毛丹青訳

2003年3月に遼寧省教育出版社より刊行された

   1997年にも完成した倉田百三『出家とその弟子』の中国語訳は、先月になってようやく中国国内で出版することが認められた。翻訳者の私としては実に複雑な気持ちを抱かざるを得なかった。というのも、この何年間、この書物の出版をほとんどあきらめていたからである。

   この戯曲は親鸞を主人公として人間の内的生活を赤裸々に描写したものである。大正5年に書かれたこの戯曲には、中国人にそれまで知られることのなかった日本人の悲哀と無常が描かれている。

   九年前、私は親鸞の語録でもある『歎異抄』を初めて中国語に訳し、北京で出版した。その延長線の仕事として、『出家とその弟子』を選んたのだが、出版社の編集者にまず聞かれるのはなぜ悪人正機と言った思想を貴方は紹介したいのか、これによって日本文化を理解せよと言いたいのかということである。翻訳者である以上、勿論それを説明しなければならないと思うが、中国語訳『歎異抄』に付した序文と解説にあれだけ力説したのに、ちっとも読んでくれていないことが私には非常に残念である。何だか寂しい気持ちになりながら、私はその解説を繰り返したのである。『歎異抄』は倉田百三『出家とその弟子』によって世界にも広く知られるようになったことも特に強調したのである。

   実は中国の出版社にとって、『出家とその弟子』中国語訳の出版はいささかやっかいな問題でもある。何故なら、宗教関係の書籍を出版する際、新聞や報道、出版などを管理する立場にある政府機関に「選題」を提出する義務があるからである。選題というのは外国の書籍を翻訳する場合に、その本の概要を提出するとともに、翻訳する理由を述べなければならないことである。私は出版社が上に記したように質問するのは、単に編集者が親鸞のことについて無知であるからではなく、この「選題」をどう説明すれば、許可されるのかをきっと悩んでいるためだろうと後になってわかったのである。いや、そのときは、編集者が真剣に親鸞のことを勉強したからこそ、中国でこの戯曲を出版したらどうなることかと不安さえあるかもしれない。そのために親鸞のことや日本文化について意見を求めてきたに違いがない、とさえ考えたのである。

   その晩、北京で出版社の編集者と一緒に食事をしたが、一時帰国の私と同じ年齢の彼は激しく酒を飲み、酔いつぶれてしまった。

   それから何年後、『出家とその弟子』はやっと出版されることになった。このために努力してきた中国の出版社の方々のことを思うと、日本に居る私は胸が熱くなり、これ以上言う言葉がないような気がする。

   『出家とその弟子』中国語訳に私は解説文を書いている。その中に以下の一節がある。中国の近代史において、日本書籍を翻訳する場合、もっぱら日本が中華文明からどれほど恩恵を受けてきたかという立場から数多くの翻訳が行われてきたが、日本そのものについて、特に思想や宗教などの分野での翻訳は極端に少なかった。日本仏教の経典が拙訳『歎異抄』以外に一冊もないことは全く驚くことである。我々は自分本位の文化観に固執し過ぎるのではないだろうか?この百年間、民族の屈辱は何だったのかを深く考え直す必要があるのではないのか?この度、中国語訳『出家とその弟子』の出版がこのような意味でも注目されることを願っている。

                     

◆ 広島県庄原市・倉田百三の生家の記念碑を横にした毛丹青
◆ 広島県『中国新聞』2003年4月29日の関連記事



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