行ってきました! ― 『中国語ジャーナル』編集部   

「私の日常ではじめる日本人論」
毛丹青(作家、神戸ブルーメール文学賞)
(2001年10月11日、於:国際基督教大学)

 10月11日国際基督教大学で、小島康敬教授の日本史の特別公開授業として、毛丹青さんの講演会が開催され、小島先生の授業の受講生をはじめ、100人近くが集まりました。また講演後には小島先生のご友人で、プロの二胡奏者である程農化さんが特別に「草原情歌」と「塞馬」を演奏してくださり、非常に興味深い講演会となりました。

 毛さんは、1962年北京で生まれました。1985年北京大学哲学科を卒業後、中国社会科学院での研究を経て、本居宣長研究のため1987年に来日しました。著書『にっぽん虫の眼紀行』は、神戸ブルーメール文学賞を受賞し、日本で活躍する外国人作家として注目されています。

 講演では、毛さんの「堅苦しくではなく、日常から相手の思想を知る」という姿勢に基づく独自の「日本人論」が展開され、毛さんのユーモアたっぷりのお話に、会場からはしばしば笑い声が聞かれました。また、鋭い日本語のセンスにはだれもが驚かされ、小島先生も最後に、「日本語を母語としない人が日本文学を書く時代になり、そしてそれが日本語を豊かにしていく。その先端を行く一人が毛さんでしょう」とおっしゃっていました。

日本の第一印象

毛さんが最初に来日したのは、三重大学での勉強のためでした。

「初めて来日したときにまず気付いたのは、信号が多いこと、看板が多いことでした。消火器の説明すら事細かに書いたものが貼ってあることに驚きました。実際の日本については何も知らないで来ました。本ばかり読んでいて頭がカチカチで、日本の日常というものは遠い存在だったのです」

「最初は三重大学でしたから、三重の人が方言を話すとき、口が線のように横に細くなり、アヒルのようだと思ったことを覚えています。東京では口が丸くなり、ふぐのようですね。そんな印象を受けました」

「日常」から発見

現在は、神戸に在住の毛さん。最初はまったく近所の方がどんな人たちなのか知らなかったそうですが、ネコ好きがきっかけで近所の方々と仲良くなり、現在では中国ツアーを組むほどなのだそうです。

日常の中で、こうして例えばネコのような媒介があって、人は人と接することができるのだと感じたことから、ますます毛さんは「日常」に興味を持ち始めました。そして、日常の中から日本人の感情を知るようになります。

「三重大学に在学中、水産関係のアルバイトをしました。魚を仕入れてレストランなどに売る仕事です。この経験の中で、日本人の季節感を知りました。カニは夏には売れず、冬のほうが良く売れます。それは、日本人が冬になべ料理を食べることと深く関係があるからです。わたしは手相占いを信じるほうなので、カニが売れなかったときに手相を見てもらったのですが、商売のことは手相で分かることではなく、天気、気候に関係するということを手相の占い師に教えられ、日本人の季節感を知ったのです」

 そして、いわゆる日本人論とは違い、日常の中から日本人を見つめるようになりました。

歩いてなんぼの日常

「日常は、歩いてなんぼの世界です。日常の中で歩いてこそ、見えてくるものがあります。わたしは、魚を売るバイトをしているうちに、商社にスカウトされて就職しました。そしてそのうちにオイルタンカーを買いたいという人に声を掛けられ、それがきっかけで、履歴書を持っていろんな貿易会社に売り込みにいった結果、貿易に携わることになったのです」

 この経験を、毛さんはこのように考えます。

「貿易というのは、経済・経営などを勉強してからその世界に入るのが普通でしょう。わたしの場合は、日常の中に臨場感あふれる人の表情があって、その表情が見えたから、こういうふうにこの世界に入ることになったのだと思います。こういう現実は、いわゆる日本人論―「日本人は集団主義」といったもの―からは分かりにくいことではないでしょうか」

儀式・職人の国

 毛さんは、日常の中に見る日本は、「儀式」の国、「職人」の国であると言います。

「日本は儀式の国だと思います。たとえば、日本独特の文化ではないかと思うのですが、『社葬』というものがありますね。大きなホールを借りて行うのです。わたしも会社員としてこれを体験したことがあります。社長の社葬の際、会場までの道のりに大勢の同僚と一緒に200メートルおきに案内の看板を持って立ったのです。みんな真っ黒な服装でカラスの集団のようで、非常に圧迫感がありましたが、仲間と一緒という意識が高まりました。またこの社葬というのは、社長の死を悲しむというより、会社のプロモーションのようでした。死ということに関しては、北陸や近畿のほうでは、よくお寺の横に墓地と幼稚園が併設されています。これが、死と生との境をぼかしているように思えます。子どもはお墓を怖がらず、墓地で遊んだりします。中国では人が死んだら市内には埋葬できません。死んだら外に出すという考えです。ですから、こういったことからも、日本には日常の中に儀式があるように感じます」

「日本は職人の国だとも思います。ワザがいっぱいですね。おすし屋さんは、風を握るなどと言いますし、そういう職人ではなくても、こんなことがありました。あるとき、田舎の駅で切符を買おうとすると1万円札しかありませんでした。駅員さんに尋ねると、崩してきてくれると言います。しかし、駅員さんが走っていっている間に、電車は出てしまったのです。電車の本数が少ないので、わたしは次の列車までずいぶん待たなければならなくなりました。そのときはそんなに怒っていたわけではないのですが、駅員さんのほうは大変気にしてしまったようです。そこで駅員さんは、なぜか落ち葉の掃除をはじめました。落ち葉を片づけるための掃除ではないようでした。何のためなのか、そのときはまったく分からなかったのですが、電車に乗ってから分かりました。電車は、ちょうどプラットホームがよく見えるように曲がって進みました。そうしたら、プラットホームにさきほど駅員さんが集めておいた落ち葉が夕日の中で、まるで金のじゅうたんを敷いたように輝いていたのです。とても感動しました。駅員さんに職人気質を感じました。よく観察し、よく知っているからできたことだと思います」

このように感じながら日本で暮らし、今では、日本は自分の日常そのものなのだそうです。

「わたしは、もう日本の日常の一部になっています。あるとき、飲みに行った帰りに終電に乗るはめになったことがあります。電車は酒臭くて、人がヨレヨレで、1日の寂しさを運ぶかのようでした。日本人は大変だなあと思って見ていました。ところが乗ったわたし自身、眠り込んでしまい、気付いたら車庫の中だったのです。自分もさっき見ていた日本の日常の一部になっていました」

 こうした行動にも現れているように、日本人の感情と自分の感情に差がなくなってきていると言います。感情の面でも、日本人の人たちと同じことに感動することが、自分の日常になっているのだそうです。

日本語は水、中国語は油

 日本語と中国語の二つの言語を操る毛さんには、どちらの言語でも著書がありますが、一つの作品をもう片方の言語に訳すということはしないのだそうです。それは、日本語と中国語が異なる性格を持ち、ある一つの表現を訳してもそこからイメージされるものがまったく異なるからだと言います。

「日本語が水のような言語だとすると中国語は油、日本語を砂だとすると中国語は鉄。日本語で書いたものをそのまま中国語に訳すと非常に長くなり、1冊の本にした場合にうまくいきません」

文学者として両言語を操る毛さんは、言葉というものに対しても非常に鋭い、独特の感覚を持っていらっしゃいます。

「今バイリンガルとして生活している中で、中国語と日本語を常にボクシングのように戦わせています。そして『わたし』とは何かということを考えさせられます。言葉が二つあると、世界が広がります。今日本語を話していてもそれは瞬間的なことです。考えていることは、時には日本語、時には中国語といった具合です」

「わたしは『眺め書き』というのをしています。言葉・言語は風景、画像のようだと思います。視覚的な要素が重要なのです。たとえば原稿用紙に書いた言葉を見るとき、50センチ先なのか、1メートル先なのか、目からの距離で見え方は全然違います。わたしが書くときには、原稿用紙を壁に貼って眺めるのです。漢字だらけだと色が濃くて目が痛いので、ひらがなを使い、色の濃淡を調整します。漢字(中国語)は油、日本語は水。この作業は、その間の島で自由自在に操るような感じです」

「言葉・言語は日常です。中国語でも日本語でもその裏に人の顔があります。日本の風景を見ても、中国での生活からの発想で見て解釈したりするのもそのためでしょう。ですからわたしは、資料を手にしてそこから出発するのではなく日常から出発するのです」

龍の目ではなく虫の眼で

最後に、「虫の眼」で日常を見ることについて、このように話してくださいました。

「中国は龍(dragon)に例えられますが、龍は必ずうねるものですから、その龍の目から見ると周りは激震の世界です。そうではなく、わたしは虫の眼で見たいと思います。見えるものは真実そのものです。わたしと日本の瞬間そのもの。その積み重ねが歴史なのです。中国、日本といった国ではなく、現実の中で自分が居るところを感じたいのです」

 

※毛丹青さんの著書『にっぽん虫の眼紀行』の文庫版が2001年11月上旬に文藝春秋社から発売される予定です。
※毛丹青さんのホームページ http://home4.highway.ne.jp/amao/

 

構成・写真/CJ編集部






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