『にっぽん 虫の眼紀行』書評
ドラゴンの眼と虫の眼

評者:中国文学者 吉田富夫
京都新聞(夕刊)平成11年1月18日
「現代のことば」


中国人の若い友人毛丹青君が最近上梓した《にっぽん虫の眼紀行》(法蔵館)にフレッシュな印象を受けた。この本は、在日十二年になる中国青年の毛君が、日本各地を歩いて日本語で書いた紀行エッセイであるが、魅力の源は題名にもある<虫の眼>である。このあたり、多少説明がいる。

一九六二年生まれの毛君は、文化大革命の後半期を小学生として《毛沢東語録》を暗唱し、紙に書かれた文字を現実と思って過ごした。文革収束後、大学を経て哲学研究所でマルクス主義理論を研究するようになったが、「そのころは話題になるのも、国家や民族の大問題で、皆は討論に入ると、何らかのかたちで代弁者のようなものに変身してしまう。まるでドラゴンの眼から見た世界のようで、人間の正常な視覚より何倍も大きな物ばかりが映っている」そんな毛君は、日本での留学生活を終えたのち、考えるところがあって日本の民間会社を二つばかり経験したのち、いまは大阪の旅行会社に籍を置いて日中文化交流の仕事に携わるかたわら、文筆活動をつづけている。

この間、旅行好きな彼は、ビデオカメラを片手に名勝、名山、名水、寺院から村人、漁師などの市井の家々を訪ね、「ほとんど人目を引かないような小さな事からも日本人を念入りに観察」することにつとめてきた。そうすることで、「体験から離れてしまっていた私の感性を、日本という現実の中でふたたび取り戻したような気がする」と毛君はいう。

こうして、神戸での震災体験を含むさまざまな日本体験が語られるのだが、それらは、大上段に振りかぶった<ドラゴンの眼>からではなく、小さな一隅に密着した若い中国人の<虫の眼>、その感性の声として届けられることで、独特の味わいを生む。「細やかな雨にあたりは煙り、桜は薄紅というより白に近く、霧雨の中でそこだけが一群の透明な明るさを見せている。時には雨に打たれて花が散る。しかし空気中には如何なる物音も残さない。霧雨が濃いと、水滴は花弁の一つ一つに溜まり、そこへ風が吹くと耐えきれずに花弁が次々と舞い落ちる」四月末の高瀬川の桜の描写である。“富士山・桜=日本人の心”といったパターン化された世界と、この文章との間に、どれほどの距離があることか。

「自分自身で体験し、肌で感じることによって、ひとつの国を理解しようとする人々が増えていくことを願っている」とも、毛君は「あとがき」で書いている。この言葉は、龍の国・中国からやってきた毛君の、虫の国のぼくら日本人(ほら、お互い虫の居所を気にするじゃないですか)に向けたメッセージでもある。









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