ずっと、大勢の中の1人だった彼女を
「特別」に感じ始めたのは、いつ頃からだったろうか。

気がつくと、俺は彼女を探すようになっていた。
出来るだけさりげなく・・・視線を流して、彼女を見つけるとなんとなくホッとした。
それでも、やはり周りが気になって、どうしても自分から声はかけられない。
はがゆくて、情けない思いが随分と長く続いていたように思う。


『出会い』は唐突に訪れた。

プライベートで飲みに行った帰り(珍しく1人だった)突然の雨に
店先で軽く舌打ちをした俺に、傘を差し出してくれたのが彼女だった。

「君・・・?」

さすがに驚きを隠せない俺に、彼女は今にも泣きそうな笑顔を浮かべ
小さくかぶりを振った。

「偶然なんです・・・待ってたんじゃなくて。信じて頂けないかもしれませんけど・・・」
彼女から段々笑顔が消えて、涙声になってゆく。

「信じるよ」
「え・・・?」

俺を見上げる彼女の潤んだ瞳。
この時・・・俺ははっきりと、彼女に恋したのだと思う。

「行こうか?」

俺は、彼女の傘を差し、雨の中へ踏み出した。
躊躇する彼女の背中にそっと手を添えて・・・。




あの『出会い』から数年・・・。

忙しい仕事の合間を縫っての、慌しい逢瀬。
周囲に繰り返される小さな嘘と、幾重にも折り重なっていく秘密。

ある日、愛し合った余韻の残るベッドの上・・・俺の胸の中で
彼女は小さなため息を漏らした。

「どうしたの?」
「何?」
「今、ため息、ついただろ?」
「そう・・・?」

その微かなため息は、彼女が自分でも気づかないほど無意識に零れたようだった。

「空耳かな・・・」
「疲れてる?」

小首を傾げ、心配そうに俺の顔を覗き込んだ彼女が
可愛くて愛しくて・・・思わず抱き寄せたあの夜。

俺も彼女自身も、小さなため息の意味をそれ以上探る由はなかった。


愛していた。
それゆえに不本意についた嘘もあった。

今思えば無責任な、おぼつかない約束もした。

『いつか必ず、一緒になろう』
「いつか・・・?」

そう呟いて、不安気に揺れる彼女の瞳を見ないようにして
俺は彼女を抱き締めた・・・強く・・強く。

いつからだろう・・・彼女の瞳から不安の色が消えたのは・・・。
代わりにそこに見えたのは、待つだけの愛に慣れてしまった哀しい瞳。

きっと・・・君は俺の知らない涙をいくつも流してきたに違いない。
そして、いくつもの1人の夜を耐えてきた・・・。

気づかなかった俺。
いや、気づかない振りをしていた俺・・・。




別れは・・・出逢いと同じ・・・突然に訪れた。

「ごめんなさい」とだけ記された手紙。
繋がらない電話。
返事のないドアの向こう側。

失ったものの大きさ、愛しさに、俺は気が狂いそうになった。
仕事だけが、救いだった。
がむしゃらに仕事をこなす毎日・・・。

思い出さない事・・・それが彼女を忘れられる一番の方法だと思っていた。
離れていれば、会わずにいれば、いつか忘れられるはずだとも・・・。

けれど、思い出さずにはいられない。
どんなに時間が流れても、俺は彼女を忘れる事が出来なかった。


彼女が去ってから初めての誕生日。
盛大に祝ってくれた仲間達を店の前で無理矢理タクシーに押し込めて
俺は1人になった。

少し、歩きたかった。
何年ぶりだろう・・・部屋で俺の帰りを待つ彼女がいない誕生日が
例えようもなく寂しくて、すぐには帰りたくなかったのだ。

気持ちよく酔ったはずの頬も、秋の夜風に撫でられると
途端に色を失って醒めてゆく。

俺は、アスファルトにため息を落とし、俯いたまま、ゆっくりと足を踏み出した。


『え・・・?』

小さな影に気がついて顔を上げると・・・驚いた事に俺の前に彼女が立っていた。
俺を見る目が、あの『出逢い』の時のように潤んで震えている。

「君・・・?」
「偶然よ・・・。待ってたんじゃ・・・」

・・・彼女の声は俺の胸の中に消えた。

「分かってる・・・。今夜は、俺が迎えに来たんだ・・・」
「えっ?」
「約束しただろ?いつか一緒になろうって・・・」

俺の腕の中で、彼女がそっと顔を上げる。
けれど、その目はまっすぐに俺を見ようとはしなかった。

「信じられない?」

定まらない視線のまま、彼女は微かに頷いた。

「偶然だもの・・・」
「運命だよ・・・2度目の出逢いは、偶然じゃない」
「運命・・・?」

聞き取れないほどに小さな呟きだった。

「ずっと、忘れられなかった・・・。君だけを想ってた」

自分でも意外なほど、俺は素直になっていた。
けれど、彼女はその小さな掌で俺の胸をそっと押して後ずさりしてしまう。

「私は・・・怖かったの」
「怖かった?」
「あなたに少しずつワガママになっていく自分が見え始めて・・・
このままだと、いつかきっと、嫌われてしまう気がして・・・」
「間違ってるな」
「え?」
「君が思ってる以上に・・・俺は君のことを愛してる」

俺を見る彼女の目が、驚きで丸くなった。

「だから・・・ワガママも許せるし、困らせたって構わない。
そんなことで嫌いになったりはしないから」

彼女の丸く見開かれた目がみるみる潤みだす。
小さく鼻をすすって、彼女は泣き笑いの笑顔を見せた。

「そんなこと言って・・・後悔しても知らないから・・・」
「しないよ」
「でも・・・」
「後悔なら、嫌って位にしたさ。君が、俺の前からいなくなった時に・・・」

そう言って、俺は強く唇を噛んだ。
不覚にも泣きそうになっている。
目を閉じて涙を堪えていると、何かが頬に触れた。

彼女の指先だった・・・。
俺が目を開けると、慌てて手を退こうとする。

「怖がらないで・・・俺を信じて」

俺は彼女の手を取り、もう一度胸に引き寄せた。

「もう・・・離さない・・・」

俺の胸の中で、彼女が小さく頷いた。


今夜が、2人の本当の出逢い。
約束の夜になる・・・。






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2004.9.30 up
この小説は、お友達のKazu様のサイト『 Dream Again 』キリ番GET記念に頂いたものです♪
どうも有難う〜〜〜\(^0^)/ >Kazu
とっても素敵なお話なので、よろしければお読み下さいませ。
もちろん男性のイメージはヒガシ君で、女性は・・・ねッ(^m^)(笑)

「 Promised Night 」