毛丹青

日本人を考える・・・・

体験としての日本

日本に来る以前は、体験という言葉はそれほど重要な意味を持たなかった。

60年代から始まった中国文化大革命の後半期を小学生として過ごした私は、実体験とはまったく無関係なところで生活していた。当時は紙に書かれた文字が現実だと思っていた。つまり虚構・仮想という非現実の世界にいたとも言えるかもしれない。小学校時代には毛沢東語録を暗誦しなければならなかった、そして毎日の新聞を読む目的は、常に毛沢東の最新指示をできるだけ早く知っておくためだった。いわゆる自分の考えとなるのは現実の生活そのものではなく、ある種非現実の紙面上から得たものだった。なぜなら、私が受けたこの教育は日常において実際に肉眼で見えることではなく、また肌で感じたことでもなかったからだ。子供の時は現実に対する感性がもっとも豊かであるはずなのに、イデオロギーの強制支配によって、その感性が次第に薄れ、鈍くなってしまったことを、大人になってはじめて自覚し、感性の再起を考えるようになった。いま思えば、少年時代に暗誦した語録はほとんど忘れてしまい、その時代で一番印象に残っているのは、他でもなく仲間達と北京の郊外で楽しく遊んだ時のことばかりである。中学校に入ると、数少ないクラブ活動に参加して、ようやく自分の好きなことをやれるようになった。そして80年代の大学時代には、中国は改革開放の時代を迎え、教室の中でも政治や文学、そして哲学等の議論を展開することもできるようになっていた。

これは、1962年生まれの中国人青年にとって、実に大きな転換期とも言える。少なくとも私個人の場合において、小中学校時代の非現実的な世界から脱却して、大学時代にやっとさまざまな現実に触れることがてきたように感じた。大学を卒業してから、中国社会科学院哲学研究所に入り、そこでふたたびある種の仮想現実的な書籍のうえでの生活を送った。マルクス主義の理論を研究することは主任研究員に課せられたテーマとして、勉強にはなったものの、現実から離れ、中国語で言う「象牙の塔に住む」というような日々だった。

このような経験を通じて紙の上での生活から読み取れた現実があるとしたら、それは仮の現実としか言わざるえないだろう。日本での滞在は今や、12年になったが、このように考えはじめたのは日本に来てからのことであった。留学が終わって、社会人として日本の水産会社で働きはじめ、後に総合商社に転職した。かつて書斎の中で学んだ知識、それに書物から理解した日本人と現実の生活のなかで接することができ、彼らの中でいろいろなことを体験してきた。いわば、私にとって体験という言葉は、日本に対する認識そのものかもしれない。

日本と中国は一衣帯水の隣国である。日本人も中国人も同じ黄色人種に属するし、地域、人種、歴史の淵源のどれをとっても、日本人は中国人と非常に近しい。しかし両者は時には非常に遠くもある。

日本国内を旅することの好きな私は、いつもビデオカメラを持ち歩く。名勝を探訪して、名山名水、古俗新風、全てに心を動かされ、寺社や、村人、漁夫、市井の家々を訪れ、人目を引かないような小さな事からも日本人を念入りに観察することにしている。そしてビデオカメラで収録した画像を何回も何回も繰り返し見るという作業を行う。一見すると、とても退屈な作業かもしれないが、私にとって、これは中国人としての私の膨張しがちな想像力を修正する働きもある。体験から離れてしまっていた私の感性を日本という現実の中でふたたび取り戻したような気がする。これらの経験に基づいて本書に描き出したものはその多くが些細なことに起因しているが、原因が何であれ、私は針の先ほどの物事に対しても、全力でその事に当たり、心から打ち込み、心から悲しみ哀れみ、そして心から感動する。

実をいえば、このような感覚は私が体験することを知って初めて得たものだ。冠婚葬祭や風俗、民情といった目に見える異国の風光を知るのはさほど難しいことではない。だが一つの民族の喜怒哀楽と内面の世界を本当に理解するのは、非常に難しいことなのかもしれない。

幸いに、仕事の関係で多くの国家を遊歴し、日本に来てから、40数回も日本から出たり入ったり、工農学商の各界の種々様々な人々と知り合った。ドイツ、アメリカ、インドそして東南アジアの友人たちが比較対照となる豊富な材料を提供してくれたおかげで、思考の世界を広げることができた。心を落ちつけ、彼らの話に耳を傾ければ、それらは私の興味をかき立て、風趣に富んだ経験と話題は、いつも私の筆を奮い立たせた。


毛丹青著書「発見日本虫」

日本を体験し、そして毎日の現実の中において自分の目でこの社会を確かめ、臨場感溢れるものを追求するのが私の願いでもあった。このように考えるのには、もうひとつの理由がある。それは、冒頭に書いたようにいままでほんとうの体験を知らずに過ごしてきた私の仮の現実からの脱皮でもあった。

日本を虫の眼で、「神戸新聞」に掲載



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