毛丹青
中国人を考える・・・・
目撃!「法輪功」事件
『仏教タイムズ』  1999年5月13日一面に掲載、毛丹青・文/写真(時事通信提供)

北京・中南海を信者ら包囲 目撃!「法輪功」事件 仏教を取り入れた気功団体 思想の真空状態にある中国

解説:先月二十五日、中国共産党・政府機関の所在地である北京市中央部の中南海付近に「法輪功」という名の仏教系宗教団体の人信者1万人以上が集まり、政府の弾圧に対して、大規模な抗議行動を行った。時事通信の報道によれば、行動は信者逮捕や一部雑誌による教団批判に抗議し、活動の自由を求めたものだという。当日、偶然事件を目撃した神戸市在住のエッセイストで元中国社会科学院助手研究員の毛丹青氏に、八九年の天安門事件以来といわれる大規模な示威行動を生んだ中国社会の変化について寄稿していただいた。

まったくの偶然で、私はその日、中南海を包囲した座り込みの群衆に出会った。座り込みと言っても、粛然と立っている人もいた。彼らは中南海に向った歩道の縁石の上に蟻の入り込む隙間もないほどぎっしりと並んでいた。私は彼らを見て何か不思議な儀式を執り行っているように感じたが、ふと彼らの後ろに目をやると、なんとおよそ儀式とは程遠い、まるでピクニックにでも来ているような人々の姿があった。

天安門事件以来の群衆による示威

直立不動の姿で前列にいる人々の口からは、転法輪を念じる声が漏れ、一方、彼らの後方からは、落花生の殻を噛み砕いてはポリポリ食べる音が聞こえてきた。一見するとまったく異なる態度を取っている群衆がなぜこの同じ瞬間、同じ場所にいるのだろうか。私はこの時、その疑問に答えを出せずに、ただ彼らは共に中南海に向かい合っているという事実を感じただけであった。中南海とは中国共産党の歴代指導者の所在地であり、国家の心臓部ともいわれ、政治的事件や群衆運動が起こった時には、天安門に次いで名前を引き合いに出されるところでもある。このような場所で群衆運動が起こったのは、1989年6月の天安門事件以来と言われているが、現場にいた私は、これには政治的意図があるのだろうかと思い、彼らを見ていた。そして彼らの中の数人に聞いてみたところ、「僕は黒龍江から来た。」「私は南方からだよ。」という答えが返ってきた。後日、外国の報道を見ると、今回の騒動は、「法輪功」への政府の弾圧に対する抗議行動である、とされていた。座り込みが続いている中ではスローガンを叫ぶ声も抗議の横断幕もなかったが、私には確かに彼らの内に抑圧されていたエネルギーが目に見えない形で伝わってきた。「法輪功」は仏教を取り入れた気功団体だとされている。

改革開放政策で貧富の差も開き

今の中国は思想の真空状態にさしかかっていると思う。1979年以来の改革開放政策により、イデオロギーに支配された経済構造から個人の自由主義経済へと変化し、それまで人々が信じていたマルクス・毛沢東思想が脆くも崩れはじめた。市場経済が発達するにつれ、貧富の差が大きくなりつつあるのも現実である。特に95年以降、国有企業の大胆な改革により、イデオロギー時代に優秀であった人々が解雇され、貧しい生活を余儀なくされていた。ちょうど同じ頃に中国の各地で現在では迷信とされるものを信じる群衆が現れた。同じ年の夏、中国の学界でも大きな論争を巻き起こした一つの事件があった。それは北京で“生命科学文化叢書”を出版した作家柯雲路氏に対する批判だった。彼は有名な気功師を取材し、そしてこの煩雑な世の中から人が解脱する物語を描いてみせた。これに対して中国の自然科学者や社会学者が猛烈な批判を浴びせかけた。論争を戦わせている双方の人々は、まさに文化大革命時代に毛沢東思想を守る紅衛兵たちであった。

迷信に走る人は億単位にのぼる

迷信が広がってきたのには実は中国の知識人達の思想の急展開が伴っていることを認めなければならない。中国のある報道によると、現在迷信に走る人々は億単位にのぼり、その数は共産党員をしのいでいるのである。中国はもともと仏教等の伝統宗教のある国であったが、文化大革命の時代にそれが途切れ、その後は激しい経済構造などの社会変化に振りまわされ、新たに宗教を確立する準備ができなかった。そのため、迷信が横行しはじめていると言う現実(準宗教?)が今回露呈されたのである。
今回、中南海での事件に遭遇した時、同行していた友人の古琴演奏者がひとこと言った。「警官より群衆が恐いよ」と。それを聞いた私はそうならないことを心から願っている。



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