霍建起さん

映画監督 霍建起を訪ねて
『山の郵便配達』
 霍建起さんは、近年映画監督としてその充実した仕事ぶりをいくつかの作品に示している。彼の映画『山の郵便配達』は日本でも高く評価され、ロングランで上映中だ。不思議なことに彼とは、北京で一緒に日本料理を食べることが多い。今日も、日本料理店に彼を誘った。

「なぜか知らないが、日本料理は日本で食べるより、北京で食べるほうが風情があると思うね」

 彼はメニューを眺めながら言った。日本料理の淡い色彩が、北京の街なかの派手に飾り立てた店々とは、極端に対照的だからだろう。

映画監督・霍建起さんと私

「北京は大きく変わったよ、日本料理も今では誰もが食べるようになったけれど、僕が電影学院にいた頃は日本料理の名前さえ見たこともなかったもの」

 霍さんは美術畑の出身で、映画監督になったのは'90年代以降のことだ。厳密に言うと、彼は世に出るのがわりと晩かった。彼も私も北京っ子であるせいか、いつも、話の内容はおのずと北京のことが多くなるのだが、とくに今回、北京という街が彼の芸術観を形成したことについての話題になった。

「僕は小さいときから故宮のそばで育った。子供の頃は毎日堀の横を通ったよ。学校に行くときも、友達と遊びに行くときも、いつも故宮の金色に輝く宮殿と、堀に映る殿堂が目にはいる。自分でもどうしてだか分からないけど、そうやって毎日通っているうちに、自分も皇帝になって、銅鑼の楽隊に囲まれたり、大勢の大臣が僕の指図を待っているような気になったんだ。こうやって話すと馬鹿みたいに聞こえるけど、この感覚は少年時代ずっと続いているね」

 それが霍さんの芸術観の形成に、いかなる作用をおよぼしたのか。

「故宮という建築は何百年も変わらないのに、たくさんの王朝が消え去り、故宮の主人は煙のようにどこかへいってしまった。それでもこの建築、この風景は昔のままなんだ、ということに思い至ってね。子供のときに自分が皇帝みたいに感じたのは、この故宮という建築への思い入れのせいだったんだ。一種の感動といってもいいかなあ」

『山の郵便配達』

「私は映画『山の郵便配達』の緑の風景が好きなんだけれど、この映画を撮っているときは何を考えていたの? 人と風景をどうとらえていたかという意味だけれど」

 こう質問したのは、大阪で彼の映画を見てきたせいもあるが、それと同時に、彼の少年時代の記憶が彼の芸術観に影響しているのかどうか知りたい気持ちがあったからだ。  霍さんは少し考えて答えた。

「風景はひとの魂をゆさぶる力を持っている、ひとの感動は風景を身体に感じたことから生まれてくることが多い。日本人は風景に対する畏敬の気持ちをもっている、僕はその意味で示唆を受けた。緑の山、誠実な人、そして人の心を解する犬、僕は『山の郵便配達』で大自然の協奏曲を演奏したかったんだ。これはきっと僕が北京っ子であること、少年の頃故宮のそばで育ったこと、当時の風景のなかから何かを感じ取ったことと関係があるだろうね」

 その夜の日本料理は、なんだか格別美味に感じられた。


◆『旅』月刊誌2001年10月号に全文掲載



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