季先生の自伝

国学者  季羨林を訪ねて
「私の老猫について」
北京大学、第13校舎。

老教授・季羨林先生の助手をつとめて45年になる李玉潔女史がわざわざ車を手配して迎えを寄こしてくれた。さらに季先生は校舎でお待ちしてますと告げてくれたとき、私は非常に申し訳なく思った。国際的に有名な梵文学者で、仏教研究者である季先生はもう90歳に近いお年で、最近随筆集を相次いで発表し、質朴にして清新で、中国の文壇において大きな反響を引き起こしていた。私の訪問は彼の執筆と急速のじゃまになるのではないだろうか。この心配はあったが、季先生のこれから紹介する話しを聞いたとき、とても不思議で驚いた。

「小さい頃のことは、今でもありありと目に浮かびます。毎日私の目の前にあらわれ、目の前で動きます。毎日すべて見えるんですよ」季先生はにこにこと笑いかけ、毛君が変わっていないので、一目で分かりましたよと言って下さった。

季羨林教授と毛丹青

思い起こせば、12年前北京大学を卒業するとき、季先生から数巻がセットになった先生の学術文集をいただいた。その当時、私の哲学を論じたある論文が、季先生の興味を引いたことがあり、先生はずっと今日までとてもはっきりと記憶している。そして私にとっては先生の仏教経典を解釈した著作は、私が浄土思想を研究するうえでの基礎となった。これら季先生の思いやりを私は仏家の縁とみなしてきた。時には心の中で先生に「南無阿弥陀仏」と願掛けしたりもした。

季先生はこれを聞くと、笑いながら言った。

「私は俗人ですよ。出世もできないし、かといって仙人にもなれません。人の世で、私は懐旧の文章を書くのは、ただ真心の感動から出ているのであって、更に多くの欲求はありません」

言い終えると、一匹の老猫が一筋の白煙のようにするりと部屋に入ってきて、敏捷に先生の肩にのぼった。気取ったような目つきでじっと私を見つめている。季先生は言った。

「老猫は世事をわきまえています。死ぬのだって後の人を煩わせたりしません。昔猫を飼っていたとき、老いて、もうだめになっても、家の中では死にませんでした。人目を忍ぶように出ていき、ひっそりと死んで行きます。私は外に出て探しました。小山の上や、池のそば、岩のすきままで。でもどんなに探しても見つかりませんでした。それから私は猫がひっそりと死んでいくのは、人に探させないためなのではと思うようになりました。こうすれば葬式を出さなくてもいいし、弔辞を読む必要もない。猫は本当に見上げたものですね」

この時、雪のように白い老猫が李先生の肩からすべりおりた。まるで何かの感応を得たように、身動きせず、異常なまでの静けさに変わっていた。しかし、眼差しは柔和で、まるで流水のようだった。先生が続けて言った。

「若い頃というのは、文章を書けば大半が文字の修飾に頼って色を付けます。しかし、老年に到ると、文字の修飾というのは煩わしいものになります。というのは、老人の感情というのは真実で、豊富で、いかなる潤色も必要としませんから。この猫についての議論もこの年になって初めて出てきたものです。長生きするほどに力が涌き、長生きするほどに細やかになってきているので。」

李玉潔女史の話によると、先生は眼病を患い、もうあまりたくさん本を読めないそうだ。それでも毎日助手が読んでくれるのを聞き、なおかつ学術研究に従事し続けている。季先生との二時間近い談話が終わったとき、先生が私の手をしっかりと握り、校舎の外の正門まで送って下さった。先生の手の中に、私ははっきりと暖かな流れを感じた。そして、その流れは今も私の心を温めてくれている。

季羨林 1911年山東省生まれ
現代中国を代表する国学者 ・仏教研究者。北京大学教授。
今年4月29日、北京大学創立百周年の際、中国国家主席江沢民は季羨林先生を訪問され、次のように挨拶されました。「久聞大名 如雷貫耳 今日一見 三生有幸」(新華社通信の報道より)



< < B a c k







Copyright(C)