怪獣野郎の履歴書


 このページは、”怪獣使い”の掲示板にて展開された「我が怪獣人生を振り返る」というテーマに書き込まれた”怪獣野郎”たちのおもいでをまとめたものです。各々、”私と怪獣の出会い””わたしは、こうして怪獣にハマった”というような、怪獣にまつわる体験談を書き込んでいただいてます。寄稿されたみなさん、ありがとうございました。あなたの思いでの中に怪獣たちはいましたか?




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怪獣使い=小川秀樹


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赤イ竹さん
2000/06/23 18:25

赤イ竹

すっかり出遅れちまったい(^^;

昭和35年生まれの僕と怪獣の出会いは、勿論「南海の大決闘」!!・・・と思うんだけどなあ。。。それ で「赤イ竹」のハンドルネームを選んだんですけど、何が本当か、もうよく覚えてない(汗)
何しろあの頃は学校が長期の休みになると、楽しみは映画でしたもんね。夏休みや冬休み前に学校で配られ る割引券が嬉しかったなあ。
うちの親も割と理解があって、小学校3〜4年生頃には友達と子供だけで自転車で映画館に行ってました。

「南海の大決闘」は子供の頃家にストーリーを収録したソノシートがあり、これを何度も繰り返し聞いてた ので、それでイメージ強いのかもしれない。

ひろうすさんの
>また昔は変な映画の見方をしていて、
>「話の途中でもかまわず入って、また最初から見て みたところまで話が進んだら出る」
>って言うとんでもない見方をしてました。
ての、僕もやってましたよ。
去年「ゴジラ2000ミレニアム」の時も早朝から並び、売店でグッズ買うのに並び、でトイレに行けず、 村田さんがバイクで海岸に残ったゴジラの足跡に近づく場面でどうしても画面出来なくて席をはずしたの で、総入れ替え制だったのにドサクサに紛れて居座り、その場面まで1.5回分見た時に、それを思い出し ました。

小学校5年生の時の夏休みに「ゴジラ対ヘドラ」と「ガメラ対ジグラ」が同時に封切られて、ゴジラは休み に入ってすぐ見に行き、宿題を全部すませて8月31日にガメラを見に行きました。まあ最終日ってのが、 子供なりの美学だったんでしょうか(^^;
その後ガイガン戦を最後に映画館で怪獣映画を見ることは、20年間ありませんでした。

TVの方では皆さんと同じく「Q」「マン」「セブン」と熱狂したクチです。
特にQはゴメスとリトラの回に登場した少年が僕と同じ名前だったので、すっかり感情移入。早くDVDが 出ないですかね(その前にデッキ買えよ。。。)
一応その後「帰りマン」「エース」は見てましたが、徐々に熱狂は薄れていきましたね。実はセブンにもあ まり思い入れはないです。
それと「仮面ライダー」とか「バロム1」とか、等身大のヒーローものには何故かいまイチのめり込めなか ったんですよねえ。
そんな中でもどういう訳か「怪傑ライオン丸」と「変身忍者嵐」は好きでした。もしかしたら時代劇好きな 子供だったのかも。

それから永らくの空白期間を経て、95年にHJ社の「ゴジラ超獣伝説」に出会い、ガレージキットのおも しろさにドップリ漬かると共に、怪獣熱も再燃という訳です。年をとってからのハシカは重いと言います が、まさに言い得て妙ですね(笑)

皆さんともそうですが、近所の同世代の連中と怪獣やヒーローの話になると異様に盛り上がります。やっぱ り我々世代の人間の遺伝子には、あらかじめ「カイジュウ」が刷り込まれてるんですぜ、きっと。




いのさん
2000/06/22 01:12

いの

第3次怪獣ブームでハマりました。

僕が怪獣にはまったのは、5才の時です。たまたま家でテレビを観ていたら「三大怪獣地 球最大の決戦」だか「怪獣大戦争」が流れていて、「象さん」や「恐竜」などの大きな生 き物が好きだった幼稚園児の僕はすっかり「ゴジラ」にはまってしまったのです。
時を同じくして当時ポピー(だったと思う)からでていた超合金のゴジラとメカゴジラ (お腹を開くと内部が秘密基地みたい!になってるやつ)を祖母に買ってもらったのが、 怪獣好きに拍車をかけました。
世間は第3次怪獣ブームだったので、怪獣の本やおもちゃに囲まれ幸せな日々を過ごしま した。ですがそのわずか2年後悲劇はやってきたのです。ガンダムの登場です。まわりで 同じように怪獣を愛していた友達は、あっさりとガンダムをはじめとしたロボットアニメ に流れていきました。
小学校低学年の頃、休み時間に自由帳に怪獣の絵を描いていると「時代遅れ〜っ!!」と かいわれて殴る蹴るなどのイジメをうけました。
実は僕が生まれたのは昭和48年。つまり「メカゴジラの逆襲」が終わった後に生まれて いるのです。ですからリアルタイムでゴジラやウルトラマンを観たこともない再放送テレ ビ世代なのです。もちろん大きなスクリーンで怪獣を観たこともありませんでした。はじ めてゴジラを映画館で観たのはゴジラ復活フェスティバル1983でした。1984の 「ゴジラ」が公開された時には小学校3〜4年でしたが、「やっとこの日がきたか!!怪 獣ファンをやめなくてよかった」と死ぬ程嬉しかったのを覚えています。
ほとんどのゴジラ映画はテレビの再放送で観れましたが、いつまでたっても「初代ゴジ ラ」がみれなかったので小学生としては破格の買い物22000円のビデオテープをクリ スマスに買ってもらい、ビデオデッキのある祖母の家に毎日のようにおしかけて観ていた ものです。
でも唯一幸運だったのは「海洋堂」や「内田模型(イノウエアーツ)」などが自転車でい ける範囲内にあったことです。これらの怪獣キットを怒濤のように買い集め改造を繰り返 すうちに、いつしか怪獣原型師になるぞと思っていました。そして今年、この不景気に4 年つづけた企業の専属デザイナーを辞めて、結局怪獣原型師になっている自分をみると、 やっぱり俺は一生怪獣と離れられないんだなぁ




祝二十郎さん
2000/06/23 00:00

いわいにじゅうのすけ

ボクのヰタ・セクスアリス(笑)

ボクが生まれたのは昭和39年ですが、この当時ってのはすでに空気のように当たり前に怪獣たち が子供文化の中に存在していましたね〜。
ボクもご多分に漏れず、幼少期には「怪獣総進撃」のスチールを中心とした怪獣の絵本などを貪る ように読んでいた覚えがあります。丁度TVでは「光速エスパー」や「怪獣王子」をやっていたの を覚えています。
実際に怪獣をスクリーンで初めて観たのは「オール怪獣大進撃」でしたが、それまでにすっかり「 怪獣好き」の要素は出来上がっていましたねえ。

しかし、その後小学生に上がったとき、ボクの世代ならばみなそうであるように、あの「仮面ライ ダー」に始まる変身ブームにすっかり舞い上がってしまったのです。
もちろん並行して特撮怪獣モノも見ていましたが、「帰ってきたウルトラマン」はちゃんと見てい たけど「ウルトラマンA」は「変身忍者嵐」のためにろくろく見ていなかったという溺れぶり(笑)。 この頃放映された変身ヒーローものは殆ど見ていたと思います。
この「等身大変身ヒーロー」ものに対する想いというのは今でも根強くあります。もっとも頂点は 「宇宙刑事」シリーズで止まってますが(笑)。

またボクの小学生当時というのは、TVでやたらと特撮怪獣映画の類を放映していた時代で、この 「TVによる洗脳」がその後の人生に大きく影響を与えてしまっているかも知れないっす(^_^;)。

その後訪れたアニメブームに翻弄されて、一時期怪獣映画の類からは遠ざかっていたのですが、大 学に入って、その頃リリースされはじめた昔の怪獣映画や特撮TV番組のビデオを見るようになっ て再び「怪獣好き」の熱が盛り返してきたように思います。 時期的には、特撮が一番寂しかった時代なんですが・・・(笑)。

その後は、「ゴジラ(84)」以降すっかり戻ってきてしまったのが、今のボクの怪獣人生でしょ うか。しかし、怪獣もアニメも、変身ヒーローも等価値で好き、というのが本当のところですね。 結局、昭和40年代に体験したことがその後の全てに影響を与えているんです(^^)。




くもんガさん
2000/06/21 19:08

くもんガ

後悔、先にたたず・・・ッてか!(^^;

「怪獣人生を振り返って」ですか?
私の場合はGKの存在自体を知ったのがまだ1年半ほど前のことなので この世界ではまだまだ新参者で語るような知識も経験もありません とにかくHJで酒井氏の「ゴジラ対キングギドラ」、例の巻まきポーズを 見てブッ飛んだのが始まりでした
(これが大きな落とし穴だったんだよな〜、いま思うに(笑))

子供の頃の一番強烈な印象として残っているのは小学生の低学年の頃 映画教室(授業の一環として全校生徒が講堂に集められて映画鑑賞)で 「キングコング対ゴジラ」を観たことですね
とにかくメチャクチャ面白かった!一緒に映画を観た同級生たちの顔は忘れても コングとキンゴジのお顔は忘れられません(爆)

私は「東宝チャンピオン祭り」の原体験世代ですがガバラを最後に引退しました(笑)
子供心に「学芸会じゃネエぞー!」、「子供騙しはヤメロー!」、みたいなあ〜(^^;
まあ、そのころには充分にヒネたガキだったんでしょう(笑)

TVの世界ではなんと言っても「ウルトラQ」ですね
白黒でしたがエラくリアリティがあって見るたびに不安になってた印象があります
あとは「ウルトラマン」からお決まりの「セブン」ですがもうその頃には「「セブン」は もうイイかあ、ブタ鼻だしなあ・・・、」って感じでしたね

アニメは「鉄腕アトム」、「鉄人28号」、「8マン」、それに皆さんと同じように 「サンダーバード」なども見てましたが中学生になるとマンガの世界に魅せられて 望月三起也やモンキーパンチの猿マネでマンガ書いてました
もうその頃からは完全に怪獣離れをしてしまい その後成人してからの趣味も 釣り、ダイビング、狩猟、熱帯魚、写真、etc、etc・・・・・と

今考えるとイノウエアーツなんてその頃知ってれば3つずつは買ってたのに(爆) な〜んてね(笑)、悔やまれてなりまっしぇん!(^^;

今は少ない小遣いの中から遣り繰りしてチマチマとキットを買うのが精一杯、 それでも足りないので身を削るようにしてYahooのお世話になってます(笑)

それではお次の方、どうぞ〜〜〜〜!




たじまんず@赤い悪魔さん
2000/06/24 03:49

たじまんず@赤い悪魔FromJ2

私も...

私は昭和38年生まれです。私の初体験は..おそらく『ゴジラの息子』だと思います。
..思いますというのは..今..自分の子供たちにしていることと同じように..
両親が.何故か『ものごころ』つくかつかないうちに私を怪獣映画に 連れていったらしいのです。貧乏だったのですが..アパートの表の近くの 立て板に映画の告知ポスターが常設されていまして. その関係で映画の券がもらえたらしいのです。子供を連れてみる映画というと ファミリー映画..で怪獣映画の洗礼を浴びたのでした。東宝と大映には御世話になりました。
ギロンと妖怪大戦争を観たときは..ダイモンが血をすするシーンが恐くて..母の胸に顔を うずめて..シーンが終るのを聞きつづけました。
ウルトラQから始まるTV特撮は.確かに好きではあったのですが.. 子供心に..これは『円谷特技プロ』が作ったのであって 円谷英二が作ったわけではないし..とか..
似たような怪獣ばっかり出てくる(流用とは意識せずに)..
怪獣のシーンが重厚ではない(撮影スピードのことは知らずに)..

けっこうヒネタ幼稚園児でした。とにかく怪獣は映画が本道と決めていましたから.. (今でもそうなのですが...(笑))

金がないので.プラモやおもちゃなどは買えずにブロマイド収集が主でしたが..
友人がGetした『怪獣総進撃の全怪獣勢揃い』のが欲しくて..『メフィラス星人』と交換した 思い出があります。友人の靴屋のBGMに『ガメラマーチ』を流したり..
ソフビが買えるようになったのは小学4年生からです。
中学1年生でゴジラは一度終焉を迎えるのですが..とにかく鑑賞は必ず初日で..
2回,3回続けて観て、そのまま夕方6時ぐらいまで観倒しました。
つきそいで来ていた母も音を上げて..小学3年からは1人で映画館へ行くようになりました。
映画館へは『映画』を観るためあって..『まんが映画』を主としている 東映にはしばらく見向きもしませんでした。(Z対デビルマンまでは..)

そうこうしているうちに..ヤマトの大ヒットでアニメファンを公にしていくのですが..
『ファンタスティックコレクション ウルトラマン、セブン、Q』や、 『OUT』などで知った「伊福部昭の世界」のLP..そして高校受験前に 市全体のレコード店で当時1枚しかない「ゴジラ」LPの発見、高校受験日まで我慢して テスト直後に購入し、合否発表に日には「ゴジラのテーマ」を聞いて向ったという..
嘘のような本当に話し。

そのまま第3次怪獣ブームとなり..各種ムック本もいろいろ出て うれしかったのですが..ビデオもない時代で..ゴジラは復活しないまま終ってしまいました。

特撮系最後のチャンピオン祭り..「地球防衛軍」や「ドラえもん」併映の「モスゴジ」も 観ましたが..スクリーンのカーテン上部にひっかからないように仕切りにしているのは 「オリジナル・キンゴジ」超巨大看板でした。十数年以上そこに存在しているのは 知っていましたが..今では劇場縮小で無くなってしまいました。欲しかったです。

並行してガンダムに熱中しましたが..上京して..ANで怪獣映画が上映されていると わかったのは..友人が部屋へ持ってきた「ぴあ」何気でめくったページに「メカゴジラ」の 写真があったのを見つけたときです。「そうだった..故郷ではキネ旬の映画AN広告ページに 時々載っている特撮映画特集にいつも舌打ちしていたんだった!」

..でも上映日は一週間前の土曜日でした。2週間後..浅草東宝へ向ったはずが 間違えて渋谷東宝へ..割引がきかない時点で気が付けばいいものを気が付かずに30分ぐらい 「エレファントマン」を観てから..時間オーバで気が付き..夜の六区街を疾走して 巨大スクリーンに..初めて遭遇する電送人間にめちゃめちゃしびれました。
そこから..2,3年は至福のときでした。磁気立体音響版のゴラス&世界大戦争も観られたし ゴジラも復活してから..一般映画も観るようになったし..

で..実は..近年一度卒業しているのです。怪獣映画に..「vsスペースゴジラ」で失望し、 「ガメラ」で熱狂し..「vsデストロイヤ」で..ゴジラも死んだし..
二度と東宝怪獣映画は観るまいと決めていたのですが..うちの子供が1歳から..
暇つぶしで見せていた怪獣映画にはまり..2歳0ヶ月で..
まったく観る予定もなく..国際映画祭も行かなかった「モスラ」を見せることになり..
現在に至ります。

もちろん長男(6歳)も長女(3歳)も怪獣映画大好きです。(大笑)




どん亀さん(パチモン・マン)
2000/06/22 03:11

パチモン・マン

では、私も

私も昭和32年生まれでして、5才の時に観た「キンゴジ」がその後の全てを決定したようなものです。
もちろんそれでゴジラのファンとなり、ガメラにもガッパにもさらにギララにまではまりました。
皆さんと違うのは恥ずかしいのを我慢して「メカゴジラの逆襲」を劇場で見送ったことぐらいかな。
当時共稼ぎで貧しかった家の生まれである私には両親が買ってくれた怪獣図鑑が宝物でした。
同級生の子が持っている怪獣おもちゃを横目で見ながら、私はその図鑑に載っている怪獣を 全て画用紙に描き、それで遊んでいました。
「鉄腕アトム」「鉄人28号」の洗礼も受けた私は当然「漫画家」になりたいと思いました。 しかし、上には上が・・・。
「自分には才能がない」ことをすでに小学生で知ってしまいました。
しかし絵を描くことの楽しさを教えてくれたのは間違いなくゴジラでした。
おかげで(?)この年になってもゴジラの絵は描けます。
それが「何の役にたってるのか?」といわれると苦しいのですが、 医学部に入った後のスケッチ実習ではその才能は一応活かせたかなあ。

私がプラモにはまったのは中学生〜高校生時代でして、いわゆる「ジオラマ」って いう楽しみがクーローズ・アップされた頃。
私の秘密のおもちゃ箱にはまだ当時のプラモが眠っています。
http://www.interq.or.jp/green/dongame/PANTZER.JPG

ゴジラ万歳!
プラモ万歳!!(笑)


パオパオさん
2000/06/22 02:17

パオパオ

お題

もろ、第1次怪獣ブームの洗礼を受けた世代です。(S32年生まれ)
キンゴジ、モスゴジあたりから始まって、地球最大や怪獣大戦争で怪獣熱もピークとなります。
小4の時、TVでのウルトラQ放映開始に狂喜乱舞しましたが、映画の方は、「ゴジラの息子」あたりから 面白くなくなり、総進撃で卒業してしまいます。
ウルトラシリーズも印象深いのはセブンまで、怪獣からSFに興味が移り、怪奇大作戦のダークでアダルト な雰囲気にひかれていました。
その後、84ゴジラの時も気になって観に行きましたが、ゴジラ造形にイマイチ乗れず不発に終わります。

本格的に病気が再発したのは、92〜93年ころからです。映画は「VSモスラ」から映画館に戻りました が、起爆剤はガレージキット。もともと子供のころからプラモデルを不定期に作っていましたが、HJ誌の EXで酒井氏の平成ゴジラに出会い、造形作品としてのリアルなゴジラに一気にはまってしまいました。 96年には、ホームページをアメリカのコミュニティに開きましたが、ゴジラのGKがメインとなり、その 後は、皆さん、よくご存知?の状態です。
まあ20年以上の潜伏期間を経て怪獣熱が再発したわけですが、子供の時に受けた怪獣との出会いは、正に トラウマだと思います。



ひろうすさん
2000/06/22 15:08

ひろうす (sinto@nifty.com)

あまり記憶にないのですが

私の場合、自分の怪獣人生をちょっとカッコウつけて言うならば 生まれてから怪獣好きになったというより怪獣の中に生まれてきたと いったところでしょうか。
昭和38年生まれの私には 3歳年上の兄がおり、もちろんあの時代の子供の例に漏れず怪獣好きで 色々と両親に買ってもらっていたようです。
兄の話では父がゴジラとペギラのソフビ人形を買ってくれたとき 私はゴジラのほうが欲しくて泣いて大暴れしたが、結局兄に取られたのだとか。
そのペギラは「落書き怪獣」と言うもので、真っ青な成型色のソフビに自分で色をつける というものでした。ペギラに色を塗った事はかすかに覚えているので、 それが一番古い怪獣の記憶ということになります。
その後はまあ普通に?怪獣漬けの子供時代をすごしていたわけですが、 最も感動した怪獣映画は東宝チャンピオン祭りの「キングコング対ゴジラ」 付き添いの母親が「有島一郎があんなに若いなんてこれは本当は凄く古い映画やで。」 といっていたのを覚えています。
動物好きでもあった私はメカよりも生命体である怪獣のほうを上位に置いていて ロボットにはさほど熱中しなかった記憶があります。
その後、大学生の時「特撮大会」において個人製作の「ウルトラガン」を購入し 個人で量産するモデルというものがあることを知りました。
そのウルトラガンの作者であった源野氏が友人の知人であったという縁から知り合い ガレージキットの製作というものを教えてもらい、いろいろと手を出すわけですが 現在はそれらキットの製作からは手を引いております。
しかし、それから長い年月が経ち今女房と子供二人を持った親父である私ですが、 この趣味ばかりは やめられまへんなあ…という感じですね。




メカゴジラさん
2000/06/21 19:11

メカゴジラ

僕がはまったのは・・・・・

どうも、メカゴジラです。
自分の記憶の中では、幼稚園のころ アントラーのソフビ人形で、遊んだ記憶がありますし 怪獣図鑑も買ってもらった記憶あります。
劇場で見たのは、ゴジラ対ヘドラですね。
でもその時期は、変身ブームのまっただ中で、ゴジラよりも 仮面ライダーに、夢中になってたっけ。
バロム1、嵐、ザボーガー、などなど、みまくっていたなぁ スベクトルマンよりも、ゴリのほうが、気になったり・・・・・
でも、だんだん特撮番組がなくなり とうとうライダーシリーズや、ウルトラシリーズが終わった時は なんか悲しかったな それがちょうど小学6年ぐらいで それから、中学3年ぐらいまで、ブランクあり。
中学3年の昭和54年ぐらいから、ゴジラ復活ってすこしずつ もりあがってきて、また特撮関連の雑誌を、買い始めて それから、また火がついてしまい 何回か特撮オールナイトにいくようになり 怪獣ガレキにはまり 今にいたってます(^^)
ゴジラ映画子供のころ、見たのは、ゴジラ対ガイガン ゴジラ対メガロぐらい で、大きくなってからですね 他のゴジラ映画ふくめ 東宝特撮黄金期の作品 を、劇場で見たのは・・・・・ ゴジラ復活フェスティバル1983も行ったなぁ。



フラー(gvsg)さん
2000/10/19 00:01

gvsg 沖縄の怪獣フラ−

 始めまして、沖縄の怪獣フラ−です。

「フラ−」とは、沖縄方言で「きちがい」を意味します。 怪獣好きになって、もう36年になります。一番最初に見た怪獣映画は、「海底軍艦」でした。 でも、幼な心の記憶に残っているのは、「轟天号の試運転の際の湖面から上昇」するシ−ンと「ム−帝国へ突撃した時に城壁を轟天号のドリルが、貫く」シ−ンだけでした。後年、池袋の文芸座の深夜ロ−ドショ−やビデオでやっと確認しました。その次に見た映画によって怪獣病に感染したのが、「モスラ対ゴジラ」でした。同時期に始ま ったウルトラQの「ゴメス」と相まって、マルサン商店のソフビ怪獣≪その当時は、1ドル=3 60円の固定相場制のもと、ソフビ怪獣は、1個1ドル20セントで売られていた。その当時 新卒の教師の初任給が20ドルでした。映画は、ちなみに25セントだったと思う。≫にはま っていきました。まだ、その頃は、「ウルトラシリ−ズ」に沖縄出身の方が、貢献しているとは、しりませんでした。「ウルトラセブン」に登場した「チブル星人」に至っては、本土でも、「頭」のことを「チブル」という共通語だと信じていました。後年、朝日ソノラマの「ファンスタティクコレクショ  ン」によって、「金城哲夫」氏と「上原正三」氏の大きな存在をし知りました。それは、金城氏が 亡くなった後でした。その時は、大きな驚きと大きな落胆を受けた記憶があります。なぜなら その時分は、金城氏は、沖縄に帰郷されていたので、海洋博覧会等で活躍されておりましたか ら、面会したいと思えば、会えていたかと考えると至極残念でした。
本日は、ここまで


もんすけさん
2001/03/05 22:04

もんすけ


改めて、

みなさんのを読ませていただいてたら、 自分はいつ、どうやって怪獣好きになったかを、ちょっと 検証してみたくなったのですが・・・

一番古い記憶から順にたどっていくと、 幼稚園に上がるか上がらないかの頃に、テレビで見た怪獣映画が 最初の記憶なんですが、(怪獣大戦争と大怪獣ガメラ、だったハズ。)
そのとき既に、自発的にそれを観ようとして観た記憶があります(笑)。

一番降古い記憶がそこだとなると、最初の出会いがどこでどうなってるのか 全然わからない(笑)。

僕は、生まれが昭和45年で3歳年上の兄がいたので、怪獣ブームの渦の真っ只中で、 兄が観る怪獣モノを横でずっと観ていたらしいんですね。
1歳から3歳までの、人間が一番大事な時期に怪獣しか観てなかった可能性が(大笑)。

なので、恐らく物心つくのとほとんど同時に受け入れてたのではないかと。
怖いですね、刷り込み(笑)。

以降の記憶といえば、 たの幼かなにかの「メカ逆」紹介記事を観て興奮した記憶や、 (連れていってもらえませんでした(笑))、
当時の昼の子供番組(たしか「ワンツージャンプ」だったと思う)の 提供がブルマァクで、中CMでジンクロン合金のCMが流れてて、 (映像はたしか「対メカゴジラ」)
それを見たいがために家まで猛スピードでダッシュしていた記憶。
(幼稚園から普通に帰ると昼過ぎてしまうので、なにかインチキして 帰っていたんでしょうね(笑))

でも、自分が主体的にモノを選ぶ年頃になったとたんに 特撮ブームが去って、以降は万年飢えに苦しむことになります(笑)。
怖いです、刷り込み(笑)。

初めてスクリーンで観たのは、どっちが先か、記憶があいまいなんですが、 市民祭りのイベント上映での「南海の大決闘」と、 東宝チャンピオン祭りの「地球防衛軍」です。

「南海の大決闘」の大らかさ、無邪気さが本当に楽しくて、 かたや「地球防衛軍」の壮大なイメージに圧倒されたり。
この2本に、人格形成の重要な部分でかなり影響を受けていることに、 最近になって気づかされました(笑)。

予断ですが、当時手元にあった図鑑類にモゲラ2号機の情報がなかったので、 興奮して周りに「2号機の最後」を自慢げに吹聴したりしました(笑)。

そしてとどめが旧日劇の「ゴジラ大全集」でした。
小学校の三年くらいで、たまたまその時東京の親戚のところに来ていたので、 連れていってもらうことが出来ました(昼の部だけ)。

この時の衝撃がいかに凄かったかというと、 本編前のCMがナショナルの電池だったとか、 食べたサンドイッチのこととか行き帰りの電車のこととか、 異常なくらい記憶が鮮やかなことです。
(この件に限らず、通常は昔のことをすぐ忘れる気質なんですけど。
怪獣がらみでないと途端に記憶があいまいに(笑)。)

この時、連れていってくれた親戚が、せっかく指定席を取ってくれたのに、 「前がいい」とか言って勝手に一番前の席に座って困らせたのも 覚えてます(泣)。

しかも、最近まで「怪獣映画は一番前」と固く決めていたというおまけ付(爆)。

このころの体験が、今の自分のベースになっているみたいです。


怪獣使い
2000/06/21 11:20

怪獣使い

テーマ:「怪獣人生をふりかえる」

 ぼくと、怪獣(映画)との初めての出会いは、小学校時代、(2〜3年生)の夏休み、実家(盛岡)に帰 省した折に見た「怪獣総進撃」でした。これは、かなり豪華な映画でなんと、怪獣11匹が大暴れ(暴れて ない怪獣もいたが)、いろいろな怪獣の名前や、得意技、出身地などを考えるうちに、すっかり怪獣にハマ ってしまっていたんです。

 それまでにも、「ウルトラQ」や、「ウルトラマン」などにも興味を持っていましたが、大画面で見る怪 獣映画ほどには熱くなってなかったように思えます。どちらかというと「サンダーバード」が好きでした。 ぼくでも、「ウルトラQ」「ウルトラマン」の時代は、まだ幼稚園のころだったと思います。まあ、まだ、 怪獣の魅力に目覚めていなかったのかもしれません。

 しかし、小学校中学年〜中学校時代は、怒涛の怪獣時代でした。「ゴジラ対ヘドラ」に燃え、「帰ってき たウルトラマン」にかじりつき、メカゴジラのあまりのかっこよさに口をあんぐりあけ、ミラーマン、スペ クトルマン、シルバー仮面、ファイヤーマン、ジャンボーグA・・・。(初代「ゴジラ」はNHKのテレビ 放送で初めて見ました。)ああ、夢のような怪獣時代よ・・・。しかし、ゴジラも「メカゴジラの逆襲」を 最後に打ち切られ、みんなはスポコンアニメや、森田健作(?)ものを見るようになり、気がついたら、ヒ ーローたちも姿を消し、ぼくもいやおうなしに「卒業」をしてしまったのであります。

 それから、約10年、それでも怪獣映画が忘れられなくて(「スターウオーズ」「エイリアン」の影響も あったんですが)ぼくは、映画学校に入学しました。どこかで、怪獣たちとつながっていたいという気持だ ったんです。特撮の仕事はできなくても、映画というジャンルにいることさえできれば・・・という感じで しょうか。映画学校時代、自主上映会で見た「キングコング対ゴジラ」のおもしろさよ!こどものころテレ ビで見たときとは全然違う感覚で見ることができ、このころのゴジラって、大人も子供も楽しめるほんとの 娯楽作品なんだと、改めて知ることができました。そのときから、怪獣熱が再燃し、復活「ゴジラ」〜復活 「ガメラ」〜「USAゴジラ」〜「ゴジラ2000」と、あの日の栄光よ再びという感じで、怪獣ファン人 生がまっしぐら!なわけです。たしかに、この歳で、再燃?と思う人も多いかもしれませんが、考えてみれ ば、あのころ怪獣に燃えた世代が、いま、社会を支え、怪獣映画を作っているわけで、そんな仲間を応援す る意味や、夢を共有したいと言おうか、そんな部分もあるわけです。(もちろん、自分自身、怪獣を楽しみ たいのもあります。)このファン熱が、これからどこまで続くかわかりませんが、いまは、こんな自分を楽 しんでみたいと思っておるわけでなんですわ。しかし、復活「ゴジラ」(84)からのファン熱は、そうと うしぶといよな。もう15年以上続いているわけだし(^^)。