余秋雨と毛丹青


余秋雨を訪ねて 「旅先の上海」
 私は、以前NHK衛星放送の三峡特集番組をみたことがある。そこに、出演していた中国人の学者は、上海戯曲学院の学長である余秋雨さんだった。

 それをずっとおぼえていて、帰国した際に知人である北京の評論家に聞くと、この番組のことは勿論知らなかったが、余秋雨について多くのことを教えてくれた。人気のエッセイ集<文化苦旅>をはじめ、彼の随筆や戯曲関係の著書は高く評価されているということである。その後、私は新華書店で余秋雨著書を何冊か買ってきて、さっそく読んでみた。印象としては、上海を代表する文化人の姿がいきいきと浮かび上がってきたような気がした。なぜなら、いままで私が知り合った中国の文化人はなぜだか北方の出身者が多いからであった。

 「上海としての上海があると思うけど、そう思いますか?」私は余秋雨に率直な意見を求めた。

 「さあ、上海としての上海は、あまりないだろうね。この町はかならず何か外のものを混入して、生きている町なんだよ。私も一年のうち、ほとんどを安徽省や広東省で過ごしていて、上海にはわずかの時間しかいないんだよ。江南はこの私にあっているのか、私は旅先でそれを追い求めるのか、自分でもよくわからないけど、ただ肌にあう風土というのが上海を含む長江文明と言えるだろうね。旅先の上海はどんなイメージが浮かぶんだろうね。それは、きっと旅人に豊かな感性を与えてくれるものにちがいないだろう。これは私より、毛君のほうがきっと理解できるんじゃないかね」

桜はとても綺麗  その晩、われわれは、花園飯店の近くにある有名な潮江春で一緒に食事をしながら、旅の話を盛り上がった。帰路につくころ、外は夜が明け、清爽な空気の中で、桜はとても綺麗だった。






< < B a c k




Copyright(C)