことがあります。
それは、ガン手術後の出来事でした。
術後2日間は、痛い所もなく、そんなに苦しくなかったのです。
しかし、「3日目」に入り、事態は急展開しました。
お腹は痛くなるし、5分おきにトイレに行く為、お尻の穴は痛くなるし。
さらに術後3日目ということもあり、その「傷口」の痛さも「半端」じゃなかったのです。
そして、術後初めて、「神様」を呼んだのです。
「神様〜、神様〜。助けてください。この何とも言えない、重くてすごく痛い感じ、取ってください。とても苦しい〜です」と。
今までの神様は、お願いをすると、いつも「分かった」って言ってくれていたのです。
しかし、「今回」は違いました。
神様いわく「手術して1日目、2日目は楽だったでしょう」と言われたのです。
私も答えました。
「ハイ。手術しても楽だったので、たいしたことはないな〜と思いました」と。
すると神様が、「それがいかん!」と言うのです。
私も「どうしてですか?」と質問したのです。
すると、言われました。
「ガン患者の人は、みんな大変の思いをしている。今度本を書くときに、手術は楽でしたと書いたら、ガン患者の人に申し訳ない。また本人の為にも、ガンを甘くみるから、ガン患者の本当の苦しみを2日間味わいなさい」と。
「ヒェ〜そんなバカな〜」
そして私が「2日間もですか?」って聞き直したのです。
すると、神様が言うのです。
「その苦しさは、2度と味わうことが出来ないので、その苦しさを堪能しなさい」と言うのです。
私は「うぁ〜大変だ〜」と思いました。
そして、本当の意味の「心頭を滅却すれば、火もまた涼しい」を「体験」しなさいと言われたのです。
昔、冗談で使っていた「ことわざ」を、この期に及んで、自分で体験するとは夢にも思いませんでした。
そして、しばらくしたら、飛行機が高度を下げるみたいに、だんだんと気分が悪くなって行ったのです。
さらに、夜になると最高に気分が悪くなり、先生を呼んでチューブを鼻から入れてもらいました。
そしてチューブの先についている注射器で抜くと、出て来るは、出て来るは、緑色の胃液が延々と出て来たのです。
さらにトイレは1時間おき出し、鼻から入れているチューブは喉に当たり痛いし、「いやだな〜」と思っていると、ふと神様のあの「言葉」を思い出したのです。
「この苦しみを堪能する。今しか味わえないものとして、楽しむ」
私も「よぉ〜し! ガン患者の苦しみとはこのことを言うんだな。今しか味わえないのだから、たっぷり味わってやろうじゃないか。堪能したるでーー!」と思った、その「瞬間」でした。
あの苦しさが、「苦しく感じなく」なったのです。
むしろ、この苦しさを「今しか体験でいない苦しさとして、楽しんでいるではありませんか!」
「うそ〜」って感じでした。
その時、本当の意味での「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」とは、こういうことだったのかと分かったのです。
とっても、「不思議」な感覚でした。
あれほどの苦しさが、苦しさではなくなったのですから。
皆さん、「苦しい時はその苦しさを味わう。今しか体験できないものとして堪能する。苦しさも人生と思い、楽しむ」ことが「必要」なのです。
とても、今までの私では、考えてもみなかった「発想」でした。
やはり、「苦しいピンチ」が来ても、「発想の転換」をして、それを「楽しんでやろじゃないか〜」ぐらい気持ちになれた時に、「奇跡」が起こっていくのですね。
世の中、奇跡は、いろんなところで起こっています。
今回のアメリカ大統領のオバマさんの件も、もう、これ自体「奇跡」です。
初めて、白人ではない大統領です。
今までのアメリカでは考えられないことです。
そして、彼のテーマは「Yes, we can」でした。
「私たちは出来る」ということを信じて「奇跡」を起こしたのです。
こちらの「奇跡」も、まさしく「自分たちを信じることから始まった」のです。
まさしく、ここでも「奇跡は自分を信じることから始まっていた」のです。
もし、私に同じような「テーマ、スローガン」を作りなさいと言われた、間違いなくこう言います。
「私達には、奇跡を作れる」と言いたいです。
その「力、パワー」を私達は、みんなが「持っている」のです。
オバマさん流に言えば、「Yes, we have a miracle 」と叫びたい!
特に難病、ガン患者などの人に対しての「最終目標」は「社会復帰」です。
「難病」や「ガン」も、「治る」かもしれないと思うと、生きる「希望」が持てる。
そしてその「方法」を知ることにより「克服」、さらに「社会復帰!」と進んで行けるのです。
そして、それを「可能」にするには「発想の転換」に気づいた時、それが「可能!」になるのです。
「発想の転換」に気づいた「その時」から、「奇跡」が始まって行くのです。
東京では、年の暮れに電車がよく止まります。
残念ながら、原因は自殺です。
私もこれからの「人生」で、「もし、負けそうで、つぶれそうで、このまま泣いて、この世から消えたいと思った時」には、私もここに書いた「内容」を思い出します。
そして、また「発想の転換」をして、その「ピンチ」を乗り越えて行きたいと思います。
すると、「明日」という本来の意味の「明るい日」が、「必ず」来るはずです。
間違いありません。
私は信じています。
全ての「ピンチ」は、「発想の転換」から「すべてが始まる!」
「ピンチ」の時は、「発想の転換」の「スイッチ」を「必ず」、「オン」にするんですよ、皆さん!
最後に一言
この文章を読んで頂いた皆様には、元気にならなければいけない人だから、読んで頂いたのだと思います。
目には見えない「縁」があり、その目には見えない「強烈な力強いパワー」の「縁」により、「元気になる人と人を繋いでくれている」と思います。
この世に星の数ほどのHP、または本の数。
その中から、このようにしてお会い出来たのも、ただの「偶然」では決してないと思います。
必ず、そこには「元気」にならなければいけない「理由」があるはずです。
ガンから生還が出来て、元気になった時には、是非、今度は、皆様が知っていることを次の人達に教えてあげてくださいね。
次々とバトンを渡して頂いて、多くの人に「ガンから脱出」して頂くことが、「私と神様」の「一番の願い」です。
目には見えないけど、本当に「脳が作れる強烈なパワー」を是非、体験してください。
そして、「難病、ガン」から「脱出」して、さらに「克服」して、またいつものように「社会復帰」をするんですからね。
色々と書いて来ましたが、ここで私の文章は、スイッチをオフにさせて頂きます。
また、どこかでお会いする機会があったら、「あっ、ガンキラーの汐ちゃんだ!」
そして「汐イズムの汐ちゃんだ!」
さらに、「汐イズム=すべては発想の転換から。生死を分けた大ピンチでさえも脱出可能。その実体験者の汐ちゃんだ!」って思い出してくださいね。
では、毎日、「笑い」ながら、「明るく」、そして「プラス思考」で行きましょう!
そして、「どんなに苦しくても、その時間を楽しんでやるぞー!」って思ってくださいね!
すると、「後悔のない、生まれて来て最高。超ハッピー人生だ!」になるはずです。(*^∇^*)
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