専修寺の朝
  『文芸春秋』平成12年4月号巻頭随筆に全文掲載・毛丹青

  日本には、海からほど近い場所にも多くの寺がある。ほのかに漂う磯の香りで海が近いとわかるのだ。前日に雨が降り、翌朝になって白い雲が残るような冬の日には、境内の木々の梢の鳥のさえずりもぐんと少なく、御影堂からの讀経の声がひときわ大きく感じられる。

  私がはじめて専修寺を訪れたときに目にしたのは、まさしくこのような情景だった。

  その旅で私の足が寺に向いたのは、いつもの好奇心からではなく、宿泊先の農家のおばあさんに引きつけられたからであった。そのときは不思議に感じられた彼女の日常生活は、後に日本人と接する機会が増えるにつれて理解できるようになったのだが、あの朝まで、私はごく普通の日本人の日常生活についてとりたてて深く考えたことさえなかった。 専修寺は、三重県の一身町というところにある。今からおよそ五百年前に、親鸞上人の所縁で建てられた寺で、高田教団の歴代の上人が居住するようになり、本山となった。また、一身田は本山とともに発展した寺内町でもあった。寺の近くに学校がある。生徒の制服は、寺の壁のような灰色で、太陽の下では時折きらきらと輝くことがある。おばあさんの家は学校の裏にあり、農業のかたわら木造の下宿屋を営んでいた。田んぼや畑に囲まれ、夏になると蛙の鳴き声が絶えないという。真冬の今、その情景を想像すると、心なしか暖かくなるような気がした。

  私が「旅のものですが、この二、三日泊まらせてもらえますか?」と尋ねると、おばあさんは親切に角部屋に案内してくれた。そして共同トイレと風呂場の場所を教えてくれながら、こう説明した。
「ここにはね、出稼ぎに来ている北海道の人たちが来るの。北海道は冬寒くて、仕事にならないの。このあたりに土木の仕事をもらって、かんばっているんだ。人はいいけど、酒癖が悪いでね、飲み過ぎると大声で騒ぎ出すもの。まぁ、お兄ちゃん、気にしないでね」

 その夜、おばあさんの言うとおり、酒の匂いをプンプンさせて男たちは帰ってきた。匂いが廊下に充満しそうだった。そして彼らが長靴を脱ぎ捨てる音は、まるで隕石が落ちたかと思うほど、ドカンドカンと大きく響いた。彼らの昼間の苦労が重い疲労に変わっているんだろう、やがて始まった酒盛りの騒ぎを気にしつつ、私は早々と布団にもぐった。  早朝、誰かが足早に廊下を通り過ぎる足音で目が覚めた。トイレにでも行こうとする北海道の男ではないかと思ったが、耳をすますとそれは下駄の音で、乱石に流れてゆく水のようにリズミカルだ。足音はなぜか急に私の部屋の前で一瞬止まった。おや、と思ったが、足音はまた響き始めた。不思議に思った私は、引き戸を開けてのぞいてみた。廊下を通りすぎたのはほかでもない、あのおばあさんではないか。彼女は、農家の人がよくかぶるような鍔広の帽子を被って、首にはタオルを巻き付け、専修寺のほうへ向かって歩いていた。

  おばあさんは念仏者のようだ。下駄の音は田んぼ道に消え、彼女の手首にのぞく数珠が光っていた。彼女の後について行こうかと思ったその時、廊下の向こうからまた、とことこと急ぐ足音が近づいてきた。今度は、下駄ではなく、陸上選手がゴム製の滑走レーンを踏み込んだような音。まさかと思ったが、それは夕べ酒を飲んで騒いでいた連中だった。彼らは、おばあさんの後ろを追うように、一陣のつむじ風のごとく遠ざかった。そして、彼らの腕にもまた数珠がみえた。

 私にとって、この朝の体験は神秘的だった。暗闇の中の幻覚よりも、むしろ曙光に照らされた彼らのきっぱりした足取りが神秘的に感じられたのだ。おばあさんと出稼ぎの男達は、専修寺に出かけていくときに何を思うのだろう。おそらくそれぞれ違う思いがあるだろう。しかし、仏に向かって念仏を唱えるその瞬間、彼らの間にきっと何らかの共感を得るに違いない。私は、それを想像しながら、急いで服を着た。彼らの後ろに続くつもりだったのだ。

 部屋を出て戸を閉めようとした時に、私は、足元に紫色の袱紗に乗せた数珠が置いてあることに気がついた。数珠は私になにかを語りかけてくるように見えた。きっとおばあさんがここで足を止めて置いてくれたに違いない。胸に熱い思いがこみあげてきた。私は数珠を握って急いで彼らの後を追った。

 田んぼ道に沿って歩いていくと、目の前に、昇り始めた太陽を背にした専修寺が現れた。朝焼けで大地は金色に染められていた。おばあさんと男達、そして四方から集まってくる人々は、寺に向かって、まるで赤い太陽の中に溶け込んで行くように歩いている……  御影堂に入ると、外の光が急に遮られたようで、視界が一気に暗くなった。しばらくたって、ようやく暗い御影堂の内陣のあたりに、白い光が射し込んでいるのがわかった。堂内の欄間、蛙股、長押、鴨居・・・・そんなものが次々と私の目に迫ってくる。

 そんななかで、念仏者たちは、数珠を片手に一心に念仏を唱えている。その数珠は、よく見ると擦り切れている。念仏が終わると、みんなが外へ出ていき、私もあとに続いた。みんなは家にもどって着替えて、それから仕事に出掛けて行くのだろう------- 私はなんの疑いもなく、そう思っていた。ところが、おばあさんも男達も、その足でそのまま仕事場へ向かって行くのである。

 そうか、この人たちにとって、念仏はなんら非日常なことではなかったのか。そう、その時、初めて私は気がついたのだが、その゛発見゛は、なにかすがすがしい思いへと私を誘うようだった。


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