1998/07/18 up

誕 生

 

1986.7.13

昨夜,家内から,「陣痛かもしれないので入院する。」とは連絡はあったが,朝になっても音沙汰ない。
7時前に,入院しているH医院に電話をした。
「おさまっており,先生の回診後,帰ってもらうかもしれない。」 と言う。

ともかく,行って励ましてやろうと,滋賀へ向かった。新幹線,近江鉄道,タクシーを乗り継ぎ,H医院に着いたのは12時をまわっていた。
病室をさがし,戸を開けると,中は食べさしの膳と新しい膳がおいてあるだけで,家内はおろか誰も居なかった。
部屋を離れ,家内の所在を捜していると,通りがかった(後で考えると,家内のバスタオルでも取りに来たのだろう。)看護婦さんが,「奥さんはこちらです。」と案内してくれた。
カーテンで仕切られた小さなボックスの中で,家内は半身になってベットに乗っかかっていた。陣痛,頻繁に襲う陣痛と戦っていた。
手を握ってやる。じっとりと汗ばんだ手を握ってやるが,反応は鈍い。

12時45分,看護婦さんに呼ばれて分娩室に入る。
「ご主人は帰って下さい。」

夕方が予定であろうということで,家に帰っておられた両親に連絡する。
お茶を沸かす。
落ちつきを失ってしまい,冷静をとりもどそうと持参した本を手にする。

1時を越えた頃であろうか。階段をかけ上がる音。ドアが開き,まだ息も荒い看護婦さんが髪に血がついたままの赤子を抱え,
「産まれました。女のお子さんです。2440グラムです。」
俺は何と応えたのだろうか。
「ありがとうございます。」
「五体満足ですか。」
「母親も元気ですか。」
とは聞いた。

看護婦さんの帰ったあと,必死に顔を思いだそうとするのだが,思い浮かばない。
一時,ぼーっとしていたが,再び滋賀の家に電話を入れに行く。もう家を出たらしい。応答はなかった。
間もなく両親が見えられた。
「産まれましたよ。」
「女の子です。」
三人で一緒に看護婦詰所へ吾子を見に行く。俺はまだ落ちつかず,おろおろ,おっかなびっくりで,緊張しているものの,両親はニコニコ,指先一本まで見逃さず,確かめられている。
力一杯足をけとばしている。

家内が先生と看護婦さんに抱えられて帰ってきた。
「お疲れさま。」
「よくやった。」
興奮して目が輝いている。つい一時間前のあの疲労した目とは随分違う。大役を果たした目だ。母親たるもの……いつか吾子も経験する目だ。
「まだ名なしの権兵衛さん。箱の中に入っている今,暑くはないか。ひもじくはないか。」
考えることは,今ベットに横たわる母も同じだろう。

夜,一緒に食事をする。
前期破水のため,産褥悪く出血がひどい。
ぐったりしている。
興奮しており,夜もなかなか寝ない。ここ数日のことやら,出産のときのことなど語ってくる。
夜半には,まるで気がふれたかのように,
「頭が痛い。」
「ここはどこなの。」
など語りかけてくる。 

1986.7.14

写真機を向けると,ベットの中からVサインをした。
兵庫の実家から両親が来る。
吾子に名を付ける。
「ゆうちゃん。優しい子になってくれ。」