おかしい ! 虚しい!!!!!







この新幹線は大宇宙を秒速20万kmで等速直線運動してる ものとします。新幹線の中には空気が充満しており、新幹線の外は 真空です。新幹線の中と屋根の上から同時に光を発射しました。 駅から見てる観察者にとっては、屋根の上の光は光速に見えますが、 中から前に発射した光は空気中の光の速度秒速29万8000km+電車の 速度20万kmが足され秒速49万8000kmに見えます。

光速不変の原理とは、真空中限定の理論であり、このように、 空気等の媒体の中を進む光については適用できないのです。 正に荒唐無稽、支離滅裂な理論というしかなく、空間を縮めたり、 時間を遅らせ、それを執拗に計算するということが、どんなに虚 しいことかを、このアニメをじっくり眺めながら空想してください。



特殊相対性理論は次の二つの原理を元に構築された。

[1]特殊相対性原理:物理法則はすべての慣性系で同じ形に表される。 言い換えれば、全ての慣性系は物理的に等価である。

[2]光速不変の原理:真空中を伝わる光の速さはその光源の運動や観測者 によらず一定であり、宇宙においてこの速度を越える物は存在しない。

真空中を伝わる光の速さは光源の運動や観測者の運動によらず一定である というのが光速不変の原理である。つまり真空中に限定された原理で あるということである。空気中等では宇宙線やニュートリノ等の方が 早い場合があり、そんなときに出現するのがチェレンコフ光である。 空気中などでは宇宙線やニュートリノ等の方が光よりも早いわけであり、 誰から見ても光の速さは変わらず光よりも速いものは存在しないという 光速不変の原理は通用しない。

空気中で行われたマイケルソン・モーレーの実験結果を受けてアイン シュタインは光速不変の原理を作ったのであるが、これは理論的にどう 考えてもおかしいわけである。そして電車の中で発射 された光は誰から見ても一定であるという理論は理屈としては合わなくなる。 つまり電車の中は空気が充満してるわけであるから真空中に限定された原理 である光速不変の原理は適用できないはずである。電車の中は空気が充満し ているし、地球上であれば電車の外も空気が充満しているのである。そういう 環境で光を発射し、誰から見ても光の速度は一定であるというのは理論的に 間違っていることになる。現実に宇宙線やニュートリノ等から見れば光の 方が遅く見えているのだから、誰から見ても同じ速度に見えるということは 空気等の媒体の中では有り得ないということになる。光速不変の原理とは、 光速と同じ速度で人間が走ってもやはり、光は光速に見えるということで あるが、それは真空中の話である。空気中では人間や宇宙線等が光速で走れば、 光は光速以下の速度で走ってるように見えるのである。つまり光速不変の原 理は真空中でしか通用しない理論であるということになる。宇宙といっても、 宇宙船の中も真空にしないと通用しない理論であるということになる。

今まで延々と本やサイトに書かれてきた説明は一体何だったのか、空気中の 電車や空気が充満した宇宙船などは全て無意味であったということになる。 光速不変の原理は空気中では通用しない原理であるということは明らかに されたが、これが真空になると、いきなり人間が光速で走ろうと光は光の 速度で走るように見えるというのは明らかにおかしい話である。そんな 超常現象のような現象はこの世には存在しないし、存在するわけがない のである。架台が収縮するという理屈は元々マイケルソン・モーレーの 不可解な実験(方向による光速の違いは発見されなかった)を見てローレンツ が言い出したのであるが、その話を聞いてアインシュタインが真空中でしか 通用しない光速不変の原理を作ったのである。マイケルソン・モーレーの 実験は空気中でしたにもかかわらず、真空中でしか通用しない光速不変の 原理を作るというのもおかしな話である。

何故そのことに当時の物理学者は気が付かなかったのか、これも本当に おかしな話である。恐らく当時は空気中も真空中も光は同じ速度で走ると 考えられていたのであろう。そう考えればそれほど不思議なことでも ないということになる。しかし、現在では空気中は屈折率が存在すると いうことはハッキリしており、考えを改めなくてはならない時期に来て いるのである。しかし、未だに現在の物理学者でさえ、レーザーに よって延々と空気中で実験をしており、方向による光速の違いは発見 されない。だからアインシュタインは絶対正しいのであると言って いるのだ。屈折率の存在を認めながら実験方法を変えようとしないので ある。これではいつまで経っても方向による光速の違いは発見されない はずである。さらに言えば、マイケルソン・モーレーの実験は、 ガリレイの相対性原理の結論である、見かけとして慣性系と静止は 区別出来ないということを考慮すれば、空気中の実験であるということ も合わせて考えると、方向の違いによる光速の違いはないのが当たり 前なのである。このようにアインシュタインの光速不変の原理はおかし いところだらけであり、間違っていたと結論するしかない。












これでも、あなたはまだ相対論を信じますか?

重ねて言いますが、アインシュタインの相対性理論は ガリレイの相対性原理を土台にして構築されたのです。 そのガリレイの相対性原理は慣性の法則の結論の一つである、 静止と等速直線運動は区別できないという、結論から構築された のですが、そもそも慣性の法則はニュートンの運動の法則の 第一の法則であり、歴史的に言ってもおかしいものです。 ガリレイの相対性原理のほうが、先に出てきたはずであるにも かかわらず、ガリレイの相対性原理は慣性の法則の一部の結論を土台にして できているのです。私はガリレイの相対性原理はガリレイが 作ったものではなく、ニュートン以降の科学者・物理学者が勝手に作った ものではないかと密かに思っているのですが、違うでしょうか?

それはともかく、静止と等速直線運動は区別できないということは、 静止は等速直線運動であると言い張ることもできますし、等速直線運動は 静止であると言い張ることもできます。要するにどんなことでも できてしまうということです。そして静止を二重に重ねて出来てしまった のがアインシュタインの特殊相対性理論なのです。

等速直線運動は静止なのだから、静止系から光を発射しても、等速直線運動 系から光を発射しても、同じ速度になるはずだとしたのがアインシュタイン の特殊相対性理論です。しかし、マクスウェルの電磁気学をガリレイの相対 性原理に当てはめれば電磁波の速度は変わってしまう。それなら、どんな ことがあっても電磁波の速度が変わらないようにすればいい。物質は 進行方向に縮み、時間も遅れるとすれば、電磁波の速度は変わらない。 これが、特殊相対性理論です。本当に滅茶苦茶な理論です。





あなたはこれでもまだ相対論を信じますか?

















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