(取材・文:毛丹青)
初めて日本に来て新幹線に乗った人の多くは、二つの印象をもつ。
これは私の直感にすぎないが、長年日本に住んでみた経験から言っても大きく外れてはいないだろう。
まず感じることは、新幹線に乗るときはたえず唾を飲み込んでいないといけないということ。
それもぐっと飲み込まないといけない。
とくに新幹線の発車後5分ほどの時速200キロを超えるあたりでは、車窓の外を飛ぶように流れていく。
景色もめまぐるしく入れ替り、耳鳴りがすると同時に視覚上にも気圧を感じる。
飛行機の場合は、窓の外に地上の対照物が見えないため自分がどこにいるかさえ分からなくなる。
なにしろ小さな窓から見える空は間近に見える機内よりずっと小さく見えるだけだから、
外と切り離されたような感覚になる。
それに比べて新幹線の両側に大きく開いた車窓は、逆に風景に包み込まれている錯覚をおぼえる。
我が家のある神戸から大阪を通って東京までは約3時間ちょっと、途中2つの有名な湖を通過する。
滋賀県の琵琶湖と静岡県の浜名湖だ。新幹線は一方に山を見、一方に湖を望み疾走する。
滋賀県と静岡県を通過するたび、私は山と川の景色の中に迷い込んだような気持ちになる。
異邦人にとってはこれもまた高速列車の醍醐味だろう。新幹線はただ高速の列車というだけでなく、日本の経済高度成長のシンボルになっている。
ここ何年か、その成長を続けた日本経済も下り坂だ。しかし訪問者、旅行者にとって高速のなかの山林河流を体験してみることは楽しみであるのに変わりない。
日本経済と「国土の大動脈」と呼ばれる新幹線はどのように発展してきたのか、そして日本経済を再建することはできるのか、
というような頭を使うテーマは学者たちに任せるとして、私は新幹線に乗って感じた二つめの印象について話そう。

厳密には、二つめの印象というのは、新幹線に乗って感じたというより新幹線を見て感じたことだと言ったほうがいいだろう。それは偶然のことだった。
夏の酷暑の真っ盛り、その年は街のあちこちで黒い日傘を見かけた。
日本のテレビによると、ここ2年ほど、太陽光線を遮る黒い日傘が日本人女性の間でたいへんな流行だという。東京駅が発祥の地らしいが、ホームには大きな屋根がついているのに、
テレビに映るセクシーな女性たちは
黒い日傘を手放そうとはしない。日傘なしでは流行に後れるとでもいいだけで、それは男の人が深夜でも漆黒のサングラスをかけているのに似ていた。
もっとも深夜のサングラスは人目を避けるためのものだが、黒い日傘の下で女性たちは腕を露わにしている。
黒い日傘は彼女たちのスタイルをほとんど覆い隠してはいないところを見ると、東京駅の女性たちは自分のファッショナブルなセンスを見せびらかしているのかもしれない。
日本のテレビはこんなことも言っていた。東京駅の新幹線ホームは車両の出入りが非常に多く、ピーク時には平均10分に1本の割で発着しているという。
新幹線の轟音をたてる先頭車両、車体から発散する熱気がレールの表面から立ち昇り、ホームに直接伝わってくる。
とりわけ無風状態の夏の日にはホーム全体が巨大な窯のようになる。黒い日傘が東京駅から流行したのは、新幹線にも大きな功績ありというところか。

新幹線について、上海テレビ番組のキャスターとして長野県知事田中康夫氏にもインタビュー(2002年12月1日長野県庁にて)
ここまでは、私の二つめの感想ではない。
東京駅で停車している新幹線を見ているだけではどうということもない。
もし新幹線を背景にしようというのならホームの一番前まで行き、線路のカーブした部分がカメラのファインダーに収まる位置を探し、
新幹線がホームにゆっくりと入ってくるのを待ち受けるのがいい。車体を傾けカーブを曲がってくる高速列車を背景にして、
写真の中央に立ちクールな表情で決めれば、絶好の記念になること間違いない。しかし新幹線を見るのなら、
なんと言っても飛ぶように走っている新幹線を見なければだめだ。風か稲妻かという迫力ですぐそばを走りぬけるときには心臓も縮み上がるだろう。
同じ夏の頃、東京から新幹線で神戸まで帰ったことがあった。連日、大学の公開講座や、それから文芸シンポにも出席してたくさんの話をさせられたので、
新幹線に乗ってもまだ口がからからだった。
ホームの売店で缶ビールを2缶買うと、つまみのピーナツもなしに一気に飲み干した。
そのとき新幹線が発車した。私の席は窓際だったので、黄昏の東京が目の前から徐々に遠ざかっていった。道には車が行き交い、
はやくもライトを点灯している車もあり、ちかちかとまたたいていた。空の明るさより地上の光のほうが明るいくらいだ。
新幹線の時速がだんだんと上っていき、すきっ腹に流し込んだビールのせいか耳鳴りがする前に頭が重くなり、誰かに白い麻袋でも被せられたようになった。
朦朧とする意識のなかで視界が暗くなり、新幹線が山を越えるときに私も夢の中に入ったようだ…。

私が乗ったのは新幹線のなかでも特急の「ひかり」だった。東京発、終点は福岡。途中神戸で停まる。
ひかりより速いのは「のぞみ」だ。途中の停車駅が少なく、さらに速い。しかし超特急の「のぞみ」には指定席しかなく、
「ひかり」のような自由席がない。自由席は先にホームに並んだ者から座れる席のことで、急いでいる乗客にとっては自由席があるのはありがたい。
さて話を新幹線の車内に移そう。どれくらい経っただろう、私は熟睡から徐々に醒めてきたが、頭はまだはっきりせず、
自分が新幹線に乗っておりツバメのように身軽にトンネルを越え鉄橋を渡り、一面の田んぼが次々と車窓を飛んでいくことだけを感じていた。
ふと気づくと、田んぼのなかからゆっくりと顔の輪郭が浮かび上がり、
窓のなかに赤い顔をした自分の顔が見えた。酔いが醒めると今度は腹が減った。荷物はかばんひとつだけなので、次の駅で降りて一休みすればいい。
どこの駅のホームにもあるそば屋で熱いそばを食べたらさぞいい具合だろう。そう思って車内放送に注意すると、しばらくして案内があった。
まもなく豊橋に停まるという。豊橋は愛知県の停車駅で新幹線ホームには2本の線路が通っており、「ひかり」は停まったり停まらなかったりする。
「のぞみ」はもちろん通過するだけだ。ここから神戸までは約1時間あまり。すでに暗くなっているから、ホームで一休みして次の「ひかり」を待つと遅くなりすぎるだろうか。
毛丹青著・中国語新書『狂走日本』(2004年12月出版)に新幹線の紀行文も雑誌の掲載を経て、収録されている。
私はホームの駅員に尋ねた。
「次の列車まで何分ありますか」
駅員は少しお待ちください、といいながらズボンのポケットから時刻表を取り出しページを開いて調べてくれた。
「すぐに参ります。次の列車はひかり171号です。京都には21時29分、新大阪には21時48分の到着です」
「神戸には何時に着きますか」
「お待ちください、神戸には22時02分の到着です」
日本の駅員さんが時刻を告げるときの発音はとてもはきはきしている。私はこれを聞いてほっとしてホームに降りた。
神戸には遅くならないうちに帰れるし、ホームで熱いそばをすする時間もある。私は荷物を下げてホームのそば屋に入り、カウンターで先に勘定をすませた。
そば屋といってもテーブルも椅子もなく、立ち食いのスタンドしかない。新幹線に長時間座っていたので、立って体の筋を伸ばすのも悪くない。
カウンターの正面はちょうど新幹線が斜めに入るところだった。停まっている新幹線も至近距離から見ると壮観だ。
それと知らずに観察すれば車両も長い回廊のように続いていると思うだろう。

私はほっとため息をつきながら熱い麺をすすった。しばらくして新幹線通過の警笛が響いた。日本の駅ではどこでも発車、到着と通過の警笛がそれぞれ違う。
発車の警笛は力強く短い。到着の合図はやさしく温かみがある、通過は一番荒々しく、空気をつんざく警笛が悲鳴のように空に響き、肌が粟立つ。
甲高い警笛の音に私は食べかけのどんぶりを置き、外を見た。
そのとき、ホームの向こうから尖がった黒い三角形が飛ぶように現れ、後ろにはハモのような形状の車体を引きずっており、
月夜に青白い光の帯を描き出した。次の瞬間にはもう黒い三角形がはっきりと新幹線の先頭だと分かるほど迫っていた。
空を飛ぶロケットほどの速度で怪獣の鼻面が自分にとびかかってくる。
ホーム全体が、通過する新幹線の巨大な轟きに包まれ話し声さえ聞き取れない。カウンターの上ではどんぶりがカタカタ鳴っている。
しかしそれもあっという間の出来事で、車両の最後尾がホームから出て行くと、元通りの静けさがたちまち戻ってくる。今のは超特急「のぞみ」の最新型500系、
怪獣の鼻面のような頭に流線型の車体だ。
日本の新幹線はこのほか300系と100系が走っている。古い型ほど鼻が丸く、新しい型ほどとがっているという分かりやすい特徴がある。
その晩、私は駅員の説明どおり豊橋から「ひかり」171号に乗り込み、22時02分ぴったりに神戸に着いた。ホームに下りた私は満ち足りた気分だった。
新幹線について新しい発見があったし、なんといっても今回の一人旅は楽しかったから。