♪「ガンでも元気!」体験記 〔2012.4.10更新〕

大募集してま〜す。       

          お差し支えなければ、ホームページ上でご紹介させて頂きます。

          どんどん、お寄せ下さい。お待ちしていま〜す!

          (もし、本名掲載に不都合がある時は、その旨、ご記入下さい)

 shiochan@pk.highway.ne.jp

ただいま、 です。 



兵庫県姫路市の「UTAKO」様より。2012.4.10

汐崎様 覚えてはおられないかと思いますが、2002.5に「神様に助けられた 極楽とんぼ」を読んですぐ感想を書きました。姫路のUTAKOといいます。

2002.3にガンをして、一番最初に元気の出る本でした。救われました。
感謝しています。ありがとうございました。

HPを見せていただきましたが、本当に充実していますね。講演会もされ、ご活躍の様子が伺えます。

ガンの辞典を読んで懐かしくなり、メールいたしました。
私も、あれから10年元気にしています。

先日、ガンの辞典に掲載していただきました。たいしたエピソードはないのですが嬉しかったです。

これからもお互いに元気で明るく、楽しく行きましょう!



ペンネーム とくだいのKITTY(4) 2011.12.14 

ガンからの奇跡の生還12年たち干支が1回転しました。

私が、2000年に体験談に掲載した私の夢、きちんとしたホールで、チケット代もいただいて人前でソリストで出演する夢を叶えることができました。

地元の推薦で防災士の資格も取りました

地元のローテーションで回ってくる役員もやり、隣組の組長もしました。

市の女性100人委員会に参加し、みんなで公民館運営のことを話し合い、市長に提言書を提出、第九に毎年参加して、大入り満員のお客様で大成功しました

地元の合唱連盟の大きな舞台に参加出演させて頂き年間6回前後合唱の舞台に出演させて頂きました。

「ガンから奇跡の生還、12年」、奇跡の生還したあとの残りの人生は、いろいろ大変ですが、舞台に支えられて、歌を歌って生きています。

一生ソプラノパートで歌える声をキープして、可能な限り死ぬまで歌い続けたいです。

来世の夢は、声楽家になりたいです。

11年ぶりですね。これからも、元気でいきましょうね。 by shiozaki

静岡県の前回同様「みゆき」様より。2004. 09 01

汐ちゃん、こんばんは。
おひさしぶりです。
以前、汐ちゃんに本を注文した静岡県の美由紀です。
(裏表紙のメッセージもありがとうございました^-^)
きちんと、静岡県がんセンターの図書館に寄付しました。
ひとりでも多くの人に読んでもらえてるといいな〜と、ときどき思いを馳せています。


母が2年前の夏に末期といわれて、必死にネットでしらべていたら、汐ちゃんに出会えました。
抗がん剤治療をやめて漢方と気功治療に切り替えて、
おかげさまですっかり元気になりました。
母はもちろん、わたしも絶望感で暗い気持ちになりそうなとき、いつも汐ちゃんの本をよんでパワーをもらっていました。
ほんとに、感謝です。
(仕事で落ち込んだときにも読ませてもらってるんですヨ)
夏がきて、セミがミンミン鳴くと、その頃のことを思い出します。
だから、夏は、私たちにとって
あらためて汐ちゃんに感謝する季節なんです♪
お礼をお伝えしたくて、メールさせていただきました
^-^

「奇跡」って、本当にあるんですね。
身をもって経験させてもらいました。
汐ちゃんの日記にもありましたが、それを敏感にキャッチすることが大切ですね。
”信じるものは救われる”これホントですね!

汐ちゃん、ありがとう。

それでは、お体に気をつけてお元気で。
汐ちゃんの愛と勇気の爆笑日記(笑)を楽しみにしていま〜す
^-^

   1年ぶりですね。これからも、元気でいきましょうね。メール嬉しかったです。
                                by shiozaki

静岡県の「みゆき」様より。2003.05.23

私の母も昨年がんになりましたが、汐ちゃん(感謝と親しみを込めてこう呼ばせていただきます)の本に影響され、おかげさまで,今も明るく元気にしています。
汐ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます!!(昨年8月にココから2冊注文して病室の母に届けました)

恩返しのつもりで、汐ちゃんの本を沢山の人に知ってもらいたいと思いまして、昨年隣の町にオープンした静岡がんセンターの図書館に寄付しよう!
と思い立ち、今回注文させていただきました。

そこで、汐ちゃんのサインに、なにか一言メッセージを添えていただけないかと思いまして・・・。きっと汐ちゃんのお気持ちが伝わると思うので・・・。
(母や私も汐ちゃんの一言に心が温まり、パワーをもらいました!)
お忙しいかと思いますが、一言いただけたら有難いです。
   
☆今日図書館の方に電話して、寄付することを承諾していただきました!
 (本棚が一杯で置く所がない、と断られましたが、とっても元気になる本なんです!!と言ったら、それなら1冊ならいいよ。
と言われ(たった1冊なんてケチ〜!)、うれしくなりました!

一度職員で本を読んで、内容によって置くかどうか決めます。と言われましたが、ぜったいに置いてもえうようにしますね!(確信してます!)

説得力をつける為に汐ちゃんの本の感想コーナーをプリントアウトして、直接持っていくつもりです。

       色々と、本当にありがとうございます。嬉しいです。by shiozaki

札幌市の「のんみ」様より。2002.12.21

のんみです。こんにちは。
汐ちゃんの本はあっという間によんでしまいましたが、時々また読み返しています。
そうしたら最初読んだ時気付かなかった事に気付いたり、新しい発見があったりします。
特に弱気になった時はまた元気が出てきます。

彼は喜んでくれたのですが、なかなか読み始めなくて、読みたくないのかなぁと思っていたら、先日から読んでいて、最初の感想は、
『これ、思ってたのと違う、変わった本だね。』でした。

神様を信じていない、ゴルフに興味のない彼にはそう感じたのでしょう。
神様とゴルフの部分は『ふうん・・・』て感じで読んでたらしいのです。
『でも、気の持ちようとか、考え方は勉強になったかな〜、ポジティブに考えないとね!』と、言ってくれました。

実際に彼が入院して2週間です。
やっと、検査も落ち着いて、本当の治療が始まる所です。
思っていたよりも進行していて、ショックだったんですけど、深刻な中にもいつも冗談を言って笑ってばかりいます(*^^)v
こうしていれるのは本を読んでいたからだなぁと、感じています。

汐ちゃんが言っていたように、汐ちゃんの神様が言った言葉を自分の神様が言った言葉と思っています。
本当にそう思えるんです。
彼も本当に少し変わったと思いました。
投げやりな所も、何でもネガティブに考える所もあったのですが、最近は否定的な事は言わず、言葉もとても変わりました。
この調子で私達はガンキラーカップルになりつつあるんだって思ってます!

今年は自分も彼もガンになって、最悪って思ってたんですけど、そうじゃないですよね。
汐ちゃんにも出会えたし、ガンになると本当に心配してくれる人も表面だけの人もよくわかりました。
来年は彼が元気に退院しましたという報告をきっとしますね!
汐ちゃんからは3作目の報告をまっています(*^_^*)

来年もいい事がたくさんありますように・・・
今年は本当にありがとうございました。

           
こちらこそ、ありがとうございました。by shiozaki

流山市在住の古川勝博様より。2001.11.20

現在、自宅療養中の身ですので、昼間インターネットで癌に関する色々なサイトを覗いておりますが、お医者様向けの専門サイトが多く、又たまに癌闘病記のサイトがありますが、読んでいて暗くなるサイトが殆どです。

ほんと汐崎さんの本は異色の本であり、癌患者に勇気を与えてくれる本であることが時間が経つにつれ痛感しております。

これからも頑張ってください。
いつかゴルフ場でお会いできる日を夢に見て、私も術後の回復に励みたいと思います。


私は本を出すほどの文才も根気もありません。
しかし、私の体験を公表し少しでも同じ病気に取り組んでいる人の手助けになればとホームページ上での体験記の公開を準備しております。
汐崎様のホームページも見させていただきました。
一つだけお願いがあります。
汐崎様のホームページにリンクを張らさせて頂いても構わないでしょうか。
今回公表するホームページに、ためになる本、ホームページを紹介するコーナーを作成する予定にしており、是非汐崎様のホームページも紹介させて頂きたいと存じます。
突然のメールでお願いする事ではないとは思いましたが、宜しくお願い申し上げます。
次回作期待しております。


     ★どうぞどうぞ、リンクしてください。一緒に頑張りましょうね。
      こちらかも、よろしくお願いしまーーす。

                          
by shiozaki

さち様より 2001.06.26

私は
26歳で舌癌を発病し、ヵ月後にリンパ転移。
再手術後翌年に肺に転移し、医師より完治不可の宣告を受けました。
でも、私も結構ノー天気で、医者の予想を見事裏切り、1年経てば普通は進行するはずと言われつつ、もう
年以上変化無く過ごしています。

本、全部読みました。
本が苦手な私が2日間で完読!
いつも途中で挫折してしまうので、全部読みきったのは入院中に読んでいた「深夜特急」以来です。

すごく楽しく読ませていただきました。
笑って私の免疫力もアップした事でしょう(^。^)

私もよく、治療が始まると不安でしょうがなくて、どうしたら楽しく過ごせるだろう・・・と考えていました。
1、2回目の手術まではまぁまぁ、良かったんです。
回目はなんでも初めてのことだから興味心身で、老人ホームに勤めていた私は、今まで入居者にしてきた事を実際体験して、(浣腸や経管栄養、導尿)う〜んこんななんだ。介護の仕事してる人でもココまで体験した人なんてそうそういないだろうから、これからいい仕事出来そうだな〜〜
なんてにやけていたりして。

2回目も怖さは前回よりあったけれど、手順はわかっているし、「あ〜またこれだー」という懐かしさに陥ったりして精神的には案外平気でもありました。
そう思って明るくしている事が癌にもいいと思っていたし、落ち込んでいる人を見ると、「そんなんじゃ良くならないよ・・・』って思ったりしていました。

いずれも、まさか癌が転移するなんて思っていなく、手術すれば治るんだと、自分は大丈夫だと安心していたからなんです。
それがいきなり肺に転移。
こればっかりはさすがに背筋がゾーッと寒くなって、2週間以上落ち込み、体調崩しまくりました。
それからも気持ちは上がったり下がったり・・・。

一時は、転移前はとても前向きに考えていたのに、楽しく毎日過ごしていたのに、なんで転移??
ナチュラルキラー細胞なんてうそなの?
って前向きに考える事の良さも分からなくなってしまいました。
でも、そんな中で、精神と体はとても関係が深い事を体感しました。
不安に怯える毎日で、実際体は健康なのにものすごく体調が悪いんです。
下痢はするし、熱は出るし、だるいし・・・

そんな中、藁をもすがる思いで行ったある病院で気功を初めて体験したんです。
そこの病院でも肺転移を治すことは出来ないと感じて絶望だったにも関わらず、気功が終わった後、とても気分がスッキリして、体まで元気になったような気分なんです。
最後にみんなで輪になって歌を歌うのですが、気持ちがほっとしたせいか、涙がポロポロ出てきて。
帰りはとてもすがすがしくてその後はずっとニコニコしていました。

そして今は、やっぱり浮き沈みはありますがとても楽しく毎日を過ごしています。
転移後、パソコンを買い、沢山の頑張っている方に巡り合い、自分のHPまで作っちゃって、そこでもまたみなさんに元気を沢山頂いています。
まさか今の状況でここまで前向きに生きられるなんてって、自分でも不思議なくらいです。

癌になった事で、沢山のステキな生き方している人、ステキな考えを持っている人に出会え、生きる事について考えさせられ、癌になったからこそ、平凡なありきたりの人生が輝いたように思います。

・・・ここまで書いて、ん?これって本の感想??って不安になってしまった・・・自分のことばかり書いてしまってすいませんっ。

でも、汐崎さんの本を読んで、前向きな気持ちがいっそう強くなったんです。
どんな辛い状況でも、考えを変えればいくらでも楽しく過ごせる。そして願いはきっと叶うって。
私には見えないけれど神様はいるって。
(汐崎さんには本当に見えるのですかー?羨ましいっ!)
まだあきらめちゃいけない。
治る可能性はは全く無いわけじゃないのだから。
ナチュラルキラーと共に、癌を押さえ込んで頑張りまーす!
何を頑張るかって、毎日楽しく笑って過ごすのを頑張る!
いや、がんばる必要も無いですね。
というわけで、来週はロタへバカンスに行ってきま〜す\(^O^)/


さちさんのHPです。

ペンネーム とくだいのKITTY(3) 2001.02.12

私の病気は、明細胞ガンで、とてもたちのわるい、発見しにくいガンです。
だいたい、中期や、末期で、みつかることがほとんどで、手遅れになるケースが多いです。
私は運良く、初期の段階でみつかり、内臓の中で、がん細胞が破裂寸前の状態でありましたが、危機一髪の手術で、命が助かりました。
あと、もう少し、手術の時期が遅くて、内臓の中で破裂していたら、最悪、半年の命でした。
数々の不幸中の幸いが、重なり、命が助かりました。
あちこち、体の不調はありますが、今、私が、生きているこは、奇跡だと思います。
ほとんどの人が助からない病気を、奇跡的に、神様より助けていただきました。
何か、使命があるから、たすけていただいたのかもしれないと、ふと、気がつきました。

私の今の生きる支えは、趣味の世界の目標です。
私の病気は、5年生存率約40パーセントの病気です。
あと、どれくらい、生きられるかわかりませんが、元気なうちに、生きているうちに、趣味の世界の目標をはたしたいです。
来世は、声楽家になりたいです。
元気なうちに、生きているうちに、自分の命が一番輝くことをしたいです。
光輝く人生を送りたいです。
何かで、大復活、大逆転したいです。

ペンネーム とくだいのKITTY(2) 2000.12.30

ガンだったけど、完治して国家試験に、挑戦しています。
ガンを克服して、前向きに、いきています。

私の、夢は、お世話になった、大学病院のクリスマスコンサートで、患者のみなさん、先生、看護婦さんの前で、歌うことです。
ガン患者を励ます、コンサートをひらきたいです。
声楽のせんせいに、聞いたら、80点以上の歌になったら、人前で歌っても、いいよ
といわれました。
今は、まだ、へたです。
先生から出てもいい許可がでるように、歌の練習をつんで、実力をつけて、舞台にでたいです。

いろいろ、次から次へと、悪いところがでてきて、歩く総合病院のようなからだになりました。
病気にとらわれずに、何でも、できるときにチャレンジしたいと思います。
私の生きる目的は、趣味の世界にいきるです。
来世は、声楽家になりたいです。
明るく前向きに生きて、がん患者のスターになりたいです。

/18お琴の発表会で、大好きな、憧れの曲、春の海を演奏する予定です。
今から、とても、たのしみです。
無事、出演できるといいな、と、思います。

ペンネーム とくだいのKITTY  2000.12.8

私は、昨年、ガンにかかりました。
数々の不幸中の幸いが、重なり、命が助かりました。

入院中、自分を支えた目標、
「2000年 体直して 舞台でる」
を、退院8ヵ月後にかなえることが、できました。
オペラの舞台に、合唱のみなさんで、出演することができ、合唱の中の、ソロパートを歌うことが、できました。
夢をかなえることが、できました。
闘病生活中に書いた、五行歌、
題目「命を見つめて」
千首集めた本に、のることが、できました。

昨年、病気のため受験することができなかった、国家試験に、挑戦することができました。
これからの、目標は、
「健康をとりもどして、自分を支える生活力をつける」です。

入院中、先生や看護婦さん、病人仲間の人間関係に恵まれとてもたのしい、明
るく、前向きに、充実した闘病生活を送ることができました。
私より、軽い症状の人、ガンで無い人より、なぜか、私の方が元気だったです。
病棟の中で、一番、私が元気だったです。
趣味が、多く、色々なことをしていたし、退院後の目標があったので、前向きでした。

副作用で、はげた頭をさらしても、ほかの症状の患者さんや、ほかの人のところに見舞いにきた見舞い客の人たちは、誰一人、私のはげた頭を笑うものは、いませんでした。
とても、ありがたかったです。

病棟の中では、ガンをかくさず、開けっぴろげで周囲を照らしていました。
おかげさまで、ガンが、完治しました。
退院後の経過伺いの定期検診では、ずっと、異常なしできています。
薬ものまずに、いけてます。
何かで大復活、大逆転して、ガン患者仲間の星になりたいです。
早期発見、早期治療で、ガンは、治ります。
ガンになっても、悲観せず、前向きに治療に励んでください。

埼玉県上尾市の坂本泰昭様より。2000.11.2


はじめまして。 坂本泰昭と申します。
実は、友人(60才)が、数年来、肝臓がんをわづらわって、おりましていろいろと本を読んだり、健康食品を摂取したりとさまざまなことを試みました。
その結果、結論として得たことは、以下のようなことです。

・ 感情の持ち方が免疫系に、大きな影響を及ぼす。
(プラス思考は、免疫系を活性化させる。マイナス思考は、逆に、不活性化させる。)
・ ”ありがとう”という感謝の言葉は、そのひとに、「力」を与える。
(感謝の”心”は、宇宙の”こころ”です)
・ ”私は、健康になりつつあります”と言った、祈りを毎日、唱えることによりそれが実現する可能性がある。(潜在意識の法則)
・ ”いつも、笑顔で、リラックスしていますか?”
(ゴーナム博士の言葉:アラビノキシランの開発者)
・ 通常の食事をバランスよく、摂取し、規則正しい生活をしていれば、健康食品は、不要である。逆に、日常の食事が偏食等に依り、乱れている人は、健康食品を摂取したとしても、ただ、飲んでいるだけで、バランスをとることに気がつかない。
・ ”人間らしい本来の生き方”が健康を呼ぶ。
・ 明るく、笑顔で人に接する
・ ウオーキング
・ 森林浴をする
・ 木の家に住む

友人を救いたい一心で、深く、”がん”(特に、肝臓がん)について、調べ、いろいろなことを実践しました。
その結果、こうすれば、100%直るという結論は得られませんでしたが、一番、重要なことは、何事においても、”プラス思考”だと思います。
とかく、健康食品の摂取で”がん”を治癒したとありますが、これは、ほんの一握りだと思います。
また、直った原因は、その健康食品かどうかも、もうひとりの同一人物が健康食品を摂取しない生活をした上で、比較検討しないと特定できないと思います。

私が強く言いたいことは、ストレスを含む人間の感情(笑い、感動、期待、希望、喜び、調和、、、怒り、苦しみ、嫉妬、妬み、、、)が、病気を回復させる原動力となる人間が本来持っている免疫系に深く、関わっているということを、多くのひとが気づいていないということです。

そのため、これらを度外視して、単に、手術だの、健康食品だのと言った物理的に明白なものにしか、目が届かず、それだけで治そうとしています。

感情といった精神的、心的なものの重要性に、非常に欠けていると思います。
こちらの方がはるかに、大きく、これだけで、治せる可能性を秘めていると思います。

私に言わせれば、効果の不明瞭な高価な健康食品を摂取するよりも、常に、物事にプラス思考で対処することを継続することが、”がん”に打ち勝つ無料で最良の方法だと思います。(下記に例をあげます)
・ 今日は、いい日だ!! 良いことが起きるぞ!!
・ これは、いいことの前兆だ!!(悪いことが起きた時)

私も、”がん”で苦しんでいる人たちを一人でも多く、救えればと思っています。その人たちが一刻も早く、精神面の重要性に気づいてくれると願っています。

まだまだ、いろいろとありますが、一番、大事なことは、一言で言えば、
”プラス思考”ということでした。

名前:坂本泰昭(さかもと やすあき)
住所:362ー0021 埼玉県上尾市原市12
年齢:48才(昭和27年3月14日生)
職業:ソフトウェア会社勤務

ありがとうございました。
私も
精神面ならびにプラス思考は、がん脱出には、最低必要条件だと思っています。

とくだいのKITTY様より。2000.10.25

私は、明細胞ガンという、みつかりにくくたちの悪いガンにかかりました。
手術を2回、抗がん剤をうちました。
約7ヶ月入院しました。
1回目の抗がん剤は、かなり、体にこたえました。
先生が言われた予想される副作用が全部でて、パニック状態になりました。
そのとき、同室の末期がんの2人の患者の人が、初期のガンの私を介抱してくれました。
2人の方も、抗がん剤をうっているときで、具合の悪いときであったのに、私のお世話をしてくれました。
そのときの、感動は、一生わすれません。
そのうち、40歳の女性の方は、今年の1/20なくなりました。
大変ショックをうけました。
この方のなくなる日の昼間、ナースステーションのところに、バラの花束を格安でうってくれる花やさんがきて、私も、花束をかいました。
そのかたの、病室にバラをお届けしました。
まさか、その日の夜中になくなるとは、思いもしませんでした。
バラがすきな、かただったので、最後に、バラを贈ることができて、よかったです。

私は、回数をおうごとに、抗がん剤の副作用が、軽くなりました。
病人仲間の人間関係にも恵まれ、いろいろな、特技をもっている、病人仲間のひとから、いろいろなことを教えてもらいました。
まるで、カルチャーセンターの講座をうけているみたいに、いろいろなことを、ただで、まなびました。
約7ヶ月の闘病生活は、とても、たのしかったです。

先生は、男前で、かわいいし、看護婦さんは、親切で、食事も、美味だったし、平成10年にたった、病棟だったので、とても、きれいだったし、最高によかったです。

入院期間中も、明るく前向きで、元気でした。
なぜか、私よりも軽い症状の人より元気でした。
病棟の中で、一番元気だったと思います。
私も、ガンだけど、自分が死ぬとは、おもいませんでした。
とても、冷静で、悲観したり、嘆き悲しんだりすることは、あまり、なかったです。
抗がん剤の副作用で、髪がぬけ、マルコメカットになりましたが、新鮮な、みれにあむの毛がのびてきて、いまでは、十分ベリーショートの髪型でとおるほど、のびました。
髪の成長が、通常よりはやかったです。
やわらかい、ふさふさした、きれいな毛が生えてきました。

私は、多趣味だったので、入院中も、いろいろなことをして、とても充実していました。

ガンは、初期や中期だったら、早期発見早期治療で、直ると思います。
あまり、悲観せず、前向きに治療にとりくまれるといいと思います。

山形県長井市の「ユウちゃんママ」より。2000.10.21

山形の「ユウちゃんママ」です。41歳女性です。
汐崎さんから届いた本を「蔵王スキー場を直滑降ですべりおりる」ように一気に読みました。感想文が遅くなってしまいましたが、先日やっと自分のメールアドレスを取得したので心置きなくお便りできます。

私も2年前に乳がんにかかり、汐崎チームのりっぱな会員となりました。
早期ではなかったので手術後、抗がん剤投与と放射線治療も受けましたが、入院中から「かなり元気」でした。すぐ職場復帰し、家事もバリバリこなし、現在にいたっております。

「かなり元気」と書きましたが、受けたショックはほかの方と同じです。
告知をうけた時、なぜか「あっ私は大丈夫。ガンだけど私は死なない。」と思いました。
汐ちゃんの神様と似てるけど、どこかから声が聞こえたのかもしれません。
現在、朝のテレビ小説「オードリー」を書いている大石 静さんのエッセイによると「2度ガンにかかって手術したけど、ぜーんぜん死ぬ気がしなかった。」そうです。
なんか汐ちゃんと共通するものがありますよね。

あれっ、いつの間にか親しげに汐ちゃんなどと呼んでしまいました。でも「汐ちゃん」がぴったりなんだよなー。そう思いません、皆さん!
ガン患者の会もいろいろありますが、暗い話がいっぱいでとっても入る気がしません。
実はこのコーナーでも再発の話があると、ちょっと聞きたくないかなーなんて思うことも……。
でも闘病中の方々には元気を出してもらいたいです。それには汐崎さんの次回作を読む!
これに尽きますね。
                
次回作の宣伝、ありがとうございます。by しおざき

東京都国立市、お医者さんに「奇跡の人」と呼ばれる「えんちゃん」より。2000.6.14

 汐崎 様
ホームページ読ませてもらいました。私の、闘病経過を一部紹介します。

95年S状結腸ガンの摘出手術を受け、9ヶ月後に再発し、右半結腸全摘出をされ、大腸が三分の一になってしまいました。・・・・・・後遺症は下痢です。
奇跡って、信じますか?私には奇跡が起こり、発病後5年なりますが、元気で、ボランテア活動に励んでおります。
2回目の、手術の時の事ですが、遊体離脱を経験しました。
高い所から、自分がベットに横たわり、白髪の老人が、私の腹部を、なでている光景を見たのです。
私は、最初のガン告知を受けた時、医師と約束をしました。
たとえ、延命できても、「抗がん剤」は使用しないと。・・・・・胃・腸に効果のある抗がん剤は皆無に近いと、ある医師から聞いていたので。

医師からは、余命一年位と聞かされ、右も左にも行けない袋小路にぶち当たり、妬けになっていました。当然のごとくうつ病にもなり、眠れない日々でした。
其のころです、不思議な体験をしたのは、看護婦に話しても夢見てるようにしか捉えてくれず、それ以来誰にも話ませんでした。
それからが、医師にも理解できない症状が現れ、あれよ・あれよと言うまに快方に向かっていったのです。
痛み止めのモルヒネも必要なくなり、腹水も見る見るうちに、引いていきました。
外科教授の回診のさい、快復の早さに驚き担当医・婦長らに聞いていました。
特別なリハビリでも施したのかと、また、私の性格おも聞いてきました。
あなたは、明るい性格・それとも暗い性格ですかと。・・・・言ってやりました。馬鹿がつくくらい明るいと、・・・・・・この教授には良い印象がなく、抗がん剤使用についても、遣り合いましたので、「5年以上生き抜いて見せる」と、心に決めていました。

35日で、退院しました。その後は、近くの病院にて、年1回のカメラにて検査を受けています。
ガン患者の会を、発足してお互いの経験談を話したり、笑いをとりいれての漫才や落語を聞いたりして、お互い励ましあっております。
上野・浅草「寄せ」にも、足を運んでおります。明るいが、一番です。
長くなるので、また連絡します。大阪のジャイアンツさんに、頑張るよう伝えて
下さい。
                  

大阪市の斎藤美弥子様より  2000.2.23

お誕生日おめでとうございます。私の誕生日と同じ日だから覚えてました。

本の感想を早く連絡しようと思いながら遅くなりました。

あまりにも類似点が多すぎる。
誕生日、ガンの部類は同じということは前のメールでおしらせしましたが・・・。告知方法も、私は独身なので一人で病院に行ってたのですが、同じような言葉ですね。
「斉藤さんは
若いから、自分の体のことちゃんと知っておきたいな。・・・・ガンや。」
ここは大阪なので、もちろん先生も大阪弁。
ね、似ているでしょう。

自宅に帰って母に伝えると、母のその後の行動です。

母は水溶性キトサンのファンで、非常に高いものを服用していたのですが、あまりの値段の高さにやめてしまったのです。
もし、ガンにかかったらまたそれを飲もうと思っていたのをそそくさと買いに行き、告知の当日から飲まされ続けています。もちろん今も。
私は今、もう少し安いのに変えようかな?と、思っていますが、母は他メーカーのを試したけど母の体には合わないので高いのをとにかく飲まされ続けています。

病院によっていろいろ違うのがわかりました。
浣腸は手術当日の朝ですよ。
前日夕方に下剤を飲んで、夜中にもっときつい下剤を飲んで、朝浣腸。
3日くらい絶食でなんにも食べてないのに下剤と浣腸はきつかったな。

集中治療室なんて入れてもらえなかったですよ。もっと大変な手術の人が入ると。
私なんか簡単な手術だから、とんでもないといわれました。
大学病院だから混んでいるからでしょうか?

勇気をありがとうございます。
汐崎さんみたいに告知されてから明るくできなかったけど、私も汐崎さんを見習ってもっともっと前向きに生きていきます。
手術してまだ半年も経っていないけど、もう一度人生を見つめ直して生きてみようと、思いました。
                              斉藤 美弥子

大阪府の田中なな子様より  2000.2.3

汐崎さん、始めてお便りします。
私は昨年7月に胃癌の手術を受けて、名実ともに癌患者の仲間入りしました。

まさか、自分が癌になるなんて夢にも思っていなかったので、始めは大変なショックを うけました。
でも、主治医の「治りますよ!」と言う言葉と、生まれ持ってのお気楽な性格とが
あいまって、その後、落ち込むことなく今にいたっています。
抗がん剤の治療も1ヶ月受けましたが、ひどい副作用に苦しむ事もなく、先生も驚いておられました。
2ヶ月半の入院生活も結構enjoyできました。(かなりの極楽とんぼと自負しています)

汐崎さんの書いておられた通り、なんとお涙頂戴の本の多いことか! 私は読んで元気のでる本がほしかった、
癌=死なんて本はいりません。
これは、皆、同じ気持ちなんじゃないかな?
その点、この本は私の希望をすべてクリアーしてくれました。
(←汐崎です。照れるな〜)
思いっきり笑えるし、勇気も持てる。 この本は、私の
バイブルです。(うーー、少し誉めすぎかなー?)(←汐崎です。もっとほめて〜)
こんな私でも、すごーーく不安になる時があります。そんな時は、このホームページを開いて、 元気をもらっています。 汐崎さんの第2弾、すごーーく楽しみにしています。首を長くして待っていますね。 また、メールおくります。
(←汐崎も元気になりました)                          田中なな子

MIKARIN様より  1999.9.14

汐ちゃん、とても素晴らしかったです。
汐ちゃんが本に書いてあった通り、癌の本と言えば、やはり苦しい闘病記とか、悲しい結末、みたいな本しかなくて読んで落ち込む本ばかりで、友達にも本を読むのを止められてました。
でも、汐ちゃんの本は、読んで良かったし共感できる所が、たくさんありました。

本を読みながら「そうだ!その通り、汐ちゃん!」と、心の中で言ってました。
1番共感出来たのは、
”マイナス思考より、プラス思考”
プラス思考の人は、がんばれる!!と、言う事です。

とは、言うものの、やっぱりガン告知を受けた人は、マイナス思考しか考えられないと思います。
そのマイナス思考の時間から、プラス思考に持ってくる時間がどの位かかるかと言う、気持ちの切り替えが、
早いか、遅いかの違いだと思います。そして、回りの人達にも関係があると思います。

実は私、今回の手術が初めてではないのです。

手術自体は3回目ですけど、告知、抗癌剤を受けるのは2回目なのです。
1回目は、何かの固まりで悪いものではないけど取った方がいいと言われ
取りました。(ガンができたところは、鎖骨の所です。)
そして2年後、又、同じ所に腫瘍が出きて手術を受けました。
その結果が良くなくて放射線治療、化学治療(抗癌剤)が始まりました。
その時は、主人が励ましてくれました。
その上、その時一番下の子が、2歳半で「この子を残してまだ死ねない。」 と、思ったのです。(上の子二人も小学三年と一年生も心配でした。)
そして今回の3回目の手術となったのです。
今回は、主人もそうですが子供も協力してくれてがんばれたと思います。
そして回りの人達にも感謝です。元気付けてくれました。
職場にも恵まれ仕事の面も協力してくれてます。入院中も同部屋の人に励まされました。
まだ抗癌剤治療は、終わってないけど、これからも回りの人達の好意を無 にしないようにがんばっていきたいと思います。
汐ちゃんも第2作目、期待してますのでがんばって出してくださいね!
                                MIKARINより  

 静岡県 大塚様より  1999.8.13  

極楽とんぼ! 早速、読まさせて頂きました。
しおざきさんは、抗癌剤をやらなかったんですね。
チョーラッキーです。あれ程、辛い物はないです。
私は抗癌剤投与のため、4ヶ月入院させられました。
だんだん体力が無くなって、髪の毛も抜けて私は、癌なのだと確認するための入院生活でした。
4クール投与したのですが、最後には幻覚がみえました。
神様ならよかったのですが・・・。 
夜中に体中ムズムズするので、布団をめくったら虫が、天井を見たら虫でまっくろでした。
はなちゃんというおばあちゃんが、夜中に虫がいると騒いだ事件があったので、ああ、ついに私もか、早く朝になれと目を閉じていた。
入院したときの詳しい話は、またそのうちに。

暗い話は飽きたので、初めてのベガスは懸賞で当たった、3泊5日でした。
この街は、最低でも一週間滞在したいと思いました。
また行きたい。来年元気だったら、もう一度いきたい。
でも、入院費用がものすごくかかったから。手術の時より抗癌剤投与の時の方が大変だった。
お金がない。神様お願い〜とは思わなかったのですが、主人が運よく? 仕事中に指を怪我してくれたのです。
労災という、ありがたい神様のおかげで、また行けたよ。
ラスベガスパワーのせいか、体力も回復してきました。私の天職であるパチンコにも、通えるようになりました。今度は、ピラミッドのホテルに泊りたいなぁ〜。よーし頑張るぞ。フィーバー フィーバー。
次は、ダウンタウンで打ちたいなぁ〜。
まかせて! ベガスのためなら、エーンヤコーラ。
主人にパチンコ屋で、ナンパされた私です。パチンコ以外なんの取り柄もナイと誉めてくれます。
ところがです。私は、あんなにつらい抗癌剤を打ったのだから、5年間何事も起こらなければ、OKと信じていました。私の場合、病院へ行ったら即入院、あれよあれよという間に手術だったので、インフォームドコンセントなどというものはあまり記憶に残っていないのです。
定期検診も一年に一度となり、とりあえず一安心。
「では、変わったことがなければ、また来年」
「先生、来年で、もう会えないね。最後だね」
「えーっ、どうして、引っ越しでもするの?」 
「だって、来年で5年目ですよー
抗癌剤を打ったから、再発の心配も無いし」
先生が、ぼそぼそと、つぶやきました。
「 あ る よ 」
そして楽しそうに、今まで写したレントゲン写真を、ビデオポーカーの様に並べ始めました。
親切に、説明までしてくれました。
左の卵巣を摘出したので、右の卵巣と子宮は残ってます。子宮がだんだん右に傾いてきています。子宮筋腫も少しずつ、成長しているみたい。疲れると右下腹部がひきつるのもそのせいだったのね。
でも、一番成長していたのは、脂肪![死亡ではない]
CTスキャンは、エライ!エライ!エライ!
毎年、脂肪が厚くなっているのが、よーくわかる。以外に厚いのが、背中の脂肪。すっごーいですよ。
翌朝、鏡を見たら、関口宏になっていた。ショックで白髪になるなんて、私って結構カワイイ。
病院の次の日は、美容院に行って、白髪の部分を赤く染めました。昔のアンルイスみたい、ステキー。

来年、再来年、GWは法事で出かけられない。3年間ベガスへ行けない。3年も先の事はわからない。
気力が無くなりました。なにもやりたくありません。いやいや家事をすると、お腹がシクシク痛みます。
朝起きると頭痛がします。腰が痛くて眠れません。人に会いたくない。主人と話をするのもイヤです。
坂道を転げ落ちるように、立派な病人になりました。
私のあまりの落ち込みようをみるにみかねて、兄嫁が救いの手を差し伸べてくれました。
子供と2人でベガスへ行きたいのだけれども、子守&ガイドで、一緒に行ってくれない?
ハイハイハイハイ、4つ返事で引き受けます。
7月から料金が高くなるので、来週月曜日に行こう。チケット予約、ホテル予約。あー忙しい。
そういえば、さっきまで具合悪かったかもしれない。兄嫁という神様が、今年は助けてくれました。
ラスベガスへ行けば寿命が一年更新されます
癌になったおかげで、もし明日死んでも悔いが残らぬように、わがままいっぱい、やりたい放題暮らしているので、とっても幸せです。残される人の方が、寂しいと思います。
癌になったおかげで、毎日有意義に過ごせます。一日一日が、とつても大切だからです。
ラスベガスから帰ってくると、いつも思います。
死ぬ前に、もう一度行きたいなぁー。もう一度行かなければ、死ねないなぁー。
毎年毎年、こんな事ばっかり考えていると、なんだか、長生きしてしまうような気がするのです。 
2作目を楽しみにしてます。
無理をなさらぬように。

 沖縄県 大城様より  1999.1.11   

 友達の紹介で、面白いタイトルの本があるから読んでみたら、と言われて読みました。
 実は、正直いって「ギクッ」としました。
 というのは、私は若い頃から「極楽とんぼ」と言われていたし、同じ
「直腸ガン」の手術をして命拾いした矢先のことだったので、なおさらでした。
 早速、近くの書店で注文して読ませていただきましたが、本当に、ほん〜とに、楽しく、でも身にしみてよ〜くわかります。
 でも、ユニークな神さまがついている汐崎さんが、本当にうらやましいです。

 勝手ながら汐崎さんとは、まったく面識がありませんが、ガン兄弟、極楽とんぼ兄弟、キチン・キトサン兄弟ですね。
 いつかお会いしたいと思いますが・・・。お会いしたら三日三晩話し続けても足りない位、笑い転げる話の内容が、お互いにありそうです。
 まあ、それはともかく、次の第2作目に本当に期待、楽しみにしています。

 最後に、この本を読んで改めて
勇気づけられさらに生きる喜び希望が湧いてきました。

 汐崎 清様、本当に
「ありがとう!」と、神さまによろしくお伝えください。
 心からの愛と感謝をこめて。

東京都 玉尾様より  1998.12.15 

 この「神様に助けられた極楽とんぼ」にはポジティブな生き方という面で本当に助けられました。
 実は私も少し前、この汐崎さんと同じ病気をしたことから、人に紹介されてこの本に出会いました。
 そしてこの本を読んでいて、この汐崎さんという人の
キャラクターに本当に魅せられました。
 私も、頑張ります。

東京都 糸田様より  1998.11.25    

 益々、秋の色どりも深まり、寒さも厳しくなってまいりましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 早速、汐崎さんの作家としての「スタートの本」を、読ませて頂きました。
 病気の位置は違いますが、同じガン患者という事で、汐崎さんの病気に対する思い、家族に対する思い、周りの人達に対する思いはどこか通じる所があり、要所、要所では、自分が書いたのかと思う程の所もありました。
 明るく、楽しく、正直な汐崎さんが出ていてよかったです。
 汐崎さんが退院をして、私のお見舞いに来てくれた時、一人でベラベラ喋って、笑わせてくれて、帰った後は、嵐が去ったような雰囲気にしてくれた時の事も、思い出されました。
 全般的に
「オヤジギャグ」連発で、本当に「この人、ガンといわれた人なのだろうか?」と、(私も人の事は言えないですけど)、思いました。

 私は、ガンの関係の本は、一冊も買わなかった人ですが、この本は
一押しですね。
 ガンになった人、みんなこういう気持ちでいれば・・・。それに周りの人も患者に対して、ガラスをさわるような態度をとらない様になってくれればイイと思いました。
 人によっては、「実は私、がんになっちゃったんだ」と言ってしまうと、それまでとっていた態度とうって変わって、怖がる人、急に親切になるけど、影では、ボソボソと言う人とかいて、きちっり受け止めてくれる人って、少ないんですよね。今は4人に1人がガンになると言われるけど、まだまだ理解されていない部分もあると思います。(私だけかな、こんなこと思っているの?)

 私は乳ガンで、片方の乳房を取られてしまった為、お風呂に入る時なんかは、「あー、これが、切って縫ってあるだけの傷だったらな〜」と思う事があります。
 うちは年に4回は旅行に行くんですが、温泉に入る度に、タオルで隠して、申し訳ない気持ちで入っている自分がいます。もし人に気づかれたら、私みたいな年の人が、オッパイが一つしかないって思って、興味本位で見られるんでしょうね。これが50代、60代位の人ならば「あっ、あの人、乳ガンになったんだ」なんて、これだけで終わるのでしょうけど。
 ガンには
年齢はないっていう事も、わかって欲しいです。
 でも、私は汐崎さんと同じで(?)明るいので普段は、すっかり忘れています。仕事もしていますし、今はもう手術した方の片手で、20キロ位の物なら平気で持つことも出来ます。(お店に行くと、待ってましたとばかりにコキ使われるんで)

 汐崎さんも順調ですか?
 定期検査だけは忘れずに行きましょうね。
 あっ! そうだ、書くのを忘れてた。
 汐崎さんと孝ちゃんとの出会いの時の事。大笑いさせて頂きました。(私なりの言葉で言うと、
「腹抱えてバカ笑いしちゃったよ」って感じです)
 それから、友達にも何冊か買ってもらいました。(本当に親しい人達だけですが)
 母も、すっかり汐崎さんの本を気に入って、友達の分も何冊か予約をしたそうです。おもしろい、おもしろいと連発でした。

 又、次回も「オヤジギャグ」で紙面を賑わせて下さい。楽しみに待っています。