毛丹青、呂波、戴秦

 2001年のFuji Rock Festivalの顔ぶれを見て、何か気が付いた事がないだろうか?そう、今回は中国から初めてバンドが招待されたのだ(そして台湾からも)。

 今回は、そのFRFにノミネートされた、中国で最も早く成立したオルタナ系バンド、そして現在最も注目されているハードコアバンドでもある“痩人”を紹介しよう。

 僕が痩人というバンドを初めて見たのは確か1998年の夏、留学先の北京においてだった。

 当時は同じく北京のスラッシュメタルバンド“超載(チャオザイ、Overload)”にはまってメンバーと直接交流したりLiveを主催していたりしていた僕が、その“超載”のドラムの王瀾がもう一つのバンドをやっていると聞いて、あるライブハウス(といってもレストランにステージがあるようなもんだったが)の開店パーティーでGigをやるということだったので出かけていった。

 その頃はまだまだ無名だった“痩人”だったが、ドラマーの王瀾は北京でもナンバー1と言われていてその名を知られており、その実力は先程も書いた“超載”というバンドでもいかんなく発揮されていたのだが、“痩人”の中ではそのパワーとリズムがより一層活かされていて、正直言って度肝を抜かされた。

 まるでRage Against The MachineのようなRAPを取り入れたハードコアっぽい曲もあれば、パンク調の曲もあり、そして極めつけはヴォーカルがモンゴル族だということでモンゴル語で歌う民族曲。それまでの北京ロックでは一度も見たことのないタイプだった。そして、ボーカルのMCでは必ず“謝謝!”を欠かさない、サービス精神旺盛なところも他のバンドには一切見られなかったものだった。

 それ以来僕は“痩人”の虜になって、メンバーとの交流が始まった。

 彼らは北京のバンドの中でもダントツのLive回数をこなし、次第に多くのファンを獲得し、毎回熱狂するLiveにメディアも注目するようになっていった。
 1999年8月には「王菲(フェイ・ウォン)」のプロデュースを手がけたこともある「張亜東(チャン・ヤー・ドン)」をプロデューサーに迎え、ファーストアルバムを発表。レコーディングの時は僕も呼ばれ、コーラスとして参加させてもらった。

 このアルバムは瞬く間に7万枚を売り尽くし、音楽生活報(北京の音楽情報新聞)では7週に渡って特集が組まれ、全国のラジオ局ではヒットチャートでトップ20に入り、特に内モンゴルのラジオ局では1ヶ月間チャートに留まった。
 1999年秋から2000年にかけては全国ツアーを展開し、数千から数万規模のLiveを精力的にこなしている。

 今回はそんな彼らのプロフィールを紹介しよう。

 ヴォーカルの「戴秦(ダイ・チン)」はモンゴル族(ご存知とは思うが中国は多民族国家だ)。メンバーの中ではリーダー的存在で、人なつっこい性格と外交力で北京のあらゆる業界に友人を持ち、彼のファンも多い。
 親戚に日本人の血が混じっていることもあって、非常に日本人に友好的であるのも特徴。
 僕にもいつもLiveの前には直接電話を「小龍、おいでよ!」と呼んでくれたりして、そこまでされたら行かないわけにもいかなくて、用事をすっぽかしてでも行ったものだった。
 小動物を愛し、
厳しいペット規制がある北京で犬と猫を飼っている。先日飼い犬の「点点(ディエンディエン)」が死亡し、非常に落ち込んでいたが最近漸く復活した。
 このように優しくこまやかな戴秦だが、モンゴルの血が騒ぐのか、ステージの上では何をしでかすかわからないという一面も持つ。2000年春の河北省のツアーLiveではアンプの上から飛び降りて右足を骨折したが、骨折したまま1時間歌いつづけ、そのファンを大切にする姿勢が多くのメディアに取り上げられて話題をさらった。

 痩人の楽曲の多くは彼自身による作品であり、特に作詞はほぼ全て彼が担当している。

 ギターの「符寧(フー・ニン)」は上海出身の北京育ち。“磨合”というバンドのギターを担当していたこともあり、エフェクターの知識に関して北京随一と言われ、更にPAの技術も持つ。
 昔はモデルをやっていた程ルックスも良い。
 両親が実業家で海外を飛び回っており、彼自身も海外によく行っている国際派(中国では非常に珍しいことなのだ)。
 しかしその外見と恵まれた背景を持ちながら実は相当のお喋りで楽天家でもある。
 僕は痩人のメンバーの中では彼と一番初めに知り合いになった。というのも僕のネット友達が偶然にも符寧の幼なじみだったのだ。
 痩人の楽曲の根幹をなすポジションであるギターを担当しており、責任感は人一倍強く、メンバー間の揉め事があっても彼が収める場合が多い。そういう意味では彼が本当のリーダーなのかもしれない。

ベースの「朱峻鷹(ジュー・ジュン・イン)」はメンバーの中でも唯一酒もタバコもやらない真面目人間で、性格も激情を内に秘めるタイプだ。
 しかしいったんステージに立つとそのパワーを爆発させ、素晴らしいプレイを見せてくれる。
 ベースの練習や他のバンドの研究にも非常に熱心で、僕が北京に遊びに行く時には彼のためにベースの教則ビデオを買ったり、音源を買ってあげたりしているほどだ。
 北京でロックを志す少年達の中でも彼をリスペクトする人は多い。

 そして最後にドラムを担当している「王瀾(ワン・ラン)」を紹介しよう。
 上の方にも書いたように、彼は北京では名を知られた中国最強のスラッシュメタルバンド“超載(チャオザイ・Overload)”のドラマーとしてその腕を認められており、北京音楽台(北京音楽ラジオ局)では1997年度最優秀ドラマーの栄誉に輝いたこともあるほどだ。
 “超載”“痩人”だけではなく、中国ロックの父と言われる“崔健(ツイ・ジエン)”のドラマーとして全国Liveツアーに参加したり、その他数バンドにも参加している多忙な人である。
 ビールをこよなく愛し、きついタバコを良く吸い、身体にはタトゥー、大雑把な性格とまさにロッカーを地で行く彼だが、最近はMIDIに興味を持ち、自分でPCを買って曲を作ったり、更にファンと直接メールで交流するなど、活動的な一面も持つ。

 最新の中国ロックのライブやアーティストの情報などを知りたい方は私が主催している揺滾メーリングリストをご利用ください。

Written by 揺滾ML管理 小龍(奥野竜太郎)

無断転載を禁じます。The copyright of the text belongs to 小龍. They may not be reproduced in any form whatsoever.




< < B a c k



Copyright(C)