莫言の生家(山東省高密県)


小説家 莫言を訪ねて 「帰郷すなわち収穫」
  北京市内。某軍区のアパート。

  本日午前、私は莫言のもとを訪れた。門をくぐり登記をすませ、敷地に入ってすぐに、階上から「丹青」と呼ぶのが聞こえた。どうやら私がアパートの入口を分からないのではと心配してくれたらしい。実は、彼の部屋はちょうどアパートの角を守っているので、街 莫言と毛丹青 の様子を見下ろすことができる。筋向かいはアパートの門衛だ。アパートの警備員は彼の叫び声を聞いて、私へ笑いかけ、その笑顔はこぼれるばかりだった。

  莫言が北京に住んでかれこれ13年になる。しかし、彼の小説はすべて生まれ故郷の山東省高密県で完成している。『紅高梁』(邦題「赤いコーリャン」)の映画撮影のとき、彼は故郷へ帰り、映画のために一緒に一面のコーリャン畑を植えた。聞くところでは、この時の農民としての莫言は、ひいては原作者であるよりも人から信服されたそうだ。一昨年物議をかもした『豊乳肥臀』は、彼を文壇ではほとんど沈黙させたが、この本の影響はそれでは終わらず、アメリカや日本において翻訳出版の計画が進み、また国内でも発禁処分にされた後も、海賊版が流布した。 「小説を創作してきたなかで、この長編小説はどんな意義をもっているんだ?」
彼は歯切れ良く答えた。 現代中国の禁書「豊乳肥臀」(中国作家出版社 1995.発売)

  「これは礎石だ。僕のすべての小説の締め括りにあたる。その年の春節、高密県に帰ったときは、とても寒くて、綿入れをはおり、ズボン下を身につけ、両足に毛糸の靴下をはいても、ペンを持つ手はかじかんだ。でも僕は日に5〜6千字を書き、80日かけて書き上げた。完成するところに見直しもせずに出版社へ渡した。あの頃は書かずにはいられなかったんだ。」

  莫言ここまで言うと、ふと笑って「実際、故郷に戻るときはいつも作品を持ち帰るんだ。収穫しに行くのと似たようなものだよ。」と言った。
疑いなく、小説家の心には、彼自身の故郷がある。例えこんなに長く離れていても、この思いは止まらず、ひいては彼のインスピレーションの源泉になっている。正午、莫言は近くのレストランで食事をおごってくれた。家を出かけに、「ちょっとビールでもひっかけてくるよ」と奥さんと娘さんに声をかけた。

  私は忌酒主義者なので、莫言に興を添えられないのを心配した。しかし、それは杞憂で、酒を飲まずとも話しの面白みは少しも減らなかった。私はなぜ北京を書かないのかと聞いた。莫言は茶を一口飲み、大笑いしてこう言った。

   「大物の王朔が生き生きと北京を書いてるというのに、僕が何を書くというんだい?」

   炎熱の夏の午後、莫言の笑顔は私をさわやかな気分にさせた。五時間にわたる談話は、この中国の軍人作家に私を近づけた。

莫言の実家前 左から莫言、莫言の父親、実弟と実姉、吉田富夫教授と毛丹青 1998年冬撮影






















◆ NHKテレビ番組で、長編小説『豊乳肥臀』を語る莫言


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